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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命留学忍者
30/74

六話 大嘘と目撃者

「手裏剣が投擲武器だと?」

「はい。その通りです」


 だから、手に持ったまま直接刺殺に使うというのは不自然である。


「だからどうした? 投擲武器だからと言って、手に持ったまま刺せないというわけではないはずだ」


 確かに……。

 使おうと思えば使える。


 でも、ここで認めるべきじゃないだろう。

 嘘でもハッタリでも使ってこの場を乗り切らなくては。


「いいえ、そんな事はありません。

 何せ、この武器を用途通りに使わないという事はヒノモトでいう所のスゴイシツレイにあたり、ケジメ案件なのです。

 そんな事をすれば、ハラキリ儀式によってハイクを詠む事すら許されず、しめやかな爆発四散の後サヨナラしなくてなりません!

 そんな環境で育った者が手裏剣を投擲しないとは思えません」


 私はヒノモト語を交えながら、口から出任せに大嘘ぶっこいた。


 葵くんを見ると、驚愕を隠せない様子で私を見ていた。

 彼のあの顔を見られたら嘘だとバレそうだ。


「はぁ? 何だそれは? どういう意味だ?」

「手裏剣を投擲以外の目的で使うと死罪を申し付けられるという事です」

「そんな事で死罪を申し付けられるとは、野蛮な国だな。本当にそうなのか?」


 懐疑的な眼差しを向け、セルドが訊ねる。

 とても疑われている。


 でも、ここで白状してしまえば心証が悪くなる。

 勢いで誤魔化そう。


「兎に角、目撃者の証言を私は信用できません。証拠能力がないと言わざるを得ないでしょう。違いますか! ああっ?」

「ガラが悪いぞ、公爵令嬢。勢いで誤魔化そうとしてくるな」


 看破されてる……。


「誤魔化そうなんてしてません!」


 でも認めるわけにはいかないので強く反論する。


 そんな内心を悟られぬよう、なんとかポーカーフェイスを維持していると……。


「まぁいい……」


 そう言って、セルドは嗜虐的な笑みを浮かべた。


「目撃者は被告の犯行を隠れ見ていたという。それも夜だ。辺りも暗かった。見間違える事もあるだろう」


 なんだと?


「見間違いだったと?」

「もしくは、凄惨な光景を前に目を閉じたのかもしれないな。人が殺される光景を直視できる者は少ないだろう」

「それでは、実際に殺害した光景を見ていないという事では無いですか! そんな証言が証拠に――」


 私の反論をかき消すように、セルドは台を拳で叩いた。


「勘違いするなよ、小娘。大事なのは事実だ。事件発生時、被告は被害者と一緒にいた。他に殺せる者はいなかったのだ」


 それはもっともな事だ。


「そ、その時に殺されたとは限らないでしょう! 殺された後に運ばれて、それを発見した光景を目撃者が見たという事もある……のでは?」

「なら、証明できるのか? 被害者がその時に殺されたわけではないという証拠があるのか?」


 セルドは私を睨みつけながら問う。


 その証拠は……ない。

 でも、ここでセルドの主張を認めてしまうと葵くんが不利になる。


 他に、反論できる余地は……。


「……被害者と被告の身長差はどれほどでしょう?」


 悪あがきと思いつつ、そう訊ねる。

 葵くんの背は低い。

 被害者との身長差によっては、首を刺す事ができないかもしれない。


 セルドは嘲って答えた。


「身長差があるから、首を刺す事は不自然なのではないか。と思ったのだろう? 確かに、被告は背が低く、被害者は背が高い。だが、この凶器は投擲武器なのだろう? 身長など関係ない」


 がっ……。

 自分の言った事で首を絞めてしまった。


「何より、被害者はベンチに座った状態、もしくは寝そべった状態で殺された可能性もある。身長の差など関係あるまい」


 ぐっ……。

 さらにもう一発……。


「うう……」

「これ以上、この件で追求する事は得策では無いかもしれません」


 私が呻くと、ルーがそう告げる。


「次の証拠を要求するべきだと思います」

「……うん」


 しっかりしろ、私。

 ここで落ち込んでいる場合じゃない。

 まだ終わったわけじゃない。


 ただでさえ今は不利。

 沈黙していても好転はしない。

 むしろ、ここで気落ちして何も言わない事の方がいけないのだ。


 次だ。

 次の証拠……。

 とにかく今は、議論を長引かせて手元の証拠を増やすんだ。

 そうすればどこかに、付け入る隙が……。


 付け入る隙……?


 そうだ。

 目撃者だ。


 セルドは目撃者の素性について隠したがっていた。

 そこに、付け入る隙があるんじゃないかと私はさっき思った。

 なら、今がその時か。


「裁判長。弁護側は、目撃者への尋問を要求します」

「目撃者の尋問だと?」


 セルドは笑顔から一転して、不機嫌そうな表情を作る。


「私達が憶測だけの論を交えた所で、実際に目撃者が見た真実には敵わないでしょう」

「必要ない」

「決めるのはあなたではない。司法長官殿」

「頭に名前、尻に検事を付ける事も忘れるな! あと、ついでに閣下もつけろ」


 そこも必要なの?


