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元勇者候補君の世直し漫遊記  作者: 77493
第一章 窮国のきみに花束を
34/37

おーまいぷりんせす、ちょっとお散歩しようよ!

「やっと終わったか……」


 時刻は日没から三刻は経つだろうという頃、ようやく俺に宛がわれた寝室に辿り着く。

 要望通りの一人部屋だ。

 ようやく一息つける。

 鼻を掠める香の匂いが胸を撫でた。

 腰を下ろした寝具の手触りがやけに柔らかい。


「にしても、結局全員か? 別の列に並びなおすってのはどうなのよ」


 広間でのことを思い返す。

 食事……は一応しっかりと取れた。

 ただ、酒もたらふく飲まされた。

 言うなれば、何だろう、告白列とでも言うべきだろうか。

 俺とミグとフィリの前にできる行列、そこに並ぶ剣持の面々から延々と概ね求婚と考えて相違ない言葉を聞き流した。

 玉砕した彼女らは次の列に並ぶ……ざっと目に入る情報を思い返すと、ほとんど全ての人間が三人全員に告白して回っていたことを覚えている。


「ミグはまだわかるけど、フィリの列に並んでた奴らはどういうつもりなんだ?」


 そこだけは未だに分からない。

 あくまで見た目だけなら、同じくらいの歳の子もいるにはいた。

 別段フィリのような子供が珍しいわけでもないだろう。

 剣持家は強い人間が好きだというコダチの言葉を思い返す。

 見た目、実際のところを含めてフィリは強者に分類される精霊ではない。

 俺の見立てでは、冒険者のランクでBになるかどうか、というところだ。

 故に、解せない。


「精霊だからそのうち強くなるだろってことか?」


 思い返すにフォルトゥナは確かに強者だろう。

 そうと感じさせない、とはいかないが、そうと意識させないような気だるげな精霊の姿を想起する。

 恐らく本気で戦うことがあれば、勝負にすらならずボロ布にされるだろう。

 いや、跡形が残るかどうかすら怪しい。

 見たところ、彼女は魔術を機軸にした戦闘スタイルだろうと予想しているからだ。

 過剰攻撃でも受ければ、それこそ肉の一片すら残らず俺、シュリト・シェルム・ノーグレイスの存在は消え去ることは想像に難くない。

 付け加えれば、捌き切れないような過剰攻撃でも受けない限り魔術に当たるつもりなど毛頭ないという自負も手伝っての結論である。


 ……香の匂いが鼻を掠める。

 落ち着かない。

 この虫除けだという香の匂いがやけにざわついて感じられる。

 幸白扇(こうはくおう)の宿で似たような匂いを嗅いだのは覚えている。

 それも虫除けだと言っていたか。

 ここの香は少し違う気がする。

 銀湧仙(ぎんゆうせん)謹製だとか、そういう違いだろうか?


 考えても結論など出まい。

 思案を巡らせるにもそろそろ飽きを感じている。

 この落ち着かない心持をせめて夜風ででも涼ませるとしよう。


「散歩でもするか。なんとなく眠れる気もしねーし」


 腹の底に一つ気合を込める。

 浮つく心根を捕まえて決心する。


「うっし! そうと決まればさっさと行こう」


 武器……は、不要だろうか。

 時刻は夜。

 念のため、刀だけ持っていくことにしよう。

 アゲハに教わったように、浴衣の帯に刀を差す。

 本来なら着流しという着物に差すやり方らしいが、それほど違いもないだろう。

 更に言えばこういう差し方は脇差という短めの刀と一組で差す方法らしい。

 それこそ教わってすらいない。

 別に誰かに見せるものでもないと切り捨てて部屋を出る。


「……何やってんだ?」

「お出かけですか?」


 部屋に出るなりイルミアと遭遇した。

 ……イルミア、お前俺の部屋の前で何やってたんだ?

 まあ、良いか。

 疲れてて気配探ってなかったから気付かなかったよ。


 それと、むしろそれより俺に注がれてる視線の方が気になる。

 どう辿っても十やそこらじゃ効かない数だ。


「あー、散歩でもしてこようかと思ってな」


 遠目から眺める視線に聞こえるようわざと少し大きい声で答える。

 何人か、離れたな。

 辿り着いた気配の元の感覚からすると、間違いなく剣持の連中だろう。

 伝令か何かか?

