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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命悪役令嬢
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一転攻勢

誤字を修正致しました。

誤字報告ありがとうございます。

「階段から落ちたジェイルのそばに、ブローチは落ちていたそうだ」


 つまり、三階と二階の間にある踊り場に落ちていたという事か。


 まさかの展開である。

 私のブローチが、そんな所にあったなんて。


「ブローチの留め金は壊れていた。恐らく、落とされそうになったジェイルが咄嗟にブローチを掴んだためだと思われるが……。もしかしたら、お前がさっき証明した落ちる前に負った傷というのもその時の格闘によるものかもしれないな」


 王子が私を睨みながら告げた。


 ぐっ、自分の無実を証明するために言った事が、逆に私の首を絞めてる。


「言い逃れはあるか?」

「勿論です。そのブローチは、失くした物ですから」


 本当の事だ。


 気付いたのは、つい先ほどの事。

 カバンに入れていたはずのブローチがなくなっていた。

 それを探している最中に、王子からの呼び出しがあったのである。


「下手な言い訳だな」


 嘘くさいとは自分でも思う。

 でも、嘘は言っていない。


「失くしたのは昨日から、とでも言うつもりか?

 毎日欠かさず、お前がブローチを着けていた事を俺は知っている。

 大事にしていた事もな。

 それを失くしたというのは不自然ではないか?

 むしろ失くしたのではなく、ジェイルに引き千切られてしまったからと考える方が自然だ。

 何より、留め金が壊れている事はどう説明するつもりだ?」

「不注意で、昨日壊してしまいました。元々、壊れかけていましたから」


 何せ、何年も使い続けているものだ。

 留め金は緩くなっており、何度か弾みで外れて落としてしまった事がある。


 そしてついに昨日の昼食時、学食での事。

 アリシャは不注意からブローチを取り巻きの一人の衣服に引っ掛けてしまい、留め金を完全に壊してしまった。


 ブローチは弾け飛び、そのままシチューにドボンしてしまった。


 アリシャは取り乱し、取り巻きにも当り散らし、その日の授業が終わるとすぐに帰った。

 それから、自宅で半泣きになりながらずっとブローチを洗っていたのである。


 このブローチは、アリシャにとって大切な物だ。

 他人に託す事はなく、洗うのだって自分でやらないと気が済まない。


 それほどに大切なものだ。


「信じられないな」


 確かに、全部改めて説明しても絶対に信じてもらえなさそうだ。


 でも事実だ。


 そして、そんな経緯があるからこそありえない話だった。

 だって、昨日持ち帰ったはずのブローチが、昨日の事件の現場に落ちているわけがない。


 ならば、目撃者は明らかに嘘を吐いている。


「あの、一つお聞きしたいのですが。ブローチは「現場に落ちていたそうだ」とおっしゃいましたが、王子は落ちている所を見ていないのですか?」

「見ていない。このブローチも目撃者が今日の昼頃に目撃証言と共に俺の所へ持ってきたものだ」


 なら、現場に落ちていた所を王子は見ていないわけだな。


 そして、今の話には納得のいかない所がある。

 かなりおかしい。


「どうして、目撃者は昨日の内に申し出なかったのでしょう?」

「ん?」

「だって、おかしな話じゃないですか。事件の後、王子は現場を調査なさったのでしょう? 本来ならば、事故があった時に提出すると思うのですが。むしろ、普通なら拾わないと思います。で、今日になって持ってくるなんてめちゃくちゃ怪しいじゃないですか!」


 目撃者の行動はかなり怪しい。


 恐らく、真犯人はその目撃者だろう。

 私を陥れるために、ブローチを現場に落ちていたと偽って王子に渡したのだ。


 今日になって、私のカバンから盗んで。


 それならば、筋が通る。


 私はブローチの入ったカバンを教室に置いたまま、何度か教室を離れている。

 本当は肌身離さず持っていたかったが、いつも着けているものだからそのつもりで放置したまま離れてしまったのだ。

 だから、誰でもカバンの中を漁ろうと思えば漁れたはずだ。


 そして犯人は、その時ブローチをピンポイントで探していたはずだ。

 私を犯人に仕立て上げるために。

 なら、もしかしたらそこにブローチがあった事を知っていた可能性がある。


 でなければ私がいなかったとはいえ、周囲の人に見つかるかもしれない教室内で危険をおかしてまでカバンを漁ろうとしなかったはずだ。

 もしかしたら私が家に置いてきた可能性もある。

 なのに漁ったのは、そこにブローチがあるという確信を持っていたからに違いない。


 しかし、王子は平然とした様子で答える。


「もっともだな。俺もそれを疑問に思って問い質した。その結果、疑問に対して納得の行く答えを貰っている。俺としては、もっともだと思うぞ」


 えーー……。


 そんな怪しい行動をしているのに、納得する理由を用意できた?

