ネットダイアリ-54- GNAワールドの夜明け前 -4-
- 1年前 -
江原は、これまで高校入学以来、学校では一言もしゃべっていない。入学式後、クラスに集まるということを知らず、帰宅してしまった江原だった。
江原は、親の都合で長いこと中国で暮らしていた。中国では現地校に通い、江原は、優れた才能を認められ、日本で言うところの中学生で大学に進学し博士号まで採った。専門はロボット工学である。
ちょうど、江原が高校に上がる時期に、親の転勤で日本に帰国することとなった。江原の能力なら、十分日本の研究者としてやっていけるはずが、日本では、中国での学歴は認めてもらえなかった。中国に帰るという選択肢はあったものの、一人暮らしに伴う生活の雑用を考えると無理だと判断し、日本に残ることにした。江原は、仕方がなく近くの高校に通うことになった。
このことを知った中国の教授は、中国の大学との間に特別回線を引き、江原を助手として向かえ、遠隔地ながらも研究を続けられる環境を整えていた。
そんな状態での高校入学であった江原にとって、高校は、無駄な時間消費でしかなかった。
そんな環境で育った江原にとっては、入学式後、クラスで集まるような習慣が頭に思い浮かぶはずも無い。学校からの案内は入学式としかないのだから。
入学した高校がある程度の進学校だったため、学校では、初日から不登校者が出たと大騒ぎになった。いつもは、生徒の進学相談だけをしていた教師が、あわてて、生活指導担当となり、江原を監視するようになった。
江原にとっては、学校の授業は、苦痛でしかない。家庭内では、日本語で暮らしていたものの、ほとんど、中国語で読み書きをし、教授や学友と専門用語を交えて話していたため、日本語中心になる国語を代表とする科目は、よくわからず、理系の科目は、退屈で仕方がなかった。体育の授業は、特に身体を動かすようなことをしていたわけではないので、笑いものではないが、江原一人が孤立した状態だった。
そんな中、物理の授業で、江原からすれば、古典物理学にあたる内容で、間違ったことを物理の先生が言ったのに対し、正しい内容を解説したところ、物理の先生が怒ってしまい、放課後教員室に呼ばれることになった。
生活指導担当の教員と物理の教員が江原を待っていた。
「江原君。あのような形で物理の授業を妨害するとはどういうことかね」
いきなり、江原が指摘した先生の誤りを棚において、授業の邪魔をしたという点から入ってきた。
「・・・」
「黙っていては、先生としても対応できないので、理由を教えてほしい」
生活指導の担当となってしまった先生が言った。
「この人たちには、真実を伝えてもダメかな」
江原は、正しい内容を指摘したにもかかわらず、その内容には耳を傾けない先生に愛想をつかした。
「先生、日本語では説明しきれないので、中国語が混ざった説明をしていいですか」と言い、教員室の黒板に向って歩いていった。
江原は、中国の教授の代わりに大学の壇上に立って教鞭をとったことがある。
同じような形で、黒板の空いている箇所に公式を書きながら、日本語混じりの中国語で物理の先生の誤りを正した。
内容は、完璧だったが、先生方には理解できなかった。次元が違いすぎたのだ。
「でたらめなことを語って、煙に巻くつもりだろ。私だって、大学で物理をやってきたんだ」
「まあ、まあ、まあ」
生活指導担当の先生は、江原が中国の大学の博士号をとっていたことは知っていたが、自分の知らない分野ながら、圧倒的な力量差を見せ付けられたようだった。
「江原君、今後、授業のことで気がついたことがあったら、私に伝えてくれないか」
「それで田中先生もいいですね」
物理の先生をなだめつつ、生活指導の先生がその場を収めた。
教師たちからは、また、江原に悪印象が加わり、さらに憂鬱な学校生活を送ることになった。
