おーまいりとるぷりんせす、どこまでもエスコートするよ!
「ちょ! ちょっと早すぎます若様!! 死ぬ! 死んでしまいます!!」
「あー? これくらいで死ぬ訳ねーだろ。お前みたいなのは特に」
こういう人の頭を痛めるタイプの人間は少々のことでは死なない。
百人中九十人が死んでも絶対生き残る側に入ってるんだよ。
なんとなくそんな気がする。
そもそも俺はコイツを小脇に抱えて縮地で移動してるだけな訳で、それで死ぬようなダメージを負う方が難しい。
多分、今ミラシアで一番安全な場所だと言えるだろう。
隣にアゲハも居るし。
この状態で死ぬなんてのは確実に無理だと断言できる。
「あー、ああ! 意識が遠のいていくー!
お母さん、お父さん、ごめんなさい! 今から私もそっちに行くね……っ!!」
「喧しい! 死にそうなやつがそれだけ騒げてたまるか!」
スピード上げてやろうか、コイツ!
そんな事を思いながらも王都の中心街まで移動している。
さて、抜かった分の仕事は取り戻して貰おうか。
教会の屋根を蹴り、一気に西に突き進む。
……気のせいか、教会付近が一番瘴気の匂いが濃い気がする。
帰りに少し確かめるか?
ま、覚えてたらで良いだろう。
「せめてもうちょっと優しく運んでくださいよぅ……」
「そろそろだぞ。あの路地の裏で止まる。寝ぼけた事言ってる暇があったら働け!」
宣言通り裏路地に降り立ち、足を止める。
「……」
「……」
ああ、ばっちり目が合った。
「この子です」
「そうか」
六、七歳と思しき着物姿の少女が丁度イルミアの花に水をやっているところだった。
「……イルミアの匂い?」
「ん? 待てなんだその笛、ッ!」
呟くが早いか少女は袖から笛を取り出し、思いっきり吹いた。
これでもかというほど甲高い音が鳴り響き、堪らず耳を押さえる。
「ひゃっ!」
「っ、あ。なんだ、その笛」
「ちょっと、若様! もっと優しく降ろしてくださいよ! ……若様?」
急いで耳を塞いだせいで伺見を落とした。
喚いているが、笛の音がまだ頭の中に響いているような嫌な痛みが抜けない。
「どうかしたんですか?」
「……お前、あの笛の音、なんともないのか?」
「あの笛の音は普通の人には聞き取れませんよ。
音が高すぎて耳が音として拾わないのです。
ますますシュリトが人なのか疑わしくなってきましたね」
見ればアゲハは涼しい顔で佇んでいる。
あんな大音量聞いてなんともないのか?
「笛が出た瞬間に耳を塞いだに決まっているでしょう」
「……ああ、そう。で、これはどうする?」
ぱっと見、件の少女と見分けが付かない一団に取り囲まれている。
笛の音を聞きつけて集まってきた、のか?
ざっと数えて三十ってところか?
いや、まだ増えてるな。
「イルミアの匂い」
「イルミアの匂い?」
「イルミアいない」
「イルミアどこ?」
「どこ?」
口々に好き勝手言いながら俺の服を引っ張る。
というか、コイツらイルミアの知り合いなのか?
あ、今更嗅ぎなれない匂いが漂ってきた。
なんというか、清清しいような落ち着くようなよく分からない匂いだ。
洞窟で嗅いだ花の匂いとは違うな、これが霊気の匂い、か?
それはまあ、後で良いか。
「一応聞いておくけど、そのイルミアはヒューマンのイルミアで間違いないよな?」
「そう」
「イルミアどこ?」
「イルミアずっといない」
「イルミア返して」
「……」
「おい、それは危ないからやめとけ」
無言の奴、俺の剣を抜こうとしやがったぞ。
というか、だ、話が通じる気がしない。
これはどうしたものか……。
「アゲハ」
「精霊で間違いないと思いますよ。
それにしても、本当に着物を着ていますね……。
普通の精霊なら着付けなんて覚える前に投げ出すはずなのですが」
「変なところに関心してないで助けてくれよ」
「鬼?」
「鬼いる」
「隠れる?」
「イルミアの匂いする」
「攫った?」
「人聞きの悪い事を言わないでください。単に同じ宿に泊まっているだけです」
弱い威圧で近付かないように牽制しているのは流石といったところか。
っておい! 服の隙間に手を突っ込むなチビっ子共!!
