八話 最後の証明
わかりにくかった部分を修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
誤字修正させていただきました。
ご指摘ありがとうございます。
私は、レセーシュ王子に事件の全体像を説明する。
「テネルは用具倉庫へ向かう途中で、ジェイルの後頭部を背後から植木鉢で殴った。
植木鉢は、前もって屋上から運んでおいたのでしょう。
これは、屋上から現場へ落してしまえばたいした労力もいらずにできる事でしょう。
彼女が昏倒すると彼は一人で用具倉庫の点検を行い、そして生徒会室へ王子を呼びに戻りました。
王子と共に倒れたジェイルを発見し、彼は悲鳴を上げたそうですね。
でも、それは驚いてあげたものではなかったんです。
その悲鳴は、レニスが屋上から下を見るようにあげたものだった。
レニスは悲鳴に気付いて下を見下ろし、同時にテネルは屋上を見上げた。
その状況を王子に目撃させる事で、王子の思考を誘導したんです。
レニスが植木鉢を落としてジェイルの殺害に及んだのだ、と」
蛇足だが、ジェイルの後頭部を殴ったのは身長が足りなかったからだろう。
もし、テネルの身長がジェイルよりも高ければ、頭頂を狙ったはずだ。
後頭部に傷は残らず、私は不審に思わなかったかもしれない。
「…………」
王子は黙り込んだまま、何も答えなかった。
しばらくして、口を開く。
「テネル」
王子が名を口にすると、テネルが人垣の中から現れた。
中央へと歩み出る。
「はい」
「何か、弁明はあるか? 否定できる証言は、ないのか?」
王子は問う。
表情は痛ましそうに歪み、どこか懇願するような口調だ。
対して、テネルは穏やかな表情だった。
静かに答える。
「ありません。全て、彼女の言った通りです」
「そう、なのか……。理由を聞いても良いか?」
「はい。先ほど、二人が話していた通りです。僕は例の事で、レニスを恨んでいました」
淡々と語るテネル。
私は心配になってレニスを見る。
心配していた通り、レニスは身を震わせていた。
「僕には、好きな人がいました。
僕は本当にその人が好きで、婚約までしました。
でも、それをレニスは許さなかった。
きっと、僕を取られて自分が孤独になってしまう事を恐れたからでしょう。
彼女は両親に何か吹き込んで、両親はそれを信じて僕とセイルの婚約を破棄させた」
「レニスがそんな事をするとは思えません」
私は言葉を返す。
「ああ。レニスは良い子だよ。それは僕もわかってる。両親だって知っていたさ。だから、両親は彼女の嘘も信じた。でも彼女がどんなに良い子でも、僕が離れる事だけは許さなかった。だから……」
テネルは言葉を切る。
そして、レニスを睨みつけた。
強い口調で続ける。
「僕とセイルの仲を裂いたんだ。その事があって、僕はレニスが……憎くて、たまらなかった……!」
彼の表情が、初めて感情を映す。
滲み出たそれは、憎しみの色だ。
「だから、レニスを犯人に仕立てて復讐しようとしたわけですね。でもだったら何故、ジェイルを巻き込んだんですか?」
「どれだけ憎いと思っても、やっぱり長年一緒にいた妹だ。
慕ってくれている事もわかってる。
だから、直接手を下す事はできなかった。
憎んではいたけれど、可愛くも思っていた。
ジェイルには悪いと思ったけれど、それでも僕にはこの方法しか思いつかなかった。
でも今は、彼女が無事でよかったと思っているよ」
テネルは、レニスに向く。
「レニス。僕は、君が許せない。彼女との仲を裂いた君を」
「…………」
「だから僕はレニスを罪人に仕立て上げようとした。でも、僕が犯人になっても一緒だ。君はこれから孤独だ」
「!」
「君は、僕がいなければ何もできないだろう? でも、これからは否応なく孤独になる。これが、僕の復讐だよ」
テネルは、レニスへそう告げた。
「待ってください!」
私はそんな彼に声を張り上げる。
「今の話には虚偽が含まれています」
「どういう事?」
私の言葉に、テネルが訊ね返す。
「レニスは確かに、あなたと彼女の仲を引き裂きました。それは事実でしょう。ですが、婚約破棄をさせた理由は違います」
「何だって?」
テネルは驚く。
「あなたの婚約相手……。彼女は――」
「待って!」
私が言葉を紡ごうとすると、レニスが声をあげた。
