おーまいりとるぷりんせす、気にしなくていいよ!
「へえ、この傘紙でできてるのか?」
「そうなんですよぉ、紙に油を塗って張り合わせてあるんですぅ」
店に入るなり糸目の女店員に捕まりあれやこれやと傘を見せられている。
まあ、傘買いに来たんだし良いんだけどさ……。
というかこの店員、もしかしてさっきの店の店員の家族か何かか?
酷く既視感を感じる。
主に目つきと顔つきに対して、だ。
「今年の流行はこの花模様ですねぇ。
お連れの方とお揃いで青と赤の傘なんてどうですかぁ?」
お揃い、ねぇ。
悪いがこっちの方に男が傘を差すなんて文化はないんだよな。
厚手だったり水を弾くように加工したコートを羽織って終わりだ。
何より手が塞がるってのが少し頂けない。
「悪いけど俺は要らない、かな。連れの分だけ見繕う予定なんだよ。
やっぱこういうのも好みとかあるからさ、俺じゃなくてあっちの方に聞いてくれ」
目で女性陣の方を指す。
何やら別の店員と熱心に話し合っているミグとイルミア。
ミラは時たま関心したように頷き、リシアは時折こちらをちらちらと伺っている。
リシアは何故俺を気にしているのか。
……会う毎に女の子に粉掛けるとかそういうのはしないぞ?
アゲハはまたにやにやしながらミグ達を見ていた。
次は何する気だよ……。
「お客さん、剣士ですかぁ? ああそうだ、なら仕込刀なんてどうですぅ?」
腰に佩いている剣を見て切り口を買えたようだ。
というか、この店員もなかなか引かない。
もう四半刻くらいはこの調子なのだ。
「これ、ウチの兄の作なんですよぅ」
言いながら傘の柄から刀を抜き出す。
ほー、一見普通の傘との違いが分からない出来だ。
現れたのは細剣。
直刀というやつだろうか。
見ただけで肌が凍えるような切れ味を感じさせる。
丁度今朝買った刀と同じように名刀だろうと見て取れる……。
と、いうか。
「それ……って」
「はいぃ。お客さんが差してる刀と同じ刀匠の作ですよぅ」
やっぱりか。
というか、刀身を見るまでもなく刀匠が分かるというと、この女惚けて見えてかなり曲者の部類なんじゃないのか?
あと、兄ってことはやっぱりあの糸目の店員と兄妹だったのか。
「兄ってーと、隣の店で店員とかやってたりする感じか?」
「はいぃ。気に入ったお客さんにしか刀を売らないって有名なんですよぅ」
売れる時に売っておかないと困るのは自分なのにぃ、とか言いながら傘を振り回してる訳だが、おい、その中って刀入ってるよな?
「とりあえずそれ、やめとけ。他の客が引いてるぞ」
ってか、他の客放置して俺らに掛かりっきりな所を見るとお前も同類なんじゃないのか?
「もしかしてさっきから見てる傘ってお前が作ってるのか?」
「そうなんですよぅ。お客さん、よくわかりましたねぇ」
「で、他の客には案内とかしなくて良いのか?」
「良いんですよぅ。どうせ私が作ったのは店に並べませんからぁ」
ああ、なんというかコイツも言葉が通じない種類の人間な気がする。
まあ、俺らを見るなり奥から大量の傘抱えて出てきた時点で感付いてはいたんだが。
「仕込み刀にしても、やっぱ傘はいらねーかな。
慣れてねーと使い難そうだし、多分咄嗟には振れないだろ」
「そうですかぁ……。なら、お連れさんに櫛をプレゼントしたらどうですかぁ?」
「櫛?」
それくらいならみんな持ってそうだけど。
というか、どういう櫛が良いのかなんて使ったことない俺には一切わからない訳で……。
「リュフェではぁ、『髪は女の命』って言うんですよぉ。
それを手入れする道具ですからぁ、恋人に贈る品として凄く人気なんですよぉ?」
「ほう……詳しく聞こうか」
「ではぁ、まず売り物を見ながらお話しますぅ」
ということで店員について行く、と。
「フィリ、何やってんだ?」
丁度櫛をじっと見つめているフィリの姿があった。
「……んーん」
振り向き、俺の姿を認めるなり首を横に振ってまた視線を櫛にやる。
じーっと。
じぃーっと。
穴が開きそうな、もしくは火でも付きそうな程熱を込めて見つめている。
どうみても櫛、欲しがってるよな?
「欲しいのか?」
「……いい」
一瞬身を硬め、今度は振り向きもせず呟くフィリ。
そういえばフィリはほとんど何も持たずについて来たからなぁ。
櫛くらいは買ってやっても良いだろう。
もしかしたら、さっき植木鉢も買ってやったし遠慮してるのかもしれん。
子供なのに何面倒なこと考えてんだか。
「そういえば櫛って、どういうのが良いんだ?」
「いろいろ、ですねぇ。髪を整えるならいくつか数があった方が良いですよぅ。
荒い櫛で跳ねたりしたのを整えてぇ、細かい櫛で抜け毛や汚れを掬うんですぅ」
店員がそう言いながらフィリの髪で実演する。
「ん!?」
「綺麗な黒髪ですねぇ、羨ましいですぅ」
急に頭を抑えられて暴れるフィリ。
だが髪を梳かれるのが気持ち良いのかすぐにその抵抗も収まる。
……フィリって、身体能力だけで言えば大の男より強いはずなんだが。
女店員は特に気にした様子もなく手早く髪を梳いていく。
こいつ、何者だよ……。
間違いなくただの店員なんかじゃなさそうだ。
更に、櫛には僅かではあるが魔力が流れ込んでいる気配がある。
何か魔術でも付与しているのか?
