二話 目撃
修正しました。
後の展開との矛盾を発見したので、過去改変しました。
誤字報告、ありがとうございます。
修正致しました。
美術室を出た私達は、校舎から外へ出た。
外には、各教室が催す屋台の模擬店がいくつもあった。
校舎内で作れない、作り置きのできない料理など、そういった物の販売を目的とした店が多い。
中には、ファンシーショップみたいな可愛らしいぬいぐるみなどを置いている店もある。
屋台の店としてはやや不似合いである。
こういう光景を見るとついお好み焼きや焼きそば、たこ焼きを探してしまう。
当然、そんなものがあるはずもないのだが。
せめて、唐揚げの屋台やフランクフルトなどがあってもいいのではないだろうか?
とはいえ、目当てのものがなくとも屋台の発する料理の匂いは食欲をそそるものだ。
匂いだけでなく、焼かれる様子や音など、五感に訴えかけるライブ感がある。
とても魅力的だ。
ついつい購買衝動を掻き立てられてしまう。
ふと、ガレットの模擬店が目に入る。
「ガレットか。買ってやろうか?」
アスティが私の気持ちを察したのか、そう申し出る。
「結構ですよ。王子のお財布は、国民の血税で満たされたものでしょうから」
「だからこそ国民に還元しようという話だ。お前もレニス嬢も我が国の民だ」
それもそうだ。
「わかりました。そうまで言うのなら」
私とレニスはガレットを買ってもらう事にした。
「ありがとうございます」
私は礼を言い、レニスも無言で頭を下げる。
「かつてを思えば微々たるものだ」
記憶を取り戻す前の私の事だな。
ドレスとか宝石とか、結構強請ってたからな。
「正直、定期的に何かを強請られないと後々とてつもない物を強請られるんじゃないかと不安になる」
アスティ……。
私のせいでそんな強迫観念を植え付けられてしまっていたのか。
「しかし、俺がお前に贈った物をお前が身に着けている所を見た事がないな。例外は、あのブローチだけだ」
「……他は、全部大事に保管しているんですよ」
汚したくないから。
たまに手入れをする程度には、大事にしている。
それは、私が前世の記憶を取り戻す前から行なっていた事……。
つまり、前世の記憶を取り戻す前の私自身が行なっていた事だ。
「そうか……」
「別に、裏で換金していたなんて事はないですよ」
「そんな邪推はしていないが」
屋台にて、ガレットを注文する。
目の前の鉄板でガレットが焼かれる。
キャベツたっぷりで、目玉焼きが中央に鎮座している。
ソースの色も濃く、良い匂いだ。
もはやお好み焼きに近い。
「珍しいガレットだな」
「光栄です、殿下。材料を安く、そしてパンチのある味を目指して我がクラスで開発したガレットです。なんと、魚介でとった出汁で粉を溶いているんです」
アスティの言葉に、ガレットを焼いていた生徒が答える。
王子に声をかけられた事が嬉しいのか、生徒はどこか得意げだ。
「でも、これで終わりじゃありませんよ。仕上げに」
ガレットを焼いていた生徒は、キャベツの中央に鎮座していた卵を潰し、そのままひっくり返した。
しばし焼いてから、お皿にとって濃い色のソースがその表面に塗布される。
それで完成だ。
「へい、お待ち!」
……広島焼じゃん。
生徒の作ったそのガレットは、どう見ても広島焼だった。
ガレットを受け取り、グラウンドの一角にあるテーブル席の並んだ場所へ向かう。
席を確保し、ガレットを食べた。
大変美味しかった。
ソースの味がそもそも違うので味は広島焼きじゃなかったけれど、食感はとても良かった。
「あれ? 皆さん」
食べ終わった頃、声をかけられる。
見ると、ジェイルがいた。
彼女の頭には、包帯が巻かれていた。
スカーフは首に巻いているので、間違いなく包帯だろう。
私達は彼女と挨拶を交わす。
「ジェイル。元気そうだな。怪我は大丈夫なのか?」
「ええ。むしろ辛いのは風邪の方だったのですが……。病院で目が覚めたら、すっかり治っていました」
アスティが訊ねると、ジェイルは笑顔で答えた。
頑丈だなぁ、この子は。
ふと、私は彼女の胸元に揺れる物を見つけた。
ピンク色のペンダントだ。
薄いドーナツ状の石の上部に、鎖を通す小さな穴が空いた代物だ。
「それはどうしたのです?」
「これですか? これは出店で売られていた物をレセーシュ王子がプレゼントしてくださったものです。快復祝いだそうです」
プレゼントされて嬉しかったのだろう。
ジェイルは心底嬉しそうな笑顔で答えた。
本当に、快復祝いというだけでプレゼントしたんだろうか?
そこには愛情に近い好意が介在しているような気がする。
ただ、あの王子はジェイルを金属製か何かと勘違いしている所があるからなぁ。
好きな相手をああ評せるものだろうか?
