おーまいぴゅーぴる、ちょっとヒーローになってよ!
「それよりだ、昼からはどうする?」
もう何かを考えるというのが面倒になって投げやりにこの後の予定を聞く。
「まだ傘を買っていませんからね。まず傘を買ってはどうですか?」
そういえば三日後にあるという祭りでは天気雨が降りやすい、だったか。
そうだ、そもそも傘を買うためにここまで来たはずなんだよ。
ならもうそれで良い。
今は何も考えたくない。
「ミグ、何か予定はあるか?」
「うーん、食べ物と民芸品以外だと、建物や風景も有名だね。
神社と並ぶ独特な建築様式らしい仏閣、っていう建物はまだ見てない」
仏閣、これも初めて聞く言葉だ。
だがそんなことよりも早く宿に戻って惰眠を貪りたい。
正直なところ、ここまで体力をすり減らしたのは初めてだ。
いくら体力を使い果たしたと思っても呼吸を整えればいつも通り、やりたいことをやる、くらいの体力は戻っていた。
そう考えると、アゲハの扱きは何だ?
思い返してもそれだけ磨り減るような要素はなかったように思う。
ただ、なんというかもう考えるのも面倒だ。
とりあえず傘が要るなら傘を買いに行けば良いんじゃないのか、とか思ってしまう。
「仏閣……宝王尊の家、ですね。
細々している割に見るものが多いのです。明日にしませんか?」
どうせ『五条武王家』なんだろう、などと思いつつも形骸化した問いを放つ。
「宝王尊ってのは?」
「『杖』の一族です。幸白扇の華王尊と同じく『五条武王家』の中で神社を持っていない家の一つですよ」
幸白扇の家名は華王尊というらしい。
これで全部揃った訳だな。
全部、王尊とかいう家名。
『弓』の玉王尊。
『杖』の宝王尊。
『刀』の棋王尊。
『扇』の華王尊。
『斧』の覇王尊、だったか。
王尊という言葉に何か意味があるのか?
もしくは、初めの一字だけを鬼の王に贈られた、とかなのかもしれない。
「尊とは尊ぶという意味です。
『五条武王家』はそれぞれに、先々代の鬼の王より王の名を頂きました。
それが人々に敬われ、王尊の名に改めたのです」
「ってーと、ずっと昔のままなら玉王アゲハって名前だったって訳だ」
「……そうなれば名も変わっていたのかもしれませんね。ですが、その通りですよ」
文字に意味がある言葉、それを使えば家名すら変わることがあるのか。
こっちの方じゃミドルネームとかで継ぎ足されることがほとんどだよな。
一々そのうちの一つを変えるなんてことは珍しい。
「仏閣ってのは、神社とどう違うんだ?」
「端的に言えば神が住まうか、司教が住まうか、という違いですね。
祭られる者が住むための場所ではなく、住む者が祀るための場所なのです。
宝王尊が祀るのは鬼の王。
宝王尊は五家で唯一、系譜の全てにおいて王を輩出していない家なのです。
もちろん、能力が劣っているという訳ではありませんよ。
仮に王より強く有能だったとしても、彼の家は補佐に甘んじてきました。
没した王たちの御霊を鎮めるのも宝王尊の仕事です。
五家の中でも違いが大きすぎて、何が違うのかと問われれば返答に迷うような家柄なのですよ」
途端に渋い顔をするアゲハ。
ああ、これはもしかしなくても、
「何だ、宝王尊ってのの当主が嫌いなのか?」
「軟弱な男になどどれ程の価値があるのですか?」
「多少はあるだろ。俺が知ってる政務官はほとんど男だぞ。
あいつら、戦ったりはできないが頭の回り方が尋常じゃない」
渋い顔をやめた途端に嫌な顔になった。
アゲハなら、そんな暇があれば戦えとでも言いそうではある。
「一応言っておくけど、統治ってのも大事な仕事だぞ?」
「それくらいわかっています」
ほんとかよ。
アゲハにとってはそんなことより戦うこと、戦えることの方が大事なんじゃないかと勘繰ってしまうのは初対面の印象がまだ根強く残っているからなんだろうか?
