邂逅の勇者
美しい白亜の城――だったと思われる物は、いまや輝きは当然、輪郭すら失い、茶色いレンガの内部を晒している。
王都セントラルの王城である。
おそらく、度重なる魔物の襲撃に備えるための防壁を築くために王城の材料が使われたのだろう。最早王が住むための威厳、荘厳さすら見当たらない。
その中でも何とか以前と同じ光景をたった一つ残している、中庭。
そこでは、国を挙げて盛大な出発式が行われていた。
「勇者、ゼニール・エクリプス・リーナ・オクタビアよ。」
「はい」
「人類の存亡をかけた戦いに貴女が馳せ参じてくれたこと、うれしく思う。貴女が魔王討伐の旅に出向けば、魔王すら畏怖しその首を差し出すであろう―――」
王が出発式でセントラルにいる人類に大演説をしていた頃。
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シスは、出発式の為、人通りも少ない路地を歩いていた。
少し歩くと、薄暗く、汚れた普通の感性を持った者ならまず入らないであろう裏路地が見えてくる。
シスは一瞬すら躊躇せず、その裏路地に入っていった。
迷路のように入り組み、間違えて入ってきた者を拒絶する路地を抜けた先は、表とは別種の喧騒に包まれていた。
少しでも裏稼業に手を染めたいのなら、先達から必ず教えてもらえ、と言われるここは、セントラルの裏の町、アウトセントラル。
その一角に立つ店に、シスは入っていった。
ガラン、と来客を示すベルが鳴る。しかし、店主は何も言わない。ここは裏の町。いつどちらが裏切り、奪う側になるか分からないここでは、来た者全てを客とみなすのはバカがやることだ。
シスは陳列された武器には目もくれず、カウンターに座る店主へ一言言う。
「今、この店にある中で、最高の剣は? 裏でも構わない。」
出自は問わない、最高の物がほしいと言うシスに対し、店長はけだるげに言う。
「30京2968兆1583億9270万5000ヴェリスだ。」
言外に、それだけの金を払う気が無いなら帰れ、と言う意思を込めていった言葉に対し、シスはこう返す。
「実物を見てから出ないと話にならない。」
シスの言葉に、やる気なさげに聞いていた店長は一瞬黙った。
「・・・、銘は『カリバーン』。17世代前の勇者が使っていた剣だ。
「性能は? 」
店長は、初めて驚いたような顔をつくり、言う。
「・・・、驚いたな、たいていのヤツは銘を聞いただけでほしがるモンだが。」
「名だけが先行して、実態が伴っていなければ意味が無いからな。」
「切味は保障する。強度も完璧だ。何に使うか知らんがスロットもある。つまりは第一級と呼ぶのもおこがましいほどの業物だな。だが見た目はただの高級武器だ。よほどの目利きじゃないと本来の性能はわからんよ。だからこうして裏ルートから入荷できたんだが。」
暗に店主の優秀さを誇っている台詞を無視して、シスは続ける。
「よし、買おう。」
「その前に。」
30京を超える価格の剣を購入すると聞いても顔色一つ動かさない店主だが、これは少々本気の顔をして訊く。
「このところ、セントラルの警備レベルがかなり上がっている。うちの上客も何人か捕まった。・・・、あのレベルの警備体制を敷くのは尋常じゃねえ、何か 国立レベルから依頼を受けた研究所から何かが脱走したと考えるべきだ。・・・、アンタじゃねえよな? ここ最近から見かけて、なおかつ強い武器を求める怪し い奴よ。」
「・・・、T種が大量発生とかじゃないのか? 今日勇者が出発するから、守りが手薄になる、そこを突かれてはたまらないだろう。」
シスは意図的に自分のことを話さず、警備は増えたことのみに言及して、自分についての話題を避けた。
しかし店主は言う。
「やはりお前か」
「・・・、つかまった上客やらの仇討ちか? 」
「違う違う。」
「・・・、売ってくれないのか? 」
「別に売らんとは言ってないだろう。お前がどんな奴か、見極めたかっただけだ。」
「・・・、『真贋観』を持つ、アウトセントラルの武具屋店主、か。」
「知っとるなら嘘はつかなくても良かっただろうに。」
「剣ならずとも、人の言葉の真贋まで見抜く達観、か。魔法じゃないよな? 」
「はは、こんなことで使ったりはせんよ。嘘をつくときの、心理的圧迫が及ぼす体への影響を見とるだけだ。」
「・・・」
「代金は? 」
シスは鍵を取り出して店主に渡す。
「・・・、どこのだ? 」
「四番地の貸し金庫。404号だ。中に40京入っている。」
「釣りは? 」
「いらねえよ」
「・・・、後はカリバーンの引渡しか。」
店主は不敵に笑うと、腰に帯びていた剣を鞘ごとカウンターにドン、とおく。
「・・・、これが? 」
「盗まれないようにする為には目の届く場所に置いておくのが一番だ。」
「確かに、預かった。」
シスはそう言うと、店を出た。
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王城の中庭で行われていた出発式も、終わりを迎えていた。
「勇者、オクタビアよ。」
「はい。」
「汝を朕の名の下に祝福し、洗礼の力を以って魔王を討ち滅ぼさんことを願う。・・・、行け! 朕と、この国と、そして人類を救うのだ! 」
「はい! ! 」
オクタビアが走答えると同時、後ろにいた四人の仲間達もそろって頭を垂らす。
「出発だ! 」
王がそう宣言すると同時、観衆が歓声を上げた。
勇者達は中庭を抜け、セントラルの大門を目指して進む。
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「が、ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・」
