きみのかわりにいきるよ
2話 きみのかわりにいきるよ
またか!もう僕は絶対に背後警戒を怠らないぞ!
振り返ると奴だった。痴漢会社員だ。でも、仁藤の身体はびっくりすると声が出なくなるようだ。
『線路に落ちた少女を助けた少年は重体』
新聞記事を僕に突きつけながら、奴は詰問してきた。
「なんで死のうとした!こいつに突きおとされたのか?お前が引き込んだのか?どうなんだ、ええ?!」
後をつけて、家に侵入して、暴力をふるって、それかよ。何なんだお前は。
「・・・!・・・!に、仁藤にちかづくな!痴漢野郎!」
やっと僕はそれだけ言えた。
「ん?仁藤って、お前の名前か、あげしりちゃん。俺は痴漢してたんじゃねぇよ、運勢確変をしてたんだよ。お前のケツは、パチンコのハンドルと同じなんだよ。毎日ひねらねぇと、大当たりはでねぇんだよ!」
あきれたごまかし論法だ。僕はあっけにとられていた。
「嘘じゃねぇぜ。はじめてお前に触れた日、宝くじで1,000万があたった。万馬券も大当たりもバンバン出た!だけど、さわれなかった日は惨敗続きよ!どうしてくれんだよ俺の借金の山を!」
宝くじは時の運。その後1,000万もタネ金があれば、そりゃ当たりも引くだろうよ。
「そんなことより、何で電車になんか引かれたぁ。毎日俺にケツを差し出せよ。いくらでもかせいでやるぜ!お前のことを幸せにしてやれるのは、どう考えても俺だ!俺の女になれよ!エヴリデイ可愛がってやるぜ!」
くそ、仁藤の不幸は、こいつが原因じゃないのか!運を吸い取るハンドパワーでも持ってんのか。
両腕を取られた。仁藤の腕、力よわっ。全然抵抗できない。ひっくり返された。
左手で首を取られて、廊下に押し付けられた。身動きもできない。やばい、犯される、こんな奴に。ごめん仁藤!
「さあて、久しぶりのおしりちゃんを堪能させていただきますか!って、おむつかよ!しょんべんくせぇガキだな!」
ぷち。ぷち。おむつのボタンが外された。
「生尻ちゃんいただきます!そーれ、運勢確変!!」
僕は必至で最後の抵抗を試みた。下半身全体の力で渾身に蹴りあげた。
「悪くないねぇ。お前、抵抗しなさすぎでつまんねぇと思ってたんだ。それにしてもヨワ、ヨワ、ヨワ!きんたま蹴るか?ほーら良く狙え」
ダメだ、全然きいてない!貧弱すぎだ、仁藤の筋力は!
しかし、奴が姿勢を変えて、再び僕の両手をとらえたことで、頭が自由になった。今度こそ渾身の力で、バックヘッドをかました。
「ッ!」
途端に静かになった。奴の身体は崩れ落ちて来た。気絶したのか。身体のしたから抜け出した僕は、おぞましい光景を目にした。
『・・・!・・・!なんじゃぁ、こりぁ・・・!』
痴漢会社員の首の付け根から、奴自身の頭がもうひとつ生えていた。
『・・・!てめぇ、一体、何をしやがったぁ』
青白く透明な頭は、天に昇って行った仁藤の霊体と似ていた。
どういうことなのか、僕の方が説明を受けたい。
しかし、あえて推測するなら、僕のバックヘッドで霊体がずれて、奴は自分の身体のコントロールを失ったのだ。
僕はへたりこんだ。助かった。男の僕よりもはるかに仁藤の筋力は弱かった。この力が発現しなかったら、とんでもない不幸が仁藤の身体に降りかかっていた。
「・・・秘技、霊体ずらしバックヘッド!!」
カッコイイ名前は後で考えるとして、とりあえずキメポーズを取ってみた。
霊体はわめいているが、自業自得だ。今のうちに警察を呼ぼう。携帯はなくなっているので、家の電話を使おう。
と、そこへ玄関でかちゃかちゃ音がした。続いて誰かが入って来た。
「カオリ、退院するなり男を連れ込むなんて!!」
そこで硬直しているのは、多分仁藤の母親だろう。教育ママくさいスーツ姿。
帰って来てくれたのはいいが、何でも悪く受け取る人じゃないのか。やだな。
「警察ですか!家に不法侵入を受けました!犯人は発作か何かで倒れています!すぐ来てください!はい、はい、住所は○○区・・・」
まだ通話が通じていないうちから強引に説明を開始した。それでわかってください、おかあさん。
犯人が復活すると嫌なので、ガムテープで後ろ手をしばった。警察が来るまでに少し母親と話をした。警察が来て、事情聴取をして、犯人を現行犯逮捕して行った。終わるとすぐにマスコミが取材を申し入れてきた。その前に別の刑事が、列車事件の事で割り込んできた。こうして夜遅くまで解放されなかった。
深夜、母親と共にぐったりとソファに座り込んだ。
「ある程度事情は呑み込めたわ。先にシャワーを浴びて寝なさい。いじめの件は忘れなさい。勉強していい大学に入れば、そんなものはなくなるから」
おかあさん、じゃなくてママは、気丈に言い放った。自分の芯が強いばかりに、子供の苦境がわからないタイプの親だ。
何を言っても無駄だろう。現代のいじめは、殺人も平気で実行するんです。
「おやすみなさい・・・」
僕は、宝の部屋の捜索もそこそこに、眠りについた。
はじめての仁藤のベッドは、甘いかおりにつつまれていた。
ひさしぶりにぐっすりと眠れたような気がする。
翌朝。
忙しいママはもういなかった。朝食が用意されていたが、メモのせいで食べられなかった。
『ちゃんと学校に通いなさい』
非情だよ、吐き気すらする。僕を電車に蹴り込んだ殺人鬼がいるかも知れない学校へ、あの教室へ、戻れと言うのか。
たぶん、きっと、あのままだったら、戻れなかったに違いない。僕に、無敵の能力が授からなかったならば。
だが、今の僕なら戦える。わたしのかわりにしんでよと言った君に、僕は今なら力強く言い返せる。
きみのかわりにいきるよ