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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命攻略対象
20/74

七話 検事追及

 修正しました。


 誤字報告ありがとうございます。

 修正致しました。

「セイル嬢にその犯行は不可能だったのではないか、と私は主張します」


 異議を申し立てた私は、続けて言葉を紡いだ。


「そうですか……」


 ルーは静かに言い、一度俯いた。

 再度顔を上げ、言葉を続ける。


「では、証拠を提示ください。反論するのならば、当然その証拠を持っているのでしょう?」


 私の主張に対して、ルーは問い返す。


 証拠……。

 今はない……。


 私は彼女の問いに首を左右に振って答えた。


「今の私の手元に、その証拠はございません」

「なら……」

「ですが、その証拠の在処ありかならば知っています」


 私が言うと、ルーは怪訝な表情になる。

 私は彼女から視線を外し、レセーシュ王子に向いた。


「レセーシュ王子。『美術準備室』のスケッチを出してください」

「『美術準備室』のスケッチ? それはすでに出ているはずですが」


 ルーが反応する。


「いいえ、違います。私が求めているのは『事件後の美術準備室』のスケッチではなく、殿下が個人的に描いていた『事件前の美術準備室』のスケッチの方です」


 そう、レセーシュ王子は昨日、事件が起こる前にもスケッチを行っていた。

 私が要求するのは、そのスケッチだ。


 それは一昨日の物とも違う、昨日描かれた物。

 私達が事件当日に美術準備室へ赴き、レセーシュ王子と出くわした時に彼が描いていた物だ。


「な、そんな物が……!?」


 ルーは動揺を見せる。

 恐らく、この議論が始まって初めて見せる彼女の感情的な揺らぎだ。


「聞いていませんよ、殿下! そんなものがあるなんて!」


 台に手を付き、身を乗り出すようにしてルーは声を上げる。


「私は、要請がなければスケッチを提出しないつもりだった。何が証拠となるかわからない以上、不用意にこちらから品を提出して混乱させたくなかったのでな。そしてお前が求めたのは『ゴミ捨て場』と『一昨日の美術準備室』と『事件後の美術準備室』のスケッチだけだ」

「それは……私が存在を知っていたのは、その三つだけだったからです」


 そういえば、一昨日の美術準備室へ来訪した人物は部長曰くレセーシュ王子とジェイル。

 そしてもう一人いたようだ。

 その最後の一人がルーだったという事か。


 ルーはその時にレセーシュ王子と会い、スケッチの存在を知っていたのだろう。

 石像の形状も……。

 そして、だからこそルーは致命的な矛盾を見逃してしまった。


「レセーシュ王子、お願いします。私が求めるのは『事件前の美術準備室』を描いたスケッチです」

「少し待て。必要ないと思って部屋に置いてきた。取りに行かせる」


 私が言うと、レセーシュ王子はその要請に応じた。


 それから憲兵が城までスケッチを取りに行き、しばらく議論が中断される。


 その間、ルーは腕組みして佇み続けていた。

 落ち着かないように見えるのは気のせいだろうか?


