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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命留学忍者
25/74

一話 アリシャ、手裏剣を拾う

 文化祭が終わり、本格的に冬の訪れを実感し始めた今日この頃。

 私は相変わらず、生徒達から敬遠される日々を送っていた。


 レニスという友人がいるから、恵まれているのかもしれないけれど。

 彼女とはクラスが違うので、昼休みくらいしか会えなかった。


 正直、寂しい。


 ただ、このクラスで孤独な人間は私一人だけではないらしかった。


 窓際、一番前の席。

 そこに座っているのは、黒髪黒目の男の子である。


 この国の人間とは毛色の違う顔立ちはとても幼く見えた。

 普段からずっと黒いマフラーを巻いているので、顔が小さく見えて余計に幼さが際立っている。

 髪は少し癖があるらしく、頭の上の方が二箇所ぴょこんと跳ねている。

 さながらそれは犬耳のようにも見えた。


 身長などは、私と同じぐらい。

 私は平均的な女子よりも少し背が低いので、彼の身長は男性としてとても低い事になる。


 本当に同級生なのかな? と思ってしまうが、彼は確かに私と同い年である。


 彼の名は上乃院うえのいん あおい


 彼もまた、私と同じくクラスの中で孤独な存在だった。

 でもそれは、彼が私のように嫌われているからではない。


 言葉の壁が大きいのだと思う。

 彼は異国、ヒノモトという日本っぽい国からの留学生である。


 物珍しさもあって、彼はクラスメイト達から注目されている。

 けれど彼はこの国の言葉にまだ慣れていない。

 片言で言いたい事が判り辛く、言葉を紡ぐにも時間がかかる。

 それをいとって、クラスメイト達も容易に言葉をかけられないのだ。


 そんな彼を私も……言葉こそかけないが気にしていた。


 私が彼を気にしていたのは、何も彼を物珍しいと思っていたからではない。

 実の所、彼はこの世界の元となったゲームにおける攻略対象の一人なのだ。


 ショタ属性の東洋人設定である。


 同じショタ系であるレニスのお兄ちゃんが年上ショタであるとすれば、彼は同級生ショタとなる。

 属性的に二人はライバル関係というわけだ。

 とまぁ、それは私の中の認識でしかないが。

 キャラクターグッズのポスターなどでは度々熱い共演を果たす二人だが、多分実際の二人に面識などないだろう。


 そしてもう一つ、彼にはある特殊な個性が設定されていた。


 そんな彼と私が初めて言葉を交わしたのは、それから少し後の事だった。




 レニスと一緒に昼食を食べて、空いた時間に中庭の散歩をしていた時だ。


「ちょっと寒くなってきたわね」

「……」


 レニスはふんふんと頷く。


 これは肯定だ。


「そろそろ、服の布を増やすべきかしらね」

「……」


 レニスは小首を傾げた。


「そう?」というかんじかな?


「……レニス。もう少し喋った方がいいわよ」

「……うん」


 短く答え、レニスはそれ以降黙った。


 今までの付き合いである程度言いたい事がわかるとはいえ、やっぱり言葉があった方がわかりやすくていい。


 とはいえ、彼女が言葉での意思伝達を苦手としている事はわかっている。

 だから無理強いはしたくないとも思うが……。


 解かる時は解かるが、解からない時はまったく解からないので、できればもうちょっと解かりやすくして欲しいとも思った。


「レニス。言葉で伝えるのが苦手なら、ジェスチャーで気持ちを伝えるようにしてみたら?」

「……」


 レニスは頷く。

 少し思案すると、両手を大きく広げた。


 これは、ジェスチャー?

 早速実践するとは、結構積極的だ。


 でもこれはどういう意味だろう?

 ミナミコアリクイの真似かな?


 ……警戒してるの?


「私、何か怒らせる事した?」

「……」


 レニスは顔を左右に振った。


「今のどういう意味だったの?」

「……感謝」


 そうだったのか。


「あら?」


 ふと、私は地面に落ちている物を見つける。

 それは金属板だった。

 しかもただの金属板じゃなくて、四方向に尖った形をしている。

 尖った部分には刃があった。


 これは……手裏剣?


 手裏剣は、忍者が使う飛び道具だ。

 映画や漫画などで忍者が使っているのをよく見た。


 私はその手裏剣を拾った。


「……」


 レニスが「何?」という感じで、私の手元を覗き込んでくる。


「多分、手裏剣」


 レニスは「何それ?」という感じで小首を傾げた。


「武器、かな」


 私は答えた。


 ……レニスが言葉をあまり発しないのは、私がある程度察してしまうというのもあるのかな?


 しかし、何故こんな物がここに落ちているのか?


