決着の勇者
片方は、神格。
片方は、人間。
シスを巡る女子の戦いは、肩書だけをみればどちらが勝つかははっきりしている物だった。
「『世界組成消去――双翼範撃』」
躊躇なく放たれる神の一撃に、しかしそれは効かないとビトレイは避け続ける。
「……『走馬思考加速』、有効化」
声が遅れて響く。
世界を刈り取る攻撃を、何と言うことはないと回避する。
だが。
神格の前では、そんな努力は無駄に等しかった。
「『因果書換』よ、ビトレイ。」
神が司る、因果への介入。
死ぬはずの者は生き続け、壊れるはずの物は残り続け、倒れるはずの敵が立ちはだかり続ける。
それを使って、双翼範撃全て回避すると定まった因果を書き換えて、ビトレイにあたった因果へ収束させる。
しかし当たり前だが、可能性の低い因果へ変化させるのには大量の神力が必要となる。リーナが一度の『因果書換』で使うことの出来る神力では、ビトレイが避ける確率が高すぎて当てることは出来なかった。
せいぜい、ほんの一ミリ横の至近距離を掠らせる事が出来た程度だ。
それだけで十分だった。
リーナが言った瞬間、全て避けきった後のはずのビトレイの服に、損傷が突然刻まれたからだ。
望む未来へ収束させる能力。
やはり、最初から勝負は見えていたのだ。
誰が神格に打ち勝てるというのだ。
いや、誰も打ち勝てるはずがないのだ。
それなのに。
ビトレイは呟いた。
「……『封鎖銃番』、……開錠」
「……っ!」
リーナは驚き、警戒し始めていた。
この状況でビトレイが出したものに、何の意味もないはずがない。
そもそも『封鎖銃番』とは何なのだ。ビトレイの持つ銃は『2048式全銃統合砲』のはず、2048種類しかないのではないのか……?
リーナの頭に疑問が沸き上がる。
リーナは理解していた。
神格と化している自分には、物理攻撃は一切効かず、ダメージを与えうるのは魔法攻撃だけ、しかし自らの纏う神力でそれもことごとく減衰され、自分には届かないことを。
つまり、相手の攻撃はいくら受けても致命打には成り得ないのに、こちらは致死の攻撃をいくらでも放つことが出来る、理不尽な存在であることを。
そんなリーナに攻撃が届き得るのか。
答えは、
「5AE番、『神子殺害之槍』」
リーナの驚愕と共に訪れる。
そして。
ビトレイの言葉はまだ終わらなかった。
「……『多重起動』、32B番『英雄所持多神殺戮之剣』4DC番『神害得大蛇討伐之剣』29A番『神石化得怪物之盾』」
神の子を殺害した槍、大和の名を冠した英雄が扱った剣、神をも害し得る八岐大蛇を討伐した剣、神をも石化し得る怪物の首がついている盾。
全て、人の身にて神を害する事の出来る伝説の武具の銘だ。
いつもの本気よりかなり少ない四丁の16進法でナンバリングされた魔法銃を構えながら、ビトレイは浮遊魔法を展開する。
同時に820式『近接戦闘行動加速』を起動する。浮遊魔法で足場を作り、そこを踏んで前へ進むベクトルを増幅する事によって、浮遊魔法だけの時より高速戦闘が可能になるのだ。
翼によって宙へ浮くリーナは、自らと同じ土俵に昇ってくるビトレイに恐怖と、歓喜を感じる。
もうどうやってなど気にならない。
『半神霊化』を開発したラザベイ・ラボトリーがそれを御する為に対抗策を作っていたのか、という予測がどうでも良くなった。
大事なのは双方、双方を傷つけることが出来るということ。
対等な条件でライバルと戦えることにリーナは本当に嬉しく思う。
「ビトレイっ!」
「……リーナ!」
遂に、二人の少女は激突した。
「『世界組成消去』」
一度の言葉だが、リーナの翼から複数一度にリーナから放たれた純白光線がビトレイに向かって殺到する。
しかしビトレイは悠々とそれを躱していく。一秒に数十発の『双翼範撃』に比べれば今の攻撃は遅すぎる。『近接戦闘行動加速』を使うまでもない。『走馬思考加速』を使った状態での浮遊魔法で、まるですり抜けるように純白光線の乱舞を躱して、最後の一発を躱した瞬間浮遊魔法を足場に『近接戦闘行動加速』を使用、急速にリーナに肉薄する。
(っ! まずい、何かが来るっっ! でも止める手段が、無い……! 『双翼範撃』程度じゃ止められない!)
