一話 文化祭
できうる限り知恵を絞り、見直しもしたのですが。
今回はちょっと凝った事をしようとしてごちゃごちゃしているため、矛盾や書き損じ、書き損ないが多々あると思います。
ここはおかしいな、と思ったらご指摘いただけるとうれしいです。
誤字を修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
修正しました。
予定していた修正が完了しました。
かなり読みやすくなったと思います。
その日の学園は、普段とは違う様相を呈していた。
いつにも増して人が多く、賑やかで。
生徒達に加え、普段はこの学園にいないはずの人間の姿もそこにはあった。
今日は文化祭。
学園の生徒達が自ら考えた出し物を来園者へと供する、文化の祭典である。
私が、友人であるレニス・トレーネを助けるために彼女の無実を訴えたのは昨日の事だ。
私はレセーシュ王子と議論を交わし、そして見事に彼女の無実を証明する事ができたのである。
事件の状況についてほとんど知らず、行き当たりばったりで議論に挑んだのだが。
なんとか彼女を助ける事ができて本当によかった。
それでも、彼女はまだ気分が落ち込んでいるようだった。
仕方のない事だ。
昨日の出来事は、彼女の心にそれだけ深い傷を残してしまっただろうから。
その翌日。
文化祭は予定通りに行なわれた。
普段は授業を目的とした無機質な教室だが、今日は生徒達がお客の目を惹くために派手な装飾を施している。
学園の生徒である貴族の子弟達は基本的に品行方正であるが、今日に限れば下町の八百屋もかくやという威勢の良さで声を張り上げ、客引きを行なっていた。
そんな文化祭で賑わう校内の廊下を、私はレニスと一緒に歩いていた。
「レニスは、どこか見たい所とかありますか?」
訊ねると、レニスは無言で首を左右に振る。
生徒達が出し物で忙しなく働く中、何故私とレニスがのんびりと二人で校内を巡っているのか。
私の場合は、クラスメイトと馴染めないからだ。
準備期間の時からそうだったが、手伝いを申し出るとやんわりお断りされてしまう。
生徒は半数ずつ午前と午後で出し物の運営をする人員のシフトが組まれている。
私もそのどちらかのシフトに配属されるはずであろうと、私抜きで勝手に進む計画を見ていたのだが。
本番の今日に至っても、私に役割を与えられる事はなかった。
まぁ、つまりハブられたわけである。
しかし、これも仕方がない。
これは私がかつて起こした婚約破棄事件のせいなのだから。
あの事件によって、私は著しく自らの評判を落としてしまった……。
いや、実際の所は落とすような評判などなかったかもしれない。
元よりアリシャの評判は最悪であり、たとえ先の事件がなかったとしても落ちるような余地はなかった可能性が高い。
事件がきっかけとなり、その正当な評価が浮き彫りとなっただけというのが正しい見方だろう。
何せ、記憶を取り戻す前の私はやりたい放題の悪役令嬢だったのだから。
レニスの場合も似たようなもので、クラスメイト達から敬遠されたそうだ。
ただ私と違って、彼女は嫌われて遠ざけられたわけではない。
レニスは性格が悪いわけじゃないのだが、如何せん慣れない人間にとって摩訶不思議な存在だった。
あまり喋らないし、表情もわからない。
どうやらそんな彼女の様子が不気味に映るらしく、クラスで親しい人間はいない。
意思伝達が困難になると判断され、出し物の構成員から外されてしまったそうな。
まぁ、二人して共通している部分があるとすれば、揃ってボッチという所である。
なので、みんなが頑張っている中、私達は優雅に出し物を楽しむ事ができているわけだ。
とはいえ、暇なのは私達ボッチ組だけではなかったようだが……。
「どうしたものでしょうか?」
私が呟くと、レニスは首を傾げ、口を少し開いてからすぐに閉じた。
「そうですか。なら、仕方がありませんね」
レニスは頷く。
「それで本当に意思の疎通ができているのか?」
アスティが言う。
できてる……と思う。
「特に行きたい所はないみたいです」
私はアスティに答えた。
彼もまた、私達に同行していた。
「ていうか、何でいるんです?」
「いちゃ悪いのか?」
私が問いかけると、アスティは目を細めて返す。
あまりそんな表情は向けないでほしい。
ただでさえ怖い顔がさらに怖くなる。
「追い出されたんだ。殿下に手伝わせるわけにはいかない、と」
彼は私達と逆ベクトルのボッチなわけである。
文字通り敬遠されたわけだ。
「だからって、私達に付き合う必要もないでしょうに。事欠かないでしょう、そういう相手に」
友達とか、レセーシュ王子とか。
特にレセーシュ王子。
アスティが出し物の手伝いを免除されたという事は、恐らくレセーシュ王子も今頃暇を持て余しているだろう。
兄弟揃って見て回ればいいのに。
すると、アスティは溜息を吐いた。
「一応、婚約者だからな」
と一言答える。
別にいいのに。
私なんかといても、あなたは楽しくないでしょう?