力が抜けた、最後の警備員をシスはそっと地に下ろす。
(やはり頸動脈圧迫が一番簡単に落ちるな・・・)
そんな思考とともに周りを見回す。まだ出発式が終わったばかりらしく、こちらに王城の門から大門を繋ぐ道に人影は無い。
シスは大門のすぐ横、人一人が入るのがやっとの通用門をくぐって外へ出る。
(よし・・・! )
嬉しさが体中にこみ上げるが、顔に出ないよう懸命に努力して歩く。
(まずは・・・、ユルド森を目指すか。)
(やっと・・・、やっとあそこから抜け出せた。次はあの子だ。勇者を、救わないと。それも、魔物だけじゃなく、あそこからも。)
そんなことを考えながらも300メートルほど先に見えるユルド森に向かって歩くシス。その途中で、ドォォォォォンン、という音が後ろから聞こえた。おそらく、勇者一向が大門から外へ出たのだろう。
ユルド森へ、あと半分、というところでシスは異変に気付く。
(魔物!?・・・、”ゴブリン”か・・・。200体はいる。避けるのは難しいぞ! )
そこにいたのは大量の”ゴブリン”。”ゴブリン”といえば最弱の魔物ということで有名だが・・・、今は、この魔王覚醒の時だけは、そうと侮れない。何せ、それが原因で、人類はセントラルに押し込められたのだから。
(やるしかないな・・・! )
シスは買ったばかりのカリバーンを抜き、”ゴブリン”を倒しにかかる。
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「”ゴブリン”、数は203。北東方向167メートル、ユルド森の方ね。」
勇者一行の中でも、探査魔法に優れたアチェリーが、常時行っている探査魔法で魔物を見つけた。
「よし、リーナ、キール、先行して! 」
「ええ、分かったわナタージャ。」
「へへっ、討伐の旅初戦だぁ! 」
一向の中で一番全体を見て指示の出せるナタージャが、折れ曲がったトンガリ帽と足首まである漆黒のローブの中から指示を出した。勇者が冷静に、西洋鎧を着た騎士が歓声を上げて駆け出す。
「アチェリーは二人の援護に集中、ビトレイは全方警戒を行いながら適時支援攻撃を。私はあなた達の警護を見ながら攻撃を行う。」
「わかった・・・! 」
「了解」
弓を携えた軽装の少女が、弓弦を引きながら駆けて行き、どこからとも泣く真紅の宝石が埋め込まれた特徴的な杖を取り出したナタージャがその後を追う。その後ろでは1メートルほどの魔法銃を持った少女が警戒しながら進んでいった。
20も数えぬ内に”ゴブリン”の群れに到着したオクタビアは前々から一人戦っている男に一声かけると、”ゴブリン”の群れに飛び込んでいった。
「助太刀する! 」
左手に持った盾を構え、右手に持つ片手直剣をかざし”ゴブリン”を薙ぎ払う。キールと呼ばれた騎士も、わずかに湾曲した鋭い刀と展開可能な大盾を持って斬り、殴り、倒していく。
上空からは矢が降り注ぎ、確実に”ゴブリン”の数を減らし、後方からの破裂音と共に幾匹かの”ゴブリン”が倒れていく。オクタビアとキールの壁を抜け、弓持つ少女、アチェリーに向かう”ゴブリン”は、魔法の火炎に包まれて絶命する。
しかし、そんな順調な戦いも、”ゴブリン”を半数ほど減らしたところで変化が現れた。
後方からの魔法攻撃で爆炎に包まれて生き残る”ゴブリン”。降り注いだ矢は刺さらず、当たった剣は弾かれ、破裂音と共に減る”ゴブリン”の数が減る。
その理由をキールが吐き捨てた。
「T種か! 」
その言葉を”ゴブリン”を勢いづけたか、少しづつ後退する一行。
少し離れたところで戦う男も劣勢になって・・・、
いない。
(・・・!?)
勇者は男の顔に浮かぶ感情に驚いた。
(笑み・・・!?この状況で、100体ものT種に囲まれて! それで笑っていられるなんて! どういう神経してるの!?)
T種。
それは、今回の魔王覚醒から一年後、世界に現れるようになった強化種のことである。
通常種と見た目は何も変わらない。ただし、どこかが必ず一つ強化されている。
故にTemperedと、焼き戻しをした鋼鉄のように他とは違う強さを持っていると名づけられた。
”ゴブリン”のT種。
”ゴブリン・テンパード”。
通常の”ゴブリン”を斬る騎士の斬撃を通さぬ硬い皮膚。
通常の”ゴブリン”を殺す魔法の攻撃を通さぬ強い魔法耐性。
一個体は一つしか強化されなくとも、集まれば勇者一行を押し返す力を持つ。
最弱の、”ゴブリン”が、勇者一行を押し返す。
もうダメかと思われたその時。
勇者は、男の強さを見る。
いや。
最強さ、だろうか。
「『武器庫』」
そう呟いた男は何処かと男の手元を空間接続する。
出てきたのは・・・、魔法銃?
そして、男がそれの引き金を引いた瞬間。
全てが、灰燼に帰した。
「・・・! ! 」
勇者一行全員が驚愕で言葉も出ない中、男は呟く。
「HSNC、スイッチオフ。」
それからこちらに向き直る。
「助太刀ありがとう。・・・、でも、いらない助太刀だったかな。」
勇者一行はその言葉を否定できなかった。
あれだけの”ゴブリン・テンパード”を、そしてその周囲の地面を跡形もなく、痕跡すら留めないで無音で破壊し尽くす。そんな、勇者一行の誰でさえできないようなことを平然としてのけた男に対して、自分が何か助けることができるなんて考えられなかった。
「・・・? あれ? 何も反応なし? 」
それが、勇者一行と男―シスとの出会いだった。
読んでいただいてありがとうございます!
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