リーナが迷っている間に、少女達は交錯する。
「……5AE番、『神子殺害之槍』」
16進数は9の次はA、Bと五つアルファベットを並べて数える進数。10進数の2048は16進数の800。
『封鎖銃番』は、ラザベイ・ラボトリーが開発した現実以外に干渉するための魔法銃・星術銃の総称。精神世界や高次元に手を伸ばす術は魔王討伐には基本的には必要無いため凍結されていた機能。
5AEと番号を付けられた魔法銃は、対高次存在の魔法銃。魔法の干渉を阻害する神力の装甲をブチ抜いて、中心にダメージを与える兵器だ。
その銃口が、リーナに押し当てられて、引き金が引かれる。
「……発射」
硬質に圧縮された魔力が神力を押し退け、発射の初速で強引に神力の鎧を貫いていく。まさしく貫通の為の武器、槍の用法だ。
『神子殺害之槍』はあたかも十字架に処せられた神の子を刺し殺すように、リーナを貫く。
それをビトレイが出来たのは、リーナならなんとか対処するというある意味の信頼の現れなのか。
勿論、リーナはその信頼にきちんと応えた。
「『因果書換』っ!」
槍は確実にリーナの胸を貫いた。だがその因果を捩曲げ、かろうじて右胸をえぐっただけにダメージを留める。
「ぐっ…!」
熱の様に走る痛みを堪え、極至近距離にいるビトレイを見据える。
「『神力操作』、『武器変化』っ! これなら……っ」
瞬間、リーナから常に放たれてる神力がリーナの支配下に置かれ、リーナと繋がって端末と化した。リーナの意志を伝える末端となった神力達は、そのそれぞれを武器へと変えて回り込んでビトレイを後ろから串刺しにしようとする。ビトレイを貫通すればリーナにも突き刺さりそうだが、そんなことを考えきれないのか自分を害せないと確信しているのか。
ビトレイは、その状況を把握して、
「……ふっ」
笑った。ヌルいと、こんなもの確実に切り抜けられると確信していた。
「……っ!? ならっ、『因果書換』」
その笑いに驚愕したリーナが、とっさに因果を書き換える。
始めて使う、事が起きる前の『|因果書換《フェイト:トランスファー》』にビトレイの笑みが消える。
「……32B番『英雄所持多神殺戮之剣』4DC番『神害得大蛇討伐之剣』、……何が起きる、の……?」
ビトレイが対策とばかりに呟くと同時、純白の武具が襲い掛かった。
リーナが使ったのは、望まない過去への介入ではなく、望む未来への収束だ。
未来を定められた因果は、そこへなんとかたどり着こうと、全ての現象を現在進行で書き換える。
この場合は、リーナの純白武器がビトレイに当たりやすいよう改変されているのだ。
だが。
ビトレイは、まるでどこにどの攻撃がいつ来るのかが分かっているのかのように、リーナの方を向いたまま、後ろ手に全ての攻撃を弾き始める。
1024式『未来演算者』。『走馬思考加速』と併用した状態は、『ラプラスの悪魔』と呼ばれるに相応しい演算を発揮する。
32B番『英雄所持多神殺戮之剣』は、触れた所に侵食性の魔力を浸透させ、浸透した物質を細かく包んで細分化し分解する剣だ。形状は剣に酷似しているため魔法剣と呼ぶべきかもしれないが、系統立てて理論を語れる星術的な支援を受けているので、星術を使って使用魔力量を減らすという魔法銃の定義に合っている。元々は対物質用の魔法銃だったが、神力に通用するようチューンアップしてある。
4DC番『神害得大蛇討伐之剣』は、圧縮魔力が神力に開けた穴を無理矢理広げる魔法を組み込んだ剣状の魔法銃だ。神力の中という目に見えない所に干渉するため、魔法銃の特性を使用していると言って良い。
共に神力を斬り裂く魔法銃に、リーナから斬り離された神力が無為に漂い消えていく。
いくら『因果書換』でも、起きる確率が低いことを実現させるのは相応の代償が必要になる。リーナがあらかじめ払った神力では、ビトレイに当てるまでは収束出来なかったのか。
だが。
ビトレイに迫る純白武器の一本が、32B番『英雄所持多神殺戮之剣』や4DC番『神害得大蛇討伐之剣』によって迎撃された他の純白武器の残骸、消えながら漂う神力に初めて触れた。
ビトレイは軌道が屈折すると予測し『英雄所持多神殺戮之剣』を先置きして。
純白武器が漂う神力をすり抜けて、屈折せずにビトレイに襲い掛かる。
『未来演算者』も、あらかじめ知らないものを予測することは出来ない。
漂う神力が、純白武器を屈折させないと知らない!