恥ずかしがりやの彼女が、こんな大勢の前で大声を発するとは思わなかった。
少し驚く。
「……言わ……ないで……」
多分、彼を傷付けたくないんだろうな。
テネルは、今あなたを傷付けたばかりなのに……。
「レニス」
「…………」
「私は、あなたのその優しさを貴いものだと思います。けれど、私は彼に誤解されたままあなたが傷付く姿を見たくありません」
「でも……」
「彼も女の子みたいな容姿をしていますが、立派な男の子。男は傷ついて強くなるものです。大丈夫ですよ」
言うと、レニスは黙り込んだ。
私はテネルに向き直る。
「改めて言います。あなたの言う彼女ですが、あなたが思っているような女性ではありません」
「どういう意味?」
テネルは不愉快そうな表情で私を睨む。
私は生徒の人垣、その一点を見る。
そこには一人の女性が立っている。
セイルだ。
彼女、セイル・ギュネイはテネルが今話したテネルの元婚約者である。
彼女は私を忌々しげに睨んでいた。
鼻で笑うような仕草をして見せる。
ある意味、この発端は彼女と言ってもいい。
なら、このまま彼女だけ無傷でいる事は許さない。
だから、あなたの正体をここで暴き立ててあげましょうか。
「そうですね。物証を見せれば話が早いですか」
私は彼女から視線を外して言う。
この証明はあまりにも簡単だ。
何せ、これはゲーム知識によって始めから知っている事なのだから。
「この中にいると思うのですが……。ネイム・テキトーさん。この場へ出てきていただきましょうか」
私は周囲の生徒達へ向けて声を発した。
生徒達はざわついたが、一向に名を呼ばれた人物は出てこない。
「呼ばれた者。出てくるがいい」
アスティが私に代わって続ける。
すると、一人の男子生徒が姿を現した。
どこにでもいるような好青年風の男子である。
「あの、何でしょうか?」
「あなたには、恋人がいますね?」
「え、はい」
「その恋人から貰った大事な贈り物を提出してもらいましょうか」
「えっ? どうしてそれを?」
「公爵令嬢に隠し事はできません」
私は人差し指を突きつけて言い放つ。
「ひっ」
「何もかもを暴き立てられたくなかったら、すぐに出してもらいましょうか」
「わ、わかった」
ネイムくんは胸ポケットから指輪を取り出した。
それは、テネルがチェーンを通して首にかけている物と同じだった。
「そ、それは……」
テネルがそれを見て、驚いた声を出す。
胸元の布地を握りしめ、動揺した様子で。
「彼女に貰った物と同じだ。父親の形見で、この世に一つしかないと……。だから、僕に持っていてほしいと渡してくれた……」
「なら、何故そんな物が二つもあるんでしょうね」
テネルはうな垂れて、答えない。
「彼女はそもそも、あなたを愛していたわけではありません。だから、そんな嘘をあなたについた。それが、世界に一つしかないはずの指輪が二つ存在する理由です」
「嘘だ!」
「嘘じゃありません」
「だったら、彼こそが彼女の本当の相手だって言うのか?」
テネルの問いに私は首を左右に振った。
「いいえ。彼女は、ここにいる二人だけではなく複数の男性と関係を持っていました。心当たりのある方は他にもいるのではないでしょうか?」
周囲がざわつき始める。
「あれは、俺も彼女から貰ったものだ。俺のためだけに作らせた特注品だって……」
「そんな……僕だけじゃなかったの?」
「嘘だろ……。信じられない」
主に、男子生徒達の呻きにも似た声が聞こえてくる。
そんな中、そそくさと講堂から出て行くセイルの姿が見えた。
「私の言った事が証明されたようですね。彼女は複数の男性と関係を持っていた。それは彼女が恋多き女だからなのか、それともまた別の打算があったのかはわかりませんが」
実際は貢がせる目的だった事を知っているが、それは明言しないでおこう。
私とて、今打ちのめされているテネルに対してそんな追い打ちをかけるほど鬼畜ではない。
「そして、レニスはその事実をどこかで知り得たのです」
「レニスが?」
テネルが顔を上げる。
「彼女はその事実を両親に打ち明けた。両親としても、そんな人間を家に入れたいとは思わないでしょう。セイルがあなたとの婚約で他の男性との関係を切るならまだよかったでしょうが、その様子もなかった。なら、彼女との婚約破棄を両親が決める事は当然と言えます」
「そんな話、聞いていないよ」