実の所、レセーシュ王子がどう思っているのかは、彼の胸の内だけか。
でもなんとなく、レセーシュ王子はジェイルのルートに入っている気がするんだよなぁ。
「よかったじゃないですか。似合ってますよ」
「ありがとうございます。私も気に入っています」
それから少し雑談して。
「では、これで失礼します。生徒会として見回りしなくちゃならないので」
「ああ。……病み上がりだ。無理をするな」
「もう事件に巻き込まれないように」
離れようとするジェイルにアスティと私が声をかけ、ジェイルは私の言葉に苦笑した。
レニスも口元を笑顔の形にして、無言で手を振り彼女を見送った。
その後、私達は終了の時刻まで文化祭を楽しんだ。
翌日。
私達は昨日と同じ面子で、二日目の文化祭へ赴いた。
今日はクラス主体ではなく、部活主体の出し物がある日だ。
昨日はハブられた結果として三人ともボッチだったわけだが、今日に関して言えば三人とも帰宅部なのでハブられたわけではない。
私達は全員帰宅部。
つまりこれは帰宅部員による文化祭においての活動なのだ。
そう思う事にした。
「じゃあ、これからどうしましょうか?」
「そうだな……。美術室に行かないか?」
私が意見を募ると、アスティが提案する。
「またですか?」
「むしろ今日が本番だろう。それに、像が完成したか気にならないか?」
それは確かに気になる。
ちゃんとできあがったのだろうか?
「そうですね。では、見に行きましょうか」
レニスを見ると、彼女も無言で頷く。
賛成してくれたようだ。
そうして、私達は美術室へ向かう事にした。
美術室に入ると、室内はしっかりと展示場の体裁が取られていた。
入場者もちらほらといる。
ただ、例の像は展示されていないようだった。
「間に合わなかったんでしょうか?」
「そのようだな」
私とアスティが言葉を交し合っていると、部屋の隅にいた部長が声をかけてくる。
「これはお三方。来てくださったのですね」
「ああ。見に来させてもらった。……アルティスタは間に合わなかったようだな」
「残念ながら。でも、文化祭が終わるまでには完成するかもしれません」
「そうなのか?」
「ギリギリですかね。準備室へ様子を見に行きますか?」
「いいのか?」
「はい」
私達は部長に案内されて、準備室へ入る。
部屋に入ると、鬼のような形相の男が手を突き出していた。
それが像だとわかっていながら、軽くビビる。
レニスも同様だったらしく、また私の背中に隠れた。
ただ、今回の像は上半身だけだった。
下はまだ、黒曜石の塊だ。
「何だ、お前達か」
不意に、声をかけられる。
見ると、廊下側に面した入り口付近に一人の男性が立っていた。
「殿下?」
「兄貴?」
私とアスティの声が重なる。
声の主は、レセーシュ王子だった。
レセーシュ王子は、画板を手に顔をこちらへ向けていた。
どうやら、スケッチの途中でこちらに気付いて声をかけたようだ。
「何をしに来た?」
「像が完成したか気になってな。兄貴こそ何をしているんだ?」
「お前と同じだ。あとは、アルティスタが作った物の姿を残しておきたいと思っただけだ。あやつは、気に入らなければすぐに壊すからな」
その様を直接見た私は昨日の事を思い出して苦笑する。
「しかし、貴様もいるのか」
レセーシュ王子は私に目をやり、苦々しい表情を作る。
議論の際の論争が、彼にとっては苦々しい記憶なのかもしれない。
もしくは、私個人を嫌っているだけか。
レセーシュ王子は、私からレニスへ向き直った。
「レニス嬢。一昨日は申し訳なかった。私としては、そなた以外に犯人はいないと信じての事だったのだ。許して欲しい」
「……は……い……」
レセーシュ王子から謝罪され、レニスは言葉を搾り出した。
彼女はとても緊張している様子だ。
「ジェイルも許してくれた。いずれ、彼も学園に帰ってくる」
彼、か……。
「……ありがと……ございます……」
レニスは深く頭を下げた。
彼が帰ってくれば、レニスも嬉しいだろうな。
そう思い、私は石像へ目をやった。
ふと、違和感に気付く。
「あれ? 昨日と少しポーズが違いますね」
昨日の像は拳を突き出していたが、今は手の平を開いた状態で突き出している。
歌舞伎の見得を切る時のようだ。
「試行錯誤の末なのでしょうね。詳しくはアルティスタくんに聞くしかないのですが……」
と答える部長だが……。
「いないな。どこに行ったんだ?」
美術準備室にアルティスタくんの姿はなかった。
「一晩中ノミを振るっていましたからね。今は保健室で仮眠を取っています」
アスティが訊ね、部長は答えた。
私は像を改めて見る。
上半身だけの黒い男。
正直、手の形以外の変化がわからない。
鬼のような形相は相変わらずだ。
まぁ『グー』より『パー』の方が強いから、ある意味強くなったか。
そしてこれが気に入らなかったら『チョキ』になるのだろうか?
