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大馬鹿者が見た日本の原風景

タイトルは某曲のパロディです。

    





 


「……おーい……みんなどこいるんだ……」



深夜、暗く鬱蒼とした森林の中で、今にも泣き出しそうな俺の震える声が空しく響いた。だが俺の呼び掛けに答えてくれたのは風に煽られた木の枝によるざわつきのみである。


山奥の電波の届かないところなのであろう。携帯は使えず、視界は最悪、足元も劣悪。更に梅雨明けということもありジメジメと不快な事この上ない。


歩けど歩けど暗闇は途切れず、俺は手にした懐中電灯に群がる小虫達を旅のお供として延々と歩き続けている。




そもそも、何故によって俺はこのような場所に、しかもワザワザ草木の眠る丑三つ時にやってきたのか。


 

答えは、肝試しである。 


 

近頃、身の周りでは心霊ブームなる罰当たりなものが流行っており、その中でも特に『心霊スポット巡り』という危険極まりない行為が、クラスでは常にホットな話題であったのだ。



「俺、○○トンネルに行ってきたんだぜー」



たかだかトンネル一つ潜ったからといっていい気になるなと言いたい所だが、そこが有名な心霊スポットだという肩書きが加わればアラ不思議。一気にクラスのヒーローとなり、女子から黄色い声が上がり、それにより男子からは羨望の視線が向けられる。



そう、心霊スポットを踏破するという度胸ある行動は今やクラスにおけるステイタスであり、名誉となっていたのだった。






後はお察しの通り。女子からの視線を得んがために雑誌にも取り上げられた程の心霊スポットである、とある森へと友人と共に乗り込むというお馬鹿な行為を実行。

その結果、心の綱であった友人とはぐれ、暗闇の中を一人でさ迷う羽目になったのである。



そもそも、俺は心霊の類が滅法苦手なのだ。


以前、怖いもの見たさで友人の家にてホラー映画を見た時、あまりの恐ろしさにマンションの五階から飛び降りそうになった事がある。当然友人に止められたが、情けない話である。



といった体たらくであるにも関わらず見栄を張り、よせばいいのに心霊スポットに踏み込むなどという愚行を、あまつさえ丑三つ時に実行するというとんでもない事をしでかしてしまったのだ。


そのため、元来の性格や暗闇の心霊スポットに一人きりという状況など、様々な要素の相乗作用より俺の精神は既にグロッキー状態を迎えていた。






俺は、今世紀最大の大馬鹿者に違いない。







 



 ◆



どれくらい歩いただろうか。


今まで懐中電灯無しではまったく見えもしなかった樹木達に、うっすらと輪郭が現れ始めた。夜が明け、太陽が顔を出し始めたのだ。



一体どれだけの時間さまよっているのか。途中休憩を挟んだりしつつもここから出ようと真っ直ぐ歩いていた筈だ。



もしやリング・ワンダリングというやつだろうか。だとしたら方位磁針を持たず、更に森林初心者な自分はどのように行動すれば良いのだろうか。



夜と朝との境界の時間帯の中で、ぼんやりとそう考えた。




「……………………?」




その時、周りの気温が少し下がったような気がした。先程までとは違う、ひんやりとした空気がこの場を支配していた。



ーーこれは、いわゆる『アレ』であろうか。霊的な『アレ』であるとでもいうのだろうか。



俺は即座にポケットに入れてあったお守りを取り出し、おもむろに握り締めた。こんなこともあろうかと用意してきたのだ。


別に悪霊退散と仰々しく書かれたモノではなく、入試の前日に買った学業のお守りだ。効果があるかはいささか不安だが、気休め程度にはなってくれるだろうと思い持参したのだ。



「…………………………」



一度でも恐怖を意識すれば、あとはなし崩し的に心がその恐怖に沈んでゆく。



やめろ、やめてくれ! 俺のところに来るんじゃない! こ、こっちには由緒正しき菅原道真公のお守りがあるのだッ!



見えない相手に対して無言の威嚇を放ち、虚勢を張ることが今の俺の中の精一杯であった。俺は片手にお守りを握り、もう片方の手に懐中電灯を持ちながら、背中を丸めてずりずりと歩いた。



日が徐々に昇り始め、辺りがじんわりと明るくなりつつある。もう懐中電灯の光に頼る必要もないが、まだ消さない。





「………………!?」




道中、視界の端で、何かが動いた気がした。慌てて周りを見回しても、あるのは暗い色の木々のみ。



「………………………」



気のせいか、と一瞬安心したものの、その次の瞬間にはまたチラリと視界の端に何かが映る。




「…………………ッ!」




周りを見回してもやはり何も見えない。

気配もない。



すると、辺りが白い霧に包まれ始めた。それは明るさを取り戻しつつある木々の輪郭を隠し始め、ついには俺の視界を覆うほどの濃さになった。

突然発生した深い霧に、辺りの不気味さはより加速していく一方だ。



神経がこれ以上なく過敏になり、お守りを握る左手に自然と力が入る。震える左手に握られた朱色のそれはくしゃりとひしゃげてしまった。



ーーこ、心を強く持たねば。雰囲気がちょっとソレっぽいってだけで、何を俺はビビっているのか! 今さっきチラッと見えたのは、動物……そう動物に違いない! うん、そうに違いない。断じて幽霊なんかじゃない。安心安心。こっちにゃ菅原道真公が…………。




「………………………………!」




背後に、何かの気配を感じた。




冷や汗が滲み、震える俺の頬を舐めながらポタリと落ちる。



恐怖心が全身を支配し、まるで鉛でも詰めたかのように四肢が重くなる。



が、次の瞬間、エアーサロンパスを吹きかけられた時のような寒気が背中を襲った。



「ひぃぇあっ!」



俺の心臓はドクンという音と共にバッタの如く跳ね上がり、口からは普段なら意図しても発声できないような素っ頓狂な声が飛び出した。


そこからスペインの闘牛よろしく猛り狂ったように走り始めたのは、ほとんど無意識の内だった。腰が半分抜け落ち、足がもつれて転びそうになるが体制を立て直して尚も走る。奔走する。



「……助けっ……はぁっ……誰かっ……!」



懐中電灯を放り出し、濃霧の中をひたすら逃げ続ける。何から逃げているのかはわからないが『何か』から離れるために必死の思いで全力疾走した。




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