入学から3か月過ぎたころ、江原は、昼休みの日課である校舎の中庭にある座れるような場所で読書をしていた。学校の図書では物足りないため、中国から送られてくる論文などを読んでいたのだ。
「お、博士さんは、お昼でも勉強か?」
後ろから、江原の読んでいる書類を覗きこんできた学生がいた。
「うえ、これ英語じゃん。英語の勉強か?」
めったに話しかけられない江原は、返答に困り、
「論文です」とだけ答えた。
後ろから、江原の書類を除いていたのは、戸村だった。
「何、なに。これがあの田中をぶちのめした武器か」
「あの、どちら様ですか」
「おれ、戸村って言うんだ」
「・・・」
「この前さ。教員室で怒られてたじゃん。そのとき、おまえ、なんかわかんねぇ式を書いていて先生たちを圧倒してただろ。あれをたまたま見ててな、こいつすげぇと思ったのよ」
「はぁ」
「でさ、うちの部に来ない」
なんて唐突なやつだと思った。
「運動は出来ませんよ」
「いや、運動じゃないけど、スポーツを手伝ってほしいんだ」
「・・・?」
「確か、江原とか言ったよな。違ったか」
「そうですが」
「おし、まだ時間があるからついて来いよ」
無理やり、戸村にコンピュータ室に連れて行かれた江原が見たのは、5対5で行う対戦型ゲームであった。確か、中国で友達と何度か遊んだことがある。
「これ、知っているか?」
「ええ、前にやったことがあります」
「お~~」
戸村は両手を上げて喜んだ。
「実はな。進路調査でプロのゲームプレイヤーになるといったら起こられていたときに、江原君が入ってきたんだよ」
「・・・」
確かに中国では、対戦型コンピュータゲームをエンターテイメントの一つとして、楽しんでいた。世界的に有名なゲームでは、賞金がかけられ、生計を立てているプレイヤーがいる。賞金の中には、億を超えるものもあるそうだ。
戸村は、日本ではあまり流行っていないプロゲーマーに目をつけ、それを職業としたいと思っていた。実際、戸村は、アマチュアながら、世界大会で準優勝の経験がある人物でもあった。
「で、江原君に俺を手伝ってもらいたいってわけ」
「今流行のプロのゲームは、5対5のゲームでね。5人の仲間が必要なのよ。うちの部の部員って、いたりいなかったりするから、俺一人でネット対戦しているんだ」
「この部ってゲーム部か何かですか」
「おれは、ゲーム中心だけど、基本的にはコンピュータに関する自己研鑽をするための部活、コンピュータ研究部だ。通称、コンピ研と言われている」
江原としては、興味がないわけではないが、たかが、高校程度の部活でなにができる。と思って聞いていた。
「あんまり、乗り気じゃないな。そうしたら、今から対戦するから見てな」
「昼休みの時間内には終わらないよ」
江原がやっていたころ、だいたい、3~40分かかるのが普通だった。もう20分もない昼休みに終わるはずがない。
「対人だとこの時間帯人が集まらないだろうから、練習戦をするよ」
練習用の対戦とはいえ、下手をすると、30分を超えてしまう。
「まあ、時間になったら教室に戻ればいい」と思って、江原は戸村の対戦を見物した。
ゲーム開始して、すぐ、相手プレイヤーを1体倒し、すぐに次のプレイヤーに向うという荒い戦闘スタイルだった。慣れているというものの、超能力を持った人間が、映画やアニメのごとく、相手をどんどん倒していく、あっという間に相手チームを圧倒し、15分も行かず、ゲームが終わった。
その動きは、最初は荒いと思ったものの、振り返ってみれば、緻密に計算された動きをしていた。これまで江原が経験したどのプレイヤーよりも強いことがわかった。
「ふ~。間に合ったかな。放課後、良ければここに来いよ」
「考えておきます」
ロボット工学を専攻していることもあり、あの戸村の動きには興味があった。
「ただ、ソフトウェアの問題は残るな・・・」
結局その日、江原は、コンピュータ室には行かず、帰宅した。




