四話 不動の検事
この話について指摘があったので、見直します。
ついでに、この章を全体的に見直そうと思うので数日お待ちください。
修正致しました。
ジェイル・イーニャ殺人未遂事件。
ルーは今回の事件をそう称した。
殺人未遂……。
今回で三度目か……。
ふと、レセーシュ王子が私達の前に現れる。
彼は、講堂中央の左右の台を横から望める位置に立った。
「今回は、議論の見届け人としてこの場に立たせてもらう」
そしてそう宣言した。
「はっ。お願い致します」
ルーが丁寧にお辞儀をして答える。
ふーん。
裁判長のようなものか。
「目撃者でもあるため、証言には応じるがそれ以外には何か口出しをするつもりはない」
裁判長でもないのか。
本当に見届けるだけという感じのようだ。
ならこれまでの議論と同じだ。
「まず事件の概要について、確認しておこうと思います」
「はい」
ルーの発言に私は応じる。
「事件が起こったのは、昨日の昼頃。被害者はジェイル・イーニャ。容疑者はカイン・コレル。被害者は学園内のゴミ捨て場前にて、容疑者の拳による右側頭部への殴打を受け、昏倒に到りました」
ルーは淡々と事件の概要を語りだした。
「なお、目撃者であるセイル・ギュネイによってその一部始終は目撃されています。現に彼女の頭部にできた打撲痕は「拳大の物体」によって殴打されたものに間違いなく、これらの点から目撃者の証言には信憑性があると推察します」
また、頭部への打撲か……。
そろそろ、ジェイルの頭が本気で心配になってきた。
「ジェイル……被害者の容態はどうなっているのでしょう?」
私は訊ねる。
「適切な治療がなされ、命に別状はないとの事です。ただ、余程硬いもので強く殴打されたらしく、意識は未だ戻っておりません」
無事か。
よかった。
しかしそれはそれでおかしい。
本当に超合金でできているんじゃないだろうね?
「凶器が拳、というのは間違いないのでしょうか?」
「医師の話によれば、その可能性が高いとの事です」
ルーに訊ねると、彼女は答えた。
断定はされていないようだ。
「そうですか。ですが果たして、拳は凶器となり得るのでしょうか?」
拳で人を殺すというのは難しい。
おいそれとできる事ではない。
……死んでないけど。
「なります」
ルーはきっぱりと断言した。
「容疑者は幼少の頃より徒手格闘術の手ほどきを受け、その拳で人の顎を叩き割った事があります。十分に、その拳は殺傷能力を持っているものと私は判断します」
マジで。
ゲームでもそこまでは描写されていなかったよ。
確認の意味を込めて、アスティを見る。
「カインは前に、町で喧嘩して相手の顎を割った事がある。まぁ、その時は相手が刃物を持っていた事を考慮され、正当防衛として処罰は免れているがな」
そうなんだ。
たしかに、そんな拳が当たれば無事じゃすまないだろう。
「とはいえ……あくまでも拳大のものであって、拳であるとは限らない。ならば、カインを犯人と断定するのは性急過ぎる」
アスティがルーに向けて言葉を発する。
「もうお忘れですか? その現場は、目撃されているのですよ。容疑者が被害者を殴り倒した証言があり、実際に拳で殴られた痕がある。これで別の凶器であった方が不自然です」
「ぐっ、そうだった……」
華麗にやり返されて、アスティが仰け反った。
粗をつついてみたつもりだったが、粗じゃなかったみたいだ。
……セイルの証言、か。
そして、現場を目撃したのは彼女だけじゃない。
私達も、だ。
確かに、あの場面を見る限り、カインが殴ったと見るのが妥当だろう。
だから、この証言を崩すのは難しい。
ルーは、今のやり取りを意にも介さない様子で続ける。
「そして、これが事件後の現場のスケッチ。レセーシュ殿下の描いたものです」
ルーの言葉と共に、レセーシュ王子が憲兵にスケッチを渡す。
憲兵が私のところへスケッチを持ってくる。
スケッチは色鉛筆か何かで軽く彩色されていた。
