十話 もう一つの証明
修正しました。
「そうね。概ね、あなたの言う通りよ。私は窓から美術室準備室に入って、アルティスタ様の作品を盗もうとしましたわ。あの窓は、外から針金で簡単に開けられますの」
倒れてから数分間。
セイルは気を失っていた。
意識を取り戻した彼女は、自供を始めた。
「でも、作品を手に取った時に……」
美術準備室にて、セイルは小さな彫像を手に取った。
「「ふふ、これで……」」
微笑むセイル。
が、その時。
美術準備室のドアが開いた。
中に入って来たのは、ジェイルである。
「「セイル様? お一人ですか?」」
「「あ、あなた……。どうしてここに?」」
「「生徒会の見回りに来たのですが……。セイル様は何をしているのですか?」」
「「私は……! ただ、少し掃除しようと……」」
「「あ、そうなんですか」」
ジェイルは簡単にそれを信じる。
「「セイル様がいらっしゃったのなら、ここは特に問題なさそうですね」」
そう言って、ジェイルは去ろうとする。
やり過ごせた事に、セイルは安堵する。
しかし、すぐに思い直した。
たとえ今疑われなかったとしても、ここで盗難があった事を知れば彼女は犯人として私の名を挙げるだろう、と。
見られたからと言って、セイルはアルティスタの作品を盗まないわけにいかなかった。
そうしなければならない理由があった。
盗んだ品を金に換える取引は今日。
この文化祭で行なわれる……。
今手に入れなければ、その機会はない。
だから、目撃者は排除しなければならかった。
疑われないためにも。
立ち去ろうとするジェイル。
咄嗟に木箱から黒曜石の『拳』を取ったセイルは、後ろからジェイルを殴りつけた。
美術準備室での犯行をセイルは詳細に語った。
「あの子は一撃で、動かなくなった。正直、死んだと思いましたわ。でも、誰にも見られていないからそのまま逃げれば疑われないと思いましたの」
「でも、そうはいかなかったんでしょう?」
私は訊ね返す。
セイルは頷いた。
「ええ。気付けば辺りには、私の真珠が散らばっていた。……放置すれば、真っ先に疑われると思った。だから、そのまま逃げるわけにはいかなかったの。拾い集めるには時間がかかるし、一つでも拾い損ねれば疑われてしまうかもしれない」
「それで、真珠が落ちていても不自然ではないようにしたわけですね」
「ええ。そうよ。あとはもう、説明するまでもないでしょう?」
つまり、私の推理通りという事だろう。
「……盗みに入ったのは、やはり実家を守ろうとしての事だったのですか?」
私は訊ねる。
彼女の実家は莫大な借金を背負っている。
彼女はその借金を返すために盗みに手を出したのだと思われる。
その確認だ。
「ふふっ」
鼻で笑われた。
「家のためですって? どうでもいい事よ。そんな事は……。あなたの推理も、全てが正しいわけじゃないって事ね」
彼女の発した小さな笑いが、次第に大きくなる。
「私が得るお金は、全て私だけのものですわ。私はただ、贅沢がしたかったの。あんな貧乏な家なんて、どうでもよかったわ。いずれあんな所は出て行って、適当な金持ちの男を捕まえて貢がせて一生贅沢したかっただけなのに……。私が望む事なんて、それだけだったのに……」
不意に、セイルは私を睨みつける。
「あなたさえいなければ、こんな事にはならなかったのにね。私が男達に見放される事も、盗みに入る必要もなかったのに……」
レニスの事件の事か。
あの事件で、私は彼女の本性を暴いた。
それ以来、付き合いのあった者達から距離を置かれているという。
そのため、男から貢がせる事ができなくなって盗みに入ったという事か。
セイルが、唐突に微笑む。
「ふふふ……。そう考えれば、あの女が被害にあったのもあなたのせいって事ですわね。そう、この事件はあなたが起こしたのよ。ジェイル・イーニャを傷付いたのだって、あなたのせいよ」
私のせい、か……。
彼女の言葉は、言いがかりの類ではある。
しかし、私があの時彼女の本性を暴いたのは、ゲームの展開を知っていたからだ。
そして暴いたからこそ、ゲームでは起こらないこの事件が起こった。
このイレギュラーを起こしたのは、確かに私だ……。
でも、私はレニスを助けた事が間違いだとは思いたくない。
「そう。全部、あなたのせいよ。私が不幸になったのも、あの女が傷ついたのも全部ね! いつか……いつか必ず、復讐してやるわ!」
その時だ。
バキッ!
