第2話:彼女は笑った
怪我人も多数出ており、警察は引き続き捜査をしている。
とのことだった。
僕は泣かなかった。穂香は何も残っていなかったから。
まだ穂香が生きている気がする。死んだのは分かっている、ただ信じたくないだけ、忘れたくないだけ。
あれから三年、僕は毎年ここを訪れている。
再開したデパートだったが、あの事件以来客足は途絶え半年後には倒産していた。
そののち廃墟と化す。
僕は毎年廃墟の前に花を供える。
今年もそのつもりだったが、今回は何だか穂香が中に居る気がして仕方なかった。
昼間にも関わらず中は真っ暗で気味悪く、何度も引き返そうかと思うほど僕を臆病にした。
奥に進むにつれ、足下のゴミが酷くなり、進むのも難しくなって行った。
歩く自分の足音の他に建物がピシッと音を立てたり、割れていない窓が揺れたりし、そのことが僕をひどく弱気にした。
二階に上るためのエスカレーターは今にも動き出しそうなほど綺麗で、あの日をリアルに感じた。
「…君」
掠れ消えそうな声。
あの日の叫び声が頭に残っていたせいか、誰の声か少し考えてしまった。
「…君」
声の方を探すと入口近くに、女の子がポツンと立っていた。
あの日、学校帰りの服装のままで穂香はそこにいた。
制服の上にベージュのコートと薄いオレンジのマフラー。
つま付きながらゴミの道を抜けだし、穂香に駆け寄るとあの日と変わらぬ姿がそこにあった。
「穂香…」
さっきまでの震え上がる自分はどこえやら、穂香に会えたことで、どうしよもなく嬉しくなった。
生きていた。
そんなことは思わなかったが、あの日助けられて、助けることが出来なかった姿がそこにあった。
「久しぶりだね」
懐かしい声と柔らかい笑顔。
僕は声が出せなかった。
泣くことを堪えるので精一杯だ。
分かっている。
穂香は死んでしまっていること。もうこの世界のどこにも居ないこと。
この子は穂香だけど、あのときの穂香だけど、違うんだ。違う。穂香は死んだんだ。
改めて受け入れた事実に涙が溢れ出る。
ドン…っと強く背中が押された。僕は押された力で外に出てしまった。
あの日の倍以上の力で押され、あの日よりも倍近く飛ばされてしまった。
あまりにも強く押されたせいで、息がうまく出来ずその場に座りこんでしまった。
それでも廃墟に残した穂香に向かい立ち上がろうとすると
「来ないで」と声が響いた。
穂香は入口で僕を見つめていた。
「来ちゃ駄目」
地震のような軽い震動が地面を揺らした。
パララ…、ガラッなど石が崩れるような音が聞こえた数秒後。
それは突然だった。
廃墟が轟音と共に崩れだしたのだ。
あそこには穂香が居るのに、立ち上がろうとしたけれど、足が竦んでうまく立つこと出来ない。
途絶えそうな意識と崩れていく廃墟からの埃やらなんやらで視界が霞む。
そんな視界の中大きなコンクリの塊が穂香の頭上に降り注ごうとしていた。
危ない!!
と声が出なかった。
ゲホッと咳込み半泣きになることで終えた。
穂香に降り注いだコンクリは穂香を潰した。
音は振動として伝わり胸に響いた。
ズンッと重く僕に沈み、感覚を麻痺させて抜けていった。
砂埃舞う中で平然と穂香は立っていた。
「じゃあね」
口がそう動いた気がした。でも穂香はもうそこには居なかった。
その後の廃墟はものの数秒で全てを終えた。
クリスマスプレゼントはあの日と同じ
「命を助けられる」ことで、僕の些細な願い
「穂香に会いたい」を同時に叶えることとなった。
僕は砂埃の中、変わり果てた廃墟を見つめていた。
ヒューヒューと喉が鳴る。うまく呼吸が出来ない。まだ立って動くことも出来ない。
背中の痛みがまだ残っていた。
穂香の痛みとして残っていた。