渡された長方形の紙には、昨日見た光景がそのまま切り取られていた。
その中で、倒れるジェイルへ目を向ける。
顔の左側を向けるようにうつ伏せで倒れるジェイル。頭部には白い包帯。首筋にはチェーンが見え、チェーンの先は彼女の右手に握られている。
恐らく、握られているのは一昨日見せてもらったペンダントだろう。
あの後レセーシュ王子はすぐにジェイルを保健室へ連れて行ったので、このジェイルは記憶を再現したものだろう。
私は細部を憶えていないが、確かにこうだった気がする。
王子は記憶力がとても良いようだ。
ゴミ捨て場には黒い破片の山。
絵の奥の方、昨日セイルがいた場所には台車と空の木箱が二つあった。
スケッチの中で見るべき所はこれくらいか。
……いや、もう一つある。
ペンダントのチェーンには、蛇行する短い赤線が描かれていた。
「あの、レセーシュ王子」
「何だ?」
「このペンダントのチェーンに引っ掛かっている赤色は、書き損じか何かですか?」
「いや、それは糸くずだ。チェーンにひっかかっていた」
王子が答えると、ルーが口を開く。
「これが実物になります」
憲兵が、私の所にペンダントを持ってきた。
チェーンから繋がったペンダントは円盤状のものだった。
昨日見た物とは形状が違う。
でも、同じ人間が作ったものだろうか?
色合いや質感はとてもよく似ていた。
チェーンにはスケッチと同じく赤い糸くずが引っ掛かっていた。
チェーンの輪の継ぎ目に噛まれている。
「彼女はそのペンダントを手の中に握りこんでいました。これと一緒に」
ルーによって、証拠品がもう一つ提示される。
それは、一枚の紙片だった。
紙には何か文字がかかれているが、真ん中辺りが千切られてぽっかりと空白になっている。
どうやら、元は長方形の紙だったようだ。
『ジェイル・イーニャ殿 ×××××へ来られたし』
空白以外の場所には、こう書かれていた。
「余程、取られたくないものだったのでしょう。意識を失ってなお、取り出すのが大変なほど強く握りこまれていました」
誰にも取られたくなかった?
それはどちらだろう?
ペンダントか、紙片か……。
「紙片は、恐らく握りこまれた後に何者かが無理やり取り出そうとしたのではないかと思われます」
「だから、破れていたと?」
アスティの問いに、ルーは頷く。
なるほどね。
さて。
偶然ながら、私にはこの証拠に対する心当たりがある。
恐らく、私が持っているアレと関係があるはずだ。
ただ……この証拠品は憲兵に報告済み。
ルーも把握しているはず……。
それでも、その事を指摘しないのはどういう事だろう?
考えられるのは、その証拠がカインの罪を立証する上で邪魔になるからだけど……。
「無論、その紙を取ろうとした何者かとは容疑者であるカイン・コレルである。そう、私は主張します」
ルーが宣言する。
やっぱりか。
「この紙片は元々手紙で、空白には恐らくゴミ捨て場と書かれていたのでしょう。容疑者は手紙によって被害者をゴミ捨て場に呼び出し、そこで暴行を加えた後に証拠隠滅のため手紙を回収しようとした。そして、手紙は破れてしまった」
「待て! カインはそのような事をしない!」
アスティが怒鳴るように反論する。
「そう思うのなら、私の推理を否定する証拠を提示してください」
「なっ……」
「それが用意できないのでしたら、反論はお控えくださいますよう」
丁寧な言い方だが、その口調は淡々としていて冷ややかだった。
つまり『証拠がないなら黙っていろ』という事だろう。
「くっ……」
アスティは言葉に詰まって呻く。
そして視線を私へ向けた。
「なんだか、お前が可愛く見えてきた……」
え?
何です、それ?
「突然、何を言い出すんです?」
「……深い意味は無い。ただ、カインはよく自分の婚約者は可愛げがないと言っていたが、その意味がわかった」
えーと……。
つまり今までは私の事を可愛くないと思っていたが、それ以上に可愛くない相手を前にして相対的に私が可愛く見えた、という事?
