冒険の勇者 ユルド森『発生迷宮』
薄暗い部屋の中に、銀閃が舞う。
リーナが剣を振った軌跡である。
ここはユルド森の『発生迷宮』。”ゴブリン”と、”“ゴブリン・テンパード”の溢れる迷宮である。一行は今、その『発生迷宮』の深奥にある宝石を探して進んでいた。
『発生迷宮』の中は、幅二メートル、高さ三メートルの廊下が入り組んだように走っている。
光源は十メートルおきに壁が怪しく光る所がある。しかし十分な光量はなく、ここが直線的な廊下ではなく雑多なもので溢れる場所であれば、ちょっとした物でさえ不気味なものに見えてしまうこと請け合いだ。
銀閃が舞い、魔法が撃たれる中シスは手持ち無沙汰な様子で最後尾を歩いていた。
「はぁぁあああ! 」
「……! ! 」
ギンッガンゴトガンガッ!
と、前方では戦闘音が聞こえるが、シスは参戦しない。それは、『発生迷宮』に入る前に一行でこう決めていたからだ。
「…、迷宮の中はビトレイのスコープで見る限り、狭いわ。詰めれば二人、そうでなければ一人しか横に入れない。だから前衛職と光栄職一人ずつペアで前方の敵に対処して、残りは手を出さないようにしましょう。…、シスには殿をお願いできるかしら? 実力はこの中で一番高いと思うから。」
…その決定をシスは不満には思っていなかった。
(むしろ好都合だ。これで全員の実力が把握できる)
そうして『発生迷宮』に入って二時間。見つけた小部屋で一行は小休止を取っていた。
「…、かなり多いわね…。」
「そうね、リーナ…。私もさすがに疲れるの…」
「はぁ、はぁ…」
「…、…、はぁ…」
「疲れたー」
シス以外の全員がへばっている。二時間で三百体以上の”ゴブリン”を倒したのだ、後退といえど疲れは蓄積されている。
しかし殿として百体ほどの”ゴブリン”を倒したシスは涼しい顔だ。それはシスが”ゴブリン”を剣の一振りで倒しているからだ。他の一行は、一匹倒すのに四、五発はかかっている。
(…、こんなものか…? 少なくとも彼女はこんな実力ではなかったはずだが…。あいつもこの程度でへばるような者ではないだろう…)
シスにとって実力の把握という意味での収穫はあまりなかった。
しかし一行全体として得た物は大きい。
一つは、個人としてではなくパーティーとしての戦い方の確立だ。
キールが前線で相手の意識を取り続け、リーナも意識を取りながらも攻撃の事を考える。アチェリーは敵の状態を把握しながら援護をし、ビトレイは離れた所で攻撃に専念する。ナタージャは攻撃もするが基本は見方の体力に気を配っている。
一対一では倒しえない相手を倒すための、いわばフォーメーションだ。
もう一つはテンパードに対する対応策だ。
はじめのほうこそ馬鹿正直に攻撃していたパーティーだが、相手の強化されているところを見極めることが出来ればそこではない所から攻撃を与えることで通常の”ゴブリン”と同じように倒すことが出来る。テンパード種だからといって無闇に恐れる必要がないとわかったことは、一行に活力を与えた。
(…。しかしこんな所に丁度いい小部屋なんて…。罠の可能性のほうが高いと思うんだが)
シスはそう思うが、口には出さない。リーナに逆らうことはそれだけで波紋を生じる。しかし自分がいればたとえ罠でも切り抜けられる、と思っていることのほうが大きいだろう。
小部屋に入って三百秒が過ぎた時。
ガコッ
と、不信な音が壁の向こうから連鎖した。
(…やっぱりか…。というか音? 機械的なギミックなのか、魔法ではなく)
「な…なに!? 」
リーナが叫んだその瞬間。
地面がパカっと二つに割れた。
「きゃあああああ…! ! 」
「ひゃあああ…・・! ! 」
