おーまいさぽーたー、お願いだから休ませてよ!
「なんつうか、これ……」
「凄い人数だね」
「あっち?」
剣持の屋敷に戻り、招かれるままに足を踏み入れた広間。
その広間は剣持の人間で埋め尽くされていた。
「あ、おかえりー! こっちこっち!」
コダチが広間の一番奥で手を振っている。
剣持家の面々が寄せる視線は、気配を辿るに俺に五割、ミグに四割、フィリに一割ってところか。
フィリに目をやっているのは単なる子供好きだと思いたい。
なんというか、こと情愛とかそういう事柄では既に俺からの剣持家に対する信頼とかは綺麗さっぱりなくなってしまっている。
最低でもミグとフィリとは同じ部屋で寝ないとマズいか?
そんなことを考えながら、やたらと綺麗に整列した六本の列の間を通っていく。
ざっと見て百人を超える剣持家の列、もしかしたら二百人くらいいるかもしれない。
何なんだろう。見世物でもあるまいに何で真ん中通らないといけないんだ?
なんか、二列で対面してるし対面のど真ん中を歩くのは非常に落ち着かない。
どっちを向いてもこっちに注目している人がいる。
なんとなく『何なら一族全員貰ってよ』のコダチの声が脳内で再生された。
辺りを軽く見回す。
いや、冗談じゃねーよ!!!
間違いなく死んでしまう!
「凄い人数だな」
近寄ると、上座、っていうんだっけか。
そこにある三つの空席を見つけた。
当然のようにその隣には残しで出た連れの三人と、名前を知っている四人の剣持が居る訳だが……。
うーん、そうなるか。そうなるよな。
他に座る場所もないし、座るとしよう。
左からミラ、リシア、イルミアの順で座る席の向かいに座る。
空席の真ん中だ。
ミグが右手、フィリが左手に座った。
この感じだと、ミグが一番の上座になるのか?
なんとなくミグの尻に敷かれる自分の姿が脳内にちらつく。
「みんな自分より強い男見つけられなくてねー。みんながみんな出戻りだと思って良いよ」
「強いってのがそんなに大事かねぇ」
「リュフェではね。その中でも、剣持家では特に大事だよ」
僅かな疑念が頭を掠めた。
「剣持って、棋王尊の側仕えとかじゃないのか?」
アゲハの態度を鑑みれば、側仕えに無理な強さなんてのを求めるとも思えない。
恐らく同類だろう棋王尊が強い側近を求めるってのも考え難い。
「剣持っていうのは、銀湧仙様の荷物持ちなの。
最低でも数人掛かりで『銀湧仙』を持ち運べないと話しにならないよ。
それ以外にも近衛を買って出たりしてるんだけどね。
どっちにしても、私らは強くならないといけないの」
コダチは遠くを見ようとするように目を細めて答えた。
「お兄さんと弦慈公様の斬り合い見た後じゃ、私らがどう頑張っても無駄だとも思うけどね」
「……んなことねーだろ」
「あるよ。私でもお兄さんの動きは捉えられない。
そんなのが近衛なんてできるはずない」
「近衛ってさ、コダチはそれがしたいからそう思ってるのか?」
何故だろう、何か苛苛とするものを感じる。
「それが私ら剣持のお役目だからね」
「役目ってのはそんなに大事か?」
「……大事だよ。そうじゃなきゃ、私らは多分生まれることもなかった」
「役目なら、荷物持ちの方もあるだろ」
苛苛としたものが強まっていくのを感じる。
ダメだ、冷静になれ。
「駄目なの。私らには負債があるから。それを返さないといけない」
……例の、精霊の呪いってヤツの一件か。
バカじゃないのか?
「馬鹿なんじゃねーの」
「……何?」
もう一度言おう。
「お前、いや、同じように思ってる奴ら全部さ。
馬鹿なんじゃねーのかって聞いてるんだよ」
「あんた……ッ!」
声が届いた順々に、怒気が膨らんでいくのが分かる。
怒りたいのはこっちなんだけどな。
とりあえず、俺の苛苛分くらいは言いたい事を言わせてもらおう。
「お前ら、何か悪いことしたのかよ?」
「先祖の罪は私らの罪だよ。先祖が残したもので、私らは生きてるんだから」
あー、ダメだわ。
これ、止まりそうにない。
「違うね。それ、その場で見たやつが今ここに居る訳か?