という音がすぐ近くで鳴った。
その音は大きく、講堂内に響き渡る。
見れば、音を発したのは私の前にあった台。
そこに、アスティの大きな拳が叩きつけられていた。
彼の拳の威力で、台が真っ二つに割れる。
二つに割れた台は、ぱっかりと左右へ開くようにして倒れた。
「勝手な事を言うな!」
叩いた台の音に負けぬほどの大音声でアスティが怒鳴りつける。
「ひっ」
セイルが小さな悲鳴を上げた。
「全て! 貴様の招いた事だろうが!」
その一喝に、セイルは完全に腰を抜かしてその場でへたり込んだ。
アスティの怖い顔と相まって、直接怒鳴られて恐怖を掻き立てられたのだろう。
「どうやら、もう論じられるべき事はなさそうだな」
事の次第を静観していたレセーシュ王子が、声を発した。
「セイル・ギュネイ。お前への沙汰は、後日法廷にて言い渡される事だろう。今回の議論の内容が参考として採用されるだろうから、有罪を逃れる事はできぬ。窃盗未遂と殺人未遂。それらの罪から見て、良くとも国外追放となる事は覚悟しておけ」
「こ、国外追放? この、私が? そんな……」
セイルは顔を青くさせる。
そして、力なくうな垂れた。
「お前に、アリシャ嬢への復讐は叶わぬよ」
最後に、レセーシュ王子はそう呟いた。
そうして、今回の事件は終わった。
議論によって無実を証明されたカインは、すぐに拘束を解かれる事となった。
代わりに、セイルは憲兵によって講堂の外へと連行されていく。
その姿を見送ると、議論を傍聴していた生徒達もまばらに講堂から出て行こうとしていた。
そんな中、自由の身となったカインがこちらへと歩いてくる。
「……よお」
ばつの悪そうな顔で声をかけてくる。
あれだけ突き放していた相手に助けられれば、それも仕方がないだろう。
「カイン。よかったな。無実が証明されて」
「まぁな……」
笑顔を向けるアスティに素っ気無く答え、カインは顔をそらした。
「……ありがとう、な」
少しの間があって、カインは小さく礼を言った。
「俺はお前を信じただけだ。礼なら、アリシャに言え」
「……おう。ありがとう」
カインは例によって顔をそらしながら、私に礼を言う。
「私は、アスティ王子に頼まれただけですから別に……」
「じゃあ、誰に礼を言やいいんだよ?」
若干苛立ち混じりの様子でカインは言う。
不良に怒鳴られるのは怖いなぁ……。
「そうですねぇ。ルー様じゃないですか?」
「ルー……」
カインは婚約者の名を呟き、顔を顰めた。
「カインくん」
声をかけられて見ると、アルティスタくんがこちらへ歩いて来ていた。
「疑いが晴れてよかった」
「おう」
「ごめんよ。まさか、僕の作った物が犯罪に使われるなんて思わなかったよ」
アルティスタくんは落ち込んだ様子で言う。
「おまえのせいじゃねぇよ」
カインはそんな彼を慰めた。
アルティスタくんは私の方に向く。
「ありがとう。あなたのおかげで、僕の友達は助かった」
「いえいえ。私は、アスティ王子から頼まれただけですから」
答えると、アルティスタくんはアスティに向く。
「ありがとう、殿下」
「俺は、友人のために自分ができる事をしただけさ。それより、お前も災難だったな。せっかく作った石像を壊されて」
「まぁいいよ。また作ればいいし。それに、手の形がちょっと気に入らなかったしね。作り直すよ」
アルティスタくんは力こぶを作るようなポーズを取って、意欲を示した。
「次は、前の二倍は力強い像を作ってみせるよ」
次に作られる石像はダブルピースしているかもしれない。
「そんな話をしていたら、早速作りたくなってきたよ。じゃ、僕はこれで失礼するよ」
「ああ」
アルティスタくんは言って一礼し、アスティが応じた。
そのまま彼は、講堂から出て行く。
「なぁ、あんた」
カインが私に声をかける。
「なんですか?」
「ルー……。あいつは、何であんな事をしたんだ?」
あんな事、というのは偽証の事だろう。
「直接聞けばいいと思いますよ。今なら、保健室にいるでしょうし」
私が言うと、カインは何も答えずに頭を掻いた。
その様子に、アスティは溜息を吐く。
そして私に向いた。