そしてそれが気に入らなければ再び『グー』に戻る、と。
そしてさらに……。
いや、ここまでにしておこう。
思考を打ち切るために視線を逸らすと、黒い破片がいっぱいに詰まった木箱があった。
木箱は二つ、横並びで置かれている。
「その破片は、昨日の?」
「はい」
私が訊ねると部長が答える。
「大変でしたよ。掃除の際に、うっかり触ってしまって」
そう言って私に向けた彼の手は、人差し指に包帯が巻かれていた。
黒曜石は割れると鋭利な断面を残すと言われている。
その鋭さは刃物として活用できるほどらしい。
「お大事に」
「ありがとうございます。さて、私もそろそろ美術室へ戻らないと」
「そういえば、他の部員の方はいないのですか?」
作品の展示されていた美術室では、その姿を見なかった。
いたのは、部長だけだ。
「今は他の部活の出し物を楽しんでいますよ」
そうなんだ。
確かに、展示品さえ並べてしまえば他にする事はないだろう。
最低限、誰か一人でも残っていれば十分だ。
「美術部長」
「何でしょう? レセーシュ殿下」
レセーシュ王子の言葉に部長が返事をする。
「一枚書き損じたのだが、処分しておいてくれないだろうか? メモ用紙にでもしてくれ」
そう言って、王子は一枚のスケッチを部長へ差し出した。
スケッチは先ほどのものよりも簡単なもので、ササッと書きなぐったような感じだ。
最初にこうして全体の構図を大まかに書いてから、線を足していくのだろう。
しかしメモ用紙って……。
王族なのに庶民的だな。
貴族の私が言うのもなんだが、ちょっと好感が持てた。
「はい。わかりました。裁断してメモ用紙にさせていただきますね」
言って、部長はポケットからハサミを取り出して見せた。
早速作るつもりのようだ。
「すまないな。手間を取らせる」
レセーシュ王子が部長に言う。
部長は小さく頭を下げて美術室へ戻った。
「さて、像も見た。少しだけ展示品を見てから他の場所にいくか」
「そうですね」
私とアスティは言葉を交わす。
「待て。なら、私も行こう」
「兄貴。見回りはいいのか?」
「昨日は生徒会の活動で一日中見回りをしていたからな。今日の午前中は自由時間にした」
一日中、見回りをしていた?
という事は、見回り中にジェイルのプレゼントを買って渡したのか。
実は見回りにかこつけてデートしていましたね? レセーシュ王子。
「とはいえ、一人で回るのも味気ないのでな」
「そうか。構わないか? アリシャ」
アスティは私に確認を取る。
「そりゃあ、断れませんよ」
王族だもん。
「何か含みがあるな。断れるなら断るのか?」
「そんな恐れ多い」
レセーシュ王子に問われて答える。
彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「相変わらず、いけ好かない女だな」
「恐れ入ります。何せ、一昨日虐められたばかりですので」
「奇遇だな。私もそなたに一昨日虐められた記憶がある」
それは被害妄想に違いない。
「正確に言うならば、虚偽を突き崩し、真実を追究するドリルで執拗に突かれた記憶だ」
グハッ!
他人の口から語られるとなんだか恥ずかしいぞ。
今思うと、何であんな事を言ってしまったんだろう?
きっと興奮し過ぎてつい勢いで口走ってしまったのだ。
「きっと、それは記憶違いですよ」
「だといいがな。それで……。同行を許してくれるか? レニス嬢」
レセーシュ王子は私から視線を離し、レニスに向いて訊ねた。
「……はい」
レニスは頷き、答えた。
「それにしても、貴様は本当に雰囲気が変わったな」
レセーシュ王子が私に声をかけてくる。
「はぁ……そうですか」
「少なくとも、不快な人間ではなくなった。好ましいとは思わないが」
褒められてるのだろうか?
これ。
それから、私達は部活ごとに出展された模擬店や展示などを見て回った。
文化祭を楽しんでいると時間はあれよあれよと経ち。
最後に講堂で演劇部の催す劇を見ると、レセーシュ王子が生徒会の仕事へ戻る時間になった。
「私はそろそろ行くぞ。アスティ。あまり、羽目を外しすぎるなよ? 私達は王族なのだからな。国民の規範となる事を心がけろ」
「わかっている」
「ならいい」
レセーシュ王子とアスティが言葉を交し合う。
そんな時だった。
「きゃああああああああっ!」
どこからともなく、悲鳴が上がった。
「向こうからだ」
レセーシュ王子は言って、悲鳴の上がった方へ走り出す。
私達もそれを追って、走る。
幸い悲鳴の上がった場所は、私達のいた場所の近くだった。
校舎の横。
学園を囲う塀と校舎の間にある場所だ。
男性二人の健足に置いて行かれつつ、現場にて追いつくと……。
「な、ジェイル……。それに……」
アスティが呟く。
私達の眼前に広がっていた光景。
それは、うつ伏せに倒れるジェイル。
そんな彼女の前でしゃがみ込むカインの姿だった。
これは、どういう状況なの……?
そして、そんな二人を挟んだ奥には、セイル・ギュネイが立っていた。
セイルが口を開き……。
「カイン様が! カイン様が、ジェイル様を殴り倒しましたわ!」
そう声を上げた。