その場で止められたのに止めなかったならそりゃお前らの罪だろう。
でも、違うだろ?
生まれてもない頃の話いつまで引き摺ってんだよ。
それならそれで、呪いかけやがった精霊に許しでも乞いに行った方がいくらかマシだ。
『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』だったっけ?
お前らの先祖はそんな器量の狭い相手に惚れたってのか?
つか、そこまで憎いなら殺すなり役目を外させるなりなんなりするはずだよな。
何でお前らまだその役目背負ってるのか考えたことあんのか?
憎いとか許せないとかそういうもんじゃねーだろ、その呪いの性質って。
それならもっと性質の悪い呪いがいくらだってある」
一度言葉を切って感情を整理する。
俺が許せないところを見つけた。
いきり立ったコダチが声を荒げる。
「あんたに私らの何が分かるのッ!?
私らが生まれた時から絡め取られて仕方ないような後ろめたさなんて、一度も感じたこともなさそうな軽い顔してさッ!!
周りの連中が私ら見てなんて言うと思う!?
それ聞いて、私らはどんな思いしたと思ってんのッ!?
私らがやったんじゃないなんて誰が聞いてくれるのさッ!!
私だって、好きでこんな家に生まれたんじゃ、ないんだよ……っ!」
コダチのどんな感情かが堰を切ったのか、一粒涙が零れるとその後には滂沱と泣き崩れそうな少女の姿があった。
後ろめたさなんて感じたこともないような顔、ね。
「分かりたくねーけど、分かるよ」
そっとミグの気配を探る。
じっと俺の背を見つめているのが分かる。
「適当な事をっ!!」
「しかも俺のは自業自得だ。いや、自業自得だと思ってた」
でも、もうそんな風になんて思ってない。
もし俺の顔が軽いって言うなら、そりゃ『憑き物が落ちた』顔だと思う。
互いに互いの誤解を解けた。
そういう意味で、俺は幸運だ。
「嘘言うんじゃない!」
「本当だ。似たようなもんだよ、俺ら」
だからこそ、未だに訳も分からない思い込みとか自分が悪いと妄想に浸かってるようなヤツ見ると怒りが湧いてくる。
俺は、ミグに赦された。
それって、俺がミグを赦せたって意味なんだよな。
自分が悪いと思い込んでるヤツってのは、その赦しを自分で否定してるヤツらだ。
だから、自分で自分を赦せないようなヤツを放っておける訳がない。
なら、教えてやるよ。
俺がミグを、そして俺を赦せるように。
「嘘だ!!」
「本当は分かってんだろ? 自分は悪くないってさ」
どうすりゃ赦されるのか。
どうすりゃそんな後ろめたさから解き放たれるのか。
俺が教えてやる。
「その口を閉じろ!」
「いいや、言うね。お前ら、誰かに助けて欲しかったんだろ?」
いつの間に取り出したのか、コダチは刀の柄に手を置いた。
「黙れッ!!」
「お前ら、自分で許してくれって言うのが怖くて誰かに許してもらえるのをずっと待ってたんだろ?」
「黙れぇええ!!!」
鯉口が斬られる。
その白刃が俺の首を掻き切ろうと迫ってくる。
避けようと思えば身体強化すらなく躱せる剣閃、避ける気すら起きない。
「……何で?」
その閃きは、俺の首の横で止まる。
「何で、避けないの?」
「んな剣で俺を殺せる訳ねーだろ」
本気で振った剣じゃないことなんてのは、刀に手を掛けた時から分かっていた。
「……俺が助けてやるよ」
コダチの肩が跳ねる。
どうせ自分じゃ動けねーんだろ?
俺もそうだったからよく分かるよ。
「俺が助ける。全員だ。俺が全員を赦すし、リュフェ全部に赦させる。
文句ある奴は全部黙らせてやる。お前らは、どこも悪くない」
「何で? なんでそんなこと」
「俺がそうしたいからだよ! 生まれてからずっとそうしてきた。
お前らがやりたいことって何だよ?
やらないといけないとかじゃなくて、お前らが本当にやりたいことってさ?
剣持の役目を続けたいってんなら応援するし、それ以外でも手が貸せそうなら貸すよ。
これまでやりたいことできなかった奴らも多いんだろ?
