決戦の勇者 前編
木々が放射状に薙ぎ倒された風景の見える、背の高い草が生えた草原を抜ければ、そこはもう山だった。
いや、山麓に広がる森がミナル森だったのだ。
『魔王の居城』、クラクナ火山へ一行は足を踏み入れた。
クラクナ火山は驚くほど静かだった。
進む、というより登山、という道を六人は進む。
空気がしん、とただ無音だけを伝え、生物の気配を感じさせない。
ただ六人の荒い息だけが木霊していた。
「おかしい、静か過ぎる。」
「だなあ。魔物どころか、生物の気配すらしない。本当にここがクラクナ火山なら大量の魔物が襲ってきても不思議じゃないのに。」
シスとワンがそう言うが、どうにもならない。
ただ、警戒し神経を擦り減らして火口へと近づいていく。
驚くほどあっさりと火口へと到着した。
所用時間は、およそ一時間。
山頂には、半径100メートルほどの円状に広がる地面と、その奥に巨大な火口。最後の噴火は魔王が誕生する以前の数千年前と言われ、既に死火山といわれているクラクナ火山は、魔王を封じる場所に相応しい風格を備えている言えるだろう。
だが。
既にそこには魔王を封じている事を示す祠は無く、ただ広々とした空間が広がっているだけであった。
「どういうことだ?」
「……えっ?」
「祠が、無い……?」
「何故……」
「なんでー!?」
「封印が、無い?」
あまりもの異常。
どうしようもなく不可解。
「何故ここに魔王がいないんだ……?」
シスが呟いた疑問に、答えられる者はいない。
はずだった。
「魔王ゥ? そんなものはァ、二年も前にィ、完全抹殺済みだよォ?」
その声が響いた瞬間、反射的にシス、リーナ、ワンの三人の体が揺らいだ。
恐怖しているのだ。畏怖しているのだ。
かつて絶対的存在として自らの上に君臨していた存在に、かつての条件反射が反応したのだ。
この三人が共通して畏怖する相手。
いつのまにか六人の正面に現れた三人の人間の内一人を見て、その名をナタージャが呟いた。
「ラザベイ……っ!」
「さてェ、Project『Braver』の実験は終了だァ。ファイブ、回収を始めてェ?」
こちらの事はお構い無しに淡々と事を進めるラザベイ。
あくまでリーナを実験体として扱うラザベイに殺意を覚えたシスは、しかし頭のもう片隅で冷静に考える。
(ここでラザベイを殺せば、頭を失ったラザベイ・ラボトリーは崩壊するはずだ。つまり、これは絶好の好機。ここであいつは殺すっ!)
「おやァ? そこにいるのはシックスかいィ? これはこれはァ、今日はいい日だねェ。ついでにファイブ、回収してェ」
と、そこで始めてシスに気付いたようにラザベイは言う。無論、本当にそうなのではなく、回収を滞りなく行うためシスを先に排除しようという目的があったのだろう。
だが、シスはラザベイに飛び掛かる前に、ふと違和感を覚えた。
(っ、今ラザベイは何て言ったっ!? ……ファイブ! フブが何でこんな所にっ!)
「命令受諾。命令を開始します。」
その時だった。ラザベイとともに現れた三人の内、ラザベイ、トーともう一人、フードで顔が見えない黒い戦闘服を着た男が、そういうが早いか、ぬるりとした動きでラザベイの前に立った。
「おいおい嘘だろ……フブに人格操作を行ったのか……?」
「っ、フブ? あの人が……?」
ワンの呟きに、サリアが気付く。
フブ。それはレジスタンスにラザベイ・ラボトリーの情報を流していた内通者の名前ではなかったか、と。
だが違う。シスがラザベイ・ラボトリーを脱走する事を手助けしたフブは、こんな喋り方をしていないはずだ。
サリアからの話で、フブが自分を脱走する補助が出来たのは外部組織であるレジスタンスと繋がっていたからだ、ということを理解したシスは、危ない橋を渡ったであろうフブにいつか礼を言わなければならないと思っていた。
そんな付き合いの割と長いフブの豹変ぶりに驚いたシスだが、人格操作をされたものと判断して、とりあえず排除しようとする。
(……そうえいばフブの参加実験は何なんだ?)
その時ふと浮かんだ疑問。ラザベイ・ラボトリーの実験体の性質は、基本的に所属していたプロジェクトに依存する。つまり、どのプロジェクトにいたかでどういう戦い方をするのか推測できるのだ。
その一瞬の思考が命取りだった。
意識が逸れた時間など、一秒にも満たないどころか数えることすら出来ない時間だけだったはずなのに。
ドガガガガッッ!!
と、シスの体に凄まじい数の拳が突き刺さる。
まだ、一行の誰も武器を構えてすらいなかった。丁度戦闘体制に移行しようとした所だった。
そんな中、つまりは一行の中の誰にも対応できない速度で、ファイブはシスに攻撃を放っていた。
「ぐっがああああぁぁぁ!!」
シスは喀血しながらも何とか後ろへ下がる。
今の攻撃で即死しなかったのは、シスがこの旅の中で培ってきた体力が、ファイブの予測体力量を偶然上回ったからに過ぎない。次にそれを修正した攻撃を放たれれば一瞬で終わる。
決死の後退は、ある意味では報われた。
シスの生存、という一点では。
だが勇者一行という点では、最悪に近かった。
何故なら。
ファイブの次の目標は、シスが一瞬にして傷だらけになったことに硬直した他の一行のメンバーだったからだ。
「くそっ、『開……」
ワンがなんとか呟いた直後。
ドガガドガガドガガドガガドガガッッッッッ!!!!