頭を軽く叩いて追い散らす。
「埒が明かん。話しが通じそうな奴は居ないのか?」
これは、間違いなく話が通じない。
なんというか、もう話とか良いからこの場から逃げたい気になってくる。
イルミアの匂いがしないからか、伺見だけが安全圏を確保している。
できればあいつに擦り付けたいところなんだが……。
「見たところまだ幼児ですね。近くに親が居るはずです。そちらを探しましょう」
「母上?」
「案内する?」
「こっち」
「鬼はだめ」
「母上怒る?」
俺を引っ張ろうとする精霊の集団。
何だこれは、幼児もこれだけ集まれば普通の大人なら攫われそうだぞ。
「重い」
「だめ」
「こっち?」
「重い?」
「……」
「だからそれは危ないからやめとけって」
またも剣を抜こうとする。
ってか、さっきと同じ奴じゃねえか。
「怒られる?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
俺を誘拐するのを諦めたのか、精霊の集団が引っ張るのをやめて見上げてくる。
気のせいか、少し瞳が潤んで……、って!
「待て! 悪かったって、ついて行くよ。案内してくれるんだろ?」
「来て」
「こっち」
「重い?」
「軽くない?」
「ちょろい」
「今ちょろいっつった奴出て来い。おいお前だよ。
何口笛吹いて誤魔化そうとしてんだ。音出てねえぞ!」
「怒る?」
「怒られる?」
「怖い?」
「怖い」
「泣く?」
「あー! もう! わかったから泣くな!!」
「やっぱりちょろい」
「やっぱり怒るか」
逃げるより早く襟首を掴んで持ち上げる。
ってかさっきから俺の剣に触ろうとしてる奴じゃねえか。
身を縮こまらせて怯えたように上目遣いで見つめてくる精霊の幼児。
……何だこの罪悪感?
だが子供には、時には叱ることも必要なはずだ。
「怒る?」
「……」
……デコピン一発で勘弁しておいてやるか。
「あう!」
「暴力だ」
「酷い」
「最低」
「男なんて」
「もー、めんどくせー!!」
「こんな大人になっちゃダメだよ?」
「お前はッ! ……もう良いよ。とっとと連れて行ってくれ」
デコピン制裁を加えた精霊の頭を撫でながら宥めるように声を掛ける伺見の姿は今日一番イラっとしたが、それに反応しては余計な体力を使うだけだと怒りを飲み込む。
こいつは、間違いなく人を疲れさせる天才だ。
相手にするだけ馬鹿を見る種類の馬鹿。
とりあえず無視しよう。
貴重な気力がかなり失われてしまっている。
「精霊相手に隙を見せるからそうなるのです」
アゲハの声に反応する気力すら湧かない。
「仇だ」
「仇討ちだ」
「弔い合戦だ」
「……」
「……はぁ」
集団で殴りかかってくるが、痛くも痒くもない。
気が済むまで殴られてやるからさっさと連れて行ってくれよ……。
これだけの数だと固いところを叩いて手が痛まないようにするのも骨が折れる。
「とりあえずお前の教育に苦言を呈したい」
そんなこんなでなんとか精霊の親のところまで辿り着いた。
そこで開口一番この台詞が勝手に口から躍り出た訳だ。
場所は王都の西の外れ、イルミアの花が咲き乱れる小さな丘に建つ屋敷である。
あのチビっ子共の親らしき人物と対面中、といえば多少状況がわかるだろうか。
「おにーさん、なんか疲れてない?」
着物姿のその精霊は軽い感じで俺の言葉を流した。
「……こいつら見ればわかるだろ」
子精霊は未だに俺に纏わりついて離れない。
痛くはないが髪を引っ張るな。
反応するだけ喜んで過激になっていくからとりあえず無視することに決めた。
僅か数百歩の移動で学んだことだ。
「初対面でそれだけ懐くなんて珍しいね」
「イルミアの匂いしたの」
「ああ、そういうこと」
これで単に懐いてるだけ、なのか?