これからはさ、やりたいことやって生きてみようぜ」
「なんでなの……?」
儚さすら感じさせるコダチの姿。
なんとなく、その頭に手を置く。
「ちょっと前まで、俺がそう言って欲しかったから、かな」
コダチの髪を撫でた。
「っ……ぅう」
「泣きたきゃ泣けば良いだろ。やりたいことすりゃ良いんだよ」
「ぅあ。ああ」
何故かそうしたくなって、俺はコダチを抱き寄せた。
見せたくないなら衝立代わりくらいにはなってやるさ。
「ああああ……っ!!」
俺の胸で、コダチが泣き崩れた。
「うん。うん。ごめんね? もう大丈夫だから」
「……ならそろそろ飯食おうぜ」
「そうだね。それじゃみんな! 始めよっか!!」
「の前に、お前自分の席に戻れよ」
「そうです。離れてください。しゅーくんは私たちのですから」
「ん!」
コダチが俺の膝の上から離れない。
ミグとフィリの肩やら肘やら指先やらがさっきから突き刺さって痛いんだけど。
向かいの三人の目付きもやばい事になってる。
「えー? やだよ。やりたいことやって良いんでしょ?」
「相手ってか俺のことも考えてやってくんねーかな?」
徐々に二人の攻撃性が上がって行ってるんだよ。
周りで飲み物を注ぎ終わった気配が充満する。
「さっさと始めてくれ。自分の席に戻ってな」
「つれないよー。嫌って訳じゃないなら良いでしょ?」
「……婚約者に殺されるから戻ってくれ。
ってか、お前も歳考えてやってくんねーかな」
「あー! 女性に年齢の話題はマナー違反です。減点だよ?」
「うっせー! さっさと戻れ!!」
「やーん!」
口で言ってもどうしようもなさそうだから席の方に放り投げてみた。
位置は問題ないし、どうせコダチなら多少体勢が悪くてもそれなりに着地するだろ。
「旦那様がせっかちだから始めるねー。みんな、飲み物持ってるー?」
イェーイみたいな声が巻き起こる。
これはどういう集まりなのかと小一時間問い詰めたい衝動に駆られた。
「ってか旦那様ってなんだよ!」
「それじゃ、私たちの未来の旦那様にー?」
「「「かんぱーい!!」」」
「聞けよ!!」
すぐさまコダチとサヤとシノギとヒダカが寄って来た。
ご丁寧にお膳台というらしい食事の一式が載せられた台を持ってだ!
ってかお櫃って言ったか? 米というらしいリュフェでパンの替わりに食される主食が入った桶まで持ってきている。
「旦那様、お酌します」
「旦那様じゃねーんだけど……ああ、ありがとう」
お猪口に注がれる酒、これは清酒、だっけ?
「いえいえ。うふふふふふふ」
口元を隠して妖しい笑い声を上げるサヤ。
ってか、後ろにできてる列は何だ?
三列できてるんだけど。
「ミグ様ですよね!? お酌させてください!!」
「私は自分で注ぎますから」
「そ、そんな! 何かお世話をさせてください!」
「結構です。ご自分の食事を楽しんでください」
素っ気無く酌を断るミグ。
流石、俺は断る自信がない。
「フィリちゃん、美味しい? 次はどれにする?」
「……これ」
「うん。はい、あーん」
「……あーん」
何やら三人がかりで食事を口まで運んでもらっているフィリ。
どうやら数回で交代するらしい。
口元を拭く係まであるのか……。
お前ら人気だな! じゃなくて、何がどうなってる?
ミグは、風呂での一件もあるしそういう気配がなかった訳ではない。
フィリは何がどうなってそうなっているのか皆目見当も付かない。
ってか、少し遠目から聞こえてくる会話の内容が非常にマズい。
「フィリちゃん、良いわぁ……。持って帰ってずっとお世話してたい」
「ミグさんの素っ気無さも良いよねぇ。強引に組み敷かれたいわぁ」
「あんた達、シュリトくんのさっきの聞いてたでしょ? ああ、あんな情熱的にされたら……もう、滅茶苦茶にして…………」
しないからね!?
何? あんたの想像の中で俺何しちゃってるの!?
ちょっと想像の中の俺、替われよ! じゃなくて!!