「弁護人の要求を認めます。検察側、速やかに証人を入廷させなさい」


 裁判長が告げる。


 よし、要求を認められた。


「くっ……」


 セルドが悔しげに呻く。


「いいだろう。……おい。わかっているな?」

「はい。準備いたします」


 セルドが告げると、控えていた部下が法廷から出て行った。

 目撃者を呼びに行ったのだろう。


 ほどなくして、セルドの部下が証人を連れて入廷する。

 そうして証言台に立ったのは、がっしりとした体型の憲兵だった。

 輪郭が四角く、生真面目そうな印象の顔をしている。

 制服に身を包み、腰にはフリントロックピストルを提げていた。


「憲兵のマーリ・シガニー軍曹であります」


 そう言って、マーリ軍曹は敬礼した。


「えっ……と」

「マーリ・シガニー軍曹であります」


 それはわかってる。

 けど、私が困惑しているのは別の部分だ。


「あなたが、目撃者?」

「はっ。通報を受け、殺人犯を逮捕した次第であります!」


 犯人を逮捕した事を誇りに思っているのか、彼は熱の篭った声で答えた。


「セルド司法長官検事閣下殿!」

「ええい、そんな長い呼び方をするな! 鬱陶しい!」


 どうしろっていうのよ!


「そんな事より、私が求めたのは事件当時の目撃者です」


 現場を見た目撃者は二人いる。

 一人は事件の一部始終を見て通報に走った目撃者。

 もう一人は、通報を受けて事件現場で葵くんを逮捕した憲兵だ。


 マーリ軍曹は後者である。

 確かに目撃者に違いないが……。


 私が証言を求めていたのは、前者。

 彼ではなく事件の一部始終を見ていた方の目撃者だ。

 残念ながらマーリ軍曹ではない。


「目撃者を信用できない、と言ったのは貴様ではないか。だから、証言を取るなら信用の置ける方だけでいいだろう?」

「信用できないからこそ、追及するべきだと申しているんです!」


 セルドの発言に、私は反論する。


「あの、では自分に用はないという事でありますか?」


 眉を八の字に曲げ、申し訳なさそうな表情でマーリ軍曹は訊ねてきた。

 見た目のわりに、案外気が弱いのかもしれない。


「情報が足りません。彼の証言は聞いておくべきです」


 ルーがアドバイスしてくれる。


 その通りだ。

 今の私達には事件の情報が足りない。

 少しでも手がかりは多い方がいい。


 それに、セルドはどうあっても事件当時の目撃者を出したくないようだ。

 ここで問答していても、彼は目撃者を出してこないだろう。


 なら、全部の証拠を出し尽くさせて、それでも決着がつかないという所まで追い込めば良い。

 そうすれば、仕方なく目撃者を出してくるかもしれない。


「わかった」


 私はルーに返事をして、マーリ軍曹に向き直った。


「証言をお願いします」


 私が答えると、セルドが聞こえよがしに鼻で笑った。


 笑っていられるのも今の内だ。

 どうにかおかしな所を見つけて、彼が隠そうとしている目撃者を引きずり出してやる。


「は、わかりました。証言致します」


 マーリ軍曹は敬礼して応え、証言を始めた。


 少しでも手がかりを得るために、しっかりと訊かなくては……。


「自分は当夜、夜勤の当番で詰所に一人でおりました。その時に詰所へ男性が駆け込んできたのであります」


 目撃者は男性だったのか。


「その方から公園で人が殺されたという通報を受けた自分は、すぐに詰所を飛び出して公園へ向かいました」

「目撃者の方は?」

「勿論、一緒です。場所を案内してもらいましたから」


 そりゃそうか。


「現場では、一人の少年が立ち尽くしていました」

「その少年は、そこの被告で間違いないな?」


 マーリ軍曹の証言に、セルドが口を挟む。

 被告人席の葵くんを指した。

 マーリ軍曹は指されるままに顔を向け、葵くんの顔を凝視してから答える。


「はい。間違いありません」


 セルドは、どうだと言わんばかりの勝ち誇った笑みをこちらに向けた。


 私はそれを無視してマーリ軍曹に「それで?」と先を促した。


「彼はベンチの前にいて、視線はそこに座る人間へ注がれており……。近寄って初めて、自分はそれが女性の死体だという事に気付いたのであります!」


 その時の驚きを思い出したのか、やや興奮気味にマーリ軍曹は語気を強めた。


「手裏剣は?」

「え?」

「凶器は見ていないのですか?」

「凶器……わかりません……。自分はその類の物を見ておりません」


 マーリ軍曹の証言を聞き、私はセルドへ向き直る。

 

「聞きましたか? 現場を逸早く発見した彼は凶器が現場になかったと証言しています」

「辺りは暗かった。地面に落ちるちっぽけな投擲武器など、見つける事などできない。あれも、昼間の捜査で見つかった物だからな」


 そう言われてしまうと反論は難しい、か……。

 彼の証言では、セルドの証言を崩せないようだ。


 私は再び、マーリ軍曹へ向いた。


「……マーリ軍曹。それで、あなたはどうしましたか?」

「勿論、少年を逮捕しました。抵抗されましたが、子供だったので簡単に捕らえる事ができました」


 忍者ェ……。


 そういう時こそ、狸騙しの術の出番だったんじゃないの?