「俺も、彼女が何を考えていたのか気になっている。折角だ。今から行ってみよう。何なら、ついてきてもいいぞ」
アスティはカインに声をかける。
「……ああ。じゃあ、そうする」
淡白に答える彼を伴って、私達は保健室へ向かった。
常駐している医師に案内されて保健室に入ると、ベッドで上体を起こすルーと目が合った。
彼女はカインの姿を見つけると、一つ息を吐いた。
「……議論が終わったのですか?」
「ああ」
答えようとして、私が声を発する前にカインが答えた。
私は口を閉ざし、成り行きを見守る事にする。
アスティも同じつもりのようだ。
「ここにいるという事は、無罪になったようですね」
「そんな事はどうでも……よくはねぇんだが。……一つ聞かせろ。お前、何で偽証なんてしたんだよ?」
カインの問いに、ルーは目をそらした。
その上で答える。
「私は始めから、セイル嬢が犯人であろうと思っていました。ですが、彼女を追い詰めるためには証拠が足りなかった。犯罪者が野放しになる事を私は許せません。だから、偽証したんです」
もっともらしい話だ。
「そうかよ」
カインも納得したらしく、一言返した。
その様子に私は溜息を一つ吐く。
このまま黙っていても埒が明かない。
それに、真実は証明しておかないとね。
私は口を開く。
その場にいる者の視線が一様に私へ向けられる。
「あなたが偽証した理由はそうじゃないでしょう?」
「どういう意味でしょうか?」
ルーから静かに問い返される。
「言葉通りの意味です。あなたが偽証したのは、彼女の罪を暴くためではなく……。コレル様を助けたかったからじゃないんですか?」
カインが、かすかに驚く仕草を見せた。
「婚約者を疎んでいる私が、どうして彼のために偽証をすると?」
対して、ルーは平然とした様子で問い返す。
「疎んでいる? それこそおかしな話です。少なくとも、あなたを見ている限りその言葉はあまりにも説得力がない。今までのあなたの論証は、犯人を追い詰めるためというより、コレル様を助けようとしているかのようにしか見えませんでした」
あの時に彼女が敵視していたのは、セイルじゃなく私だった。
矛盾を暴き立てる私に対して、彼女は必死になって食らいついてきた。
その一番の目的が、セイル嬢の罪を立証する事でなかった事は明白だ。
彼女が立証したかったのは、セイルの罪ではなくカインの無罪だったのだ。
どうあってもカインの無実を立証したい。
そう思えばこそ、私の論証を強引にでも潰そうとした。
ルーの唇の端が、キュッと固く閉じられる。
そんな彼女に、私は言葉を続けた。
「検事というものは、責任のある役職ですよね。人を裁く役職ですから、清廉さと高い信用が必要だと思うんです。だから、偽証なんて行いはとても重い罰を受けるんじゃないかと思います。それこそその資格を取り上げられたりもするんじゃないですか?」
よく知りませんけれど、と最後に付け足す。
そんな私に、彼女は答える。
「ええ……。これが正式な裁判じゃないとはいえ、悪くすれば検事ではいられない事でしょう」
「憲兵の方から聞きましたが、あなたは不正を嫌う方のようですね。私から見てもあなたは真面目で責任感が強い。司法全体の信頼を損なうような行いをするような方ではないと思いますし……。疎んでいる相手のために、そこまでできる方だとも思えません」
そんな人間が犯罪者を追い詰めるためとはいえ、ルールを曲げるとは思えない。
もしそれでもルールを曲げる理由があるとすれば、それに相応しい理由があるはずだ。
そしてその理由は、愛情だったのではないか。
そう思えた。
「あなたが偽証したのは、カインくんを助けたいがためだった。これは私の勘違いですか?」
私は再度、彼女の意志を確かめた。
ルーは答えない。
静かに、私の言葉を聞いていた。
「本当、なのか?」
カインがルーに訊ねる。
「お前は、俺の事が嫌いだろう?」
ルーの手が、ベッドのシーツを強く握る。
彼女は、カインの顔を見上げた。
「……いいえ、それは違います」
ルーはきっぱりと否定する。
「私は……私は……ずっとあなたの事をお慕い申しておりました」