「それもそのはずです。レニスが黙っていてほしいと頼んだからです」
「……! 何故?」
「わからないんですか?」
強い口調で問い返すと、テネルは黙り込んだ。
「あなたを傷付けたくなかったからですよ。自分の愛した人間が自分を裏切っていた。そんな事実を知れば、酷く心を傷付けられるものです。だから、彼女はその事実を隠したんです。あなたのために」
「そんな……」
テネルは、その場で膝を折った。
がっくりと倒れ、両手を床についた。
この事実は、ゲームにおいて期間内でしっかりと好感度をあげていると判明する事だ。
セイルの正体が判明し、レニスの誤解も解ける。
事件は起こらず、レニスとも仲良くなり、テネルはセイルの事を吹っ切ってジェイルと恋仲になる。
それが、テネル本来のシナリオである。
きっと、ジェイルの好感度があがると彼女を傷付けられなくなるために、この事件が起こらなくなるのだろう。
だが、好感度が足りないとジェイルを傷つけてでもレニスへの復讐を果たそうと決心する。
それが、あのイベントの真相だったのだ。
「ごめん……ごめんよ、レニス」
呟くように、テネルは口にする。
私は、黙って聞いていたレセーシュ王子に向き直る。
「王子。今回の事件。ジェイルの殺害未遂は学園追放の後の禁固刑が妥当と言いましたね」
「……ああ。そうだな」
王子は、テネルと仲が良いようだ。
できれば罰したくないが、王族としてそれは許されないと思っているのだろう。
発言を翻す事はないが、答える声には懊悩が滲んでいる。
ちょうどいい。
「では、異議を申し立てます」
「何?」
「殺害未遂という話ですが、実際には傷害事件では無いでしょうか?」
「どういう事だ?」
「はい。鉄の植木鉢を落とされれば間違いなく死にますが、本気で殴られても無事では済みません。最悪、死に至る可能性はあったでしょう」
「確かにそうだな」
「ですが、彼女は打撲による被害をあまり受けていないように思われます。
現に、一度意識を取り戻して鐘の音を聞いたようですし。
打撲による被害は、せいぜい一時の昏倒。
これは、彼に初めから彼女を死に至らしめるつもりがなかったからだと思われます。
それは彼の動機がレニスを標的にしたものである事からも明白です」
正直、鉄の植木鉢でどうやって手加減できるのか私にはわからないけれど……。
実際は、ジェイルが並外れて頑丈だったという可能性の方が高いな。
でも、彼が良心の呵責から無意識に手加減した可能性も捨てきれない。
「そうだな。私もそう思う」
「今、意識が戻らない直接的な原因は雨ざらしによる風邪が原因です。
打撲が原因とはいえ、雨が降る事など計算外だったはず。
現に、予定外だったからこそ今回の事件が判明したとも言えます」
「……つまり、彼には殺意がなかった。そう言いたいわけだな?」
「だから、傷害罪が適当ではないかと思われます」
言うと、レセーシュ王子はにやりと笑った。
彼は言葉を続ける。
「傷害罪なら、処分も変わるだろう。被害者次第でもあるが、停学と罰金で済ます事もできような」
「はい」
「よかろう。お前の異議申し立てを受理する」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
できるなら、レニスの傷を最小限に留めたい。
そう思った。
だから、せめてテネルの罪が軽くなるようにしたかったのだ。
それがうまくいって、よかった。
そうして、ジェイル植木鉢直撃事件の議論は終わった。
事件はテネルの犯行と判明し、晴れてレニスの無実は証明された。
トリックも動機も書くのが難しい。
推理物は、世界で一番書くのが難しいジャンルかもしれません。
名前について。
気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが。
主人公の名前は、アリシャはギリシャ語で「真実」プロ―ヴァはイタリア語で「証明」という意味になっております。
アスティは、ギリシャ語で「刑事」という意味のアスティノモスから。
アスティ・N・トレランシアとならべればなんとなくわかっていただけるかと。
ちなみに、トレランシアはスペイン語で「寛大」という意味だそうです。
本当はキングとかにしようと思ったんですが、直接的過ぎたのでトレランシアに致しました。
すみません。
ちょっと語りたかっただけです。




