大馬鹿者が見た日本の原風景6
早苗さんは声を上げて言った。
「あなた、外来人ですねっ!」
「あ、いえ……自分日本人です」
咄嗟に否定してしまった。
ガイライジン、と言われて、俺は国語の教科書のポディマハッタヤさんの顔を思い浮かべていた。
しかしながら俺は鉱山で働いてはいないし、勿論スリランカ人などではない。
「いやいや、そういう意味では無いのです。ここで言う外来人とは、外国人という意味とはまた違うんですよ」
「は、はあ」
間髪入れずに否定する早苗さん。
「大丈夫です。まだまだ混乱されているかと思うので、キチンと説明しますね」
「……あ、ありがとうございます。助かります」
口振りから察するにこの人は何かを知っているようだった。状況がいまいち掴めない現状でその言葉がありがたい。
そしてさっきからポコポコと湧き出る様々な違和感についても、解消されるのだろうか。
「……少し話が長くなるかと思いますので、部屋を移しましょうか。立てますか?」
そう言って早苗さんは立ち上がった。
俺も足に力を入れ、ゆっくりと立ち上がった。
どうやら異常は無い。
「大丈夫、です」
「みたいですね。さ、こちらです。足元には気をつけてください」
早苗さんはそう言って身を翻し、すたすたと歩き出した。俺はそれに着いていく。
「あっ、私も行く!」
小傘さんも立ち上がり、とてとてとこちらに来た。立って並んでみると、小傘さんは割と小柄であるということがよくわかる。
早苗さんが障子を開き、和室から廊下に出るとそのまま右に曲がって行ったので、俺もそれに続いた。
俺が和室を出た時、ふと左に視線をやると、何やら大きな紫色の傘が立てかけられ……いや、立っていた。自分の足で。
「……うおっ、何じゃこりゃ」
「うおっとは何よ。これは私のリーサルウェポンよ! どんな相手でも腰を抜かすほどびっくりさせられるわ!」
先頭を歩いている早苗さんが軽く振り返り、にやにやとした笑みを浮かべて小傘さんに言った。
「そのリーサルウェポンがあるのに何で私に頼ったんですかねえ」
「…………最近ちょっとだけ、ほんっっっっのちょっとだけ自信を無くしてたから、あくまでも、あくまでも参考程度に聞いただけよ!」
『最近は誰もびっくりしてくれなかったから……』という先程の小傘さんのセリフが頭に浮かんだが、これは心にとどめておいた方がいいだろう。
「でも、教えたあの方法で効果覿面だったでしょう?」
「うぐぐ……そ、そうね……」
反論できなかったのか、小傘さんは悔しそうな顔をして早苗さんを睨んでいる。
昨日のびっくりイベント、あれ早苗さんが考えたんですか。
「人を驚かすのに一番大切なのは雰囲気とタイミングですよ」
ふふん、と鼻を鳴らして得意そうにしている早苗さん。
「……うーん、やっぱりエアーサロンパスが良かったのかなー」
そう言って小傘さんはどこから取り出したのかスプレー缶をぷしゅ、ぷしゅといじくっていた。
……あの時感じた寒気って本当にエアーサロンパスだったんですネ。なんだ、霊的成分なんぞ全くありゃしないではないか!
あっ、いやっ、無くて大丈夫です。そっちの方がイイです。はい。
「さ、こちらの部屋です。ちゃぶ台の所に座っててください」
案内された所は先程の所とはまた別の和室だった。さっきまでいた和室は恐らく寝室で、こちらは居間だろうか。八畳程の和室の真ん中に三、四人ほどで囲えるであろう大きさのちゃぶ台が置かれていた。
俺は小傘さんと共にその和室に入り、そのちゃぶ台近くで座らせてもらった。小傘さんは用意されていた座布団にちょこんと座り、俺も座布団の上に、遠慮がちに胡座をかいた。
早苗さんは奥で、何やら準備をしている。
やがて早苗さんが三つの湯呑みを盆に乗せ、こちらへとやって来た。
「どうぞ。麦茶です」
「あ、すいません。ありがとうございます」
ことり、ことり、と俺、小傘さんの順番で湯呑みを置いていく。そして、ちょうど俺の真正面に最後の湯呑みと盆を置き、早苗さんはそこに座った。
12時の方向に早苗さん、3時の方向に小傘さん。そして6時の方向に俺が座っている状況だ。
右手の方向の小傘さんが湯呑みに口に運んでいる姿を視界に入れながら、俺は早苗さんの目をまっすぐに見た。
早苗さんが口を開く。
「では、笹一さんに現在進行形で起こっている状況を説明しますね。……所々、昨日よりびっくりするかもしれませんが、落ち着いて聞いて下さいね。質問は随時受け付けます」
俺は早苗さんの話に身構えた。