 実の所、私にはなんとなくその理由がわかる。

 これの持ち主には心当たりがあった。


 昼休みが終わる。


 途中すれ違ったリヒター学園長に挨拶しつつ教室へ戻ると、私はその席の主が戻っている事を確認する。

 席に着いて手帳を難しい顔で睨みつける彼は、葵くんである。


 初めて声をかける事に少し緊張しつつ、私は彼の席まで向かった。

 私が前に立った事に気付いて、葵くんは顔を上げる。


「え、と……。アリシャ、サマ?」


 片言で訊ね返した。


「はい。そうですよ」


 何か御用ですか? という表情で葵くんは私の顔をうかがう。

 そんな彼の前、机の上に私はそっと手裏剣を置いた。


 それを見た葵くんの顔色が変わる。

 間違いなさそうだ。


 何せ葵くんは、ヒノモトからの留学生にして忍者という設定なのだ。


 彼は表向きこの国の教育を受けるためという名目で留学してきたが、実際は忍者修行のためにこの国へ留学してきたのである。


 忍者の修行のために西洋っぽい国に来るのはおかしいのでは?

 という気もするが、まぁいろいろ事情がある。


「ド、ドコデ、コレヲ?」


 葵くんは普段以上にぎこちない言葉遣いで訊ねてくる。


「庭に落ちてましたよ」

「ナ……ンデ、ボクノ、ダト?」


 あー。

 前世のゲーム知識、とは言えないな。


「なんとなく」


 便利な言葉で対応する。

 すると、葵くんは机に突っ伏した。

 その下から、呻くような声が漏れ聞こえてくる。


「うう……きっと鍛錬の時だ……。師匠に怒られる……」


 聞こえて来たその声は、日本語だった。

 この世界では、多分「ヒノモト語」と言った方が正しいのかもしれないけど。


 私にとっては懐かしい言語だ。


「黙ってればバレないんじゃない?」


 咄嗟に答える。


「え?」

「え?」


 葵くんが勢いよく驚いた顔を向けたので、私も戸惑って声を上げる。


「言葉がわかるんですか」


 問われてどうして彼が驚いたのか理解する。

 どうやら、私は日本語で返してしまっていたらしい。


「うん。まぁね」


 私は曖昧に返した。


「そうなんですか……。あの……本当に大丈夫でしょうか? バレないでしょうか?」


 どうやら納得してくれたらしく、彼は泣きそうな顔で訊ねてくる。

 犬耳のような癖っ毛も心なしか伏せられているように見えた。


 なんだか庇護欲を掻き立てられる子だ。

 こんな顔を向けられると守ってあげたくなる。

 ファニーフェイスというものかな?


「手裏剣の事、だよね?」

「はい」


 すぐに納得してくれたのは、私の怪しさよりも師匠に叱られる事の方が彼にとって関心が強いからだろう。


 私の返事を待つ彼の瞳は震えていた。


「さっきも言ったけど、私が黙ってれば大丈夫でしょう」


 多分。


 答えると、彼の表情が少しだけほころんだ。

 その感情を表すように、犬耳っ毛(面倒だから略した)もぴょこんと勢いよく立った。


 それどうなってるの?


「ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして。もう落としちゃだめだよ?」

「はい」

「じゃあね」


 私は言って、そこから離れようとする。


「あの」


 そんな私の背に彼は声をかけた。


「あなたは、僕が何者なのか知っているんですか?」


 問われて、私は振り返る。


「忍者でしょ?」


 右手で人差し指と中指だけを立てた形を作り、問い返す。

 フィクションの忍者がよくやっている手の形だ。


「ち、違います」


 しかし、葵くんは目をそらしながら答えた。


 忍者でしょうよ。

 私、知ってるんだから。


 彼は、東洋人、ショタ、忍者、という属性を持つ攻略対象だ。

 属性てんこ盛りである。


 複数の弾を放ち、被弾範囲を増やすというコンセプトはさながらショットガンのようだ。


 そういえばゲームでは、師匠から正体を隠せと言われているんだっけ。

 当の師匠も秘密主義が極まっており、作中では一切正体が明かされないという徹底振りである。

 そんな師匠の言いつけでは誤魔化さざるをえないか。


 ……誤魔化し方下手過ぎるけど。

 答えられないなら、始めから確認しなきゃいいのに。


 彼は依然として目を合わせようとしない。

 嘘の吐けない子なんだな。


「そ、勘違いだったみたいね」


 ちょっと可哀想だったので、追及せずにそう答えた。


「はい。そうです」


 彼はやっと私と目を合わせ、そう答えた。

 表情には安堵の色がある。


「じゃあ、そういう事で」


 私は今度こそ、彼のそばから離れた。


 自分の席に向かう。

 その途中……。


「アリシャさん」


 私を呼ぶ声があった。

 聞こえて来た方向を見ると、教室の入り口に一人の女性が立っていた。

 赤縁メガネの奥に輝く冷ややかな視線が、私へ向けられている。


「ルーさん?」


 私は彼女の名を呟いた。




 私が彼女に案内されたのは、学園の屋上だった。

 休み時間の終わりも近いためか、生徒は他におらず二人きりである。


 前を歩いていたルーが、くるりと踵を返して私へと向き直る。

 その際に、クイッと赤縁メガネを上げる。


 彼女の名はルー・プロキュール。

 学生の身でありながら司法に携わり、ゲームにおいては悪役令嬢である少女。

 レニスと同じく、ゲーム的に言えば私の仲間みたいな子である。


 あと、文化祭では一悶着あった相手だ。


「どうしたんですか?」

「……一応伝えておこうと思いまして。文化祭での事件について」


 文化祭の事件。

 アルティスタくんの像をめぐり、ルーさんの婚約者であるカインが犯人として疑われた事件だ。


「彼女がアルティスタさんの木像を盗んだ動機、覚えていますか?」

「……誰かに、頼まれた?」


 訊ね返すと、ルーさんは頷いた。


 その盗みの結果、あんな事件が起きてしまったのだ。

 彼女にその盗みを依頼した人間がいるとすれば、ある意味元凶と言える人物だ。


「それが誰かわかったんですか?」

「いいえ。彼女がその証言を翻しました」


 証言を翻した?


「どうして?」

「それはわかりませんが……。あの後、彼女は換金目的で窃盗に及んだと証言を改め、司法局もそれを認めるという事です」


 それはどういう事だろう?

 別の人間の関与を疑うより、そちらの方が信憑性は高かったという事?


「あなたはどう思うんです?」


 私が考えるより、こういう事は直接司法に携わる人間に聞いた方が早いだろう。

 しかし、ルーさんは首を横に振って見せた。


「数ある像の中、どうしてあれが盗まれたのか……。何か理由があったと私は思っています。なので像を調べようと思ったのですが……」


 彼女は歯切れ悪く言う。


「何か問題が?」

「あの証拠品、司法長官の執務室に飾られてました……」

「え、それいいの?」


 屋敷を一件買えるほどの価値があるというアルティスタくんの像。

 確かに飾りたいと思ってもおかしくないけれど……。


 証拠品を私物化していいのだろうか?


「よくありません。でも、私には口を出せません」

「でも、司法長官ってルーさんのお父さんなのでしょう?」


 訊ねると、ルーさんは言葉に詰まった。

 少し間を置いてから、細い声で答える。


「今の司法長官は、私の父ではありません。父は……、私のした事の責任を取って、辞任しました」


 ルーさんは痛ましい表情を作り、言葉を搾り出した。


 あの件、か。


 彼女は、文化祭での一件で、法に携わる者として許されない事をした。

 あれが正式な裁判でなかったとはいえ、現職の人間が行なっていい事ではなかった。


「私は、法に関わる人間としてあるまじき事をしました。その責任は私だけでなく、司法の世界を揺るがし兼ねない事……」

「……」


 どう答えるべきか……。

 判断に困って私は黙り込む。

 けれど私が言葉を発するよりも前に、ルーさんは言葉を続けた。


「私が像を見たのも、新しい司法長官からその処分を受けるためだったんです」

「……どんな処分を受けたの?」


 私は彼女の向けた話へ乗る事にした。


「検事職の無期限禁止です」


 そこまで言って、ルーさんは唇を強く結んだ。


 悔しげに歪む顔。

 眉根も、口元も、目尻まで歪んでいる。

 特に目尻の歪みは目を引く。


 それは私の心の問題かもしれない。

 実際にそうというわけじゃないけれど。

 今にも、そこから涙が零れだしてしまうんじゃないかと思えてしまったから。


「そう……」


 私は一声かけて、彼女に近付いた。


 背伸びして、肩に手を置く。


「ルーさんは、司法に携わる人間として絶対にしてはならない事をしたのだと思う」


 私が告げると、ルーはビクリと体を震わせた。

 肩へやった手から、その震えが伝わってくる。


「それも、自分の感情を優先させて……」


 私の語る言葉を、ルーさんは受け止めた。

 反論もせず、じっと。


「でも、気持ちはよくわかる。私だって、親しい人が大変な目にあっているなら自分のもてる最大限の力で助けたいと思う。それと同じ事なんだよ」


 彼女はゲームにおいて悪役に位置する。

 悪役令嬢というやつだ。


 けれど、悪人ではない。


 彼女は好きな人を助けたいと願って、自らの権能を身勝手に振舞った。

 人間には皆、身勝手が許されているものだけれど……。

 彼女は身勝手が許されない立場だった。


 だから私に、彼女の行いを肯定する事はできないけれど……。

 共感し、理解を示す事はできる。

 それぐらいは、許されるはずだ。


「辛かったね。あなたはカインくんを助けたかっただけなのにね……」

「……っ! 私は、慰められていい人間では……」

「そうだね」


 私が言うと、ルーさんは私の肩に頭を預けた。

 私は彼女の体に手を回して、背中をポンポンと叩いた。


 しばらく、私はそのままの体勢でいた。

 彼女が落ち着くまで、ずっと。

 明日は投稿できそうにないので、明後日12月6日に二話投稿させていただきます。

 だいたい、午後6時から7時ぐらいに投稿できると思います。

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