「スケッチをお持ちしました」


 やがて、憲兵がスケッチを持って講堂に現れた。


「見せてください」


 いち早く反応したのはルーだった。

 憲兵が彼女へスケッチを持っていく。


 彼女の視線が、素早くスケッチをなぞっていく。


「こ、これは……! そんな馬鹿な!」


 スケッチを見た彼女は怒鳴り、台に両手を叩き付けた。

 その拍子に、彼女の眼鏡が外れて落ちる。


「あぁ!」


 眼鏡がなくなり、目が強く眇められる。

 漫画なら、『3』の形で表現されそうな双眸である。


 ルーはかなり目が悪いようだ。

 台に落ちた眼鏡を必死に探し、ようやく見つけてかけ直した。


「何か?」

「いえ」


 その様子を見ていた私にルーは冷ややかな視線を向けて問い、私は言葉を返して顔をそらした。


 動揺し過ぎである。


 ……多分、彼女は気付いたのだろう。

 私が提示しようとしている矛盾。

 その重大さに。


 今まで自分の思う通りに議論が動かしてきた彼女にとって、これは想定外の事だった。

 だから、動揺が大きかったのだ。


「あなたは、わかったようですね。見ての通りです」


 私はルーに言い放つ。

 ルーは眉間の皺を深くする。


「どういう事だ?」


 矛盾について気付いていないらしく、アスティが訊ねてくる。

 でも『一昨日』と『事件前』のスケッチを見比べれば一目瞭然だ。

 あのスケッチには、ルーの推理を覆す二つの事実が描かれている。


「スケッチをこちらに」

「……」


 私が言うと、ルーは憲兵にスケッチを渡した。

 スケッチがこちらに渡る。


「アリシャ様」


 私がスケッチへ視線を落とす前に、ルーが落ち着いた声で私の名を呼ぶ。


「何でしょう?」

「あなたは、容疑者カイン・コレルの弁護を引き受けた。そうですね?」

「ええ」

「では、何故ここで異議を挟むのですか? あなたが異議を唱えなければ、議論はここで終わるというのに」


 どうして、彼女はこんな事を聞いてくるのだろう?

 彼女こそ、カインの有罪を立証しようとする立場のはずなのに……。


 これではまるで……。


「勝ちたければ、何も言わずに黙り込め。という事ですか?」


 言葉を返すが、ルーは答えない。

 ただ、冷ややかな目で私を見るのみ……。

 ……いや、冷ややかなんかじゃない。


 私を見るルーの目には、熱があった。

 決意と敵意に満ちた熱い眼差しだ。


 もしかしたら彼女は……。


「何故異議を唱えるのか……。簡単な事ですよ」


 私はルーの視線を真っ向から見据え、言葉を発する。


「私は、一概に信頼できるほど容疑者の事を知りません」

「だから、信用できないと? 犯人かもしれない、と?」


 問われ、私は首を左右に振った。


「確かに、私は彼を信用していません。けれど、アスティ王子は違います。彼を良く知り、彼の無罪を心から信じています」

「アスティ殿下が?」

「はい。そして私は王子なら、信頼できます」


 私が言うと、アスティが私の顔を凝視した。


 こっち見んな。


「彼が王子の信じる通りの人物ならば、きっと罪など犯さないでしょう。ならば、そこに虚偽を挟む必要はありません。全ての虚偽を排した先には、きっと彼の無実が明かされる事でしょうから」


 そう、それが真実ならば、どんなに不利な事実を背負ったとしても必ず彼の無実は証明できる。

 私は、そう思うのだ。


「だから、私は黙りません。このまま、あなたの立証に潜む嘘を暴きます」


 彼女を睨みつけて言い放つと、ルーも私を睨み返した。


「ですが――」

「あなたは」


 何か言い募ろうとするルーに言葉を被せる。


「信頼できないんですか?」


 その問いに、彼女は息を呑んだ。

 黙りこむ。


「そういう事か……」


 スケッチを眺めていたアスティ王子が呟く。


「わかりましたか」

「ああ」

「じゃあ、指摘しましょうか」


 そんな彼から、スケッチを受け取る。

 ルーへ向き直った。


「さて、あなたの推理ですが。このスケッチと致命的な矛盾があります。第一に、石像を倒して被害者を殴打したという話ですが、それは不可能です。何故なら」


 私はスケッチをルーへ向けてつきつけた。


「一昨日の石像と昨日の石像では、形状が違うからです」


 今受け取った『昨日の美術準備室』スケッチ。

 そこには『事件後の美術準備室』で壊されていた石像の元の形がしっかりと描かれていた。


『拳』ではなく、『掌』を開いた形の石像が……。


「見ての通り、この石像は拳を握っていません。掌を完全に開いた状態になっています。これでは、たとえ手の部分が直撃したとしても拳と同じ大きさの打撲痕にはなりません。打撲痕はもっと大きなものになるでしょう」