いや、それはどうでも良い。
……統治、か。
そういえばイルミアにまだミラシアの話をしていなかった。
そういえば、なんて思いながらいつ話したものかとずっと機を伺っていたんだが結局そういう機会は訪れなかった。
いや、単に見落としていただけなのかもしれないけど。
こんなふざけた流れで話すような内容では決してないんだけど、今言わないとまたずるずる、下手すりゃ当日まで黙ってることになりそうだ。
この際だから話しておくか?
んー、良いや。どうこう考えるのも面倒だし、さっさと言ってしまおう。
「それはそうと、イルミア。ミラシアのことなんだが」
イルミアからすれば不意打ちだったんだろう、肩を強張らせて俺を見る。
リシアも振っていた刀を鞘に納めて向き直る。
アゲハは怪訝な顔をした。
うん、何で今? とか思うのはわからなくもない。
俺もなんとなく、今話そうと思ったから話すだけだ。
理由なんて聞かれても俺が困る。
「悪魔信奉者が大量に居るかもしれない」
「それは……」
悲しげに目を伏せるイルミアと、何か言葉を探そうとするリシア。
確かにそれだけ聞けば不安にも、あの規模なら絶望的な気分にもなるよな。
基本的に、悪魔信奉者は殺すしかない。
俺はアゲハから事の次第を問い質してその治療法、精神汚染を解く方法があるのを知っているが二人はそうではない。
「アゲハが言うには、悪魔信奉者ってのは悪魔が出す匂いに当てられた奴らなんだと。
その匂いで精神が汚染されるらしいんだが、それを治す方法があるらしい。
アゲハ、もしかしてもう準備って済んでたりするのか?」
「あの量の花で香を作るには時間が足りませんよ。
早朝に素材を手に入れての今でしょう?
明日の朝にはできます。慌てなくとも間に合いますよ」
「悪魔信奉者を、正気に戻せるの?」
ミグの疑問。
確かに、信じられないのもわかる。
もし正気に戻せるというのなら、これまでの常識が覆されるほどなのだ。
これまで悪魔信奉者はそれ以上の被害を抑えるために殺さざるをえなかった。
そのために取り潰された貴族の家や、焼き払われた村は数え切れないほどにある。
なぜなら、悪魔信奉者の狂気はどうやら感染するらしいからだ。
もしその感染を防ぎ、あまつさえ治療できるというのなら……。
これまで救うことができなかった民草がどれだけ救われることだろ?
毎年、一つや二つでは効かない数の被害報告が上がっている。
信奉者は見た目で判断できるようなものではない。
だからこそ、何の謂われもない人々をも巻き込んでまで焼き払うしかなかった。
もし、それをどうにかできる術があるとすればどうだ?
「可能ですよ。精神汚染の解除……何なら、適当な精霊を捕まえてきて一時的に加護を受けさせれば良いのです。
精霊と悪魔は、魔力も気質も何もかもが反発しあいますからね。
加護が掛からなければ精神汚染者、掛かれば向こう数年は精神が汚染されることもない」
ん……あれ、もしかして加護で精神汚染を解除できるってことか?
うーん? 聞いてないんだけど?
「加護で精神汚染が解除できるのか?」
「解除できます。ただ、いくら一時的とはいえそれほど大量の加護をばらまける精霊など居ませんよ?
精霊王ですらあの都の人間半分に掛ける前に音を上げるでしょう」
あー、そりゃそんなに都合よくはいかないか。
「加護で間接的に治療するより、治療用の術式で一気に治療した方が効率が良いのです」
「で、今回のミラシアに関してはもう治療の目処も立ってるって訳だ。
だからイルミアもリシアも、そんなに深刻な顔しなくて良いぞ」
治すのは俺じゃないんだけどね!
「……放っておけばどうなるかは知っているつもりです。
乗りかかった船、という訳でもありませんが、知って見ぬ振りなどできませんよ。
今回は私も協力しましょう」
そうそう。
こういう部分では俺達の誰よりもアゲハは役に立つんだ。
頼らなくても何とかなるならわざわざ借りを作ることもないだろう。
でも、その辺りはアゲハ以外にどうこうできそうな奴は居ない。
なら、多少の借りを作ってもそれで動いてくれるなら頼ったほうが賢明だろ?
「心配事は悪魔信奉者だけじゃないしな。
アゲハ、済まんが借り一つってことでよろしく頼むよ」
「貸しているつもりはないのですがね?」
即払いってーと、戦えってか?
