おーまいぱーてぃ、のんびり観光しようよ!
「んじゃあとは、今日は何を見に行くか、か。ミグ、予定だとどんな感じだ?」
「この時期ならお祭りがあったと思う。神獣を祀ってる神社まで神輿っていう乗り物を担ぐんだって」
担ぐ乗り物……?
籠みたいなものか?
籠ってのは昨日リシアとミラ、あとイルミアが乗った。
リュフェ独自の乗り物で、小さな座敷のような小部屋がぶら下ったものを前後二人で担ぐ乗り物だ。
牛車と並んで鬼が外に出る時に使ってたんだとか。
「玉藻参りですね。祀っているのは狐ですよ。神獣というよりは、妖獣が正しいでしょう。
人語を解し、人を誑かすことを好みます。
ただ、わざわざ怒りを買わない限り人に牙を剥くこともない。
亜弓、玉藻参りは三日後で間違いありませんね?」
「はい、揚羽様。五つ目の月の十八夜の日で変わりはありません」
「なら、今日は傘でも買いに行きませんか?
玉藻参りでは天気雨がよく降るのですよ。
傘なら棋王尊の工芸品も見て回れますよ。
珍しいものだと傘の仕込み刀、などを見てみるのも良いでしょう」
何か……面白がってる感じがする?
気のせいか?
後で聞いておくか。
「棋王尊、ってのは?」
「『刀』の一族ですよ。細工物と庭園造りの匠が多いのです。
頼めば食事を取れる場所も用意してくれるでしょう」
「あー、昼は弁当だって話だしな。どうせならその庭園ってのを眺めながら外で、か?」
「その通りです」
聞く限りでは悪い提案じゃなさそうだ。
……ただ、アゲハが居るとまたやたらと大層な持て成しが始まりそうな予感はするのだが。
「皆、それで良いか?」
「良いと思う」
「お任せします」
「剣鬼の庭は良い物。一度は見ないと損」
その他の三名は沈黙。
完全に成り行きに任せるつもりらしい。
「ならそれでいいか。アゲハ、案内頼めるか?」
「良いでしょう。それでは準備してください」
にしても、アゲハ。
本当にこの調子で『五条武王家』ってのの現状を見て回るつもりか?
「で、この大荷物は何だ?」
今は棋王尊の神社、その隣の工房を目指している最中である。
目をやれば、あるわあるわ、山の如く詰まれた包みの山々。
「お弁当だって」
「……百歩譲ってこの大荷物は良いとして、この行列はどういうことだ?」
その荷物を運ぶためだけに荷車が用意され、下手な行軍よりも物々しい感じで山を下っている。
それらを運ぶのは温泉宿『幸白扇』にて昨日見た女中さん達と店主、あとは始めてみる板前というらしい料理人と下男たちである。
荷車は牛で引いている。
全力で遠慮したのだが、店主は俺達にも個個に牛車を出す心積もりだったようだ。
「生簀をそのまま持ってきているようですよ。
どうも、その場で捌くのだとか。だから板前さんがついて来ているんです」
アユミが答えた。
いやそうじゃなくてさ。
弁当って普通なんというか、折り箱ってのか?
そういう、一人一包み持てば事足りるようなもののことじゃないのか?
「魚は〆てからしばらく置いた方が味が良くなるというのに……。
鮒の活け造りでも作るつもりなのでしょうか?
それなら新鮮なものを選ぶのも頷けますが……〆て時間を置けば臭くなりますからね」
アゲハは大荷物と板前を見ながらぶつぶつと呟いている。
何か、こう、拘り、みたいな物があるんだろう。
今はそっとしておこう。
「恐れながら、弦慈公様。
刺身に使う魚は〆て氷と詰めて運んでいます。
心配などなさらずとも、最も美味な状態で料理をお出ししますよ」
幸白扇の料理頭が大して恐れた様子もなく言い放った。
どこか姐さんと言いたくなるような雰囲気を纏わせた美女である。
残念ながら、既婚者のようなのだが……。
流石に俺も人妻に突撃するようなことはしないよ?
うん、しないよ?
「……期待しておきましょう」
「期待に沿って見せますよ」
料理頭は非常に良い笑顔である。
なんというか、一言で言うと凄く男前な女性だった。
物怖じなくものを言う。
食い方を誤ったらしい俺のことを女中さんから聞いて突っかかってきたくらいだ。
身に纏う空気からすると、Aランクくらいの冒険者と同じくらいの力量はあるのかもしれない。
まさかとは思うが、自分で食材を探しに行ったりしているのだろうか?
もしかするとDランクの筆頭、ドルチェ・フォー・ルフランが目指した完成形、なのかもしれない。
「シュリトさん。どうかしましたかい?」
考え事をしていたときずっと彼女を見ていたからか、声を賭けられた。
あー、折角だし聞いてみるか?