 これが一つ目の矛盾だ。

 ジェイルは、拳と同じ大きさの物で殴られた。

 だったら、これが凶器であるはずはない。


 ルーは特に驚くでもなく、私の論証に耳を傾ける。

 恐らく、このスケッチを見てその矛盾を悟っていたからだろう。


「そしてもう一つ。このスケッチには、二つ並んだ箱が描かれています。無論それは、石像の破片を入れていたものです」


 この破片の入った箱。

『事件後の美術準備室』と『一昨日の美術準備室』のスケッチ。

 そのどちらにも描かれていなかったものだ。


 そして『事件前の美術室』のスケッチに描かれた箱には、ぎっしりと黒い破片が入っていた。


あの時の石像の破片は、あの後美術部員達によって片付けられていた。

多分、そのまま箱詰めされたのだろう。


 それが、このみっしりと黒い破片が詰まった箱だ。


「この箱には、隙間なくみっしりと破片が詰まっています。果たして、この中に人を隠せるでしょうか? 私には、不可能だと思えます」

「!」


 ルーは驚きの表情を作る。

 どうやら、こちらには気付いていなかったようだ。


 これら二つの矛盾は、今の所このスケッチ以外に証明手段がない。

 証拠としては弱い。

 しかし、これを描いたのはレセーシュ王子だ。

 王族の彼が描いた物ならば、証拠能力は高い。


 王族の目撃証言の強さがどれほどのものかは、前の議論の時に嫌という程味わったからね。

 その証拠能力の高さを今度は私が活用させてもらう。


「これらの点から、私はその犯行が不可能であった事を主張します!」


 私が力強く声をあげると、辺りがしんと静まった。


「どう思われますか?」


 訊ねる声に、ルーは答えなかった。

 ただ、彼女は俯き……。

 台の上に置いた手を握りこんだ。

 余程力が入っているためか、手はかすかに震えている。


「その沈黙は、私の論証への肯定と取ってよろしいですね?」


 私は確認のために、声をかける。


「いいえ……」


 小さく呟くように、ルーは否定した。

 そして、勢い良く顔を上げる。

 その表情に、今までの冷ややさはなかった。


 あるのは、相手に挑みかかるかのような勇ましさである。


「いいえ! 確かに、あなたの指摘した事は私の推理の矛盾点を衝いています。ですが、だからと言ってセイル嬢に犯行が不可能であったという事にはなりません。現に、彼女は手紙で被害者を美術準備室へ呼び出しています」

「……お待ちください。あの手紙は、彼女が出したものだと決まったわけじゃありません」


 ルーの主張に、私は反論を試みる。


「ですが、現に事件のあった時間帯に美術準備室の出入りを確認された人物はその二人だけです。状況から言って、どちらかが呼び出した事は間違いないでしょう」

「だからと言って――」

「そもそも、セイル嬢はいつから美術準備室にいたのでしょう?」

「え?」


 問い返され、私はすぐに言葉を返せなかった。


「そう。被害者が美術準備室を出た姿を見られていないように、セイル嬢もまた美術準備室へ入る所を見られていないのです!」


 そういえば、そうだ……!

 彼女はどうやって、誰にも見られずに美術準備室へ入ったのだろう?


「彼女は恐らく、誰にも見つからないように窓から美術準備室へと侵入し、被害者が訪れるのを待ち伏せしていたのです」

「そんな事は――」

「彼女は美術部員です。部屋に出入りしていても怪しまれない。前日の内に鍵を開けておけば、後で窓から侵入する事も可能でしょう」


 確かに、美術準備室は一階にある。

 侵入は不可能じゃない。

 けど……。


「待ってください! その日は、アルティスタくんが徹夜でずっと学校に残っていました。窓が開いていれば、流石に気付いて鍵を閉めるはずです」

「いいえ! 開けておくのは鍵だけで、窓は開けなければいいだけです。それならば、気付かれないという事もありえます」


 確かに、不可能ではないけれど……。

 運の要素が強いから、確かな手段とはいえない。

 それでも、否定はできないが……。


「そして、何故人目を避けてまで美術準備室へ侵入する必要があったのか……。それは被害者の殴殺を目的としていた事の証明に他なりません。この事実以外に、証明すべき部分はあるでしょうか?」