いやいや、村の子供はもうちょっとどころではなく大人しかったぞ。
まあ、それは良い。
話を進めよう。
「やっぱりイルミアと知り合いなのか?」
「知り合いというか、なんというか……。
この子ら、私とイルミアの子だからさ。それはそれは深く知り合ってるというか」
「えっ。は? ええと……?」
あ、あなた女ですよ、ね?
「シュリト。先ほど教えた通り、精霊の繁殖行動は精神の交わりですよ。
互いの性別など問いません」
あ、ああ。そういうことか。
いや、普通に考えてイルミアがあの歳でこれだけ子沢山なんてのはありえないよな。
なんだ、そういうこと、だよな。
「味気ないなぁ。もっとこう、ロマンス溢れる言い方ってものがあるんじゃないかな?」
「言い繕っても結局同じでしょう」
「揚羽ちゃんいっつもそーだよねー。私は綺麗な方が好きなのさ」
「まさか貴女が子を成しているとは思いませんでしたよ」
「気紛れってヤツだね」
ってかこいつ、アゲハとも知り合いかよ!
ミラシアにイルミアの花が咲いてるってのも知ってた訳だし、その辺りで面識があるんだろうか?
……さっきからやたらと腕にぶら下ろうとしてくるこのチビは何なんだよ!
…………あれ? 何か違和感が……。
「いやコイツらイルミアが幾つのときの子なんだよ」
「七歳の時だね。クルクスまで行くって言ってたからちょっと加護をあげたんだよ」
「加護、ねぇ?」
「ほんとだって。魔物除けと病除け、あと幸運かな。
連れの騎士があんまりにも貧弱だったからさ。
今イルミアが生きてるってのが何よりの証拠だと思うけど?」
確かに、騎士が何人居たところで道中ちょっと強い魔物に出くわせば全滅しかねない。
実際イルミアやリシアと出会った時はほとんど全滅してた訳だしな。
文字通りの意味で。
「まあ、加護の話は良いや。今日は花の方のイルミアの話をしに来た」
「あー、なんかきな臭くなってきてるかんね。そろそろ悪魔が攻めてくる感じ?」
「……悪魔がこの国に根を張ってるっての気付いてたのか?」
「そりゃ当然さー。私ら精霊は瘴気の匂いも気配も大っ嫌いだもの。
だからそれを清めるイルミアの花だって好んで育ててるし。
瘴気の匂いがキツくなってきたからこの子らにも育てさせてる訳だよ」
となると花を貰って香にするってのは難しいか?
というか、だ。
「ちょっと真面目な話しになるんだが、いつまでそうやってるつもりだ?」
机に突っ伏したまま目だけ向けてくる精霊のお姉さんに指摘してみることにした。
「いーじゃん。まだ自己紹介もしてない仲なんだから」
「いや、初対面なんだから普通は余計気を使うところだろ」
めんどくさいなーとか言いながら身体を起こした。
……それで本当に花を育てていられるのか?
激しく疑問だ。
「……まあ、こっちから自己紹介しとくか。俺はシュリト。今イルミアを保護してる。
とりあえず、ミラシアを安全に暮らせる状態にするってことで協力してる」
「え、えっと? 若様のお付、です?」
「私は富精霊。一応上位精霊ってことになってるよ。
私しかいないから種族名が私の名前になっちゃってるけど。
あと、その子らは座敷わらし。
面倒だから名前も付けてないし、適当な家に住まわせてる。
幸運だけなら下手なカミサマより加護強いよ」
伺見が居たのを完全に忘れてたよ。
見てないでとりあえずこのチビ共を抑えておいてくれ。
いや、口出ししてこないだけマシか?
コイツが口を開くと頭痛が増す気がする。
うん、とりあえず黙ってチビをあやしておいてくれ。
「チビ共、そこの姉ちゃんが遊んでくれるってよ」
「人柱だ」
「取り押さえろ」
「生かして返すな」
「今夜は祭りだ」
「えっ? え! ちょ」
伺見が子供の波に流されていく。
精霊探しで役に立たなかったんだ。
囮くらいにはなってもらうぞ。
……おい、剣を触ろうとしてた奴が残ってるんだが。
…………まあ一人くらいなら良いか。
さて、そんなことよりフォルトゥナだ。
身を起こしてから目を逸らさないようにしているのだが、どうしても目が吸い寄せられそうになる。
何故そんな立派な凶器を隠そうというのか……。
「あはは、別に減る物でもないし好きに見れば良いよ。
おにーさん強そうだし、ちょっと子供作っても良いなら触ってみる?
