大馬鹿者が見た日本の原風景3
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海の底のような眠りの世界から、俺の意識が明るい所まで引き上げられる。軽くなった瞼がゆっくりと、自然に開いた。
「……………………ん……………」
目を覚ました時、視界には見知らぬ天井が広がっていた。そして何やら心配そうな表情で俺の顔を覗き込む人物が。
まだ頭がぼうっとしていて、状況がよくわからない。
「あ、気がついた。良かったー!」
「……? …………あ、どうも……」
俺は上体だけを起こし、目の前の少女に軽く会釈をした。
全くもって状況がわからない。
俺は辺りを見回した。
見覚えの無い和室。
障子越しに差し込む柔らかな光がこの空間をより穏やかな雰囲気に仕立て上げていたが、状況をうまく把握できてない俺はあまり穏やかにはなれなかった。
次に俺は、少女を見た。
歳は13、4歳くらいだろうか。
あどけない顔立ちをしている、中学生くらいの少女。
……そして見間違いではなければ、水色一色という極めて奇抜な髪の色をしている。
更に俺を見る少女の目は片方が赤く、もう片方が青い。なんだっけ、オッドアイ……だっけ。初めて見た。
白いブラウスに、少し暗い水色のベスト。あさぎ色と言うのだろうか。そして薄い水色のスカートを身につけている。
爽やかな印象を受ける着こなしだが、その髪色や目の色とあいまって不思議な雰囲気を出している。黒船来航の際、初めてペリーを見た幕府の方々も、同じような感想を抱いたのかもしれない。
俺の頭の中では、『コスプレ』という単語がチカチカと点滅していた。
……ちょっと変わった子なのかもしれない。格好で人を判断するべきでは無いというのは百も承知だが……。
今、頭の中では幾つもの疑問符が、まるで秋の赤トンボの如くビュンビュンと飛び交っている。
ここは一体どこだ。俺はどうなったのか。どういう状況なのか。この少女は一体誰なのか。そして何故この少女はコスプレをしているのか。
俺が混乱していると、少女が顔をずいっと近づけて来た。俺は少し驚いて顔を引いてしまった。
「ね! ね! 昨晩のアレ、どうだった!?」
「え? あ? 昨晩……?」
突然ふっかけられた質問に、頭の中の疑問符が更に増える。これ以上俺の脳に負担をかけないでください。
昨晩のアレ。
そう言われて記憶を辿る。
「…………………………………!!」
その時俺の頭に電流が走った。
そうだ思い出した。昨日のアレだ! あの時、森にいた少女は正しくこの子だ!
アレのおかげで俺の寿命は数十年単位で吹き飛んでしまったのだ。
「……昨晩森の中で驚かされた事ですか?」
「そうそう! 君をドッキリビックリさせたアレ! どうだった!?」
「……あー、いやもうなんというか……マジで自分死ぬんじゃないかって思いました」
色の違う二色の目(多分カラコン)でまっすぐに俺の目を見ながら尋ねる少女に、少したじろぎながら感想を答える。
そうか、心霊現象とかではなく、単なるこの子の悪戯だったのか。
昨晩のアレがこの子の悪ふざけだとわかった瞬間、数十年分の寿命返せと言いながら右フックをかましてやりたいと思ったが、そんな事をしても返却はされない。
というか自分より明らかに年下の少女に対してそれを行うのは、人としてあまりにもあまりだ。
「だよね! あの驚きよう! あまりに活きの良い絶叫だったから私も驚いたよ。 あー嬉しかったなー!」
「……そ、そんなに嬉しいことなのですか?」
「それはもう! 付喪神冥利に尽きるというか、最近誰も私に驚いてくれなかった分、昨晩はハッピーな気持ちになれたわ!」
オッドアイ少女は屈託の無い笑みを見せながら喜びの丈を俺に語った。変わっている子だが、とても元気で可愛らしい。
喜びをストレートに表現するその少女はまるで子犬のようだ。もしも尻尾があるならばパタパタと左右に忙しなく降っていたに違いない。
……というか、先程この子が言っていた『付喪神冥利につきる』のツクモガミとは、どういう意味なのだろうか。
聞き慣れない単語に少し考え込んでしまう。