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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命留学忍者
28/74

四話 おかしいですね

 裁判当日。

 その日は、丁度休日だった。


 私は裁判所で葵くんとの面会を許された。

 彼と会うのは、三日ぶりである。


「アリシャさん……。どうしてここに?」


 面会に来た私を見て、葵くんは驚いた顔で私の名を呼んだ。


「私が葵くんの弁護をする事になったから」

「ええっ!」


 先程よりも強い驚きを見せ、彼は声を上げる。


「私じゃ頼りないかもしれないけれど……」

「いえ、そんな……。アリシャさんが弁護人として優秀な事は知っています」


 別に優秀ではないんだけどな……。


「僕なんかのために、アリシャさんが弁護してくれるなんて。それが信じられなかっただけで……」

「友達だから」


 本当はそれ以外にも事情が絡みついている事、それを告げずにそう答えた事に少しだけ罪悪感を覚える。


「……そうですね。でも、この弁護は今までと違います」

「それはわかってるよ。本当は、私もすごく緊張しているんだ」


 私は無理に笑顔を作って答えた。


 そう、私は本当に緊張しているんだ。

 私の弁護次第で、この友人は罪人になるかもしれない。


 今までの議論はあくまでも公式な物ではなかった。

 だからそれで、罪の有無が決められるわけではなかった。

 けれど、今回は違う。

 この裁判の結果で、彼の進退が決められてしまうのだ。


 それを思うと、恐ろしい。


「気を張らなくていいんですよ」


 私の心情を知ってか知らずか、彼は私を気遣うように苦笑した。


「僕だって、ここで死罪になるわけにはいきません。もし有罪になっても、忍法狸騙にんぽうたぬきだましの術で逃げおおせて見せます」


 たぬきは、捕まりそうになると死んだフリをして猟師の目を騙す事があるという。

 同じく死んだフリで逃げる術だろうか。


「本当は人を騙す術なんですが、僕では狸を騙すので精一杯なんです……」


 彼はばつが悪そうに続けた。


 狸の方が騙される対象なんだ……。


「だから、安心してください」


 安心できないよ……。




 裁判は、午前九時から始まった。

 準備を整えた私は法廷へ赴き、ルーと共に弁護側の席へ立った。


 これから、裁判だ。

 この場所に立ったからには、この期に及んでできていない心構えをしっかりと固めておかなければならない。


 弁護の場に立てた事で、もう私とアスティの命は危機を脱している。

 けれどここに立った以上、このまま何もせずに帰るような事はしない。

 折角弁護できるのだ。

 なら、私は全力で葵くんを助けるように動く。


 私は、葵くんもまた助けたい。

 私達だけが助かって、彼だけが助からないという事にはなってほしくない。


 だから私は、ここで死力を尽くす。


 ただ、心構えの他にもう一つ問題があった。


 こうして弁護席に立ってもまだ、私達は事件を把握していないという事だ。

 本来ならここへ立つ前に事件資料が届くはずだったが、どういうわけか私達の元にそれらしい物が届く事はなかった。


 実際の所はどうかわからないが、ルーから司法長官の話を聞いた手前、これは手違いではなくあえてなのではないか、と邪推してしまう。


「ルー。あなたの所に、事件の資料は?」


 訊ねると、ルーは首を左右に振った。


「いいえ」

「こういう事、本来ならありえるの?」

「あからさまにわざとだと思いますが……」


 ああ、やっぱりそうなんだ。


 そして資料が届かないまま、検事席に今回の相手となるセルド司法長官が現れた。


 その時に初めて、私はセルドの姿を見たのだが……。

 その姿は、圧巻の一言であった。


 兎にも角にも、一目見てすぐに目を惹かれるのはその大きさだった。

 それも縦ではなく、横に。


 彼の着る制服は恐らく特注の大きなサイズなのだろうが、だというのに今にもはち切れそうなほどに布地が張っている。

 張りつめている。

 もう無理だよぉ、と服が主張しているようで見ていて居たたまれないほどだ。


 そんな威圧感のある風貌をしているが、身長はそれほど高くない。

 胴は長いが、足は短く太くどっしりとしていた。


 顔は油ぎっていて、つんと上を向いた鼻が特徴的である。

 顔にも多く肉がついていて、頬と顎の肉がたわんで首が見えない。

 そして冬も近い季節だというのに、汗をかいているようだ。


 彼は部下らしき男を伴って弁護席に立つと、咥えていた葉巻を口から離して勢いよく紫煙を吐いた。