 それはいったいどんな理由だろう?


「いや、でも……。恐らく、真犯人はその目撃者です。私を陥れようと、私のカバンからブローチを盗み出して王子に渡したのです」

「それは、真犯人がいるという前提での話だ。確かに、怪しい部分が皆無とはいえない。だが、お前にも犯行が可能である以上、お前と目撃者ならば俺は目撃者を信じる」


 純粋に、私が信頼できないという話でもあるわけだ。


 アリシャは日頃の行いが悪かった。

 それも仕方のない事か……。


 どうしよう……。

 この部分が崩せないならば、もう何も自分の無実を証明する手立てがないぞ。


「もう、無いのか?」


 アスティ王子が私を睨みつけ、問う。


「それは……」


 できるとすれば、情に訴えかけるくらいの事だ。


「見て、眉間に皺が寄ってるわ」

「まだ、悪あがきするつもりみたいよ」

「みっともないわね」


 講堂にいる人々の声が聞こえてくる。


 みんなが私を嫌っている。

 情に訴えかけた所で、そんな私を哀れに思ってくれる人間なんてこの場にはいないだろう。


 私以外にも、怪しい人間はいた。

 それは証明した。

 けれど私が犯人とされてしまったのは、信用の差だ。


 私に信用がなかったからこそ、私はこの状況に陥っているのだ。


 もう、万策尽きた……。


 今度こそ本当に、絶体絶命だ。


「もう、言う事は無いようだな。ならば、改めて沙汰を言い渡そう。アリシャ・プローヴァ。お前を……」


 王子が、私への沙汰を口にしようとする。

 その時だった。


 勢い良く、入り口の扉が開いた。

 そうして講堂へ走りこんできたのは、一人の憲兵だった。


「アスティ殿下!」

「何事だ?」


 憲兵の呼び掛けに、アスティ王子は聞き返す。


「ジェイル・イーニャが意識を取り戻しました」

「何だと!」


 ジェイルが?


 ……あ、そうだ!

 圧倒的閃き!


