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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命留学忍者
33/74

九話 最後の証拠

「それは、俺の――事件の証拠品ではないか!」


 木像を見たセルドは、そう叫んだ。


「そう。これは事件の証拠品。アルティスタ・シェルシェールの作品だ」


 これが例の?

 アルティスタくんが作り、彼女が盗み出そうとした品。


 ルーが言うには、あの像は司法長官の執務室に飾られているという話だった。

 やっぱり、私物化していたのか。


 俺の、とか言いかけていたし。


「司法長官。あなたの執務室に置かれていた物を借りて来た」

「越権行為ですぞ、王子! 如何に王族と言えど、そんな事が許されると――」

「これは証拠品だ。お前の私物では無い。手続きを踏めば持ち出す事もできる」


 セルドの言葉を遮って答え、アスティはセルドを睨みつける。

 その眼光のためか、それとも王族の威光か、セルドは怯んだ。


 心なしか、その表情には焦りも混じっているように見える。


「なっ……。しかし、それは別の事件の証拠品。この事件には関係ないもので……」

「詳しくは知らん」


 素っ気無く答えると、アスティは私のもとへ歩んできた。


 木像を台の上に置くと、彼は台に背を預けた。


「どうして?」

「彼に持っていくよう頼まれた」


 アスティはこちらを見ないまま答える。


「彼?」

「名を言えない相手だ」


 それで理解した。

 これは、赤頭巾レッドフードの指示なのか。


「理由はわからんが。何か意味があるだろう」

「その意味も教えてくれればいいのに……」

「まったくだ」


 そう言って、アスティは溜息を吐いた。

 セルドへ声をかける。


「俺の用事は終わりだ。しかし、顛末は気になる。傍聴させてもらおう」

「ご随意に。もう終わりますがね」


 アスティの言葉にセルドが返す。

 アスティは法廷の隅まで行き、腕を組んで壁にもたれかかった。


「さて、では判決を」

「お待ちください」


 私は声を上げる。


「今、新しい証拠品が弁護側に届けられました。判決はそれについて議論を交わしてからでも遅くないはずです」

「その必要は無い。さっきも言ったが、それは別の事件における証拠品だ。本件に関係ない」


 まぁ、そうなんだけど……。

 私も関係があるようには思えない。


 でも、赤頭巾レッドフードがわざわざアスティに運ばせた証拠品。

 何かあるはずだ。


「なら、少しだけ私にこれを調べる時間をください」

「無駄だと言っているんだ!」

「それで何もなければ、諦めます。判決も大人しく受け入れましょう。それでもいけませんか?」

「ダメだ。絶対にそれは調べさせん」


 ん?

 思った以上に頑なだぞ。


 そういえば、さっきも妙に焦っていたように思える。


 やっぱり、これには何かあるのかもしれない。

 なら、是が非でも調べるべきだ。


 でも、セルドはそれを許してくれない。

 だったら……。


「裁判長。お願いします。これが最後です」


 私は裁判長に訴えた。


「いいでしょう。例の事件については私も知っています。正直、私もその証拠が関与しているとは考えられませんが、そこまで強く願うのでしたら認めます」

「ありがとうございます」

「ただし、これは本当に最後の機会です。何もなければ、速やかに判決を下します。いいですね?」

「はい。わかりました」


 よかった。


「くそっ……」


 悪態を吐くセルドを尻目に、私は改めて木像を見た。


 手に取る。


 アルティスタくんが言うには、見た目よりも重かったという話だったか。

 でも、実際に持ってみても私にはいまいちそれが実感できない。


 むしろ、見た目より軽く感じる。


 やっぱり、普段から木材を扱うアルティスタくんだからこそわかる繊細な違いなのだろうか?


「何か見つかりましたか?」


 ルーが訊ねてくる。


「ううん。今の所は何も……」


 そう言いながら、私は像を裏返した。


 ゴトッ……。


 変な音と奇妙な感触が手に伝わった。


 ん?

 中に、何か……?


 そして裏返してみた像の裏には、奇妙な模様があった。


 像の裏。

 その上下二箇所に、何かが刻まれている。


「何、これ?」

「どれですか?」


 私は刻まれた何かをルーに見せた。


「元からの傷……ではないですね。彫刻刀で故意に刻んだ物に見えます。これは、文字?」


 言われて改めて見る。

 確かにそう見えるかもしれない。


 下の方はちゃんと読めるけれど、上の方は文字が逆様になっている。

 上の文字を反転して下の文字と合わせると……。

『アルティスタ・シェルシェール』と読める。


 そういえば、アルティスタくんは像の裏にサインを刻んだと言っていたっけ。

 なら、これがそうなんだろうか?


 ただ、だとすれば奇妙だ。


 サインは、二箇所に刻まれている。

 それも離れた場所に。


 まるで、半ばで上下に分断された文字を、一方を逆様にして別の場所へ移動させたかのような形だ。


 何でこんな事に?