「はいぃ、終わりましたよぅ。
どうですぅ? 艶が良くなったように見えませんかぁ?」
「言われてみればそんな気もするな」
などと誤魔化してみたものの、その違いは一目で分かるものだった。
元から綺麗な髪をしていたフィリだが、今やそのキューティクルは目映いまでの輝きを湛えている。
もはや直前までのフィリではない、間違いなくバージョンアップしていると見た方が良いだろう。
いやはや、正直櫛というものを舐めていたと言わざるを得ない。
というか、その櫛に何か変な魔術でも掛かってるんじゃないのか?
本当に櫛で梳くだけでここまで変わるか?
「ってか、その櫛どうなってんだ?」
「わかりますぅ? でもヒミツですよぅ」
やはり櫛側に何かあるらしい。
フィリは自分がどうなっているのかよく分からないという風に俺の服の裾を引っ張っている。
なんと言うべきか。
綺麗になったな、などと言うと何かいろいろと終わる気がする。
「そうだな、鏡とか売ってるか?」
俺からは言い辛い。
なら本人が見れば良いよねということで鏡も所望することにする。
「どんな鏡が良いですかぁ?」
「持ち運べるのが良いな。これからクルクスまで旅を続ける予定だからさ」
「ならぁ、これなんてどうですぅ? 懐に入れられますしぃ、畳めば汚れたりもしませんよぉ」
出てきたのは二つ折りになった漆塗りの板だった。
開けば鏡、そして蓋の部分が即席の台になっていて手鏡にも小さな鏡立てにもなるものだ。
櫛と一緒に買うことにしよう。
「おー、丁度良いな。さて、フィリ。鏡見てみろ」
「……凄い、光ってる?」
「うん、光ってるな」
簾と言うらしい日除けが立てられ少し薄暗い店内だというのに、輪のように光を返すほどの艶である。
美髪精霊だ。
このまま成長したらフォルトゥナとはまた違う精霊になるのではないかとすら思う。
もっとも、もともとフィリが成長してもフォルトゥナのようになるなんてのは信じられないんだけど。
富の精霊というより、髪の精霊?
そうすると毛髪に不安を募らせるファルマの財政大臣辺りが日参しそうだ。
確かにあの大臣も違う意味で頭が輝いてはいるのだが。
いや、この思考はどうでも良い。
確かに櫛、というかこの店の櫛というのは価値のあるものなんだろう。
一言で言えば侮ってすらいた。
「あとはぁ、櫛って髪留めの代わりに使ったりもできるんですよぅ」
女店員はフィリの胸元まで届くかという髪をまとめ上げて、慣れた感じに櫛で止めた。
次々に飾りの付いた簪をフィリの髪に挿し止めていく。
さらさらと流れる髪と交わる簪、櫛が形を作り上げる。
僅かな陽の光を受けて煌きすら幻視するその光景に……、
「この子、良いですぅ……」
危ない感じの店員の呟きにふと我に帰る。
……まずい、一瞬見蕩れてしまった。
その先は犯罪という名の奈落だ、足を進めてはいけない。
「とりあえずストップだ。なんか凄い飾りつけになってるぞ」
「ダメですぅ、まだ途中なんですからぁ。
最後まで、最後まで作り上げないとぉ……」
こいつ、既に危険領域に浸かりきっているッ!?
慌てて腕を掴む。
「……何するんですぅ?」
「怖がってるだろ。やめろ」
手を掴んだ瞬間に感じた殺気はアゲハのそれに並ぶかと思うほどに鋭かった、が、止めない訳にもいくまい。
フィリがさっきから助けを求めるような目で訴えかけてきているのだ。
というかこいつ、腕を掴もうとした時に少し反応したんだが……。
本当に何者だよ…………。
「……あ、ああぁ! またやっちゃいましたぁ?」
「『また』、なのか? まあ、盛大にやらかしてたな」
「ご、ごめんなさいぃ!」
ほとんどか細い悲鳴のような謝罪が響く。
おい、他の客が固まってるぞ。
ってか髪直すの早いなおい。
触りだした気配がしたと思ったらもう整ってやがる。
微妙にフィリが簪に反応してるな。
後で買ってやるか。
「……気にするな、ただし次は簡便な」
「はいぃ……お詫びと言ってはなんですがぁ、私が作った傘をお渡ししますぅ」
お、ただで傘入手か?
どちらに転んでも、まあ、別に良いか。
「高いんじゃないのか?」
「いえぇ、単に値が付けられないだけですよぅ」
……いやそれめちゃくちゃ高いってことなんじゃねーの?