徘徊する残夢を倒してくれたお礼もあるしねー」
「ッ!?」
いや、その、俺にはミグが居るし、ほら。
そんな、初対面の相手となんてのも、どうかと思うし……?
「シュリト。精霊相手では手を触れる必要すらありませんよ」
「う? ああ。そうか。そうだよな、はは」
落ち着け、落ち着け! 俺!!
とりあえず何を話すべきか考えをまとめ……あれ?
「なんで俺がウォーキング・グリム倒したこと知ってんだ?」
「まだ加護は切らしてないからね。遠見するくらいなら訳ないよー。
で、なんとか生き残れるよう目一杯幸運を送ったんだ。
いやー、あの時は焦ったよ。イルミアを助けてくれてありがとね」
「もしかしてあの二人が生き残ったのって……」
「加護を送った時に近くに居たから、だね。
運が悪い順に死んでいったって訳。
だから、もしおにーさんが通り掛からなかったら二人とも死んでた。
前準備してたら別だけど、あれは幸運くらいじゃどうにもならないさー。
イルミアが元々持ってた運でおにーさんを引き寄せたのかもしれないけどね」
富なんかじゃそれくらいが関の山なのさ、とフォルトゥナ。
嘆く様子ではなく、ただ慣れ親しんだ無力感を味わうように空っぽの笑みを浮かべる。
アゲハが話題を変えるように声を上げた。
「……座敷わらし、といえば、昔リュフェに住んでいたというあの精霊ですか?」
「そっか、揚羽ちゃんが生まれる前だね。
そう、大昔にリュフェに住んでたあの座敷わらしだよ。
ちなみに、私がリュフェ最後の座敷わらし。
こっちにきてしばらく後に格が上がったんだけども」
「それじゃ、こいつらもその内フォルトゥナになるのか?」
「飽きずに生きてれば、ね。
精霊の死因って大抵、息をするのも面倒になって輪廻の輪に飛び込むことなんだよ。
どうしても死なない種類の生き物はそうやって無理矢理『次』に行くしかないのさー。
私ら、女神の次くらいに不死身だしね」
「ん、それじゃ悪魔もそうしないと死なないのか?」
「アレと一緒にされるのは癪だね。
アレは出来損ない。人が精霊になろうとして失敗したのが悪魔の祖だよ。
だから、精霊が持ってる不死性なんて上等なもんは持ち合わせてない。
精神が霧散すればそれまでーって」
なら、問題なさそうか。
多分アゲハが言ってた倒し方で倒せるんだろ。
っと、そういえば本題がまだだったな。
「で、用件は? 揚羽ちゃん今度は何企んでるの?」
「企んでなどいませんよ。小物の企みを踏み潰すだけです」
さて、なんと切り出したものか。
座敷わらしが纏わりついてるから、ってのがデカいんだろうけど、この場で真面目に交渉ってのは何か違う気がする。
とりあえず普通に目的から話すか?