 どうすれば、こんな事になるんだろう?


 あ、もしかして。


 私は、二つのサインを繋ぐように指で曲線をなぞった。

 曲線が円になるようにする。


「やっぱり」


 私はルーを見た。


「先端が薄く平らな物を持っていませんか? マイナスドライバーとか」

「まいなすどらいば? いえ、それが何かわかりませんが。ペーパーナイフなら、常備していますよ」

「じゃあ、それ貸してください」

「どうぞ」


 ルーにペーパーナイフを渡され、像の裏へ当てた。

 丁度、サインが途切れている場所だ。


「おい! 何をしている! それにどれだけの価値があると思っている! 傷一つでも付ければ弁償させるぞ!」


 その様子を見てセルドが怒鳴る。


 証拠品なんですよね?


 セルドを無視して、私は刃をグッと押し込む。

 すると、刃は思ったよりすんなりと入り込んだ。


 やっぱりだ。

 ぴっちりと閉じられているけれど、ここには円形の何かがはまり込んでいる。

 多分、ふたみたいな物だ。


 アルティスタくんのサインは、この蓋と穴の淵を跨ぐようにして刻まれていた。

 だから、この蓋が動かされればサインも動いてしまう。

 その結果として、サインは二つに分けられてしまっていたわけだ。


 そして、これが蓋だと言うのなら、当然開ければ何かが中に入っている。

 はず……。


 ペーパーナイフの切っ先を蓋の溝へ何とかねじ込み、苦戦しつつもテコの原理でこじ開ける。


「よし、開いた」


 さぁ、何が入っている?


 私は像の中に入っていた物を台へ出した。

 私とルーの眼差しが、それに釘付けとなる。


「これは……」


 ルーが呟く。


「布とナイフ?」

「うん。それも、血が付いている……」


 像の中から出てきたのは、血まみれのナイフと布だった。

 ナイフは刀身が短く、柄も刀身も全てが銀でできた物だ。

 恐らく果物ナイフだろう。

 さっきの感触と音は、これが中で動いたからか。


 ナイフと布には二つとも、血がついている。

 布にはべったりと血がついていて、それで血を拭った事がうかがえる。


 ナイフの刀身は全て赤黒い血で染まっていて、柄には赤黒い指の跡がくっきりと残っていた。

 血のついた手で柄を握ったのだろう。


 やや薄っすらとしているのは、指の血を布でふき取った後で掴んだからだろうか。

 それでも指の血を拭い切れず、付着してしまったという所か。


 何でこんな物が?


 いや、このタイミングで出てきた証拠品だ。

 想像はできる。


 被害者の死因は刃物による刺殺。

 そんな事件の法廷に、赤頭巾レッドフードが用意した証拠ナイフだ。


 関連付けないという方がおかしい。


 つまりこのナイフは、本物の凶器……。

 被害者を殺害した物という事なんじゃないだろうか?


 そして、それが発見されたのは司法長官の執務室。


 憶測の域は出ないけれど……。

 そういう事なんだろうか?


 でも、何だろう。

 このナイフ、違和感がある。


 私はナイフを手に取った。


「何かありましたか?」


 私達の様子を察したのだろう。

 裁判長が訊ねてきた。


「はい。像の中から、犯行の凶器と思しきナイフが」

「なんですって?」


 私が答えると、裁判長は驚いた。


「ありえない! 犯行の凶器だと? 馬鹿も休み休み言え!」


 セルドが怒鳴る。


「それは俺の部屋にあった物だ。それが今回の事件で使われた物であるはずがないだろう!」

「それはどうでしょう」


 私は反論する。


 このナイフが今回の事件で使われた物だったとして、司法長官の執務室に在った理由。

 一つだけ、説明のつく仮説がある。


 折角、得る事のできた新しい証拠。

 そして最後の証拠だ。


 ここでセルドの主張を認めてしまえば、そこで終わってしまう。

 なら、少しでもここで食い下がっておかないといけない。


 ほとんど言いがかりだけれど、言いたい事を言ってやる。


 そしてこれを言ってしまえば、後には退けなくなるだろう。

 だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。


 覚悟を決めろ、私!


「被害者の死因は刺殺であり、現場ではない別の場所で殺害された。そして、血まみれのナイフという事件性のある物が見つかり、それは司法長官の執務室に置かれた像の中にあった」

「何が言いたい?」

「もしかして、被害者はその執務室で殺されたんじゃないでしょうか?」

「な、な、な、何だと!」


 セルドは、私が想像していたよりも激しい動揺を見せた。


 その様子に私は意を決する。

 ほんの少し残っていた躊躇いを消し去った。


「はっきり言いましょう。セルド司法長官。あなたがレイ・アングラーク殺害の犯人では無いのか? と言っているんです」


 そう言って、私はセルドに指を突きつけた。

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