本当にそんなのもらっても良いのか?
という困惑はなんというか、変に受け取られたらしい。
「人数分、八本お渡ししますぅ」
「そりゃ流石に悪いだろ」
「いえぇ! とんでもないことにしてしまうところでしたからぁ」
とんでもないことって……あれ止めないとどうなってたんだよ。
というか、俺は傘なんて使う気更更ないんだけど。
「貰ってくれないと困りますよぅ。他にお詫びできそうなことないですしぃ」
「いや俺は」
「ええとぉ、この八本でどうですぅ?」
俺は要らないんだけど……。
「どぉぞぉ」
口を開く前に押し付けてきやがるし。
……仕方ないか。
別に損って訳でも、それで相手が困るってこともなさそうだし貰っておこう。
出番、祭当日くらいしかなさそうだけど。
まあ、それは良い。
「ま、もらっておくよ。ありがとな」
ん……? ミラが珍しくガッツポーズしてるな。
この傘、そんなに珍しいものなんだろうか。
良い物なんだろうってことは確かだけど。
ああ、そうだ。
「ミグー。櫛、買うよ。どれが良い? フィリも選べよ」
店員の言うところだと髪飾りに使ったりもできるらしいし、本人に選ばせるのが一番良さそうだ。
ミグに声を掛けた後、すぐ傍にいるフィリにも声を掛ける。
ミグの方を見たときに視界の端が捉えた三人は……。
……あれは、見ないフリした方が良いんだろうか?
…………いや、放っておくと今朝の肩の痛みを思い出すことになりそうだ。
「イルミアー、と、ミラとリシアも選んで良いぞ。俺が払うよ」
引くくらい羨ましそうな顔してるもんな。
あのまま連れ歩くって考えると流石に放置できない。
「私は自分の分は払うよ」
「ミグ。たまには俺から贈らせてくれ」
遠慮しようとするミグの頭を撫でながら言う。
確かにシェルム領で用意した路銀がかなり軽くなってきてはいるけどな。
んー。こりゃ、途中で冒険者ギルドにでも入って討伐依頼とか受けた方が良いのかね?
訓練の合間にやれば小遣い稼ぎくらいにはなるだろうし。
採取系の依頼だとちょっと面倒かもだけど。
「う、ん。わかった」
赤面するミグ、良い……。
とか考えてるとフィリが服の裾を引っ張ってきた。
「これ」
木箱に入った三本の櫛のセット。
一枚は装飾が凄い事になってる。
あれが髪飾りにする櫛、かな?
「よし、まかせろ」
とりあえず受け取る。
ミグとイルミアも似たようなものを選んだようだ。
「私はこれが良い」
「あの、シュリト様。良いのですか?」
「へいよ、ミグ。イルミアも気にするな」
どちらかというとそれよりあの嫉妬の空気をなんとかしてくれ、とは言わない。
ただ、その内ミグの怒気と同じように目で見えるくらいになりそうで怖い。
「これ、お願い」
「んー、まかしとけ」
ミラは二本の櫛のセット、同じように木箱に入っているものを選んだ。
「リシアはどれにする?」
「私は、良い」
「……じゃ、これで良いな?」
「いや、私には要らない」
ならさっきの顔は何なんだよ、と言いたい。
絶対に言わないけどな!
「ま、気に入らないなら仕方ないけど、貰うだけ貰ってやってくれ」
あとは、フィリが反応してた簪と鏡か。
んー、どれだったっけな。
……思い出せん。
というか大量にありすぎてどれだかわからん。
とりあえず鏡を五枚選ぶ。
漆塗り、朱塗り、木目の三つか。
なんとなく漆塗りが一番高級感があって良いな。
これを五枚にしよう。
「あとは、簪か。……これで良いか」
簪と呟いた瞬間に例の三人が微妙に反応する。
これも、五本買うことにしよう。
それと、フィリの髪に挿してたのを思い出せる限り。
「じゃ、これ全部頼む」
「はいぃ。えーとぉ……」
ん? あれはさっきミグと話し込んでた店員か?
「それじゃ、お願いしますね」
「予定通りに。明日にはお知らせします」
……何のことだ?
気にするだけ無駄か。
会計を済ませ、シェルム領で用意した路銀がほとんどなくなってしまった……。
ま、俺個人の分だけだから問題あるまい。
あれこれと買い物をしながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは三日後に張られた罠を見落としていた。
各登場人物の髪型でも。
よくよく考えると初回登場時に主人公に反応させてれば良かったんですが。
後々書き直す時にくどくならない程度に挿し込んでおきます。
ミグ:
青み掛かった銀髪
ショートボブ
ミラ:
ダークブラウン
癖毛で背の半ばまで掛かる長髪を肩より少し下辺りで纏める
イルミア:
金髪
腰にまで掛かる長髪
リシア:
赤み掛かった茶髪
ショートカット
揚羽:
黒髪
背の半ばまで掛かる長髪をポニーテール風に纏めて流す
フィリ:
黒髪
姫カット