「それから犯人を連行し、司法局へ向かいました。応援の要請と現場検証をお願いするためです。あとは自分も事情聴取を受け、終わり次第帰っていいと言われたので帰宅致しました。自分の証言は以上です」

「それだけ、ですか?」

「はい」


 うう……。

 予想はしていたけれど、全然新しい情報がない。

 葵くんが事件現場で立ち尽くしていて、そこを逮捕されたという事はセルドから聞かされていた通りだ……。

 私ではそれ以上の発展をこの証言から見出せない。


「という事だ。何か言う事はあるか?」


 セルドは笑みを浮かべて私に訊ねた。

 その笑顔は、勝ち誇っているように見える。


「異論がなければ、これ以上の議論は無駄だろう」

「ですが、もう一人の目撃者の証言をまだ聞いていません……」


 私が反論すると、セルドは台を大きな拳で叩いた。

 大きな音が出て、びくりと私の体が竦む。


「わからん奴だな。何度も言うが、被害者の死体の前に被告は立ち尽くしていたんだ。事件当時に事件現場に被告がいた。なら、犯人は被告以外考えられないだろうが」


 セルドは強い口調で言い放つ。

 私はそれに反論を試みる。


「ですが、マーリ軍曹の証言はあなたに聞かされた証言となんら変わりなく――」

「それはそうだ。俺がこの法廷で語った事は、そのまま目撃者からの証言で成り立っている!証言が代わり映えしないのは当然だ」


 私の言葉を遮って、セルドは怒鳴りつけた。


「よって、事件当時の目撃者から証言を聞いたとして、何も新たな事実が発覚する事などない。……現に、マーリ軍曹の証言から新たな事実は見つからなかったではないか」


 確かにそうだ。

 確かにそうだけど……。


「俺は法廷において全ての情報を包み隠さず、が信条でな。出せる情報は全て最初に出すようにしている。たとえ、目撃者から直接証言を聞いたとしても、何の意味もない。手間が増えるだけだ。だから無駄だと、言っているんだ」


 セルドは私を睨みつけながら言った。

 私はそんな彼に気圧された。


 普段なら、これくらいで気圧される事なんてない。

 でも、私自身精神的に追い詰められているのかもしれない。

 彼の言葉が真実のように思えてくる。


 本当に、どうすればいいんだろう……。


「落ち着いてください」


 ルーが私に声をかける。


「ウエノイン氏が無実だと、あなたは信じているのでしょう?」

「それは勿論」


 ルーに問い掛けられ、私は答えた。

 これだけは自信を持って言える。


 葵くんはそんな事をしない。

 付き合いは短いけれど、私はそれを確信できるくらいに彼を信頼している。


「でしたら、犯人ではないはずです。誤りは必ずどこかに歪みを残します。一見、何の問題もない証拠に思えても、どこかに矛盾が潜んでいるものです。それを探しましょう」


 そうだ。

 それが真実でないのなら、必ずどこかに矛盾ができる。


 今までの証拠……。


 見直そう。


 セルドの語った事件概要。

 現場のスケッチ。

 マーリ軍曹の証言。


 全部、思い出せ。


 私はこの法廷で見聞きした全てを吟味する。

 手元のスケッチを眺めながら、証言を思い出す。


 どこかにある。

 どこかにきっと……。

 いや、絶対にある。


 この状況が正しくない、間違いだったのだとしたら、どこかに必ずおかしな部分が出てくるはずなんだ。


 どこかに……。

 どこかに……。


「弁護側にはもう、何の反論もないようだな」


 セルドが言う。

 その声が聞こえても、私はスケッチを眺め続けた。


 現場のスケッチを見る限り、被害者以外に見るべき所はない。

 他は綺麗なものだ。

 被害者の傷口が描かれていなければ、寝そべる女性を描いただけのようにも見える。

 まるで、事件現場を描いた物じゃないようだ……。


 あれ?


 私は、スケッチを食い入るように見た。


 ……おかしい。


「裁判長。これで決まりだ。被告に有罪をくだ――」

「あっ!」


 思わず、私は大きな声を上げてしまった。


「何事だ!」


 セルドが驚いて怒鳴り返す。


 私はそれに応じなかった。

 さらに思考を巡らせる。


 おかしな部分はそれだけじゃない。

 もう一つある。

 スケッチじゃなくて、彼の証言の中に。


 私は、マーリ軍曹を見た。


 そしてこの二つの不可解を合わせて導き出される部分、それは……。


 明らかな、矛盾……!


 見つけた……!

 突破口を!


 私はセルドを真っ向から見据え、大きく声を張り上げる。


「待ってください! まだ議論の余地は残されています。弁護側には、それを証明する用意があります!」


 そう高らかに告げた。

 明日の更新は遅れます。

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