失礼だな。
「ふーん」
「何だ?」
「いいえ、構いませんよ。嫌われているのは知っていますからね」
「……?」
貴様の前ではもう二度と可愛い姿など見せてやらん。
今度議論の相手になった時は、虚偽と真実諸共にドリルで串刺しだ!
まぁ、そんな事どうでもいい。
今は、議論に集中しよう。
私はルーに向き直った。
「それがあなたの主張ですか?」
問うと、ルーは頷いた。
私は一度目を閉じ、思案する。
今の所、ほとんどの証拠がカインの犯行を示している。
私はカイン・コレルという人間をゲームの中でしか知らない。
ゲームでのカインは、粗暴ではあるが悪人では無い。
私はそれを知っている。
だが、無条件に無実を信じられるかといえばそうではない。
何故なら、これは現実でありゲームでは無いからだ。
私の眼前に広がるこの場所は、私にとっての現実だ。
ゲームのように、シナリオ通り進むわけじゃない。
現に、この状況がすでにゲームで存在しないものだ。
こんなイベントなど、ゲームにはなかった。
だから、絶対的に信じる事はできない。
信じる事ができなければ弁護などできない。
だが、真実を証明する事はできる。
互いに議論を交わしあい、矛盾を正していけばいずれ真実に到達する。
それが今までの経験で知った事だ。
さぁ、暴いてやるぞ。
この事件の真実を。
「反論はありますか?」
ルーが問う。
「どうなんだ?」
隣に立つアスティが訊ねてくる。
私は黙ったまま頷いた。
ルーに向いて言葉を発する。
「反論はありません……。ですが、あなたの推理を根底から覆す程度の証拠は提示できると思います」
不敵な笑みで答えると、ルーの眉根がピクリと揺れた。
私は自分の持っていた紙片を取り出した。
ルーに見せる。
「それは、昨日現場で発見されたという証拠ですね?」
ルーに指摘され、私は頷く。
そして紙片を、手元にあったもう一つの紙片と合わせる。
紙片はぴったりと合わさり、長方形の紙になった。
「これは……」
アスティが出来上がった一文を読み、驚きの声を上げた。
やっぱりだ。
できあがった一枚の紙を憲兵に渡す。
ルーへ渡してもらう。
「ふむ……」
ぴったりと合わさった手紙には、完成した一文が走っていた。
『ジェイル・イーニャ殿 美術準備室へ来られたし』
完成した文はそうなっていた。
「この手紙でわかる事は、被害者が呼び出されたのはゴミ捨て場ではなく美術準備室だったという事です。そうなれば、ルー様の推理は破綻します」
どうだ……!
「そのようですね」
私の言葉に、ルーは平静さを崩さぬまま答えた。
推理を崩されたというのに、彼女は落ち着いている。
「なるほど。そういう事でしたか……」
何か思案し、彼女は呟いた。
書類を取り出して紙面を目でなぞる。
「たしかに、美術準備室へ入る彼女の姿は一部の生徒に目撃されているようです。この手紙には、信憑性がありますね。どうやらこの事件。そう単純なものではないようです」
「はい。なので、至急に美術準備室の捜査が必要かと思われます」
「その必要はありません」
え?
ルーににべも無く却下される。
「何故だ?」
アスティが訊ね返した。
「すでに、美術準備室の捜査は済ませているからです」
「なっ……」
驚くアスティに対し、ルーは言葉を続ける。
「事件についての聞き込みをしていた所、美術準備室に気になる部分があったため念を入れて捜査しておきました」
そうなんだ……。
いや、本当にそうなんだろうか?
あまりにも根回しが良すぎる。
まるで、始めからこうなる事がわかっていたかのようだ。
もしかしたら彼女は、こうなる事を始めから予測していたんじゃないだろうか。
彼女は私の見つけた証拠の事を知っていたはずだ。
そこから、この展開を読んでいた可能性がある。
いや、むしろ誘導されたと言った方がいいのかもしれない。
私が証拠を提出し、美術準備室についての議論へ発展するように。
なら、きっとこのままでは終わらない。
彼女が誘導した先。
そこには彼女にとって有利な展開が用意されているはずだろうから……。
彼女はどうやら、今まで以上に手強い相手のようだった。




