第1話:彼女は死んだ
割れたガラスの破片を僕の靴裏がパキパキと複雑に鳴らした。
廃墟と化したこの場所に再び足を踏み入れることを許してほしい。
高校生のときに足を踏み入れて以来、僕はこの中に訪れたことはなかった。
けれど今、クリスマスのこの日にここを訪れたのには訳がある。
クリスマスのあの日、高校生の僕は彼女の穂香と共にここを訪れていた。
その頃はまだ廃墟になっておらず、大きなデパートのようなところだった。地下があり、上は三階、下は地下一階と僕の住む地方ではなかなかの大きさの建物だった。
僕らは二階にある雑貨屋に向かい、二人でお揃いの携帯ストラップを買いに行こうとしていた。
「かわいいのあるかな?」
「気に入るのあるといいけどなぁ」
エスカレーターを上がり店の奥へと進む、端にあるエスカレーターから端にある雑貨屋に移動するには結構な距離を歩かなければならない。
歩いている途中、目に入った非常口と書かれた緑の光に違和感と不思議な気持ちを覚えた。
それでも僕は他愛もない話に花を咲かせ、一歩一歩足を進めて行った。
程なくして辿り着いた店には、髑髏の人形が出迎える悪趣味な店だった。
しかし中は意外にシンプルでテナントとしては小綺麗に纏まっていた。 その中、レジ前にあるストラップコーナーに僕らは足を向けた。
「これ良くない?」
一目見て気に入ったらしく、穂香は本の形をした色違いのストラップを手に取った。
本は開くことが可能で、そこにプリクラを貼ったり、一言書くことが出来るようになっていた。
「いいじゃん、これにしようか?」
即決、即買い、店の隣にあるベンチに座り、今付けたばかりのそれを二人で見合った。
ふと非常口を思い出した。あの緑の光が頭を過ぎった。
そのときに気付くべきだった。これがクリスマスプレゼントだと…。
僕らは帰ろうか?と話していると、目の前を全身ずぶ濡れの男が通り過ぎて行った。
男が歩いた床は濡れて、気味の悪い光沢で輝いていた。
僕らは気にもせずエスカレーターに向かい歩いていると、男の喚く声と女の人の
「やめて下さい」と止める声が響いた。
僕らが後ろを振り返ると
「死ねよ」と
そして男は自分に火を付けた。
ポウッと柔らかい音が聞こえ、男は一瞬で火に包まれた。
男の足先から火が放たれるように一直線になって火の矢が男の歩いた道を走った。
「危ない!!」
強い力で肩を押された。僕は状況を理解出来ないまま穂香に突き飛ばされた。
何メートルか突き飛ばされ、見上げた世界は地獄だった。
男が歩いたと思われる道に炎がとり憑き、それが壁となり僕の目前に現れた。
「ああぁうぁああ!!」
壁の向こうから、穂香の叫ぶ声が聞こえた。
僕でも何となくしか分からない、穂香の叫び声だった。
「穂香ー!!」
叫んでも返事はない。
火は周りにあるあらゆる物を燃やしていった。 文房具屋の消しゴムも、本屋のたくさんの辞書も、百円均一のあらゆるゴミも、全て燃やそうとしていた。
先程二人で訪れたはずの店にも火は近付いていた。
どこからか逃げ出した人が僕にガシガシぶつかって行く、非常口の緑を目指して泣きながら走って行く。
僕は炎の前で延々と名を叫ぶことしか出来なかった。
気付いたときには病院だった。
話によると火の近くで意識を失っていたらしい。
あの事件は新聞に大きく取り上げられた。
男はガソリンを被り、一階入口から侵入、そののちエスカレーターを通り、二階玩具売り場で自分に火を付け死亡。
その際、男が通った道に残っていたガソリンに引火。男性五人、女性七人が死亡。