そりゃ無茶だ。
「これは私が好きでやることですよ。頼まれるまでもありません」
そうかい。
それは良かった。
「ああ。恩に着る」
「悪魔信奉者だけじゃない、というのは?」
リシアが落ち着かない様子で尋ねてくる。
ああ、言いかけて止まってたな。
「そっちはシェルム女侯爵に頼む予定だ。
悪魔信奉者が精霊討伐に挙兵しそうなんだよ。
このタイミングだとその騒ぎに乗じて国取り、なんてことになりかねないからな。
合同軍事演習、ってことでどうにか片を付ける算段を立ててるみたいだ。
まさかファルマの、それもシェルム領の軍に喧嘩売るような国はそうそうねーからな」
シェル姉の場合、悪名だけではない。
純粋に戦上手の一面も持ち合わせているのだ。
たった二百の手勢で一万からなるクーデター軍を鎮めた事すらある。
本人曰く、
『戦いの前に勝負は付いていたが、な。
大体奴らは情報の重要性というものを知らなすぎるのだ。
わざわざ丁寧に、整えてやった死路を意気揚々と進んでいったぞ。
いや、あれはなかなか傑作だった』
とのことだ。
女貴族となれば普通、甘く見られ、見縊られ、下に見られるらしいのだが、シェル姉は叙爵から一年でそんな貴族共の恐れを一身に集めた。
更には、侯爵位の叙爵。
手腕でも地位でも権力でも勝てる者などそう居ないところまで上り詰めたのだ。
実際、今やファルマの国王陛下ですら下手に出る始末だ。
下手なことをすれば断頭台に掛けられるとでも思っているのかもしれない。
シェル姉とはそういう人物だ。
人の領域の最奥、そこで見れば一強とすら言えるだけの国力を持つファルマにおいて、最高の権力と手腕を持つ人物。
そんな相手に喧嘩を売るなんてこと、混乱に乗じて国を掻っ攫おうなどと考える連中にできるはずがない。
「ですが、シュリト。メインは貴方に譲りますよ。
私は術式の維持で動けそうにありませんから」
「依り代ってのに魔力ぶち込めば良いんだっけ?」
「そうです。過剰な程に魔力を込めた剣で斬れば悪魔は滅ぶ。
悪魔祓いの栄誉は貴方に預けましょう」
……アゲハ、お前それ単に目立ちたくないだけなんじゃないのか?
「んなの要らねーんだけど。ああそうだ、人払いしてさ、リシアが悪魔を滅ぼしたことにしよう」
「はっ!? わ、私がか?」
「そうそう。なにも本当にお前が倒さなくても良いよ。
どうせ魔力の違いなんてのを見分けられる奴なんてそうそう居ないしな。
誰も見てないところで俺が倒して、それをリシアの手柄にするってことでどーだ」
一言で言えば、俺も目立ちたくはないのだ。
それと、救国の英雄が王女の腹心だとなれば後々便利になるんじゃないのかという目論見もなくはない。
悪魔退治というのはなかなかに骨が折れるのだ。
成功させれば、それだけで名が売れる程に。
「実際に倒すのはシュリトなんだろう? そんな、功を掠め取るようなことなど……」
「その通りですよ、シュリト様。
シュリト様の冒険譚の初めを飾るに相応しい、華々しい活躍ではないですか!」
イルミア、お前は一体何を言っているんだ?
……いや、下手に突くのはやめておこう。
「……リシア。よく考えろよ、俺は旅を続ける。そんな奴がそういう称号を持ち去ってみろ。
今がチャンスだとでも勘違いした馬鹿な国がまた攻めてきたらどうなる?」
「しかし」
「逆に姫の一の騎士が国を救った、ってすりゃどうだ。
後も考えてさ、それが一番良いんだよ!」
とにかく、ここだけは押し切る。
変な期待やら風評やら風聞やらは真っ平御免なんだ!
元勇者候補が馬鹿やってる、程度ならまだ良いけどさ。
それが、世直しに世界を回ってるとでもなってみろよ。
きっとできることもできないことも下らないことも面倒ごともいろんなこと押し付けられるに決まってるだろ!!
救うと約束した国の姫君と騎士を相手に、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスはその後発生するだろう面倒ごとを押し付けることにした。