 何やってんだか。

 警戒してる、って空気もない。

 どちらかというと、忍び込む機を窺っているような気配だ……って、これは語るに落ちるってやつだろうか。

 まさかとは思うが、俺かミグとフィリの部屋に忍び込もうとしてたって訳か?

 まあ、ミグならどうとでもするだろ。

 仮にミラとかリシアが目当てでも、ミラも部屋に入るような気配がする前に察知するはずだし気にするだけ無駄か。


「ご一緒しても構いませんか?」

「んー……別に良いけど、何か見に行ったりするって訳じゃねーぞ?」


 なんとなくイルミアの気配が揺らいで感じられる。

 言ってみれば祖国の窮地だからな、不安に感じない訳もないか。

 ってか、返事がないのはまだ俺の返事待ちって訳か?


「んじゃ、行くか」

「はい」


 一緒に散歩に行くのは別に良いんだが、さて、どうしたもんか。

 後ろからついて来るイルミアの気配はまだ所在なさげに揺れている。

 何か迷ってたりする訳か?

 つっても、こんだけの視線に晒されながら相談ってのも気が引けるな。

 屋敷の外に出てから話を聞いてみるか。


「……」


 何か言いたそうな、かといって踏ん切りが付かないようなイルミアの気配。

 不安というより、迷いの方の揺らぎだったのか?

 俺も、まだまだ気配の探り方が甘いな。


 切欠があれば話す気になるだろうか?

 よくよく考えれば、助けるとは決めたものの俺はイルミアのことをそこまで深くは知らない。

 話好き、というより、人の話を聞くのが好きなんだろうというのは分かる。

 特に、冒険譚とか英雄譚が好きなんだろうってことも知っている。

 それ以外はどんなことが好きなんだろうな?

 うん。思い返すまでもなく全く知らない。

 ミグに料理を教わったりしてたから、そういうのに興味があるのかもしれない程度か。


 ついでに言えば、イルミアってこれまでどんな風に生活してたのかすら知らないんだよな。

 幽閉に近いような状況で暮らしてたってのはなんとなく分かる。

 で、時たま駆け出しの冒険者と話したりしてたらしい。

 それ以外は?

 あー。今更だけど俺ってイルミアのこと、ほんとに何も知らないんだな。

 なんでこんなでイルミアをなんとかしようとなんて思ったのか自分ですら分からない。

 単にそうしたいと思っただけだ。


 つっても、今更根掘り葉掘りってのは違う気もする。

 イルミアやらリシアやらと腰据えて話す時間ってのはほとんどなかったけど、だからって話す時間がなかった訳じゃない。

 それで話そうとしなかったってんなら、話したくないか話す必要もないとでも思ったんだろう。

 そんな話をわざわざ掘り返す趣味もない。

 どうせなら、これからどうしたいか、とか、そういう話をする方が俺は好きだ。


 考えている内にエントランス、リュフェでは玄関だったか、とにかく出入り口まで辿り着いた。

 イルミア、ずっと黙ってるな。

 何か話しでもあるから俺の部屋の前にいたんじゃないのか?

 もしかして俺が何か喋り出すの待ってたりする訳か?

 どんな言葉が欲しいんだか。

 俺はお前の好み一つ知らないんだけどな。


 思いながら履物に足をすべり込ませる。

 この下駄という履物も、少し出歩く分には楽なものだと思考を遊ばせた。

 多分、これで走ったりするとこの紐の間とかが痛みそうな気がするけど。

 ああ、それを防ぐための足袋って履物だったりする訳か?

 なるほど、リュフェの文化は思いも付かないところでよく考えられている。


 後ろではイルミアがしゃがみ込んで下駄を履いている気配がする。

 んー。ちょっとエスコートでもしてみますかね?

 ただ、俺のは優雅だったり優しかったりはしねーぞ。

 下駄を履き終えたイルミアの眼前に手を差し出す。


「それじゃ、ちょっと姫様でも攫ってみるとしますかね?」


 不適に見えるように笑ってみる。

 俺が無意識に笑うと、どうしてもあくどいというか、悪戯小僧が仕掛けに成功したような笑顔になるらしい。

 わざとそれで笑ってみた訳だ。


「……はい」


 なんでそこで頬を染めやがりますかね。

 冗談だけど、本当に攫いたくなっちまうぞ?