まあ、隠してるなんて事もないだろうし聞いてみるか。
「もしかして、素材とか自分で集めたり……?」
「あー。そのことですか。
珍味は高ランクの魔物から取れたり、妙に難易度の高い迷宮にあったりしますからね。
下手な冒険者に任せると折角の食材をダメにしてしまうんでさぁ。
仕方ないんで自分に取りに行ったりもしてるんですが、それを見抜くとは流石ですね」
自分で取りに行っているらしい。
ドルチェが彼女を見たら何と言うだろうか?
「全く、持って帰れば良いって物とそうじゃない物くらい分かれってんだ……」
と呟く料理頭。
そうか、持って帰った物を加工するんだもんな。
もし依頼を受けることがあったらちゃんと使えるような感じで持って帰ろう。
「まず棋王尊の神社に寄りましょう。
この大人数で店先を回るというのはあまりに配慮に欠く。
そのような傍若無人な振る舞いなど望むところではありませんから」
考えているとアゲハが声を上げた。
見れば分かれ道。
アゲハが迷わず左の道を選ぶ。
右に行ったらそのまま土産物屋でもある辺りに出たのか?
「俺に対してもそういう配慮が欲しいんだけど?」
返事は殺気一つだった。
それに肩を竦めて答える。
するとアゲハが口を開いた。
「十年後に戦うということで納得したのではないのですか?」
「納得なんかできねーよ。
野郎相手だったら別にそれでもいーけどさ。
どうしても、女相手に戦うってのは……」
「シュリトさん、女かどうかは関係なくないかい?」
料理頭が僅かに怒気を纏わせて遮った。
「あたしも女だ。板前ってのは男がやるもんだって言う連中を全部料理で黙らせて料理頭になった。
未だに陰口叩いてる馬鹿共も居る。そんな暇あるなら料理の腕磨けってんだよ。
やりたいことをやりたいようにするのに、性別ってのはそんなに大事なもんなのかい?
そんな、自分で選べもしないもんで自分の行く末を縛られるなんてのは、あたしは御免だよ」
「……仰る通りで。言いたい事も怒るのも分かる。ただ、なんつうのかな。
俺はずっとそういう風に生きてきた。今更曲げられないんだよな、そこは。
例え俺よりずっと強い相手だったとしても、多分、敵だったとしても、どうしてもダメなんだよ」
リシアとミラの訓練でも痛みを感じるような攻撃は一度もしたことがない。
どころか、怪我をしそうな転び方でもしようものなら抱きとめに入ることすらある。
未だに、それがある。
きっと、アゲハ相手でも傷を付けるような戦い方はできない。
そもそも今のままじゃ俺の攻撃なんてのは当たりもしないだろうけど、それでも剣を振るのに二の足を踏むだろう。
仮に敵として現れた相手が女だったとしたら、同じような躊躇いが生まれるんだと思う。
本当に、今更どうしようもないところで突っかかるんだよ、これは。
多少は親父の影響ってのがあったんだとは思うけど、それだけじゃないんだよ。
八年前に気付いた。
もしミグが傷付くくらいなら、俺が死んだほうがマシだと強く思った。
ミグ、延いては、女の子全部が俺にとって守る相手で、決して戦う相手ではないんだ。
そんなことを、あの時確信した。
「確かに十年は掛かりそうですね」
ふとアゲハの呟きが聞こえた気がした。
よく聞き取ることはできなかったけれど、どことなく優しさを感じる音色だったように思う。
「……この話は良いでしょう。
見えてきましたよ、あれが棋王尊の神社です」
三本の鳥居を潜り見えてきたのはまさに庭園と呼ぶべき庭。
その先に建てられたやけに大きい神社だった。
「この神社には中庭が十二、月ごとに見ごろになる庭が変わるのです。
その外、季節ごとに色を変える眺めを肴によく酒盛りしたものですよ」
その庭は、見事の一言だった。
不自然でなく整えられた草木と、池、川、無造作に見えて完全に計算された配置なのだろう岩。
外から眺めるだけでもこれ程に見事な庭園は見た事がないと確信する。
他所の庭で見る不自然さ、人の都合に合わせて歪められた歪な調和とはあまりに違う。
リュフェの外で良いとされる庭は左右対称に広く、飽きさせることのないよう人工物が配置されるものがほとんどだ。
庭の端の像を見比べればその家の格が分かるという格言が生まれる程に病的なまで、人の手が入っているのだ。
リュフェの庭は、違う。
木々が思い思いに枝を伸ばして見えて、それが画として不和を招かないようあくまで自然に育て、手を入れ、完成している。
池も岩も草木もなにもかもが左右対称の病などどこ吹く風と悠然とそこに在り、これこそが庭なのだと訴えかけてくる何かがある。
「凄いね」
「ああ」
ミラの、見ないと損という言葉も頷ける。
これまで見てきた庭とは一線を画す境地だった。
「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用向きでしょうか」
庭に見蕩れていると、着物の袖を留めた男が現れて尋ねた。
何やら大きな鋏を持っている。
……庭師、だろうか?
ただどう見てもその着物はアユミの父親らしき人物が着ていたものと同じものに見える。
神主、なのか?