「とか言って、実は女の子二人を侍らせて「俺、モテるんだぜ」アピールしたいだけなんじゃないですか?」
「お前、最近本当に失礼だな」
私はアリシャと違って、別にあなたの事なんて好きじゃないんだからねっ! と。
ま、彼がいればお店でサービスしてもらえるかもしれないからね。
構わないか。
「行く所がないのなら、美術室にでも行かないか?」
アスティ王子が提案する。
「美術室? でも、部活の出し物は二日目ですよね」
当学園の文化祭は、二日に渡って開催される。
一日目は各クラスによる出し物で、二日目は各部活による出し物となっていた。
美術室を使うのは、美術部だ。
今日行っても何もやってないと思われる。
「そうだがな……」
王子は言いよどみ、答える。
「一度見ておきたいんだ」
美術室ねぇ……。
そういう事か。
「いいですか? レニス」
確認を取ると、レニスはコクコクと頷いた。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
私達は美術室に訪れた。
美術室は、美術の授業の際に使われる他、美術部の活動にも使われる。
文化祭においては美術部の出し物のための場として提供された教室でもある。
クラスの出し物に使われる事はなく、文化祭で使うのは美術部だけだ。
そのため、美術室では明日に備えて、部員達が出し物の準備を行なっていた。
美術室内には、絵画や彫像などが展示されている。
部員達が作った作品の数々だ。
美術部で作られた作品の展示をする事が、毎年の恒例なのだそうだ。
室内に入った私達に、部員達の視線が向く。
その視線は私達をなぞり、アスティで留まった。
私に対する敵意のこもった眼差しを感じるが、それは無視だ。
部員の一人が声をかけてくる。
「これはアスティ殿下。恐れながら、ここはまだ準備中でして」
「わかっている、部長殿」
どうやら、この部員は美術部の部長らしい。
眼鏡をかけた優しそうな男子生徒だ。
体の前面にはポケットのついたエプロンをかけている。
「あいつが来ていないかと思ってな」
「残念ながら、今日は来ておりません」
「そうか」
部長が答えるとアスティは残念そうな様子で返した。
「第一王子殿下は、先ほどお見えになりましたが」
「兄貴が?」
第一王子という事は、レセーシュ王子か。
「生徒会長としてジェイルさんと一緒に様子を見に来ました。準備室で彼の作品を見て、軽くスケッチをしてからお帰りになりました」
「彼、か……」
「ええ。今は、次に発表する作品を作っております。完成品は、明日の展示物となる予定なのですが……」
部長はそこで言葉を濁す。
「場合によっては無理だろうな」
答えるアスティに、部長は苦笑いを返した。
「殿下も御覧になられますか?」
「俺は、あまり芸術に造詣があるわけではないんだがな……」
オブラートに包んだが、恐らく純粋に興味がないんだろうな、と私は解釈した。
脳筋とまでは言わないが、アスティはじっと何かを鑑賞するよりも自分の体を動かすような事の方が好きなのだ。
見るからに肉体派なので、当然といえば当然だが。
「そう言わず、ちょっと見て行きませんか?」
私は口を出す。
アスティに興味はなくとも、私は少し見てみたい。
レニスも、コクコクと頷いた。
「そうだな。出向いたからには、会っていかないのも失礼だな」
私達は、そうして美術室の隣にある美術準備室へ向かった。
美術準備室には、廊下と美術室から通じる二つの出入り口がある。
私達は、美術室の奥にあるドアから美術準備室へ足を踏み入れた。
すると、目の前には鬼のような形相で右拳を突き出す大男の姿があった。
「うおっ」
「うわっ」
「きゃっ」
私とアスティは、その迫力に悲鳴を上げて思わず仰け反った。
レニスも怯えて、私の背中へ隠れてしまう。
「……何だ。石像か」
少しして、アスティが言う。
言われて見ると、確かにそれは本物の人間じゃない。
全身真っ黒の石像だった。
素材は、黒曜石だろうか。
あまりにもリアルで、迫力があったために一瞬本物の人間のように思えてしまった。
仁王像を西洋風にした感じだ。
……しかし、西洋の像ってなんでモロ出しのものがたまにあるんだろう?
