脱出の勇者 ユルド森『発生迷宮』
五発の弾丸が、ライデンフロスト効果によって軌道が屈折し収束して”ジャイアントゴブリンロード”を撃ち抜いた。
当たった所が普通の皮膚ならば例え五発が同じ場所に当たったとしても撃ち抜くことは出来なかっただろう。
しかし当たったのは、光を見るという性質上硬皮で覆うことのできない眼球だ。突然なす術なく貫かれ、ドッと音を立てて地に伏せる。
そのまま飛んだ五発の弾丸は黄色の巨大宝石をそのまま砕く。
「…、くそっ! 」
キールが叫ぶ。
「…、…っ! 」
そんなことも頭に入らないほど、ビトレイは驚いていた。
確かに軌道を捻じ曲げたのは正術――ライデンフロスト効果とやらだが、機敏に動く”ジャイアントゴブリンロード”の位置を先読みし、その眼へ収束するように撃ったのはシスの技術だ。
言うならば、球よりも屈折の計算が難しい物で多重跳弾させて狙ったようなもの。
自分にとっては曲面への一重反射だけでも困難なのに、シスはさもそれが当然のように成功させた。
(…神業…)
同じ銃を使っていた以上、両者の条件は同じ。異なるのはその技術のみだ。
そんな、勇者一行が長期化を覚悟した敵を瞬刷した化物、シスはビトレイにマイスナーキャノンを返す。
「…。さて『迷宮の王』は倒したし、巨大宝石は壊した。次はどうするのかな? 」
シスの言葉にやっと我に帰ったニーナが、アチェリーに訊く。
「あ、アチェリー、周囲の魔物はどれくらいいるの? 」
「え…。うん…! …、南西五百メートル、北北東六百三メートル、東南西八百二十メートル…」
「そう。このあたりにはもういないってことがわかればいいわ。」
リーナは一度溜息をつくと言う。
「さっきの部屋ではあまり休めなかったからもう一度休みましょう? 」
そう言うと、リーナはナタージャの方を向きながら胸鎧を二回ポンポンと叩く。
ナタージャは温かい笑顔でリーナを迎える。
こんな所でそっちに切り換えていいのか? とシスは思うが、口には出さない。
そしてシスを覗く、一行全員が下を向いていた。
(…、シスには勝てない…)
それが、一行全員の気持ちだった。
キールとビトレイは言わずもがな。リーナとナタージャ、アチェリーも、自分を含めた一行。その全員で倒すことが難しかった敵を、たった一手で倒したシスに、敗北感を味わわずに入られなかった。
「…、勝てる想像が出来ないよっ! 」
「星術師…。恐ろしいのかも、しれないわね。」
「…、強い…。どうしたらあの強さを…」
「…なんで、あんなに強いの…? 」
「…っ…。……」
(…おいおい、この程度の力の差で下を向くのかよ。三人は知らないだろうが、彼女は俺と同等の力を持っているし、あいつもそんな人間ではないだろう)
シスがそう心の中で思っていると、一人づつ前を向き始める。
流石に勇者一行の一員だ。一度落ち込んで再び立ち上がるだけの精神力は持っているらしい。
どうやら各々力を底上げする方法に心当たりがあるらしい。
これなら大丈夫だな、とシスは考えた。
十分ほど経って、リーナが言った。
「…、もうそろそろ行こうよ…」
普段の口調よりアチェリー寄りの口調だ。
慌てて胸鎧を二回叩いている。意識の切り換えを忘れていたらしい。
(やはり毅然とした方が後天的なものか。彼女のここに関する証言はアテにならないが、これで無意識下の行為と俺の記憶が照合されたな)
「さて、もうそろそろ行きましょうか。」
意識を切り換えたリーナが、そう言い直した。
この『迷宮の王』の部屋は、”ジャイアントゴブリンロード”が自由に動けるほど大きい部屋で、五百体の”ゴブリン”と”ジャイアントゴブリンロード”がいた。本当なら”ゴブリン”に対応すると”ジャイアントゴブリンロード”が、”ジャイアントゴブリンロード”に対処すれば”ゴブリン”が襲ってくる高難易度の部屋であったらしい。しかし先にシスが飽和攻撃で”ゴブリン”を全滅させたために、”ジャイアントゴブリンロード”のみを倒せばよくなった。それでもこの部屋を攻略するのに時間がかかりそうだったのは、この部屋がおかしいことを端的に示している。
宝石を壊した迷宮は静かだった。行きとは”ゴブリン”と出会うペースがケタ違いに少なく、行きは二時間で疲労困憊していたが、帰りは三時間経ってもまだ歩いている。
リーナは黙って歩き、ナタージャは何か集中している。キールは無意味に腕を動かしているし、アチェリーは矢を番えたまま見つめている。ビトレイはひっきりなしに紺のマジックポシェットを撫でていた。
…そして全員それをしながら殺気を放っていた。一匹でも”ゴブリン”がいれば、各々が考えた力を放ちそうに。
そのせいか、全く”ゴブリン”が寄り付かない。五人の殺気が、魔物でさえ逃げ出すレベルに達しているのだ。
簡易携帯食―――硬く、日保ちのするビスケットなど――を昼食に取りながら進む。
結局迷宮の外に出られたのは日も暮れる頃だった。
迷宮の外へでた一行は、百メートル先に置いたままにした野営用の場所へ向かった。
魔物避けの魔法が掛けられたテントへたどり着いた頃にはもう暗闇に包まれており、疲れている一行は男女に分かれてテントに潜り込んだ。
読んで頂いてありがとうございます!
『発生迷宮』を抜けさせるために少々無理な構成になってしまいました。すみません!
次回も頑張って更新するのでよろしくお願いします!