大馬鹿者が見た日本の原風景2
我を忘れるとはこの事だろう。
白い視界に包まれたままひたすらに、右も左もわからぬまま濃霧の中を駆け抜ける。
「うおあッ!?」
がむしゃらに走る事に必死になっていた俺は足下の木の根に気付かず、それに足を引っ掛け前方に大きく転倒してしまった。
重力に逆らえず地面に叩きつけられた時、走りに使われていたエネルギーが全て衝撃となって鳩尾を中心に爆発した。
呼吸が一瞬止まり、苦痛に顔が歪む。
ーー誰か! 誰か助けてくれッ!
大地に伏した俺は、その場から動けずに手足で土を掻き、ぐねぐねともがきながら心の中で助けを求めた。
その時、ざり、ざり、と土をこするような音が後ろから聞こえてきた。
ハッとなった俺は上体だけを少し起こし、音がした方向に視線を向けた。
深い霧の先、何かのシルエットがゆらゆらと左右に揺れながらこちらへと向かってくるのがわかった。
それを見た俺の頭の中で絶え間無く警鐘が鳴り響き、心臓が激しく脈動する。全身にこれまで経験したことのない緊張が走った。
そしてそれはやがて霧の中からその姿を現れた。
人だった。少なくともそう見えた。その人物は歩みを止めることなく、ざり、ざり、とこちらへと向かってくる。
そのような状況になってさえ、俺は金縛りにあったかのように動くことが出来ず、ただ目の前で起こる事象を受け入れるしかできなかった。
ざり、ざり。
ざり、ざり。
やがてその人物は俺の傍らまで来て止まり、ゆっくりとした動作でしゃがみ、その顔を、俺の耳元まで近づけた。
表情はわからなかった。
パニックで爆発寸前だった脳が真っ白になり、全ての機能が停止した。
吐息が耳元にかかり、俺の心臓は凍えた。
「…………うらめしやー……」
「あぎゃあああああああッッッ!!!」
「きゃあああああっ!?」
絶叫一回。
糸が切れるように、俺の意識は途切れた。