部屋が薄暗い事もあって、やや不気味である。
どうやらカーテンは開かれているが、レースカーテンを閉じっぱなしにしているようだ。
レースカーテンで取り込まれる太陽光が少ないのだろう。
そんな石像のお尻の辺りに、一人の少年がノミを振るっていた。
美少年がお尻を彫ってる……。
「ふふ……」
「突然どうした?」
思いがけない私の笑いに、アスティが訊き返す。
「いえ、気にしないでください」
……私の精神は見た目よりお姉様だからね。
こんな馬鹿な事を考えて微笑みたくなる時だってある。
彼が、この石像の製作者だろう。
「できた」
彼は顔立ちに幼さを残した美少年である。
身体つきはほっそりとしていて、深緑の髪の毛には寝癖が目立つ。
「アルティスタ」
顔を上げた少年に向けて、アスティが声をかけた。
「え、あ、はい。……ああ、アスティ殿下」
アルティスタと呼ばれた少年は、そこで初めてアスティの存在に気付いたのだろう。
アスティを見て返事をした。
アルティスタ・シェルシェール。
美術部に在籍する二年生である。
芸術に関して優れた才能を持った男の子。
彼の作品は学生とは思えぬほどに完成され、すでに本職の芸術家としても活動している。
彼の発表した作品はどれも高値で取引されており、一つで屋敷を買えるほどの金額がやりとりされているという話だ。
現に、この美術準備室にも彼の作品がある。
棚に無造作に飾られていて、その前に彼の作である事を示すプレートが飾られていた。
ちなみに、ゲームにおける攻略対象の一人である。
「お久し振りです」
「ああ。そうだな。完成したのか?」
「ええ。今、サインを彫った所です」
言いながら、アルティスタくんは像をいろいろな角度から見回し始めた。
最後のチェックという所だろうか。
「そういえば殿下」
部長がアスティに声をかける。
「何だ?」
「もう一人、ここを訪れた方がいました」
「そうなのか? 誰なんだ」
「それは、プ――」
「……違う」
部長の声を遮るように、アルティスタくんが呟いた。
彼は石像を正面から見据え、眉間に皺を寄せていた。
「ん?」
アスティが怪訝な顔で声を漏らす。
「僕が作ろうとしていたのはこんな物じゃない!」
アルティスタくんは叫ぶ。
急な事に、私とレニスはビクリと身を震わせた。
どうやらアスティは驚いていないようだ。
「僕は荒々しく力強い男を作ろうと思った。だがしかし、この男は荒々しさだけではないはずだ! もっと、内には柔らかな心を持っている! そのはずなんだ!」
アルティスタくんは顔を覆うように、両手で頭を掴む。
ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き始めた。
「なのに僕は、それを表現し切れていない! きっと僕の心が弱かったせいだ! 完成を前に気が逸り、そのあまりに表現をおろそかにしてしまったんだ! これでいいだろう、という甘さが、こんな未完成品を生み出してしまった! 何て事だ!」
「十分だと思うんだがな……」
過剰なまでに取り乱すアルティスタくんに、アスティは答える。
が、その言葉はアルティスタくんの耳に届かなかったらしい。
「いいえ、ダメです。殿下。これは許されないッッッ! これを美と呼ぶのは、芸術の神が許さない! こんなものを完成品として、サインまで刻んでしまうなんて! なんたる失態! うおおおおおぉッッッ!」
アルティスタくんは像に手をかけ、そのまま引き倒してしまった。
美術準備室には分厚い敷物が敷かれていたが、勢いよく打ち付けられた像はけたたましい音と共に砕け散った。
飛び散る破片から庇うように、アスティが私とレニスの前に立つ。
幸い、その破片が誰かを傷付ける事はなかった。
「またか……」
アスティは、呆れたように呟いた。
多分、こんな彼を見慣れているのだろう。
これがアルティスタくんという人物だ。
普段は温厚で大人しい人物なのだが、芸術に関しては性格が変わってしまう。
彼は芸術に関して妥協を許さない、芸術の探求者なのだ。
「やっぱりこうなりましたか……」
心底残念そうに呟き、溜息を吐いた。
「止めても止まらぬからな」
「……彫刻刀を振り回される方が困りますからね」