「あぐっ……!」
リーナが『神子殺害之槍』で抉られた事の意趣返しか、右胸に迫る純白武器だったが、ビトレイはかろうじて右脇腹に逸らす。
ビトレイが純白武器に貫かれるという未来は収束した。それによって、針の穴を通すような精密な動作が、ドミノ倒しのように全て狂っていく。
全ての純白武器を守るはずのビトレイの技が、全て空振り、残り数十の純白武器が全てビトレイに殺到する。
更に。
「今っ! 『世界組成消去』」
ほぼ密着状態にあるビトレイに世界を削り取る攻撃を放とうとして、
「『神石化得怪物之盾』っ!」
その挙動が、止まる。
アイギスは、とある英雄が使ったとも、とある女神の持ち物とも言われるが、どちらも効能は同じ。
それは、見た者を石に変えるということだ
この魔法銃はそこまでの効果はない。ただ、数秒の硬直をもららすだけだ。
盾には瞬間的に様々な映像が表示され、対象の反応から最も効果のある画像へ段々と近づき、恐怖で対象の行動を縛る。
神に恐怖などあるのか、という疑問もあるが、それはあると断定できる。
例えばある神話では、アース神族はタルタロスの住人達に恐怖していた。相打ちの神話では、ある神は自分を殺すと予言された獣を決して解けぬ縄で縛り付けていた。
神にも恐怖はある。
あとは、それを引き出すだけなのだ。
思考を停止したリーナに伴い、純白武器が動きを止める。
その猶予を使って、ビトレイは『近接戦闘行動加速』を使って離脱する。
距離を取って相対する少女達は、互いに自らの危険を悟っていた。
リーナは、神力の残量が少なくなっていることを自覚していた。『世界組成消去』や『因果書換』に神力を使い過ぎたのだ。それはリーナの召喚した神力量が少ないのでは無く、ビトレイの回避率と命中率がケタ外れ過ぎるのだ。
ビトレイは、体ではなく脳に疲労が掛かり過ぎている事を自覚してた。『未来演算者』や『走馬思考加速』は、脳に多大な演算を要求する。『未来演算者』は反射的な判断を、『走馬思考加速』は通常の人間が一つの事を考える間に数百の思考を可能とする。どちらにせよ長時間の使用は推奨されない。
(この次で、決める!)
(……これで終わり!)
少女達は、互いに今の自らの出せる最大級の攻撃を繰り出そうと準備する。
(ビトレイはさっき接近して来た。飛び道具は持ってないはず! 避けきれないほどの『世界組成消去』でなんとかする!)
(……リーナは『神子殺害之槍』が飛び道具として使える事に気付いていないはず! ……私に有効と分かった『因果書換』を使ってくるはず!)
互いに予測を外して、互いに全力を撃ち合う勝負。双方甚大な被害を負うことは明らかだが、それを二人が気付けるはずもなく。
互いに全ての力を込めた、最大最後の一撃。
「『世界組成……」
「『神子殺害之槍』、発……」
それが放たれる。
直前だった。
少女達が奏でる騒音の中で、たった一つの呟きが相打ちの攻撃が通るはずの軌道へと割り込んだ。
「『武器庫』」
それは、決してここにいるはずのない声だった。
それは、少女たちが最も聞きたかった声だった。
その声の持ち主が張った空間断層が、空間を削り取る攻撃を食い止め、圧縮魔力の槍を防ぐ。
ペリドットの魔封宝石によって空を飛んだ彼の名前を、少女達は驚愕とともに叫ぶ。
「し、シス!」
「……シスっ!」
魔力枯渇に伴い、体力さえ危険域に突入していたシスが何故ここに来ているのか。
それは、
「リーナっ!」
疲労故か、いつもより活気の無い声で叫ぶシスを見れば明らかだった。
戦闘音で飛び起きたシスは、ビトレイと相対するリーナを見て、何かに操られていると確信しここまで来たのだ。
魔力も体力も枯渇して、満足に戦闘も出来ない体に無理をさせて。
慌てて翼を一振り、シスに翔け寄るリーナと、そんな状態でも駆け付けたシスを見て、ビトレイは分かりきっていた、だが認めたくは無かったことをやっと認める。
(やっぱり、……シスはリーナのことが好きなんだ……)
浮遊魔法を操作してリーナに近づき、シスの隣に浮く。
「リーナ、操られて戦ってた訳ではないんだな? はぁ、良かった。びっくりしたな。っっと……」
無理を押したからかシスの体外魔力操作が揺らぎ、ペリドットの操作を一瞬ミスしてバランスを崩す。
「っ! 大丈夫、シス? とりあえず地上まで降りましょう」
「ああ、そうだな。」
「ビトレイ、ちょっと手伝ってくれる? それからシス、これからちゃんともっと休んでよ?」
「……そうだな。」
「……」
ビトレイはリーナの指示に従って、ゆっくりと高度を下げていく。
ビトレイの理性は敗北を認めていたが、心まではそうもいかない。どうしたら良いかと、少しの間考えて。
三人が地上に降り立った所でリーナに話し掛けた。
「リーナ。……私の完全な負け。……リーナに譲る。」
「本当! ありがとう、ビトレイ!」
「何の話だ? 何か賭け勝負でもしていたのか?」
話が分かっていないシスが首を傾げるが、少女は気にせず話を続ける。
「……うん。でも」
「でも?」
ビトレイの続けた言葉にリーナは不思議そうに聞き返し。
シスの唇に、ビトレイの唇が重なった。
「っ!! えっ!!」
驚く事しか出来ないリーナに、声の出せないシスを横目に、ビトレイは数秒に渡ってシスと接吻を続ける。
「っ、何だビトレイ!」
呆然とした状態からやっと脱したシスが、ビトレイに文句を言った直後、ビトレイはリーナに言葉の続きを言う。
「……シスのファーストキスはもらう。」
「…………ビトレイっっ!!」
もう一度二人の戦いが勃発しようとするのを宥めるのに、シスは多大な努力を要した。
読んで頂いてありがとうございます!
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