「でもでもミグさんってシュリトさんの婚約者なんだよね?」
「ってことは……。ミグちゃんに迫るシュリトくん、冷たくあしらうように見えるミグちゃんも満更ではなくて二人の夜は燃え上がるって訳!?」
「おめーら何言ってんの!? まだそんなんじゃないからね!!?」
思わず大声で否定してしまった!
やべ、これ薮蛇だったか?
二割くらいが急ににやにやし始めたぞ!!
「照れてるシュリトくんも可愛いねー。きっとまだだよ? うっは、今夜絶対突撃するよ私!!」
「そんなに強引に迫ってもダメよぉ。もっと逃げ場がなくなるように篭絡しないとぉ」
「案外ミグちゃんよりフィリちゃんの方が先だったりして……?」
「ならなら僕にもチャンスあるよねっ!?」
ああ、頭が痛い!
せめてそういうのは帰ってからやってくれ……。
「弦慈公揚羽様が目を掛けてるらしい……」
「えっ、誰を?」
「シュリトきゅんに決まってるじゃない!」
「馬鹿ね、揚羽様とミグ様の一見ありえない組み合わせが良いんでしょ?」
「ミグたんとシュリトくんに横恋慕して結局三人で仲良くなるパターンも捨てがたくない?」
「揚羽様がミグちゃんとフィリちゃんを攫って女の園に……」
「私なら逆にシュリト君が攫われてそれを助け出すために旅に出るミグちゃんとフィリちゃんが書きたい!」
「眠れない夜に女の子同士で慰めあうのね?」
おい。
おい、アゲハ。
お前この場に居ないのに何で俺にダメージ与えてる訳?
お前の名前が出てから一気に倍くらい口数増えてんぞあの人ら。
「あの子らは口にはするけど実際奥手で手なんて出せないから気にしなくて良いよ。
そ、れ、よ、り! 今夜だよ! 誰が良い? 誰が良いの? 旦那様なら誰でも歓迎だと思うよ?」
実際手を出しかねないあんたの方が厄介ってことだな。
おーけー、理解したわ。
「いらん。つってもミグとフィリを別々とか一人部屋にするのは拙そうだな」
「おっけー、ミグちゃんとフィリちゃんを踊り食いする訳だね。そういうのなら私と沙耶ちゃんでお手伝いに行くよ」
「いらねーっつってんだよ!!」
ミグもフィリも何顔赤くしてんの?
普通に寝るだけだし何も俺と同じ部屋とは一言も言ってねーよ!?
今日はもう疲れてるし、頼むから余計なことしてくれるなよ?
「ん、もしかして樋高ちゃんが目当てだったりするの?
樋高ちゃん、初めてだから優しくしてあげてね?」
「シュリトさん……私、頑張りますね!」
「頑張らなくても良いし目当ても何もないからな?
ミグとフィリも俺とは別の部屋で良いけど、どっちも一人にしないでくれって意味だよ!
……いや、どっちもこの屋敷の人間とは一緒の部屋にするなよ?」
これだけは言っておかなければなるまい。
婚約者を色狂いの部屋になんてやれるか。
「シュリトさん、肌を寄せ合った仲じゃないですか。
ミグさんとの同衾を許可してくださいお願いします!」
サヤさんよ……必死すぎて余計に許可から遠ざかってんぞ?
「……お婆ちゃんたち、必死過ぎるね。引かれてるよ。シュリトくん、何かあったら私に言ってね?」
シノギも、もう少し目の奥で光ってる欲情を隠してくれれば何か頼んだかもしれねーな?
「俺は一人で良いや。今日は疲れたしゆっくり静かに眠りたい。
ミグとフィリは同じ部屋だな。この家の人の入室は許可しない。
ミラとイルミアとリシアも同じ部屋だ。こっちも入室しないように」
「そ、そんな……」
「むー。旦那様はもうちょっとがっついた方が良いと思うけどな?」
「コダチ、俺は旦那様じゃないからその呼び方禁止な」
「それは絶対やだ」
サヤとヒダカがいかにもしょんぼりと肩を落とす。
コダチとシノギは明らかに何かを窺っている気配……今日、まともに睡眠を取れるだろうか?
こちとら昨日も寝不足だったんだぞ。
切実に、勘弁して欲しい。
その後続々と襲い来る剣持一族の猛アタックを受け流しながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは夜を思い憂鬱な気分に浸った。
まだまだ夜はこれから。




