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元勇者候補君の世直し漫遊記  作者: 77493
第一章 窮国のきみに花束を
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おーまいでぃあー、旅のやり方教えてよ!

「朝、か……?」


 仄暗い自室で、窓の外の青み掛かった空を眺める。

 陽が出てすぐの時間だろう。

 珍しく早くに目が覚めた俺は頭を振ってぼやけた思考の靄を振り払った。


 ミグはどうしているだろうか?

 酷く取り乱したミグを寝かしつけて、寝息が穏やかになったのを見計らってから部屋に戻り、床に就いたのだ。

 久しく見る取り乱した幼馴染の姿に憂いを覚えて日課の走りこみと剣の型稽古を後に回すことにした。

 普段通りのミグを見てからでも、いつも通りの時間帯には始められるだろう。

 ま、いつも通りに目が覚めててもやることは同じだったんだろうけどという思いは頭の端に追いやることにしよう。


 いつもどれくらいの時間に起きているのかは知らないが、今なら寝顔でも見れるかもな、なんて思いながらミグの部屋に向かう。




 俺がミグより先に起きる、ってのも珍しい。

 安らかなミグの寝顔を見て改めて思う。

 彼女は普段、俺より遅くに寝て、俺より早くに目を覚ましている。

 大抵は、俺が彼女に起こされる形で一日が始まる。


 気にしてるようなので口喧嘩の時くらいしか口には出さないが、寝ている時のような無防備な顔には年齢に見合わない程の幼さが見て取れる。

 昨晩見た夢のせいだろうか?

 不意に愛おしく思えて、ミグの前髪を手で払った。


「しゅー、くん?」


 起こしてしまっただろうか、普段のミグなら見せることのない虚ろな瞳が俺の顔を映している。


「やっぱ、ミグからはそう呼ばれた方がしっくり来るよな」


 なんとなくこそばがゆくて、照れ笑いで呟く。

 前髪を撫でた手が照れ臭くて鼻の頭を掻いた。

 返事を期待した訳でもない、聞かせるような心算だってない単に口から漏れただけの言葉。

 なんとも、底の浅い打算的な独り言だ。

 はっとしたような顔でミグが体を起こす。

 その顔はいつも通り、何かを警戒するように固い表情になっている。


「シュリト様、このような時間に起きられてはお体に障るのではないですか?」

「いや、ここの所疲れ果てるほど体も動かしてないから大丈夫だ」

「ですが……」

「独り言だけどな。二人きりの時くらい、好きに呼んで、話し易いように話した方が良いと思うんだよ」


 昨日見た物とは違う躊躇(ためら)いに揺れるミグの瞳を見た。

 一見、ミグは生真面目でお堅い。

 でも俺は幼い頃のミグの内面を十分知っているつもりだ。

 それによれば、彼女は寂しがりで甘えたがりで怖がりで、人より低い背や幼い顔立ちを気にしている。

 そしてそれを覆い隠すように、次第に彼女の言葉や態度は堅くなっていったように思う。

 無理してる、と思った。

 だからせめて二人で居る時くらいは肩の力を抜いて、できるだけ疲れないようにして欲しい。


「……しゅーくんは、ずるいね」


 気恥ずかしそうに目を伏せるミグの耳先は少し赤い。

 柔らかくなった表情で恥ずかしげに見上げてくる。

 久しぶりに見る素の幼馴染。


 うん、やっぱりミグちゃんは可愛い!