 強い眼差しと共に、ルーは問う。

 私は腕を組み、思案する。


 どうやら、ルーはどうあってもこのままセイルの犯行で押し通すつもりのようだ。


 今の彼女は、感情的に動いているように見える。

 今までの冷静さも、緻密さも彼女の論証にはない。

 強引にでも、どんな手を使ってでもセイルの罪を立証しようとしているようだ。


 いや、正確には違うのかもしれない。

 彼女のしたい事は、セイルを陥れる事ではなく……。


 その目的は私達としても、願ったり叶ったりではある。

 ただ、それは正しくない。


 はっきりと立証された事実でもない。


 私は、無実の者が陥れられる事を許容できない。

 それは、私自身が冤罪の渦中に陥れられた事があるからだ。

 そして、私の友達であるレニスも……。


 あの無念さと絶望的な気分は、あの苦境に立たされた者にしかわからない。


 だから、私は虚偽の介在する立証を許せない。


 疑念の残る無実は私の求める結果とかけ離れている。

 カインの無実を証明するにしても、私はあくまで真実を追い求めたいのだ。


 そして、私はそれを許されている。

 アスティは友人を救いたい気持ちを我慢し、私のやりたいようにさせてくれているのだ。

 それは、カインが無実である事と私がその無実を証明できる事を信じているから……。


 カインへ強い信頼を抱いているように……。

 アスティは私の事も信じてくれている。


 ならば、その期待にも応えたい。


 私は、ルーの立証について考える。


 何か、指摘する部分はないだろうか?

 彼女の論証を打ち砕く手立てはないだろうか?


 彼女が今、立証の基点としているのはセイルがジェイルを呼び出した可能性についてだ。

 今の所、あの手紙を出したと思しき人物はセイルしかいない。


 正直に言えば、セイルは怪しい。

 確かに、入室の目撃証言がないのは不自然だ。

 なら、窓から侵入したという可能性は否定できない。

 もしくは、人が校舎に溢れる前から美術準備室に潜んでいたか……。

 いや、アルティスタが徹夜でずっと居たからそれは考えにくいか。


 しかし……。

 侵入したとしても本当にジェイルを害する事が目的なんだろうか?

 そもそも、彼女にジェイルを害する動機が見当たらない。

 呼び出されるとしても、むしろそれは恨みを買っている私の方だったんじゃないだろうか。


 何だか、彼女がジェイルを呼び出したという事からして不自然な事のように思えてきた。


 そもそも、本当にあの手紙は彼女が出した物なのだろうか?