と、致死の拳撃が炸裂した。
「「「「「ああああああああああああっっっっっっ!!」」」」」」
五人全員の悲鳴が混じり合って絶望の旋律を乱暴に奏でる。
全員がかろうじて生存できたのは、ひとえにワンの『開放』のおかげだった。これによって彼我の距離が少しだけ離れ、そのためにダメージ効率がフブの想定したものより僅かに少なくなった。そのためにかろうじて死に免れたのだ。
避け得ぬ破滅。抗い難い恐怖。迫り来る終末。
「これでほぼォ、全員戦闘不能だねェ。勇者一行ォ、六人捕獲だァ。んン? なんか一人増えてるねェ、ああシスの分かァ」
フブがラザベイの言葉に呼応するように一度下がる。
「うんン? シスは信じられないみたいな顔してるねェ。安全弁だよォ、安全弁ン。まさぁか実験体が一体も反抗しないなんて事は考えてないからねェ。人格操作を行うと想定外の状況への対処が致命的に遅くなるからあァ、Projectには組み込めなかったのさァ。だが対離反実験体用なら奇襲を考えなくていいからねェ。人格操作を行って、実験体制圧用の実験体を作った訳さァ。」
目を細めて余裕そうに語るラザベイだが、しかしシスには打つ手は限りなくなかった。
シスとフブの相性は限りなく悪い。
シスが扱うのは星術ベースの魔封宝石、最速で攻撃を放つフブの前では完全に遅すぎる。
「っ…………」
歯がみするシスだが、フブの攻撃が一行にどれほどのダメージを与えたのか確かめることもできない。視線を外した瞬間、ラザベイ・ラボトリーの謎の技術力で瞬殺されるからだ。
「Project『WC』、Project『Braver』では後手超越火力を重視したけれどねェ? 旧来のアプローチも捨てたわけじゃあないんだよォ。Project『Kronos』。Project『WC』以前の、初手最低火力を放つ死神の研究さァ。」
初手最低火力、Project『Kronos』のフブ。
後手超越火力、Project『Braver』のシス。
正反対の方法論から作り出された、人類の最高到達点。
片や、自らの意識で動き、片や、誰かの命令で動く。
どこまでも対照的なフブを見据えて、シスは起死回生の一手を放つ。
「目標、ラザベイ。……発射。」
そのシスの言葉の意味は、ラザベイには分からなかっただろう。だが狙われたという事は意識したのか、一歩横にスライドした所で。
シスの耳のすぐ近くで、その声は暴虐の到来を告げる。
『……分かった。……1990式『熱電離気体尖形射撃砲』、発射』
そして。
空の彼方から、灼熱の槍が飛来した。
三億度に達するプラズマの弾丸というより槍は、確実にラザベイを貫く軌道を通って飛翔する。
初手最低火力のフブには防ぎようがない一撃。シスにとってフブは鬼門と成るように、フブにとってシスも弱点属性と言えるのだ。
フブには防ぎ得ぬ超越火力が、ラザベイを殺そうとする。
だが。
「『不落城塞』、起動します。」
トーがそう言うと同時、巨大な兵器群が彼女の周りを取り囲み、彼女を守るかのように配置された。
例を挙げるなら――そう、ビトレイの持つ『マルチファイラー』、その最終型の『デストロイヤー』だろうか。
少女に纏われる鋼鉄の塊は、右、左、正面の砲門から三条の極太レーザーを放つ。
いや違う。
幾万幾億もの極小のレーザーが束ねられて、一つの極太レーザーを形作っているのだ。
三億度の水素プラズマと極多量のレーザーが衝突し。
水素プラズマが、強引に絶対零度付近まで冷却される。
「レーザー冷却による対高熱源防御、完了しました。」
冷ややかに響くトーの声。ラザベイら三人が対処にかかりきりになっている間に、シスはやっと振り向いた。
そこにいるのは、リーナ、ワン、サリア、ナタージャ、アチェリーの五人。
アチェリーとワンは『構築』で、リーナ、サリアはナタージャとアチェリーの回復魔法でなんとか戦線復帰できるレベルまで回復し、使った魔力も魔力回復薬で回復しているようだ。
ではビトレイは?
先ほど『熱電離気体尖形射撃砲』を撃ったビトレイはどこにいる?
『……シス、着弾修正……』
遥か彼方、およそ三キロ先にある地平線の奥から精密にラザベイを狙い撃ったビトレイが、思念を個人にピンポイントで伝える魔法でシスに言った。頭の中に直接響くタイプもあるが、今回は耳から聞こえるように感じるものを使っているのだ。
見えない位置から、一方的に強力な遠距離砲撃は、どうしようもないほどの有利を見方に与える。距離が離れれば離れるほど、角度が少し変わっただけで当たらなくなるからだ。
視界内にしか撃てないという制約を外した魔法銃は、強力な攻撃を遠距離狙撃するのに最も適している。
「プラズマは相殺された。弾種を変えて待機してくれ。」
『……分かった……』
互いに手札は出揃った。
遂に人類の敵へとの決戦が始まる。
すみません、遅れました。
ついに100話に到達しました!
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最終局面に迫っているところですが、これからもよろしくお願いします!
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