アスティと部長はしみじみと呟いた。
彼は芸術の探究者だからね。
同時に、廊下側に面した入り口も開く。
「何があったんだよ?」
そう言いながら入って来たのは、イワトビペンギンのような金髪の男。
カイン・コレルだった。
カインは砕けた石像を見て、「またか」という表情を作ってから顔を上げる。
その時に、アスティと目が合った。
表情が険しくなる。
「カイン!」
「お前かよ……」
カインは面倒くさそうに呟くと、踵を返す。
「待て」
そんな彼に迫り、アスティはその肩を掴んだ。
「もう、何日も家に帰っていないそうだな。コレル候も心配しておられる」
「あいつは、跡継ぎとしての俺を心配しているだけだ」
「かもしれん。だから、お前が荒れるのもわかる。だが、お前は正しく侯爵家の人間だ。自らの鬱屈を周囲に当り散らす事で晴らすのは止せ……。そんな事をしても、解決しない」
「お前に何がわかるんだよ?」
カインが答えると、アスティは黙り込んだ。
一息吐き、カインは続けて言葉を発する。
「王子様の命令なんて、聞く気はないぜ」
「……立場で物を言っているわけじゃない。俺は、友人として心配しているんだ」
カインはアスティに振り返った。
「だったらなおの事だ。何でお前の言う事なんざ聞かなくちゃならないんだよ。……まぁ、お互いロクでもない婚約者を宛がわれた身として、多少は共感も沸くけどな」
カインは私を見ながら言う。
いや、構わんけど。
別のベクトルだが、私の素行も悪かったし。
と、その瞬間。
アスティが無言でカインの襟首を掴み上げた。
一触即発の雰囲気だった。
このまま、殴り合いになるんじゃないかと思えた。
部屋にいる誰もがそれを感じ取り、レニスは私の背中に隠れた。
けれど、アスティはそれ以上何もしなかった。
「何だよ? 放せ!」
カインは手を強く振って、アスティの手を解く。
踵を返し、今度こそ準備室から出て行った。
「おい」
アスティはそれを追おうとして、足を留めた。
溜息を吐き、私達に振り返る。
「すまんな。騒がせた」
「いえ。大体の事情は存じておりますので」
私は答えた。
カイン・コレルは、乙女ゲームにおける不良ポジションの攻略対象だ。
粗野で粗暴な印象の彼が、主人公に心を開いていくにつれてその内面を詳らかとしていく過程が攻略の醍醐味である。
ちなみに、雨の日に捨てられた子犬を拾うというイベントがある。
古典的だが、私はこのシチュエーションが大好きだ。
設定資料集によると彼はちゃんと犬の面倒を見ているらしく、彼の自宅は犬だらけらしい。
自宅では「ヘイ! ジョン! ステイ! ステイ! ハッハッハ」とかやってるんだろうか?
そんな彼がどうして、非行に走ってしまったのかだが……。
実は彼、見た目に似合わず絵の才能があり、自身も絵を描く事が好きなのだ。
幼少の頃に逝去した母親が絵を得意とする人物だったため、その才能を受け継いだのだろう。
しかし、本人としては不幸な事だが父親の才もきっちり遺伝しており、軍人としての才能もあった。
絵描きになりたいカインだったが、それでも家の期待に応えるために軍人との両立を図りたいと思っていた。
しかし、彼の父親であるコレル候はそれすらも許さなかった。
中途半端では、どちらの才も無駄になると考えたからだ。
結局、本人が軍人である事もあり、絵描きの道を諦めさせようとした。
その際、コレル候はカインの母親が遺した作品を全て燃やしてしまったのである。
母親との思い出の詰まった絵を燃やされたカインは激怒した。
そして父親への反発から不良になったというわけだ。
しかし、絵の道を諦めさせるためとはいえ、母親の形見を燃やすのはやりすぎである。
改めて考えてみると、なかなかにサイコパスな行動だ。
正直、カインへの同情を禁じえない。
その上、親から勝手に婚約者を決められた事も不良化への要因として挙げられるかもしれない。
と、こんな理由で彼は不良になってしまったわけだ。
だから彼は美術部に所属しているが、しかし今は積極的に活動していないようだ。
それでも、時折顔を出しているそうだが。
同じ芸術を志す者としてアルティスタくんと仲が良く、幼馴染にして友人であるアスティもアルティスタとは親しいというわけだ。
