おーまいぷりんせす、きみに指輪をおくるよ!
「ってーと、毎日冒険者と会うのが楽しみだった感じか」
「はい! わざわざ昇進の報告に来てくださる方もいらっしゃいました」
俺はイルミアに、ミラシアでの生活を聞いていた。
やはり軟禁のような生活を送っていたようだ。
娯楽もなく、知識も与えられず、日々を無為に過ごすことを強要されていた。
かといってその生活に不自由は存在しなかったらしい。
流石に、腐っても王族というところだろうか。
生きていくために必要なものは全て用意されていたようだ。
そうなると少し気に掛かるのは、イルミアは今の生活をどう思っているかだろう。
急に外に放り出されて、しかも俺たちパーティは観光などと言う得体の知れない遊山に耽っている。
これまでのような平穏な生活からすれば不便だろうし、連れ回されることに疲労を感じているのではないかと案じてしまう。
ミラシアの二人の事情を考えるなら、少し出歩くことを控えた方が懸命だと考えなくともわかる。
ただ、それも二人の意思次第だろうか。
もし観光に楽しみを感じているのなら要らぬ世話という結果に繋がる。
その真意を聞くつもりで言葉を選ぶ。
「……イルミア」
「はい」
「俺らは結構勝手に観光巡りとかしてるけど、イルミアは疲れたりしにないか?」
俺の言葉を聞いて、イルミアは考えてもいなかったことを尋ねられたというような顔をした。
そして、きっぱりと言い放つ。
「これまで外を出歩くことなどありませんでした。疲れないと言えば嘘になってしまいますね。
ですが、それ以上に楽しく思います。
私は、クルクスまで足を運んだときに初めて世界は広いのだと気付きました。
ですが今は、そのときに思った広さよりももっともっと世界は大きいのだろうと思っています。
見たことがないもの、見たことがない場所に行くのが、とても楽しいのです。
歩き回って感じるような疲れよりも、私はもっといろんなものを見て回りたい。
今は、そう思います」
「……そっか。なら、良かった」
俺たちについて来ることを、特に苦と感じているわけではないようだ。
ひとまず胸を撫で下ろす。
ついでだから宣言しておこうか。
「これからも、俺たちは観光を続けると思う。
観光って結構歩き続けたりするし、疲れるだろ?
もし辛くなったらすぐ言ってくれ。
予定調整したり、何だったら抱えて宿に戻ったりもできるからな」
「シュリト様……シュリト様に抱かれるのは魅力的なのですが、でも、ご心配には及びません」
俺が反応する前にイルミアが居住まいを正す。
下手に突っ込めないな、こりゃ。
他の誰かが聞いてたら絶対に訂正させないと危ない発言が混じっている。
イルミアもいつの間にか小狐くらいにはなっていたってところだろうか?
出会ってから三日と経ってないはずなんだけどな……。
ってか、そういう方向は俺の命か心の平穏が危ないからできればやめて欲しかった。
まあ、それは良いか。
イルミアが真面目な空気を作ろうとしている。
今はそれを見守るとしよう。
「私の部屋を訪ねてくださる冒険者の方々は、誰もが皆夢を見つめる強い瞳をしているのです。
……羨ましかったです。とても。
私も、そんな夢を見てみたいと願う程に」
「ああ。そういう目は見たことがある」
故郷から出てきた、みたいなガキは十中八九そういう顔をしているだろう。
俺も見たことがある。
……遺憾なことに、そのガキってのは大体俺と同い年くらいだったりするのだが。
「シュリト様と出会ってから、生まれて初めて楽しいということを理解したように思います。
それで、ようやく、彼らと同じものを見ることがでたような気がするのです」
「そうか」
「もう少しだけ、傍にいても構いませんか? せめて、ミラシアでの用を終えるまでは……」
「……やけに潔いな。それくらいなら別に構わないけど、何か理由とかあるのか?」
「そこまで、聞くのですか?」
「どうせだしな。周りに誰もいない時間なんてそうそう作れねーぞ?」
「それは……分かってはいるのです…………」
一度言葉を区切り、イルミアがぽつりと小さく零す。
「私も、できるならシュリト様と一緒に行きたいなどと、言える訳がありません……」
何故だか、言葉を上手く拾えなかった。
独り言のようなものだったのかもしれない。
ただなんとなく、聞きなおすのも無粋に思えた。
「まあ、無理に聞こうなんて思ってない。言い難いなら良いさ」
イルミアがじっと見つめてくる。
……んー、そういう悪戯っぽい顔も可愛いけどさ。
それ、無理して作ってるだろ?
なんて、わざわざ聞いたりしないんだけどな。
「シュリト様。シュリト様にお願いしたら、どこかの王女を攫ってくれはしませんか?」
精一杯冗談っぽく言い放つようなイルミアの言葉。
ってかさ、それ。
「……っ、はっ。くくっ、イルミア。お前そういうの似合わないな?」
「シュリト様!」
思わず噴出した俺にイルミアは唇を尖らせて抗議する。
んー。
それ、どう見ても本気だよな。
「っふ。すまんすまん。まあ、本当に逃げ出したくなったんなら攫ってやるさ」
「シュリト様、今日は意地悪ですね」
「はは、んなことねーよ。んー、そうだな」
手を握り儀式級の魔術を使えるんじゃないかってくらいに魔力を込める。
それを押し込め、圧縮。
イルミアには、そうだな。
これでもかってくらい肌が白いし、ピンクゴールドなんてのはどうだろう?