「悪魔追っ払うからイルミアの花を分けてくれ」
「おー。 おにーさん、余計なところばっさりぶった切った感じだね。
私はそういうの好きだよ。
悪魔祓いにイルミアかー。揚羽ちゃん、あのお香作るの?」
「ええ、軽く一山程」
「残ったらちょうだいよ。乾かした花渡すから。
あのお香、いい匂いなんだよねー。
なんというか、精霊心をくすぐる匂いなんだよ」
なるほど、用途がはっきりしているなら保存もできるということか。
何も今生えている花を刈る必要もない。
「奥ですね?」
「そーそー、勝手に見ておいて。今回はたんまり溜め込んでるよ。
こんだけ育ててるからねー。何なら全部持って行っても良いよ。
お香くれるなら」
目もやらずに適当に手をひらひらさせるフォルトゥナ。
その手で頬杖を突いた。
「で、おにーさんの目的は? 慈善事業って訳じゃないんでしょ?」
「……ストレス発散、かな?」
俺の言葉を聞いてフォルトゥナは目を細めた。
品定め、顔に出しながら堂々と値踏みしてくる。
悪魔退治の理由、か。
シェル姉とミラシアを繋げる、ってのは後付けか。
イルミアの世間知らず過ぎる育ち方に苛立ちを覚えて何とかしようと思っただけだ。
決め手は半分以上怒り任せだったと思う。
「変な運の中で生きてるね」
「どういう意味だ?」
フォルトゥナは興味を失ったようにまた机に突っ伏した。
「別に、そのまま」
「この量なら都全体を香の煙で覆えますね」
問い質そうと言葉を考えている内にアゲハが戻ってきた。
仕方なく思考を一度クリアする。
これで香はなんとかなりそうだな。
となると次は……。
「そういえば、王都を覆う術式ってのはどうやって仕込むんだ?」
「侵食拡張式の術式が妥当でしょうね。そうすれば初めは小さくても良い。
魔力で無理に広げるので今回の規模だと私かフォルトゥナくらいしか扱えませんが」
「私は嫌よ? 面倒だから」
「だそうです。瘴気を魔力に変換する術式も組み込みましょうか」
そもそも侵食拡張式の術式ってなんだよ。
瘴気を魔力に変換ってのも簡単に言ってくれる。
こっちはそんなことができることすら知らないっての。
「当然簡単なものではありませんよ?
一から生み出すとなると、私では恐らく数百年掛かるでしょう。
悪魔と戦争していた時代に作られた術式です」
「術式の生成にはどれくらい時間が要る?」
「陣を書くだけです。陣生成用の薬品も持ち歩いています。
書き始めて半刻もあれば術式が始動できるでしょう。
瘴気を変換して自立拡張が始まるまでと考えると、二刻といったところですね」
「その段階まで進めば術式の防衛は必要ないか?」
「侵食拡張の術式なら、防衛が必要なのは核になる中心部だけですよ」
ならそこに最低限の護衛だけ残せば良い訳か。
残るは来るかもしれない他国の侵略軍、だな。
そっちはシェル姉に頼んだ方が確実かもな。
まさか侵略軍全部を切り捨てるって訳にもいかない。
衝突せず追い払うのがベスト、なんだが、そんなに上手くいく手は思いつかない。
それと、それこそシェル姉の土俵だろ。
シェルム・トレラ・ノーグレイス女侯爵の名が出るだけで尻込みする連中も居るはずだ。
伝書鳩の感触から言えばシェル姉も乗り気、精精頼りにさせてもらうとしよう。
「大体固まってきたな。伺見拾ってくるよ」
「……」
歩き出そうとした俺の服を件の座敷わらしが引っ張る。
……歳不相応に難しい顔して見上げてどうしたよ。
とりあえず頭でも撫でておくか。
「んー。ん!」
頭を振って手を掲げる。
ん、何だそれは。
「ん!!」
……、はぁ。
なんというか、コイツ将来素直な言葉を言えなくなりそうで不安だよ。
誰も笑ったりしないっての。
「へーへー。おんぶにする? 肩車にする? お姫様抱っこが良いか?」
「……抱っこ」
「ではお姫様、お手をお借りしても?」
差し出した手に、遠慮がちに小さな手が置かれた。
ったく、今更猫被っても仕方ねえだろ。
ま、ちょっとくらい合わせてやらんこともない訳だが。
「それでは参りましょう。失礼」
繋いだ手を軽く引き寄せ、足を掬う。
うん、軽いな。
子供だし当たり前か。
お姫様を抱き上げると同時にフォルトゥナが気の抜けた口笛を吹いた。
いやあんた、それせめて身体起こしてからやろうぜ。
机に突っ伏したまま口笛吹かれてもなぁ……。
ま、良いか。
借りてきた猫、というにもあまりにしおらしいお姫様を抱えて戸を開く。
「ああ! 若様ぁ! た、助けてください!」
戸を閉めた。