「はぁ!?」
唐突な告白に、カインは驚く。
「そんな様子、全然なかったじゃねぇか。俺に会う時はいつもブスっとして、つまらなそうにしてたじゃねぇか」
「それは、あなたの前では強い女でいたかったからです。女としての弱さを見せたくなったのです」
「何でまた?」
問われたルーは、目を伏せながら訥々と答える。
「それは……あなたが強くなれと言ったから……」
「え?」
「憶えていませんよね。あなたは昔、虐められて泣いていた私を助けてくれた。そして、「強い女になれ」と言ったんですよ」
「えぇ?」
困惑するカイン。
その横で、アスティが「ああ」と納得の声をあげる。
恐らくアスティはその場面を目撃しており、なおかつ憶えていたのだろう。
「そんな事、言ったか?」
「酷い人……。その言葉であなたが好きになって、強くなろうとしているのに……」
ルーは苦笑する。
「私はずっと、好きでしたよ。だから、あなたが言ったように強くなろうとしている。好きになってほしいから……。それだけの事です」
その強くなった姿というのが、検事としての彼女の姿なのだろう。
背筋を伸ばし、何事にも動じず、真っ直ぐに相手を論破する。
そんな彼女には、確かに強さを感じた。
どうやら、カインはその表面だけを見て取り、ルーの本当の気持ちは伝わらなかったようだが。
まったく、何年も付き合いがあるのに相手の好意がわからないなんて鈍い事だ。
呆れちゃうぜ。
しかし、なんてストレートな告白だろうか。
それに対して、カインは顔を赤くして戸惑っていた。
何か言おうとしつつも、言葉にならない様子だった。
そんな中、不意にルーの表情が曇る。
「けれど、私にそんな事を言う資格はないのかもしれません」
「どうしてですか?」
私は問い返す。
「結局私は、カイン様を信じられなかったのです。だから、偽証という手段に走ってしまった。家名のみならず、法曹界の名誉にまで傷を付けて……。アスティ殿下のように強く信じる事ができれば、このような事はしなかったはずなのに。私のした事は全部無駄だったのですね」
沈んだ声で語るルー。
私は彼女に言葉を返す。
「全てが無駄ではなかったと思いますよ」
ルーが私を見た。
「結果論になりますが、実際彼女は犯人でした。そして、あなたの偽証《嘘》がなければその罪を暴く事はできなかったと思います」
偽証によって美術準備室に目を向けなければ、彼女の犯行は考慮すらされなかっただろう。
あのまま現場での目撃情報の真偽を論じ、カインの罪の軽重を論じるだけに留まったはずだ。
真実が明らかになる事はなかった。
「あなたが偽証しなければ、事件の真相に辿り着けなかったと思います」
「……無駄ではなかったと、仰ってくださるのですか?」
小さく微笑むルー。
それでも罪悪感を覚えているのだろう。
表情が儚い。
そんな彼女に、カインが声をかける。
「お前だけが悪いわけじゃねぇだろ。俺のために、やっちまった事なんだから。一緒に背負ってやるよ、お前のした事。その責任って奴を……」
「カイン様……」
「俺がお前に何をしてやれるかはわからねぇけど……。一応、婚約者だからな」
そう言って、カインは顔をそらした。
そんな時、アスティが声を上げる。
「お前ら、少し二人で話し合え。行こう、アリシャ」
「え、あ、はい」
声をかけられて返事する。
もうちょっと見ていたいけど。
でも、今二人に必要なのは誰にも邪魔されず話し合う時間かもしれない。
私は促されるまま、アスティと保健室の外へ出た。
外に出ると、保健室の医師が廊下に立っていた。
どうやら、医師も空気の読める人だったらしい。
それからしばらくして、憲兵が私達の所へ来た。
話によれば、ジェイルが意識を取り戻したという事だった。
これにて、三章『絶体絶命攻略対象』は終了です。
次の話までは、例によって時間が空くと思われます。
もっとテンポよく更新したいのですが、推理部分が難しくて時間が空いてしまいます。
それから、多分今度のタイトルは漢字八文字ではできなくなりそうです。
語呂がよくて好きだったんですけどね。