「あの、ここでの喫煙は禁止されています」


 その様子を見かねた係官が、そう忠告する。

 すると、セルドは彼をギロリとねめつけた。


「うるさい! 俺は司法長官だぞ! 法廷のルールを決めるのは俺だ!」


 そして怒鳴りつける。


「し、失礼しました」


 セルドの態度に気圧されたのか、司法長官という立場に怯んだ結果か、彼はそう謝ってその場を離れていった。


 本当に、ルーの言う通りあまり良い人間ではなさそうだ。


「人格的に問題はありますが、検事としては優秀です」

「そうなの? ルーとどっちが優秀?」

「あちらでしょう。経験の差がありすぎます。強引ながらも弁が立ち、強気の発言で相手を追い詰める事を得意としています」


 ルーよりも手強いのか。

 勘弁して欲しい。


 そう思いながらセルドを見ていると、不意に彼がこちらを向いた。


「ルー・プロキュール。検事の……いや、司法に携わる者の面汚しが。親の七光りを使ってまで、この厳粛な司法の場に立つとは。まだ泥を塗り足りないと見えるな?」


 高圧的な態度でセルドは言う。

 それを受けて、ルーは顔を顰めた。

 何も答えずに、黙ってその言葉を受ける。


「今回、あなたの相手をするのは私です。ルーはただの監督役。履き違えないでいただきたい!」


 彼女に代わって、私が答えた。


「ああ。聞いているとも。なら相手をしてもらおうか、お嬢さん」


 セルドは余裕の笑みを浮かべて答えた。

 私なんて、相手にならないとそう言うような態度だ。


 それから少しして、裁判官が三人入廷する。

 彼らが所定の席に着く。

 恐らく、真ん中に座ったおじいさんが裁判長なのだろう。


 次に拘束された葵くんが憲兵に導かれて被告人席へ連れられてきた。

 そうして、裁判が始まる。


「冒頭弁論を」


 裁判長が告げる。


 冒頭弁論?

 何それ?


 ……あれ?

 もしかして、私もやんなきゃいけないの?


 そんな事を思っている内に、セルドが口を開く。


「被告は、よりにもよって我が司法局の誇る優秀な検事の一人を手にかけた」


 え?

 そうなの?


 ルーを見ると、一つ頷いた。

 知っていたなら、それくらいは教えて欲しかった。


 セルドの冒頭弁論が続く。


「その卑劣なる犯行が彼の手によって行なわれた事は明白であり、逃れようのない事実である。その事実をこの場で一分の隙もなく完璧に明かし、それを以って命を奪われた彼女に報いようと思う」


 語り終えると、セルドはふてぶてしい笑みを私に向けた。


「で、何か言いたい事はあるか?」


 それより次は私の番か。

 冒頭弁論なんて初めてだし、何より事件の概要がわからない。

 何を言えばいいのかわからない。

 どういう事を言うのが正しいのかもわからない。


 でも、これは自分の主張をはっきりと突きつけるものだと思う。

 言いたい事を伝えられればなんでもいいはず。


「私は被告の無実を主張します。事件を引き起こしたのが彼でない事は明白であり、逃れようのない事実です。その事実をこの場で一分の隙もなく完璧に明かし、彼の無実を証明したいと思います」

「貴様、ほとんど俺と同じ弁論ではないか!」

「言いたい事は大体一緒だったんです!」


 こっちは初めての事だし、事件概要も知らないし、冒頭弁論がある事も知らなかった。

 これくらいいいでしょうよ。


「いいのですか? そんな大見得を切って。私達は、事件の事をまるっきり知らないのですよ?」


 ルーが耳打ちしてくる。


 ここで弱気になるのはよくないと思い、ハッタリ込みで言い切ったのだけど……。


 彼女の言う事ももっともだ。

 こうはっきりと言ってしまった手前、実は事件の概要を知りませんなんて言うのも心証に響く気がする。


「多分、事件の事は向こうが説明してくれます。その主張の矛盾を衝いていけばなんとかなるはず……」


 ルーは何も言わず、溜息を吐きながらメガネを上げた。


「では、事件のあらましと被告の罪を立証しよう」


 セルドが言う。


 よかった。

 やっぱり事件の詳しい話はセルドの口から聞けそうだ。


 でも、手元に資料が残らないのだから、集中して一言一句聞き逃さないようにしないと……。


「事件が起こったのは、三日前の夜」


 私が、葵くんの訓練を目撃して、アスティに口を滑らせた日だ。


「現場はトレランシア国立公園だ。被害者はレイ・アングラーク。公園に備え付けられたベンチで彼女は殺害されていた。被告は彼女の遺体を前に、立ち竦んでいた所を憲兵によって逮捕された」


 あの日、私と別れた後に、葵くんは公園に行ったという事だろうか。


「死因は刃物で頚部を刺された事による刺殺。その犯行の様子も目撃者によって目撃されている」


 目撃者がいるの?

