到着の勇者
『発生迷宮』と呼ばれる場所がある。
世界各地にあるそれは、魔物が発生する場所である。
たった二年で世界に魔物が溢れるようになった直接の原因であるそれは、最下層にある宝石を壊すことで魔物の発生を止めることができるとわかっている。
そんな『発生迷宮』の一つに、勇者一行は向かっていた。
「『発生迷宮』を攻略して最下層の宝石を壊すことは、ひいては人類の生存範囲拡大に繋がるわ。魔王のいるといわれているクラクナ火山へ行くのが私達の目的だけれど、通過した地方の『発生迷宮』は壊していきましょう。」
とは、アチェリーが数百体規模の魔物反応を見つけて、『発生迷宮』だと断定した時のリーナの台詞だ。
時折でてくる三体前後の”ゴブリン”を倒しつつ、一行は『発生迷宮』へ向かう。
…、いや倒したのはほとんどキールだった。
自分を倒したリーナと再び戦い今度は勝つことを目標にしているキールは、リーナが負けたことによりかなりのショックを受けているようだった。キールの中ではリーナは絶対的強者として君臨していたらしい。それが打ち破られたことで、キールの心中が変化したらしい。
――――同等の力を持つのではなく、彼女を守れるほど強い力を――――
と。
そんな訳でキールは以前より増して積極的に鍛錬を行っていた。
「キール、もう止めておいて。これから『発生迷宮』に入るのに、一人が疲れていては意味がないから。」
二十体ほどの”ゴブリン・テンパード”を倒した頃、ナタージャがキールに言った。
「オレはもっと強くなりたいんだ! 」
それで『発生迷宮』にやられては元も子もないでしょう。『発生迷宮』の中であなただけが動けなくなった時は、悪いけどあなたを置いていくことにするからね。あなた一人を助ける為に、一行全員を危険に晒す為にはいかないもの。」
ナタージャの言葉に、キールはしぶしぶ先行するのをやめる。
「アチェリー、ビトレイ…お願いするわ。」
リーナがそう二人に頼むと、二人は各々行動を始めた。
アチェリーが魔法に集中し、ビトレイが魔法銃を星術銃の一つ、マイスナーキャノンへ持ち変える。
「北北西、320メートル、二匹。」
「…。」
ただ衝撃波だけが木霊した。空気を裂いた弾丸が、魔物の数だけ飛翔し命を刈り取っていく。
「西南東、450メートル、四匹。」
「…。」
無言で冷静に打つビトレイは、光学・魔法併用スコープを覗いて確実に目標を捉えていく。
星術銃『マイスナーキャノン』。弾丸をレーザー冷却で超電磁状態にし、磁力を弾くマイスナー効果を利用して大磁力で飛ばす武器だ。
最高速度は光速近く。火薬を使用しない為音はせず、火薬銃より速度が出るため威力は高く、弾丸の重さを変えられるため威力調節もしやすい。
まさに旧来の火薬銃とは一線を画す武器だ。
魔法は磁力を発生させる、レーザーを放つための出力を生むためにしか使われておらず、魔力消費量は魔法銃で魔法を撃った時の二パーセントにしかならない。
「東北東、千八十メートル、三匹。」
「…。」
今までと同じように魔法で感知した魔物を報告するアチェリー。
それを訊いて一瞬の停滞すらなく攻撃するビトレイだが、しかし今回ばかりは若干の驚きを見せた。
銃弾が弾かれたのだ。
恐らく物理防御力が強化された”ゴブリン・テンパード”なのだろう。森の中という狙撃との相性の悪さ、射線上にある葉などの障害物、そして千メートルを越える遠距離という要素までが加わったからこそ弾かれたのだろうとビトレイが頭の片隅で考える。その間にも体は淀みなく動き、マジックポシェットを撫でて換装を進める。
手に現れたのは魔法銃。雷系魔法に特化したそれを使って”ゴブリン”を狙い撃つ。
それをナタージャが知識では知っていたが初めてみたという表情で見ていた。
魔法は、肉眼で見えるものしか対象にすることが出来ない。
これが魔法の鉄則だ。
双眼鏡、スコープなどをつかってみたものは魔法の対象にすることは出来ず、もし遠いものを魔法の対象としたいならば高所に登って直接目にするしかない。
これを破ったのが魔法銃である。
魔法銃は攻撃を直射でしか行うことが出来ない。弾道が、単純明快な直線でしか攻撃できない。
そのかわりに、魔法銃は肉眼で見えなくとも存在が確認することができ、更に銃口が対象を向いていれば魔法を掛ける事ができるのだ。
イエローの閃光が魔法銃から放たれた。射線上にあるものを円形に削りながら”ゴブリン・テンパード”にせまり、打ち抜いた。
「……んな……・」
キールががっくりと肩を落とす。自分が”ゴブリン”を一組倒すのと変わらない時間で、半径一キロメートル以内の”ゴブリン”を全て倒してのけたのだ。事実にがっくりくるのも当然といえる。
目に見えてがっくりしているキールへ、リーナが声を掛ける。
「…、相性の問題だわ、キール。あなたが落ち込むことではなく、役割分担のことだから気にしては駄目なことだわ。」
「そうだよ、キール! アチェリーが頑張ってるんだから、キールが暗くなったらダメ! 」
「…、…」
しかし、キールにはその言葉はあまり届いていないようだった。相変わらずがっくりした様子で一行の最後尾を歩いている。
「…、そういえば、あなたが水晶を仕舞っている、『武器庫』って何なの? 」
唐突にナタージャがシスに聞いた。
「ん? 魔封宝石の指輪だけど。」
「…魔封宝石? 魔法の感覚を掴む為に魔法の初心者が使う、アレ? 」
「いや、本来の使い方は違うんだけどな。」
ナタージャの魔法封石についての勘違いを直しながら言う。
「確かに魔法封石には水晶と同じ魔力を貯めるという性質があるから、魔法を使う、ひいては対外へ魔力を放出することに慣れていない人間が使うと魔力の流れる感覚がつかめるんだが、魔法封石には水晶とは違う性質もある。」
キールを励ましているアチェリーを除く三人が耳を傾けているのを見ながらシスは言葉を続ける。
「それは、一定の範囲内の概念であれば魔力を魔法として放出できるということだ。例えばルビーなら炎という概念が通る魔法であれば、自前の魔力を使う事無く魔法が使える。その代わり魔力を操る技能が必要だから、誰でも使えるわけではないけれど。」
「…。つまり、シスは『非適合者』ということなの? 」
リーナの問いに、シスは曖昧に笑う。
『非適合者』。元々は魔法学校から退学したものを指したが、今では魔法技能が実用に耐えないレベルの者達を指す。市民にも、魔法使いにもなれなかった彼らのほとんどは、その事実に耐えられずに魔法を捨ててしまうそうだ。
「…。黄色、…つまりトパーズの魔封宝石は空間操作で…、武器の置いてある所へ手元の空間を接続している…、ということ…? 」
「その通り。」
ビトレイの推論に、シスは笑顔で答える。
「…! 『発生迷宮』まで、あと百メートル! 」
アチェリーが急に叫んだ。
ナタージャがどこからか懐中時計を取り出して言う。
「…、四時、か…。今日はここで休みましょう。」
「…、そうね。『発生迷宮』探索は明日にするわ。」
リーナもそれに同意して、野営の準備を始める。
暗くなってからでは遅い野宿の用意に、一行は慌しく追われ始めた。
読んで頂いてありがとうございます!
今回でバトルに行く予定でしたが、その前で終わりました。
明日はバトルする予定です。
頑張って更新するのでよろしくお願いします!