「変わらず励んでいるようですね。銀湧仙も喜ぶことでしょう」
「ありがたきお言葉。是非とも庭の様子を銀湧仙様にお伝えください」
「任されましょう。今日は、食事に庭を借りたいのですが構いませんか?」
「是非に。この庭は主たちに捧げた宴場。私の許しなどなくとも好きなだけお使いください」
どうやら庭を使う許可が下りたようだ。
というか、ことリュフェの観光で『弦慈公』というネームバリューは非常識なまでの効力を持っている。
いろんな意味で最強の案内人を手に入れた訳だ。
「では、食事の準備を頼みますね。二刻ほどで戻ります」
「弦慈公様、いってらっしゃいませ」
という訳で、細工物屋を冷やかしに出た。
竹というらしい変わった香りの木材や、刀、金物細工にガラス細工。
一言で言えば、リュフェの民芸品の全ては銀湧仙印の元で製造、販売されているらしかった。
日用品の類は幸白扇が担当しているらしい。
先に聞いておきたかった……。
絹織物や着物は泊まった旅館の裏手にある店通りで手に入れるのが良いとのこと。
浴衣というのを是非買っておきたい。
着心地が思いの他楽だったからだ。
なんなら普段家で着ていた服より着心地が良い。
そこで、フィリが早速土産……という訳でもないのだが、物を買えと強請ってきた。
いつも通り俺の服を引っ張るフィリ。
何だ? もしかして俺の剣を触りたがってたし刀の類でも欲しくなったのかと見やる。
「どうした? 刀でも欲しいか?」
「んーん」
「……植木鉢?」
「ん」
フィリが指差したのは植木鉢、それも何やら無駄に意匠を凝らした鉢だった。
「その模様は……ああ、龍退治の故事ですね」
「龍退治って……」
「悪龍に目を付けられた人の少女を鬼が救ったという話ですよ」
龍、ってーと、あれか。
神格を得た竜、だったよな?
「もしかして、実話なのか?」
「半分実話、というところでしょうか。
龍退治は事実ですが、その龍が目を付けたのは座敷わらしの少女だったようです。
それと、それを倒したのは私の叔父に当たる鬼ですよ」
お前の身内かよ!
いや、ある意味納得だわ。
龍って下手すると魔王と同じくらい手が付けられない相手だってのを聞いたことがある。
「で、フィリはこれが欲しいのか?」
「……これも」
「まあ、これくらいなら買ってやるか。他は良いのか?」
「もう三つ、良い?」
値段を見ると、それなりの値段の酒を一本買える程度。
座敷わらしは花を育てるのが好きらしいし、ミラシアで別れた四人に渡すのかね?
最期の一つは多分、自分用、かな?
「ああ、良いぞ。徘徊する残夢の素材もまだ売ってないし余裕くらいあるだろ」
という感じにフィリに植木鉢を買い与え、ふと見ればリシアが刀に見蕩れていた。
「……そういえば、剣の打ち直しとか頼めるかな?」
「可能です。どのような剣ですか?」
俺の呟きを聞き逃さなかった店員がずいと近寄ってきた。
いやー、流石というかなんというか。
ちなみにやけに切れ長の目をした男だった。
糸目、って言った方が正しいのかな?
「リシア、剣の打ち直しを頼もう」
「しゅ、シュリト? いや、しかし持ち合わせが……」
「俺が出すよ、俺が折ったんだし」
そう言ってリシアから折れた剣を差し出させる。
「ほー、なかなかの業物ですな。ですが、付与が甘い。
弦慈公様のお連れだという話ですし、今回は無料で打ち直しましょう」
「いやそれは流石に悪い、いくらだ?」
「……そうですね、では気に入った刀を一振り買って頂ければサービスとして打ち直す、ということでどうですか?」
「よし、買った!」
ざっと刀を見通す。
……見て分かるくらいに切れ味が良い。
なんだこれ、確かにリシアが見蕩れるのも分かる。
「リシア、好きなの選んで良いぞ」
「いやしかし」
「姫の護衛で丸腰って訳にもいかないだろ?」
辞退しようとしたリシアを押し込める。
「何なら俺も一振り買ってみようかな。刀、興味はあったんだよなー。
そうだ、どうせなら同じ刀匠の刀買うか?」
「でしたらこちらの二振りはどうでしょう」
という感じに一番高い刀二振りを買わされた。
いやー、あの兄ちゃん商売上手だわ。
その横で俺か買った刀より明らかに業物らしい刀を献上されていたアゲハについては、とりあえず見ないことにしておいた。
イルミアにも何か買い与えようとすると酷く遠慮し、結局安物の風鈴というらしい鈴を買ってやった。
ミグには何か装飾品とか、ないかな?
ミラは金も持ってるし地元だしで特に必要ないだろう。
さて、ミラシアの話はどのタイミングでしたものか。
観光ついでに土産を買いあさりながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは切り出しにくい話をする機を伺った。