 しかも、犯行の様子を見ていたなんて……。


 思っていた以上に、これは厳しいかもしれない。


 できれば詳しく質問したい所だけれど、今はやめておこう。

 それくらい知っていますよ、というしれっとした顔で情報を収集しよう。


「目撃者はその後、近くの憲兵詰所へ通報に走った」


 憲兵詰所、というのは憲兵達が常駐している建物。

 王都の各所に存在する施設だ。

 簡単に言えば、交番のようなものである。


「通報を受けた憲兵は現場へ駆けつけ、呆然と被害者の前で立ち尽くす被告を逮捕した。以上の証言から、検察側は被告の有罪を証明するものである」


 セルドはそう言って論証を締めくくり、笑みを浮かべながらさらに続けた。


「目撃者の証言だけでなく、憲兵が現行犯で逮捕した事からもこの事件に反論の余地はないだろう」


 これで彼の論証は終わりか……。


「異議ありです」


 私は異議を申し立てた。


「それはおかしいですね」


 セルドに、私は言い放つ。


「何だと? 何がおかしい」


 セルドが強い剣幕と大きな声で、威嚇するように私へ怒鳴った。


 私はそんな彼へ緩やかに視線を移し……。


「………………おかしいです」


 ゆっくり間を置いて再び答えた。


「だから何がおかしいんだ!」


 ……実の所。

 勢いで異議を申し立てたけど、何を言うか決めてなかった。

 でも、ここで反論しておかないとなし崩し的に判決まで持って行かれそうな気がしたのだ。


 ここで黙っていては、彼の言を肯定してしまう事になる。

 それだけは避けたかった。


「弁護人。発言の意図を明確とするように」


 裁判長にまで叱られてしまった。


「いい判断です。落ち着いて」


 ルーが私に声をかける。

 少しだけ、焦りが薄れる。


 でも早く何とか、反論の余地がある事を示さなくては……。

 考えろ、私!


 付け入る隙を相手から引きずり出すんだ!


「け、憲兵の詰所から現場までの距離はどれくらいありますか?」

「何? その質問に意味があるのか?」

「とても重要な事だと思われます」


 私が答えると、セルドは「おい」と後ろに控えていた部下に声をかける。

 部下は「ただいま」と言って、手元の資料を漁って資料の束を手に取った。


 あの資料の一枚でもこちらにあれば、大層楽なんだけどなぁ……。


 資料がセルドの手に渡ると、親指をべろりと舐めてページを捲る。


 うわぁ……。

 資料が欲しいとは思ったけど、あれをそのまま渡されたら嫌だなぁ……。


 セルドは資料に目を通すと、私の質問に答える。


「約一キロ弱だ」


 結構遠いな。


 えーと、陸上の選手が百メートルを十秒前後で走るのだから……。

 もしその速度を維持して一キロ走ると考えても、単純に百秒前後だ。

 でも、それは類稀な俊足の人間が走り、なおかつ速度を維持する事を前提としての事。


 一般的な人間では百メートルを十秒前後で走り切る事も、一キロを走り続ける事も難しい。


 となると、詰所へ向かうまでにかなりの時間がかかるのではないだろうか。


「……おかしいですね」

「もう一度同じ事を言ったら引っぱたくぞ!」


 大丈夫。

 今度はしっかりと、おかしな部分を見つけてある。

 引っぱたかれる事はないだろう。


 私はセルドへニヤリと笑いかけた。

 それを見たセルドが怪訝そうに顔を顰める。


「一キロというのは結構な距離です。そこから現場まで向かうには時間がかかるんじゃないですか?」

「そうだろうな」

「しかも、目撃者はその距離を往復しています。事件の発生を目撃してからそこまで行き、さらに憲兵を伴って戻るにはかなりの時間がかかったと思われます」

「だからどうした?」


 イライラとした口調でセルドは訊ね返した。


 そんなに早く訊きたいのなら、訊かせよう。


「証言が本当ならばその長い時間、被告はずっと被害者の前で立ち続けていた事になります。本当に被告が殺人を犯したと言うのなら、現場に留まり続けるなどという事はありえません」


 これが最初の証明。

 まだ決定的に葵くんの無実を証明する物ではないけれど、これが最初の反撃だ。

 冒頭弁論などという物は存在しないらしいですね!

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