 というのは、絶対に口に出さないことにしよう。

 手は自然とミグの頭を撫でていた。


「へへっ、ごめんな?」


 どうにも止まらない照れ笑いを浮かべて、なんとなく胸に詰まる懐かしさ感じる。





 身を捩りたくなるよく分からない心根を感じて、戦闘中でもそう出すことのない文字通りの今の俺の最高速を維持する走り込みを行った。

 薄暗かった空が完全に白む頃には全体力を放出しきっている。

 三つ先の村まで行って、帰って来た。

 ミグ曰く、普通に歩いて旅すれば片道十日だそうだ。

 馬車でも二日くらいじゃないか、という話。

 脚の強い馬に馬車を引かせて一日らしい。

 そんなに遠いと思わなかったんだけどなぁ。


 ちなみに、俺の戦闘スタイルは遊撃での殲滅。

 オウロが守る後衛二人の援護を受けながら、危険度の高い敵から迅速に潰していく。

 感覚に任せて戦っている内に自然とその形に落ち着いた。


 型稽古、走り込みが終わってから呼吸が整ったタイミングで目に付いた木を力任せに蹴る。

 今日は二百枚くらいの葉が舞った。

 その全てを中心の一番太い脈に合わせて切る。

 より実践的に剣を扱う方法を考えて、毎日適当に思いついたことをしている。

 ぶっちゃけた話、俺の剣は我流だ。

 型もなにもない。

 じゃあ何稽古だよ? って聞かれて、『なんとなく型稽古』と答えたに過ぎない剣の調子を見る習慣なのだ。

 うん、特に寝不足なんかは感じない。


 オウロが居ればじっくりがっつり手合わせできるんだけどな。

 ただ、オウロは俺と手合わせするのを凄く嫌がる。

 『剣士と戦ってるというより、野生の狼の群と戦ってるような気がする』らしい。

 失礼な話だ。絶対狼の群より俺の方が強い。


 未だにオウロの本気の守りを崩したことがないから、手合わせの相手としては俺の知る限り理想なんだけどな。

 居ないし、居ても嫌がるし不完全燃焼気味だ。

 技量で言えばミグ相手でも良いんだけど、女の子相手だとどうしても剣が鈍るんだよなぁ……。




 そんなこんなで朝食。

 飯は大体ミグかミラが作る。

 オウロも作れるには作れるんだが、俺が『何が悲しくて野郎が作った飯食わないといけないんだよ!!』ってスープぶっかけて殴り合いしてからは間食くらいしか作らないようになった。

 味はミラの料理が一番良い。

 店を出せば二日目には行列ができるレベルだと思う。

 次は……誰かの名誉を守るためにあえて黙らせて貰おう。

 いや、ミグが作ったのも十分美味いんだよ?


 この国で食事と言えば大体、パン、スープ、サラダ、メインの四つに夜はサブが二つ三つ増える二食。

 俺とミラがごねて、ウチのパーティでは昼にも食事を取るのが習慣になった。


 スープを口に入れる。

 うん、やっぱり美味い。

 ……ミグが何だか不安そうな顔で俺の顔をちらちらと見てくる。


「うん、美味いよ」

「ほんと? よかった」


 安堵が見て取れる笑顔を浮かべて食事を始めるミグ。

 いや大丈夫だって、家庭料理なら十分満足できる味してるんだから気にしなくても、と思いながら食事を進める。

 ミラは相手が悪すぎるし、オウロは何だかんだでハイスペックすぎる。




 食後、そろそろクルクスまでの旅の準備をしておきたい。

 食器洗いを済ませて、ミグと机で向かい合う。


「クルクスまでどうやって行くのか、考えてみたい。まず、どこを通るか決めよう」


 鞄の奥で眠っていた世界地図を広げる。

 海に面する場所は割りと詳細に書かれているが、内陸部は『この辺り』みたいな感じで地名が書かれているに過ぎない地図。

 正直、地形とかは一切読み取れない。

 以前ミグに理由を聞いてみたら、『詳細に書けば、人間の間で戦争になった際にいくらでも悪用できてしまいますから』とのことだった。

 戦いに地形が関係するのか? 遮蔽物のありなしくらいしか気にしたことがない。

 まあ気にするだけ無駄なことか。きっと大人数になったらいろいろ影響が出るんだろう。


「順路は五つで、方法はそれぞれ二つから三つあるよ。

 でも、三つの順路は使わない方が良い。

 七色(ラドゥガ)の大森林を通るルートは、魔王くらいの実力がある人でも連れて行かないと安全には通れないと思う。

 それくらい危ないから、絶対ダメ」


 ですよねー。

 昨日の思いつきは完全に却下された。


「大森林の南側、迷い(ネブラ)の海を通るのも自殺行為だね。

 霧で時間すら分からなくなるらしいし、魔歌姫(セイレーン)大波(テーヤ)一呑み(クリュ)が出るし、最悪雲霞の海竜(ネブラ)に飲まれて永遠に海を彷徨(さまよ)うことになるから。