「な、なんで閉めるんですか!? やめて! 潰れちゃうから!」
溜め息を一つ吐いてもう一度戸を開く。
「さて、お前ら。遊びは終わりだ。
そこの姉ちゃんは仕事があるからお前らも花でも見て来い」
花という単語に反応したのだろうか。
蜘蛛の子を散らすように伺見の上から離れていった。
伺見が座敷わらしの大群に潰されそうになってるの見てどうしようかと思ったよ。
腕の中のお姫様はらしくもなく赤らめた顔を伏せている。
「お姫様も花を見に行くかい?」
「……行かない」
そうかい。
「伺見、帰るぞ。話はシェル姉から伝わるようにしておく」
「はひ……」
……ん、チビが四人残ってるな。
こいつらは……ああ、あのよく喋る四人組か。
「帰る?」
「ダメ」
「また来る」
「また来る?」
「……」
「とりあえず移動だ。お前らの母ちゃんのところ行くぞ」
と言っても扉を出てすぐのところなんだけどな。
部屋を出て、床に膝を突く。
「お姫様。そろそろお別れだ」
「……」
床に降ろしても俺の首に抱きついて離そうとしない。
……連れて帰る訳にもいかん。
悪いが、我慢してくれ。
「伺見、この後どうする?」
「一度拠点に戻って指示を仰ぎます!」
「じゃ、帰るぞ」
「帰っちゃダメ」
「ダメ」
「ここに住む」
「通さない」
「……」
首に回された腕に力が入る。
「……我が侭には、聞けるのと聞けないのがあるんだよ。
お前の家は、ここだろ?」
お姫様の髪を撫でる。
言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「また、すぐに会えるさ。きっと帰ってくる」
「やだ」
それでも小さな姫君は俺を放してはくれない。
「ついてく」
できるだけ優しく、髪を撫でて。
できるだけ優しく、言い聞かせるように言葉を続けた。
「……だめだ。もう少し大きくなったら迎えに来る」
「やだ」
「……」
「やだ、よぅ」
「その子だけ連れて行ってあげてよ」
「フォルトゥナ?」
予想外の声が上がった。
「その子、おにーさんのこと気に入ってるみたいだから。
頑固者の説得は面倒」
こちらに向けられたフォルトゥナの顔は本当に面倒臭そうだった。
おいおい、お前の子供なんだろ……?
つっても、引き剥がすなんてことしても逆効果だろうしなぁ……。
「ダメ?」
「……お前はまだ幼い。親の傍に居ないといけない」
首元で小さな顔が伏せられた。
「……」
……。あー、くそッ!
「怪我するかもしれないぞ?」
「いい」
「痛いとか、怖いとか、そんなもんじゃないぞ?」
「我慢する」
「……帰って来れないかもしれないんだぞ?」
「構わない」
「そういうわけだから、よろしく頼むよ」
フォルトゥナが俺に向けて手をひらひらさせている。
お前、リュフェから移動してきたなら旅がどれだけ危ないのか知ってるんだろ?
なんで自分の子をそんな所に放り出すんだよ……。
お前が止めてくれなきゃ、俺も、止められないじゃないか。
「何甘ったれた顔してんの?
良いよ、それがその子が選んだ生涯だから。
あんただってその子と同じくらいの頃に一生を決めた口だろ?」
「……怪我しても、知らねーぞ」
「怪我なんてさせられないくせによく言う。
またおいで。次はイルミアも連れて、ね」
「つれてって?」
「あー、もう。わかったよ。後悔しても知らねーからな。
帰りたくなったらすぐに言えよ。
世界の果てに居たってすぐに連れて帰ってきてやる」
「うん!」
……なんでこうも上手く行かないのかね。
わかったよ、わかりました! もう全部守れば良いんだろ?
これまでどーりだよ! 絶対守りきってやる!!
傷一つ付けさせねーから覚悟しとけよ!
少し乱暴にお姫様の頭を撫でる。
「ったくよぉ」
ようやく解かれた腕。
間近で見るお姫様の顔はなんとなく、今日見た中で一番の笑顔だった。
人の気も知らねーで……まあ良い、一生その顔でいさせてやるから覚えとけ。
とか考えてる間に、周りに残ってた座敷わらしが寄ってきた。
「姉上、行くの?」
「行く」
「お花どうする?」
「見ておいて」
「お土産?」
「買ってくる」
おい、その金はどこから出るんだ?
……まあ、土産代くらいなら良いか。
小さなお姫様に袖を掴まれながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは再び守るものを見定めた。
『亜人』が出てこない。
予告通りです。
三章マダカナー。