 私に信用がないのなら、信用されている人間に証言してもらえばいいんだ。


「アスティ王子。なら、早速会いに行きましょう」

「何だと? この期に及んで、ジェイルに許しでも乞うつもりか?」

「違います。思い出してください。王子の主張によれば、ジェイルは突き落とされる時に私のブローチを引き千切ったと言いましたね」

「そうだ。それが言い逃れのできぬ証拠となった」

「ならば、ジェイルは見ているはずです。ブローチを引き千切る時に、自分を突き落とした人間の姿を!」


 本当の所、ブローチはあの場で引き千切られたわけではない。

 だが、アスティ王子はあの場で引き千切られたと信じている。

 言わば、虚構を信じている。


 なら、その真実と虚構の違いに矛盾が生まれるはずだ。


「……確かに、それこそ決定的な証拠だ。何を考えている?」

「私は犯人ではありません。その証明を彼女にしてもらいます」

「いいだろう。まだ、お前が諦めていないというのなら、完膚なきまでに言い訳の出来ぬ証拠であきらめさせてやる」


 私と王子は睨み合った。




 私と王子は、ジェイルが入院している病室へ訪れた。


 そこには、ベッドに横たわる彼女の姿があった。

 栗色の髪色をした、どこか素朴な印象のある美少女。

 ザ・乙女ゲー主人公という容貌の少女だ。


 頭に巻かれた包帯が痛々しい。

 そして、その首には白いスカーフが巻かれていた。

 針金でも入っているかのように、布地が重力を無視して上を向いている。


「アスティ様。アリシャ様」


 私達の名を呼び、ジェイルが人懐っこい笑みを浮かべた。

 自分に意地悪ばかりしている私にすら笑みを浮かべるのだから驚きだ。


 こういう所が、彼女の主人公たる所以なのだろう。


 そして、階段から突き落とされた割には意外と元気そうだ。


 ジェイルは上体を起して座ろうとする。


「そのままでいい。無理をするな」

「はい。ありがとうございます」


 アスティの言葉に、起き上がろうとした体を再び横たえる。


「早速で悪いのだが、聞きたい事がある」

「はい。何なりと」


 アスティの言葉に、ジェイルは答えた。

 尋問は彼に任せる事にしよう。

 私は王子の後ろに控えておく事にする。


「お前は三階から階段へ突き落とされた。憶えているか?」

「……はい。憶えています」


 どうやら、突き落とされた事には間違いないようだ。


「では、その際に相手のブローチをお前は咄嗟に引き千切った。そうだな?」


 アスティ王子が訊ねると、ジェイルは即答せずに首を傾げた。


「え? でも、私は……」


 言いよどむ。


「何だ? 言ってみろ」


 促され、ジェイルは頷いた。


「私が押されたのは背中です。階段を下りようとした時に、背中を強く押されました。そのまま成す術なく落とされて……。気づいたらこのベッドの上でした。だから、相手を見てません。当然、ブローチを掴むなんて事もできませんでした」

「何だと!?」


 王子が驚愕する。


 やっぱりだ。

 前提が壊れた。


 真実と虚構の間に隠れていた矛盾が現れた。


「だが、お前は落ちる前に怪我をしていたのだろう? あれは、抵抗の痕ではないのか?」

「怪我? 

 ああ、右腕の怪我ですか。

 昨日の私は先生に呼び出されて、帰るのが遅くなっちゃったんです。

 で、教室に戻ったんですけど、そこには誰もいなくて。

 寂しかったので急いで帰ろうと思っていたんです。

 慌てて走り出そうとしたら、その時に転んで机の角で腕に怪我しちゃいました。

 それも結構深くやっちゃって、包帯代わりにスカーフを巻いてました」


 スカーフに血がついていた理由はそれか。


「包帯代わりに?」

「はい。私は昔からやんちゃで、よく外に遊びに行って怪我する事が多かったんです。で、怪我した時の包帯代わりになるようにってお母さんがスカーフを巻くように言ったんです。それ以来、私はスカーフを巻くようになりました」


 えー、そんな理由で巻いてたの?

 おしゃれとかではなく?


 だから白なのか。


「じゃあ、その時は腕にスカーフを巻いていたの?」


 私は訊ねた。


「はい」

「それを知っている人は他にもいる?」

「いいえ。私が教室を出る時には、もう誰も残っていませんでしたから」


 ふぅん。

 でも、これで私の無実も証明されたかな。


「アスティ王子」


 声をかけると、王子が私へ振り返った。


「どうやら、彼女の証言は決定的な証拠にはなりませんね。それどころか、彼女がブローチを引き千切っていないという事は、私が犯人であるという証拠もまた不確かなものになりました」

「……そのようだ。だが、まだお前の無実が証明されたわけではない」


 なんですって?


「ブローチが現場に残されていた事は確かな事実なのだから。引き千切られなかったにしても、何かの拍子で落ちたかもしれない。留め金が壊れかけていたという話だからな」

「確かに、そうですが……」


 ブローチが壊れかけていた。

 それは確かに私自身が口にした事実だ。

 その発言を利用されてしまった。


「恐らくそれは、目撃者による偽装工作です」

「どうだろうな」


 懐疑的に返される。


「これでもまだ、私を信用してもらえないという事ですね」

「……そうでもない。俺はただ、一度信じた人間を信じ抜くと決めているだけだ」

「わかりました」


 私はずいっと王子へ寄った。

 至近距離から、王子の顔を見上げる。

 王子もまた私を見下ろした。


「でしたら誰が犯人か白黒つけて、事件の全貌を明らかにしてしまおうじゃないですか!」


 そして、私は啖呵を切った。


「何だか、いつものアリシャ様と別人みたいですね」


 ジェイルがボソリと呟いた。


 いつものアリシャはわがままで傲慢な自覚のない馬鹿だからね。


「どうやって白黒つけるつもりだ? 俺は、お前に目撃者の名を明かすつもりはないぞ」

「目撃者はマルテュス・フェアラート」


 私が告げると、王子は眉根を寄せた。


「合ってるでしょう?」


 アスティ王子は小さく唸った。


 どうやら、私の予想は当たっているらしい。


 マルテュスは、私の取り巻きの一人だった。

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