 うん、冗談だけど。多分。


 照れてる訳じゃないけど不意を打たれた照れ隠しみたいにちょっと強引に抱き寄せる。

 本当だからな? 俺は照れてなんてない。

 イルミアは少し驚いたようだが、構わず抱きかかえる。

 そう、お姫様抱っこってヤツ。


「覗き見してる無粋な奴らもいるし、ちょっと遠くまで行ってみるか」

「はい」


 ……その熱っぽい目で見つめるの、やめてくんねーかな。

 ちょっとだけ、本気で攫い出したくなってしまった。

 思考を押し流すように、軽めに身体強化を行き渡らせる。


「しっかり捕まってろよ」


 小さく頷いたイルミアは俺の肩に腕を回した。

 ミグとはまた違う種類の匂い。

 なんというか、甘いのに鼻につかない匂い、だろうか。

 ふとイルミアの花の匂いを思い出す。

 似ても似つかないのに、何故だか似たように感じる二つの匂い。

 多分嗅いだこともないだろうに、フィリがイルミアの匂いを嗅ぎ分けたのも分かる気がする。

 不思議と心地良い匂い、そういう部分が似ているんだろうか。


 そんなことを考えながら、俺はイルミアを抱いてリュフェの夜へと躍り出た。

 家屋から漏れ出る僅かな光と、欠けることなく満ちた月明かりの中を舞う。

 所々からはエクレレ貝の光が滲み、月が水面から俺達を見上げている。

 思ったよりずっと、リュフェの夜には光が溢れていた。

 宝石よりもっとずっと生きている光の中で空を翔る。


 俺は何考えてんだか。

 このままどこにでも行けそうな気がするなんて、なんでそんなこと思ったんだろうな。

 胸の傷痕が僅かに騒いだ。

 ああ、分かってるよ。

 どこに行っても、俺は必ずミグの傍に帰ってくる。


「こういうの、そうそう眺められないだろ?」


 イルミアに衝撃を伝えないよう注意しながら宙を舞う。

 自分の胸中での言葉に照れ臭くなってイルミアに声を掛けた。


「はい。まるで月夜の騎士の物語のようです」


 いかにも夢見心地とでも言うようなイルミアの声。

 確か、夜の街に現れる義賊の物語だったか。

 そう考えると、まるでというよりはそれそのものの光景だな。

 (もっと)も、物語の舞台はポルトスの首都だから風景は全然違うだろうけど。

 ……そうだな。


「ポルトスに着いたら、またこんな風に散歩してみるか?」

「……(わたくし)は、きっとミラシアから出ることは叶いません」


 夢見る少女のような表情から一点、イルミアはその顔を曇らせた。

 んーな訳ねーだろ?

 もしそうなりそうなら、俺が何とかしてやるよ。


「また連れ出してやるさ。ってか、シェルム女公爵でも月に一度は羽を休めるんだぞ?

 イルミアにも、それくらいの余裕は作れるよ」


 どうせミラシアは否が応でも一度崩れてしまうだろう。

 要因はいくつかあるが、どれも悪魔絡みに原因が結びつく。

 壊さずに命運を繋ぐのはもう無理だ。

 壊してから作り直した方がずっと効率が良い。

 なら、それを上手く使ってやるべきだろう。

 そこに女の子が少し遊びまわれるくらいの余裕を持たせるってのを含めても良いだろ?


「はい。いつか、きっとつれて行ってください」

「ああ、約束するよ」


 切々と祈るようなイルミアの声。

 気安い感じに返しながら、リュフェを駆け上る。

 何、そんなに難しいことじゃない。

 絶対つれて行ってやるから楽しみにしとけ。


 そうして目的地、昨日見た弦慈公(げんじこう)の光泉へと足を下ろした。


「なんとなくそんな気はしてたけど、もしかして立ち入り許可って加護みたいなもんなのかね?」


 加護は一度かけると、加護を切ってもしばらく効果が残る。

 その期間は加護の強さにもよるが、短くとも大体一月やその程度の時間は掛かる。


「あの……勝手に入ってしまっても良いのでしょうか?」


 別に泉を荒らしにきた訳でもないんだから良いだろ。

 思った事をそのまま口に出す。


「眺めるだけなら文句も言われねーだろ。

 ま、ここまで来たら良いだろ。

 イルミア、俺の部屋に来てたってことは何か話しがあるんだろ?」


 気の緩んだ言葉を垂れながらイルミアを湖の畔へと降ろした。

 その名残惜しそうな顔はなんなんだろうね?


「それは……その」


 これだけお膳立てしても言い難いか。

 ま、単に人気のないところにつれて来ただけなんだけど。


「言いたくないなら別に言わなくても良いぞ?