 セイレーンなら人を飼う趣味があるみたいだから死にはしないかもしれないけど、でも、いやだよね」


 嫌かと言われれば少し返答に迷うな。


「大森林を北側に避けて大喰らい(レマルゴス)の山脈を通るのは問題外。

 人型の魔物の巣窟だけど、セイレーンに捕まるみたいに生き延びる望みはまずない。

 遊びながら人を殺すような残虐性の高い魔物しか居ないし、女なら死ぬまで魔物を孕ませられ続ける。

 私もこのルートだけは絶対に嫌。

 暴食の黒鬼(レマルゴス)地を這う毒竜(ワイアーム)に一思いに食い殺されるのが救いだって言えるくらい最悪の場所だから。

 今の私達でこのルートを通れるとすれば、運よく竜種ウィルム、大峰の賢龍(エヴィニエ)と会うくらいしかないと思う」


 改めて聞けばどれもこれも無茶なルートなのだと思う。

 この三つはミグの言うとおり、この世界で最も強いと言えるような相手の助力がなければ通ることはできないだろう。

 ただ、セイレーンには美女しかいないと聞く。

 その相手に飼われるというのは……、


「しゅーくん、また変なこと考えてる?」


 そんな馬鹿な、少ししか興奮していない!


「気のせいだって、残りの二つは?」

「ほんとに? 絶対変なこと考えてたよ」


 ミグの疑いの眼差し、これもまた心地良い。

 やっぱりミグは俺がギリギリ興奮するかしないかという線を見分けるのが上手いな!


「残りは、大喰らい(レマルゴス)の山脈を北側に迂回してクルクスを目指すルートが一番現実的だね。

 飛竜(ワイバーン)に乗ってクルクスまで飛べば一日で着くけど、ワイバーンを買うにしても竜籠に乗るにしても凄い費用がかかるから。

 少しでもスピードを上げるならお金だけ持って村の間を駆け抜けるか、馬車を使うのが良いと思う。

 私としゅーくんなら、村二つくらい一日もかけずに移動できるからね」

「今日も三つ先の村まで走ってきたからな。それだと何日くらいかかる?」

「距離だけで言えば、走ったら三ヶ月くらい、馬車だと半年くらいだと思う」

「なら走りで決まりか」


 できるだけ早く向こうに行きたいし。

 何故かミグの顔が曇る。


「走って行くとあんまり荷物が持てないから、ところどころでお金を稼がないといけないの。

 馬車ででも同じなんだけど、馬車ならいろんな物が運べるからね。

 人を乗せたり、行商の真似事をすればほとんど止まらずに進める。

 そういう所まで考えたら、どっちでも同じくらいの時間になると思う」


 道中等間隔に村や集落があるわけでもなし、ミグも実際に旅した訳じゃないから迷うこともあるだろう。

 そうなると、野営する場合もあるのか。

 手ぶらで野営なんてのはちょっと考えたくない。

 なら、馬車か……。


「野営の道具なんかも持っていかないといけないし、馬車にするか」

「それが良いと思う。あとは、ミラとオウロはどうするの?」

「ミラとオウロか」


 正直、巻き込みたくないんだよなぁ。


「迷惑掛けたくない、みたいな顔だね」


 ずばりと言い当てるミグ、流石だ。

 俺ってそんなに分かり易く顔に出るんだろうか。


「ミグにも言ったけど、できれば俺の勝手で危険なことに巻き込みたくない」

「多分、それで置いて行ったら二人とも後で怒ると思うよ?

 『そんな楽しそうなことになんで連れて行かなかったんだー』って」

「あー、確かに言いそう」


 ここに居ない二人の仲間を思い出して苦笑する。


「二人は故郷に帰ってるはずだし、顔だけでも出せば良いと思うけど」


 それが妥当か。


「あ……」

「どうしたの?」


 肝心なことを忘れていた。


「馬車、どうやって手に入れるか」

「シェルム様にお願いするのが一番良いんじゃない?

 まさか旅に出るのにシェルム様にも会わないつもりだったの?」


 図星だ。

 溜め息を吐くミグ。


「会わずに行ったら、間違いなく騎士団を差し向けられて連れ戻されると思うけど」

「あー……」


 まさにありそうな展開だ。

 あの人は俺にだけその辺り厳しい。

 弟は結構放置なのに。


「ま、シェル姉に頼んでみるか。もともと魔王倒しに行くときもそのつもりだったんだし」



 また迷惑掛けちまうなーなどと思いながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは少し重く感じる腰を上げた。

早く第三者に介入させないと壁と拳がまずいことに。

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