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作者: 群青猫
掲載日:2013/10/29

 



 

 夏が執拗に夜にまで留まり続けて、何もかもが冷めることを許されずにいる。その過剰なる熱を疎ましく思いながら、女はベランダに独り佇み、眼下に広がる家々の窓明かりを見つめていた。

 湯浴みで得た少しばかりの清涼感はとうに消え失せて、湿る肌が気怠い。

 おもむろに、女は束ねてある髪へと手をやり、髪留めを外した。ばさりと洗いざらしの黒い濡れ髪が両肩に落ちて、胸元へと滑り下り、寝着をわずかばかり押し上げている女の胸を覆い隠した。

 指を差し入れて、女は髪を梳いた。濡れて互いに絡み合う髪がぎしぎしと指を阻んだが構わず女は力任せに髪を梳いた。ぶちりぶちりと髪が抜けるたびに頭皮に痛みが走る。髪の湿気が寝着に移って、汗とは別の湿り気がじわじわと広がっていく。

 つうっと少しばかり視線を上げて、女は遠くを見た。

 月のない夜。闇は果てしなく、熱とともにすべてをそのうちに抱き込んでいる。

 何処かに、あなたはいらっしゃるのね。

 此処から続く何処かに、あなたもいらっしゃるのね。

 ほんのりと口元に笑みを浮かべて、女は愛しい人へと思いを馳せた。

 今、あなたは何処で何をしているのでしょうか。独りで、部屋で過ごしているのでしょうか。それとも誰かが側にいるのでしょうか。あなたは寂しがり屋の女たらしだから楽しんでいるのかもね。柔肌を貪っているのでしょう。愛おしいとでも告げながら。私ではない誰かを。

 燻る想いに女は自ら火を放って、燃え上がる焔が心を焼く。悶えるように心臓が激しく律動し始めて、どくりどくりと血潮を巡らせる。紅の激流が女の隅々まで熱を伝えて、頬が火照り、手足がじんじんと痺れた。灼熱の想いが全身に満ちていく。

 嗚呼、あなたが愛おしくてたまらないの。あなたに会いたい。そばにいたい。

 焦がれて、激しく高鳴る心音を耳の奥で聞きながら、滾る想いが狂おしく。どれほど強く願いでもそれは叶わぬと女は知っている。

 女は、左手を眼前へと運んだ。白い指に何本もの長い髪が絡みついていた。

 盛る焔を宿した双眸で女はその髪をじっと見つめた。私の髪。私から抜け落ちた髪。私から離れてもこれは私。私の欠片。私。

 せめてこの髪だけでも。

 唇を寄せて、夏の夜気よりも熱く湿った息をほうっと吹きかけて、女は闇に髪を放つ。

 今からあなたのもとに参ります。







 

最後まで読んで下さって有り難う御座いました。

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