「いやあああ…・・! ! 」
「ああああああ…・! ! 」
「……! ! 」
悲鳴を上げる一行が落下先に眼をやれば、見えてくるのは無数の瞳。明かに”ゴブリン”だ。その数五百はくだらないだろう。
シスはその他の5人を見て対応できるか確認するが、全員冷静さを欠いているように見え、自分で対処することに決めた。
「『武器庫』」
呟いて取り出したのは、紅に輝く魔封結晶ルビーを二つ。全魔力爆発へ変換するよう魔力を操り、全力で下へ投げ落とした。
紅の輝きが、瞳の中に紛れるころ、ルビーに溜めてあった全魔力をリビーが爆発に変換。熱と衝撃波が下にいた”ゴブリン”を狩り尽くし、膨大な熱量で膨張した空気が落下の速度を殺す。
正味十五メートルほどの落下を足から着地して衝撃を逃がす。が他はそうはいかなかったらしく。
「がっ! 」
「ぐっ! 」
「うっ! 」
「ぎゃ! 」
と声が聞こえた。
「…。おいおい、罠の可能性くらい考えておこうぜ。それに不測の事態に対処する対処能力なさ過ぎだろ」
(…、彼女がこの程度のはずがない。意識化でリミッターを掛けているのか、あそこで忘れているだけなのか…)
「うう…。シス、礼を言うわ。…そして返す言葉もないわね…」
腰から落ちたにも関わらず、すぐに立ち上がるリーナ。
しかし立ち上がらなかった者も、すぐに立ち上がらなければならなくなる。
「あれは…。”ジャイアントゴブリンロード”!? まだ生き残っていたなんて…! ! 」
ナタージャの声がその魔物の正体を明かす。
「たぶんあれがこの『発生迷宮』の『迷宮の王』だわ。倒さないと! 」
迷宮を攻略する冒険者の最大の敵、『迷宮の王』。秘宝を守る守護者とも言えるし、『発生迷宮』の場合は人類生存拡大の天敵であるといえる。
リーナとキールが走りだし、アチェリーとビトレイが攻撃を開始する。
しかし、
「硬い! 」
「刃が…! 」
「矢が、刺さらない! 」
「弾かれる…」
攻撃が通用しない。硬い皮が攻撃を弾き、逆にそれを武器として攻撃してくる。
ナタージャはそれの回復にかかりきりになって強化されている物理防御以外から攻撃できず、図体から見るよりはるかに機敏に動く為、ビトレイの攻撃を察知しては全て避けてしまう。
決め手に欠ける戦い。このままでは長期に続いてしまう。
はずだった。
「弾を最大まで重くしたマイスナーキャノンを貸せ。」
シスがビトレイに言う。
「…? 」
ビトレイが疑問に思いながらも言われた通りにしている間、シスは『武器庫』から一際大きいルビーを取り出す。
「『正十二面体結界』。」
シスの呟きと共に、”ジャイアントゴブリンロード”の周り、正十二面体の頂点二十箇所に火球が現れる。
ビトレイが差し出したマイスナーキャノンをもらうと、シスは火球に向けて五発の弾を連続で撃つ。
火球に当たった弾は溶け尽きる事無く逸れ、五発バラバラに別の火球に飛んでいく。
そして五回火球にあたり屈折した時。
全ての弾が”ジャイアントゴブリンロード”に収束した。
収束した先にあったのは目。目を穿ち、その先にある脳を貫いて弾は飛翔し、更に”ジャイアントゴブリンロード”の背後にあった黄色の巨大宝石を打ち抜く。
「…、ライデンフロスト現象。沸点より遥かに高い温度に物が当たった時、先端のみが蒸発し気体となって圧力で熱源から離す。弾ならそのまま角度が変わるという寸法さ。」
「…くそっ! 」
キールの声が響く。
何も出来なかったゆえの悔しさなんだろうか、とリーナは思った。
読んで頂いてありがとうございます!
今回は戦闘シーンまで行きましたが、中途半端でした。
そのうち改稿すると思います。
次回も頑張って更新するのでよろしくお願いします!