 ……そういえば、あの手紙。

 裏に数本の線が入っていたな。

 あれ、何だったんだろう……。


 便箋の模様というわけでもない。

 というより、あの紙は便箋じゃない気がする。


 まるで、手近な紙を適当に取って使ったみたいだ。

 メモ用紙とか……。


 あっ……。


 メモという単語で、思い当たる物があった。


 この紙の正体はもしかして……。


 私は、部長を見た。


「部長さん」

「はい。何でしょう」


 自分が呼ばれるとは思わなかったのか、少し驚いた様子で部長は応じる。


「昨日、王子から受け取ったスケッチはメモ用紙にしたのですか?」

「ええ。九分割して今も持っています」


 言いながら、部長はエプロンのポケットを軽く叩いた。


「九枚とも全部ですか?」

「えーと……一枚だけ――」


 部長が答えようとした時、台を強かに叩く音がした。

 台を叩いたのはルーだった。


 その表情には強い焦りがありありと見て取れた。

 もはやそれは、絶望的にすら見える。


「それは、事件に関係のない事だと思いますが?」


 ルーは疲れきった表情で言う。

まるで、私に質問をさせたくないようだ。

 というより、部長が発言する事を恐れているように思える。


 これはもしかして……。


「いいえ、証言してもらえばわかる事ですが。これは非常に重要な事だと思われます。今後の議論を左右するほどに」

「しかし――!」

「私にも、証言を要求をする権利があるはずです。事件に関係性がないというのなら、証拠でその根拠をお示しになってください!」

「……くっ」


 ルーの発言にかぶせて言葉を返すと、彼女は悔しげに唸った。


 私は部長に向いて証言を促す。

 部長は一つ頷いてから続けた。


「メモ用紙は、一枚だけ差し上げました。だから、今は八枚だけです」

「それは誰に?」

「そこにいる、プロキュール様です」


 ルー、か……。

 やっぱり……そうなんだ……。


 ……でも、それって。

 私の考えが正しければこれはとてつもない大事おおごとなのではないだろうか。

 それもまた、ある種の事件だ。


 この事件は一つだけでなく、二つの事件が重なっていたんだ。


 ルーを見ると、台に両手を付いて俯いていた。


 再び、私は部長に問い掛ける。


「それはいつの事でしょう?」

「事件が起こってからです。事件の概要を書き留めておきたいから、と紙を一枚要求されまして。なので、手元にあったそのメモをお渡ししました」


 なら、間違い無さそうだ。


「部長。そのメモ、ここに全て持ってきていただけますか?」

「はい」


 部長に八枚のメモを渡される。

 それら白紙の部分を裏返す。


 このメモは、元々レセーシュ王子が美術準備室のスケッチを描く時に書き損じた物だ。

 部長はそれを裁断し、メモに転用した。


 なら、そのメモの裏をパズルのように合わせれば……。

 そこには、美術準備室の簡易スケッチが出来上がる。


 組み合わせたメモ用紙。

 出来上がったスケッチは、丁度中央のピースだけが欠けていた。


 そこに、美術準備室への呼び出し状をはめ込む。

 手紙の裏に描かれていた線は他のピースと繋がり、スケッチの一部としてそこに収まった。


 間違いなく、この手紙はレセーシュ王子が書き損じたスケッチの一部である。


 このジェイルを呼び出したとされる手紙は、そのメモを使って書かれていたものだったのだ。


 そして、この事実はとんでもない真実を浮かび上がらせる証拠品でもある。


「ルー様」

「……」


 私の呼ぶ声に、ルーは俯けていた顔を上げた。

 その表情には焦りを通り越し、憔悴が見える。


「……なんですか?」

「このメモ用紙は、レセーシュ王子が描き損じたスケッチを裁断して作られたものです。部長の話では、この内の一枚は事件の捜査中にあなたへ譲渡されたという話でした」

「ええ……その通りです……」

「ゴミ捨て場に落ちていた手紙。これの裏に描かれていた線が、ぴったりとメモのスケッチと一致しました。つまり、この手紙は部長が持っていたメモ用紙を使って書かれた事になる」

「それが何か?」

「そして、このメモを使う機会があった人間はあなただけだった。ならば、これを書いた人物はあなただという事です……」

「……」


 ルーは黙り込み、しかしその目は私を睨みつけ続ける。


「事件の捜査中にルーさんに渡されたメモ用紙。これに書かれた手紙が、事件前に被害者の手へ渡る事は絶対にありえません。では何故、その手紙が被害者を呼び出したものとされたのか……」


 あれは、ジェイルがペンダントと共に掌に握りこんでいたものだ。

 でも、事件時に存在しないはずの手紙を彼女が握りこめるはずはない。


 その事実を捻じ曲げる事のできる人物がいたとすれば、一人だけだ。


 そこで一拍置き、私はルーに向けて告げる。


「あなたは、偽証しましたね? セイルさんへ疑いを向けさせるために」


 私の発言が静かな講堂に響いた。

 固唾を呑み、私達のやり取りを見守っていた生徒達がその一言でざわめきだした。


「思えば、おかしな話です。この国の憲兵は優秀という話でした。だというのに、その手紙だけは見逃されていた。私達に見つけられるような手がかりを見逃していたというのはあまりにも不自然です。被害者がもう一方の手紙を持っていたという事も絶対にありえない」


 告げる私に対して、ルーは俯き、何も答えない。


「それに、あの日のあなたは一人でゴミ捨て場にいた。本来なら、あなたは事件の捜査指揮を執るために憲兵達と同行するはずです。一人残ったのは、偽装工作をするためだったのではないですか?」


 黙り込んだままのルーに、私は構わず続ける。


「あなたの立場ならばそれも不可能ではないはずです。ゴミ捨て場に手紙を置く事も、手紙を被害者が握りこんでいた物だと偽る事も。どうなんですか? 黙っていても、捜査にあたった憲兵から証言を聞けばわかる事なのですよ?」


 ルーは顔を上げる。

 そこに痛みがあるかのように服の胸元を握り、悔しげな表情で私を睨みつけていた。

 しかし、その表情が一瞬にして消える。


「私、は……私は……は……ごめんなさい……カ……ま……」


 彼女は何かを言いかけ、フッと台に倒れこんだ。

 台に頭をぶつけ、そのままずり落ちるようにして崩れた。

 仰向けに倒れる彼女。

 台にぶつかった拍子に纏められた髪がバラリと解け、床に長い髪が広がった。


「ルーさん!」


 場が騒然となる。


 倒れた彼女は気を失っていた。

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