帰還の勇者
残るは鯰のみだ。
もう泥の上に出ているのは胸より上だけになったエトを見捨てて、シスは鯰へと向き直る。
「T種とC種が混ざっている、か…。CT種、かな? …いやここを泥地化させたのもお前だったか。ということは自発的に魔法の使い方を覚えたのか。C種は魔力を使って物理攻撃をする種。その魔力の流れを応用してデザインされた魔力の使い方以外の使用法を理解したのかな? 別に珍しいが不可能ではないことだ。例えば竜のブレスはC種的魔力使用法の代表例だ。そんな竜の中で、自ら他の魔力使用法を編み出したものが巨大竜やその他上位龍に進化する可能性を秘めるようになる…。だからお前は、…。さしずめ進化種、E種と呼ぶべきか。」
「…危ない…! シス…!!」
呟くシスに向かって鯰が荷電粒子を放とうとする。
「『武器庫』」
魔力を放出してちゃっかり指輪に充填しつつ、シスは空間断層で荷電粒子を防ぐ。
どうやら鯰は地上では人間が歩くのと同程度でしか動けないようだ。
ドーラ湿地では生粋の魔物ではなく、数世代前までは生物であったものが魔物化したと考えられる魔物がいる。
それを考えれば魚が地上で歩けるようになる為にはシーラカンス並の特殊進化が必要だ。鯰はこれでも良く頑張ったほうだといえる。
そんな性質上ほぼ固定砲台になるため、防ぐことの出来る壁があれば対処は簡単だ。
液状化して手を足止めし、高威力の遠距離攻撃、という鯰の黄金コンボを破った存在であるシスは、鯰などどうでも良いといわんばかりに思案を続ける。
「…これだと呼びにくいな…。コイツの場合だとCTE種、と呼ばなければならないしなぁ…。”キャットフィッシュ・CTE”…。うーん、やっぱり呼びにくい。…ん? E種はC種の上位互換だとも考えられるな…。ならCはとってもいいのか…。”キャットフィッシュ・TE種”。…おおう、こっちのほうが呼びやすい」
シスが謎のネーミングセンスを発揮して名前を考えていると、上空からビトレイが降りてきた。リーナも一緒に魔法で運んでいる。
「…ただいま、シス…。」
「おう、おかえり。それから…」
「…、…?」
シスは自分の柄でもないことを自覚して、少し言い難そうにいう。
「ありがとう」
「……、ううん…。どういたしまして…」
ビトレイは僅かにその頬を朱に染めながら、しかし眼を逸らさずに言う。
「……、…」
「………」
僅かに目を合わせた後、シスが耐え切られなくなったかのように勢いよく言う。
「…さて! 鯰を倒してナタージャにリーナを治療してもらうか!」
「…、回復薬はないの…?」
「今日は一度飲ませたからな…。定着に時間がかかるから、回復魔法のほうがいいだろう。」
「…、分かった…。」
「………!!」
鯰が何度目か分からない荷電粒子を放ち、空間断層に当たって止まる。
シスがビトレイと会話している間も、鯰は何度も荷電粒子を撃っていたのだ。
しかし空間断層が張り続けられていた為、その全てが止められていた。
「…、………!!」
鯰は何かを叫んだような動作をすると、沼へ潜る。
「…、鯰、なら泳げて当たり前か…」
「…、…(コクコク)」
シスはルビーの魔封宝石と魔法銃のようなものを取り出す。
ビトレイは紺のマジックポシェットを撫でて、直径五十センチほどの『1026式熱電離気体収束砲』を単体で取り出す。
「…、ビトレイ……」
「うん……。」
ビトレイはシスの指示でシスを乗せて五メートルほど浮き、二メートル近くあるその砲身を真下に向けた。
「『熱源探知』…。敵座標確定、追跡完了。」
シスがレイノルズ現象で立っていた泥の下で、大鯰は自由自在に泳ぎ二人を狙う。
いつ襲われるか分からない、という感覚をシスの声が排し、2人は静かに準備する。
「…いつ撃てばいい…?」
「少し待て、カウントする。」
至近距離で交わされる会話。迫る敵。
「カウントダウン。5,4…」
ついに始まるカウント。ビトレイの握る銃把が、緊張で湿る。体は固まっている。
しかしビトレイの心は最高にリラックスしていた。
(…、シスと一緒なら…。失敗する気がしない…!!)
「3…2……1………」
「発射!!!」
熱量を抑えたプラズマの奔流が真下へ迸る。
瞬間。
大口を開けた大鯰が二人を食おうと飛び上がる。
プラズマが大鯰を一瞬で打ち抜いた。
串刺しにされた魚のようになる鯰。
「…、よし…。」
動きが止まった、その瞬間。
「HSNC、スイッチオン。」
鯰が消え失せる。
原始レベルに分解されては再生も出来ないだろう。
シスは周りを見回して、エトとナンが泥へ沈んだのを確認する。それから。
「…帰るか…」
「…、うん……!」
プラズマの熱によって泥が乾き、土に戻った堅穴へ2人はリーナを連れて入る。
仲間の元へ戻るために。
夜。
「…、『構築』…、ナン、大丈夫か?」
「うん、だ、大丈夫、だよ……、エトー。」
エトの呼びかけに、ナンが弱弱しく応えた。
ナンの傷口は泥やその他汚物に犯されており、治すことはできなかった。
故に、一度汚物に犯された組織を『分解』で消してから、ナンのDNAを元に『構築』で喪われた組織をつくり、癒着させたのだ。
「ううーー。あいつ、強かったー。」
2人はとりあえずここ―沼地から五十mほど離れた場所から距離を置こうと歩き出す。
「とりあえず帰って、休もうよー。」
「そうだな。…博士に怒られないかな…。」
「安心して、怒られないわ。何故ならあなたたちは帰れないからよ。」
突如、凛とした女性の声が二人に届いた。
「…、なに……?」
「どういう意味かな?」
二人が騎士鎧に身を包んだ薄い青が混ざる銀髪の女性に訊く。が。
「ぐふっ!」
「がぁぁ…」
一瞬で組み倒されて嫌でも理解させられる。
敵だ、と。
「理解する必要はないわ。…おやすみなさい?」
しかし行動を起こす前に後頭部に衝撃を感じ、気を失った。
「団―長。ひどいじゃないですか、おいていくなんて…」
ガチャガチャと音を響かせて、十人ほどの男が走ってくる。
「目標を見つけてね。」
「…でも置いていかないで下さいよ。俺たち、団長の部下なんですから。」
団長、と呼ばれた女性は気を失った二人へ目を向ける。
「…ごめんなさい。でもあそこは存在してはいけないのよ…。」
月が煌々と女性を照らしている。
あとがきは次回にまとめてします