 適当にくっちゃべって、気が済んだら帰るってのでも良いだろうし。

 あ、帰りたくなったらすぐ言えよ?

 遠慮しなくても良い。勝手にこんな所まで連れて来たの俺だしな」

「いえ、そういう訳ではありません……ですが、どうしてもその…………」


 見ただけで迷いが感じられるイルミアの態度。

 そんなに言い難いことか? 話しにくい話題なんてあったっけか?

 ……いや、ミラシアの状況とか詳しくは話してなかったな。

 そりゃ言い出し辛いか。

 単に、『なんとかなる』ってだけ言い放ってそれっきりな感じだし。

 聞かれたらなんと答えるべきか。

 素直に話すにしても話し方に少し迷う。


 考えている内に、意を決したような瞳をイルミアが俺に向けた。

 なら俺も腹、括るか。

 とりあえず、無意味に不安がらせないようにしないとな。


「その、ミラシアのことなのですが」

「ああ」


 やはり、ミラシアのことか。

 順番だけでも先に決めておこう。

 先に安心できる部分から、かな?


「ミラシアが落ち着いた後にも、どうか留まってはくれませんか?」

「……」


 これは、予想外だわ。

 ってか、それは深読みすべきなのか?

 あー、っと? どうなんだ?


「だ、ダメですよね? すみません。わ、忘れてください」

「あー」


 ちょっと言葉が見当たらない。

 どういうつもりかだけ聞こうか。

 どっちにしても留まるってのはできないんだけどな。


「悪いけどそれ、どういう意味か聞いても言いか?」

「シュリト様……意地悪ですね」


 えーっと、何がでしょう?

 やっぱ深読みの方が正解、なのか?


 ちょっとイルミアが悲壮な覚悟決めたような顔になってるんだけどどうしよう。


「私は、浅ましい女です。ずっと、ずっとシュリト様に傍にいて欲しい。

 ずっと傍にいたい。触れて欲しい、語り合いたい。離れたく、ないのです。

 身勝手な願いだとは分かっています。

 それで、私のようにシュリト様に救われる誰かが命を落とすかもしれない。

 そう思っても、やっぱり離れたく、ない。

 シュリト様、こんな女、お嫌いですよね?」


 ……何泣きそうな顔してんだか。

 ほとんど無意識にイルミアの頭に手が伸びた。

 イルミアの肩が小さく跳ねる。


「ひぅっ!」

「別に、嫌う要素なくねーか?」


 その手でイルミアの髪を撫でた。

 撫で心地もそれぞれ違うもんだなーなどと場違いに考える。


「なんで俺のことそんなに好いてくれてるのかは知らねーけど、好きな相手にそういうの思うのって普通だと思うぞ?

 俺もミグとずっと一緒にいたいし、話したいし、触りたいし……その、最終的には、その先もーとか思ってる訳だし。

 そんなんで嫌いになったりしないから安心しろ」


 一度言葉を切る。

 イルミア、とりあえず泣くなよ?

 毎度のパターンはもうごめんだからな。


「ただまあ、ミラシアに留まるってのは悪いけど無理だな。

 だけど、約束するよ。

 ミラシアを発ってもたまにくらいなら顔を出す。

 朝の鍛錬、知ってるだろ?

 ミラシアまで走れば話す時間くらい取れるさ。

 だから、とりあえず泣くのはやめてくれると助かるかな」

「……はい。はい。泣きません。でも……」


 涙を溜めながら見上げるイルミアの瞳を見た。


 ……まあ、俺ので良けりゃいくらでも貸すけどね。

 などと都合の良いことを考えながら、イルミアを抱き寄せる。

 見ないことにしておくよ。


「ぅ、ぁ……」


 胸がじわりと温かくなるのを感じる。

 風が木々を撫でる音と、虫の鳴く音に耳を傾けた。

 こんなにじっくり眺めるのは、オウロと会った時以来だったっけ?



 お姫様の泣き顔を胸の内に遠ざけながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは夜空を見上げた。

そろそろイルミアのターン!

第一章のメインヒロイン、のはずが今まで空気過ぎたのでここから逆襲が始まる予定はまだ未定です。


タッチの差で日刊ならず! ※2013/6/25 0:00 投稿、0:10修正

また24時間後頃に次話投稿予定ですのでごあんしんください。


月齢にズレがあったので修正しました ※2013/6/25 0:50修正

欠けはじめた月→欠けることなく満ちた月

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