元の乙女ゲームでは特定のキャラクターが友人関係にあり、一人のキャラクターの好感度を上げると仲の良いキャラクターの好感度も少し上がるというシステムとなっている。
この三人はそのリレーションの中にあるわけだ。
「しかし、困ったね。この像は明日の展示に出すつもりだったのに」
部長が、先ほど壊された石像の破片を見下ろして言った。
「すみません。これを人前に出す事は、美への冒涜です」
「君ならそう言うだろうね」
アルティスタくんの言葉に、部長は溜息を吐く。
「それに、まだ仕上げられないとは限りませんよ」
「まさか、これからまた作るつもりかい?」
「はい」
アルティスタは力強く答えた。
「わかったよ。みんなに掃除を手伝ってもらおう。このままじゃ邪魔だからね」
「すみません」
「ただ、みんなも明日のための作業が残っているから破片を片付けるだけになるだろうけど」
「ありがとうございます」
部長が美術室へ行って、掃除の手伝いを要請する。
すると美術室にいた生徒達が準備室へ入って来た。
その中の一人が、私達へ険しい視線を向けた。
レニスが私の背中に隠れてしまう。
その視線を向けた人物は、セイル・ギュネイである。
相変わらずの美貌と派手な衣装だ。
右手に着けたピンクの数珠めいたブレスは、真珠だろうか?
どうやら、彼女も美術部の部員であるらしい。
私とレニスに向ける視線の険しさは、敵意の現われであろう。
それも仕方がない。
昨日の議論で私は、彼女の正体を白日の下へさらしたのだから。
少しばかり怯みそうになるが、私はセイルの眼差しに真っ向から視線を返した。
「あなた、なのね」
「昨日はどうも」
セイルは露骨に舌打ちをする。
「さ、みんなお願いするよ」
部長の呼び掛けに、セイルは「ふん」というように顔をそらした。
「私、気分が優れませんの。作品の仕上げも遅れておりますし、そちらを優先させていただきますわ」
セイルは部長に言う。
「そうか……。なら、仕方ないな。じゃあ、ギュネイさんはそっちを優先させて」
部長は言うと、セイルはそのまま美術室へ戻っていった。
「何あれ?」
「本性を暴かれて気が立ってるのよ。あの……」
他の部員達が不満そうに囁きあう。
ふと、部員達は私を見て、愛想笑いを浮かべる。
本性を暴かれて、気が立っているのよ。あのドリルに。
とでも続けるつもりだったのだろうか?
「昨日の件で、唾つけてた相手に次々見切りをつけられているみたいだしね」
「いい気味よ」
ふぅん。そうなんだ。
まぁ、でも……。
彼女も苦労している人間だ。
ゲームにおける情報だが、彼女の家はあまり裕福ではない。
というか率直に言って貧乏だ。
宮仕えをしているわけでもなく、領地経営も上手くいかず、事業にも失敗し、その上両親は浪費家。
かつては栄華を誇る家ではあったらしいが、今はその遺産も食い潰して借金で首が回らないという。
彼女が男性を手当たり次第に篭絡しようとするのは、玉の輿を狙っての事だ。
どうにか、今の貧乏生活から抜け出したいという事である。
つまり、彼女が男性をひっかけるのは生存戦略でもあるわけだ。
同情するべき部分はある。
ただ、それでも人の心を弄び、悲しませたという点で私は彼女を許せないが。
部員達が欠片を片付け始める。
邪魔になってはいけない、と思い私は後ろへ一歩下がろうとした。
すると、背中に何かがぶつかった。
バランスを崩して倒れそうになる。
「おっと」
アスティが転びそうになった私を支えてくれた。
「気をつけろ」
「……はい。ありがとうございます」
私は、後ろを見る。
そこには、私の腰ぐらいの高さまである何かの機械があった。
機械の横には、ハンドルがついている。
これにぶつかったようだった。
「これは?」
「リフトだな。美術部では、石像や石材を頻繁に移動させる。台車へ乗せる時に使うのだろう」
「なるほど」
ハンドルを回すと上下する仕組みらしい。
これなら、力の弱い人間でも重いものを持ち上げる事ができそうだ。
「もう、行くか」
アスティが言う。
「もういいんですか?」
「ああ。もういいんだ……」
そう答えるアスティの声は沈んでいた。




