序章
待ってくださっていた方、お待たせしました。
私は深呼吸した。
緊張を和らげるため、そして覚悟を決めるため……。
この一呼吸を終えたら、踏み出そう。
そう思って。
「よし……っ!」
全然良くは無い。
言葉とは裏腹に、内心ではそう思いつつ……。
私は一歩を踏み出した。
薄暗い廊下には濃い赤の絨毯が敷かれていた。
絨毯に導かれるようにして歩む。
向かう先には光があり、廊下を進むごとに明るさが強くなっていく。
そして私は廊下を出た。
廊下を出た先には、空間が広がっている。
広い円形の室内。
中央にあるのは、立場の違う三者が座す席。
前に台を置かれた、向かい合う二つ席。
そして、その両者を望むようにある席。
それら三つだ。
その三者の織り成す事柄をじっくりと観るためだろう。
周囲を覆う壁を経て、高い場所に傍聴席がある。
席には既に、多くの人々が着席している。
粛々とした態度でありながら、人々の様子にはわずかな緊張と興奮が見受けられた。
それら全てに大きなシャンデリアの光が照らし、陰影をつけている。
まるで、ショーを見せる舞台のよう……。
周囲の席は傍聴席というよりも、観覧席だ。
私にはそう思えた。
私は一方の席に向かう。
席ではすでに、一人の人間が私を待っていた。
新聞を手にし、紙面へ視線を落としている。
彼女は私に気付くと顔を上げる。
私へ視線を移し、メガネを軽く上げた。
「さながら、被告以外に犯人は考えられないという論調で報じられているようですね」
「そうなんだ」
被告の心証はあまりよくないようだ。
気分が重くなる。
「覚悟はいいですか?」
彼女、ルー・プロキュールは私に訊ねた。
「大丈夫」
「そうは見えませんが」
できるならこんな所、立ちたくなかったよ。
でも、そういうわけにはいかない。
彼を助けられるのは、私だけなんだから。
しかし……。
私は広いホールのような部屋を見回す。
広さは、学校の講堂とあまり変わらないが、内包する空気はあそこよりも厳かだ。
長く、一つの用途だけで使われていたからこそ、厳粛な空気が染み付いてしまっているのかもしれない。
その空気に怯み、私は小さく俯いた。
ここは法廷。
法を基に、人の罪を定める場所だ。
学園での議論とは違う。
この場所で裁かれればもはや取り返しのつかない、法の庭だ。
まさか、私がこんな場所に立つなんて……。
思いもしなかった。
場違いだ。
でも……。
私は顔を上げた。
睨みつけるように視線を前へ向けた。
彼を助けるためにも、私はここから逃げるわけにはいかないのだ。