魔力にイメージを持たせ、更に押し固める。
拳が悲鳴を上げ始めた頃に手を開く。
開いた手には、飾り気はないが安っぽさもない指輪が生まれている。
これが伝書鳩の本当の使い方だ。
思いを届ける指輪、それがダフティ・コルムの本当の姿。
まあ、指輪にするのに握力が足りなくて俺しかこの使い方できないんだけどな!
最後の指輪にする部分が足りなくて、指輪を削ったのが語源だったりする訳だ。
今のところ、これを渡したのはシェル姉だけだっけか。
シェル姉がダフティ・コルムを生み出すに至った件での怒りを鎮めるために献上した。
……帰ったらミグとフィリにも贈ろう。
よくよく考えると意味とか見た目とか婚約者に贈るべきものだよな。
って、今はイルミアだな。
「イルミア。手を」
折角だし、ちょっとは貴族っぽく気障に指輪を渡そうか。
「シュリト様?」
差し出されたイルミアの手を、膝を突いてそっと握る。
「っ!?」
構わずその指に告げ伝える指輪を通した。
「イルミア姫。この指輪に私への言葉を告げてくださるなら、私は世界の果てからでも貴女の下に馳せ参じましょう。
もし寂寥を感じたのなら、どうか私を思い出してください。きっと、どんな場所からでも貴女を救い出してみせる」
なんてな。
せめて防具を着てれば多少様にはなったんだろうけど今は生憎浴衣姿だ。
イマイチしまらない。
「はい……きっと」
イルミアが俺の手を両手で柔らかく握る。
だからその熱視線をどうにかしてくれと。
ってか、そうか。
今まで大して異性と話したこともないだろうイルミアからすれば今のは情熱的なアプローチに感じられたりしたのか?
いや、なんというかそれ以前な気もする。
恋に恋するというか、命を助けた擦り込みみたいなもんかというか、なんとも言い難いところがある。
もうちょっといろいろと学んで、自分で判断できるようになってから改めてどうしたいか聞くのが一番か。
この辺りは……誰に押し付ければ良いんだろうな。
オウロとか?
あいつならきっとやってくれる。
まあなんというか。
一言言えば、早まった……。
もう少し考えてから行動すべきだったよ。
この軽い部分はどっちの親に似たんだか。
お袋のことは覚えてねーけど、親父は俺と似たようなもんだった気がするな。
お袋に拝み倒して付き合い始めたって言ってたし。
……よくよく考えると親父よ、まだ四歳かそこらってガキに何吹き込んでる訳?
いや、覚えてる俺も俺か。
それにしても、だ!
「そろそろ、帰るか」
「はい」
返事しつつ抱きついてくるイルミア。
ちょっ! おま!!
む、胸が……柔らかいとかそういうレベルじゃねーだろこれ!!
ってかなんだよ、剣持の屋敷出たときより良い匂い強くなってない?
「い、イルミア?」
「……戻らないのですか?」
あ、ああ。
抱きかかえろってこと?
いや、普通に考えたらそうだよな!!
ああ、そうだった!
「あ、ああ。それじゃ、抱えるぞ、っ!」
俺が言うなり抱きつく力が強くなる!
う、ぁ。柔らかい……じゃない!!
急いでイルミアを抱きかかえた。
抱きかかえたんだけど……。
「……」
無言で見上げるイルミアの瞳が僅かに潤んで……。
濃密なイルミアの香りに包まれ、いかん。
「い、行くぞ!」
いかん! 危ない危ない危ない。
気をしっかり持て! 俺!!
ってかイルミア、やけに密着してくるな!!
いや、冷静になれ! 俺!!
感覚を遮断しろ!!
……っ、それでも柔らかいものは柔らかいんだよ!
なんなんだよこれ!!
「はぁ……」
「っっぅ!?」
イルミアの溜め息が耳元と首筋を撫でた。
なんだ、イルミア、どかで精神魔術でも覚えてきたのか!?
これが魅了ってやつなのか!?
胸の傷痕を強く意識してなんとか理性を繋ぎ止める!
ってか、心臓がさっきからばっくばくで古傷が開くんじゃないかってくらい痛むんですけど!!
ただ胸に意識をやるとそこはイルミアの豊かさの象徴と密に交流を図ってる訳で……じゃねーよ! そっちは危ない!!!
「シュリト様の匂い……」
「ぅあっ!!」
耳から脳を直接溶かしつくすようなイルミアの言葉。
脳だけでは飽き足らず背の中ほどまでの髄を同じようにかき乱す!
思わず鼻へと意識を向けてイルミアの匂いで余計に正気が削られていくッ!!
胸に抱えた柔らかい脅威にいくつか戦慄を覚えながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスはどうにかなってしまいそうな心持を無理矢理に押し込めて剣持の屋敷へと急いだ。




