表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者候補君の世直し漫遊記  作者: 77493
第一章 窮国のきみに花束を
22/37

おーまいふぉろわー、もうちょっと詳しく調べてよ!

「ちょ、ちょっと待てよ!」


 僅かに混乱する。

 いや、何かを判断するにしても情報が足りない。

 まず何を以ってその成否を計っているのか問い質す必要があるだろう。


 強く頭を振り、旅人風の伺見うかがみに向き直る。


「すまん。その、理由を聞いても良いか?」

「はい! えっとですね、八日後に挙兵の話が上がっているんです」


 脳裏に嫌な未来予想図が組みあがる。

 このタイミング、この状況で挙兵?

 冗談じゃない。

 欲が強く目端の利く奴らならこれだけの好機、見逃すはずがないぞ……。

 いかに安全圏だと高を括っていても背後を突く手なんてのはいくらでもある。

 その挙兵を契機に一気に戦火が燃え上がらないとも限らない。


 だが、その想定を含めて最善手を打たなければミラシアに未来はないことも理解できる。

 血に逸った馬鹿共を諌めるか、逆に食い尽くすかという手段を取らなければこの都は十日と経たず火の海、考えられる最悪の地獄にその姿を変えるだけの話なのだ。

 なんにしても、情報が足りない。

 どんな手が打てる?

 それを考えるだけの余地がない。

 まず必要なのは現状把握、だろうな。


「もう少し、詳しく」

「では、挙兵の理由からお話しますね。

 頭領、ミラシアの地図をお願いできますか?」

「少し待て」


 テーブルを覆い尽くす程の大きさの紙が広げられた。

 頭領と呼ばれた伺見の男が筆を走らせる。

 緻密に、精密に、ミラシアの全貌が書き出される。


 旅人風はまだ書きあがらない地図に構わず話を続ける。


「挙兵の理由ですが、王都の西側にて幻燈花が栽培されている恐れがあるため、だそうです」


 幻燈花、か。

 そのまま燃やし、その煙を吸引すればたちどころに意思が霧散する。

 その中で、天上の心地を夢想するんだとか。

 幻燈花の煙を吸った者は痛みを感じず、死を恐れず、周囲の状況に合わせただそれに倣う。

 その場に扇動者が居れば、それだけで死兵の軍団ができあがる。


 当然知る限り全ての国でこの花の栽培は禁じられ、大規模な農場となれば兵を挙げてでも取り押さえられている。

 挙兵の理由としては、確かに納得できるものでもある。

 幻燈花は、依存性、何よりその毒性が強すぎるのだ。

 過去、亜人との戦争でこの花が使われた記録が残っている。

 結果は大勝。

 リヴァディアまで下がった戦線をルナリアまで盛り返したというほどに圧倒的な戦果を挙げた。

 その跡に残ったのは、火に焼かれ、毒に犯されて作物が育たなくなった大地。

 そして、罪もない人々の変わり果てた骸の山だけだったという。


 その記録を記した人物は幻燈花の解毒薬を服用しながら、その悲惨さを記録し続けたらしい。

 それによれば、如何に高潔な騎士であっても自我を亡くし、目に映る人の幼子すら躊躇いなく殺し尽くした。

 如何に清廉な高僧であっても目に映る女人を犯し、取り押さえようとする男を皆殺しにしてみせた、と綴られている。

 戦争で胸糞の悪くなる話を取り出すのなら、その書物一つで事足りるほどに醜聞が書き綴られた禁書が書き上げられた。

 筆者はそれを書き上げると同時にその命を絶った。

 後に残ったのは血に汚れたその書物と、彼、或いは彼女の遺書だけだったという。

 筆者の残した言葉は、禁書の末尾に加えられた。


『解毒薬を飲みながら戦場を見聞したが、どうやらそれもここまでらしい。

 如何に抵抗しようとしても、あの毒の煙に当てられては意思を貫くことすらできはしない。

 これを読む誰かよ。

 どうかあの悪魔の花をこの世から消し去ってはくれないだろうか。

 夜毎死者の恨み言が聞こえるのだ。

 昼毎強くなっていく肉欲に耐えるだけの心が磨り減っていくのだ。

 私が誰かを殺してしまわない内に、私が誰かを犯してしまわない内に、この命を終えようと思う。


 ようやっと港町まで下がる事ができたというのに、この目から煙に惑わされた悪鬼共の姿が離れない。

 長期間の投薬にこの身体も耐えかねたのだろう。

 全身が痛み、手足は震え、身を起こすことすら苦痛で仕方がない。

 あの煙を吸えば、或いはこの地獄から解き放たれるのかもしれない。

 だが、あの花の危険性を訴え続けてきた私があの煙の使途となることなど、自身を以って許すことができないのだ。

 獄卒に成り下がるより、私は誇りを持って命を絶とう。


 後の世に、彼の日々のような地獄が再びこの地に這い出ることがないことを祈って。』


 その後、煙を吸った者は一年と経たずその生を終えたという。

 リヴァディアとルナリア、互いの陣営が戦線を引き上げぶつかったのが現在のクルクスとルナリアの境界だ。

 物資の不足とあまりに惨憺たる戦場跡を目にした両軍は疲弊し尽くし、後の数十年間血を流す事がなかったことだけが救いと言えるだろうか。


 そんなことを考えているうちに、ミラシアの地図が書きあがった。

 頭領と呼ばれた伺見が旅人風に筆を渡す。


「幻燈花の農場だといわれているのはこの範囲です。

 この範囲、妙な事にどうやら悪魔信奉者が少ない地域と被るんですよ」


 すっと王都を半分に割る線が書き込まれた。


「宿を一時拠点に置いたのもこの範囲ですね。

 ただ、街中に置いた拠点は全てこの範囲の外にあります。

 一応探ってはみたんですけど、どこにも幻燈花なんて咲いてませんでした。

 けど、絶対この範囲になにかあると思うんです!

 このあともう一度この範囲を探ってみますよ」


 旅人風は胸の前で両の手を握り力説する。

 勘、か?

 俺も勘は大事にしている。

 特に理由はなくても何かあるんじゃないか、と思ったことはとりあえず気が済むまで探ってみることにもしている。

 そして今回は、特に探らなくても理由を知ってそうなヤツが居る。

 うん、なんだかんだで便利なヤツだ。


「……その辺りなら、瘴気を払う花が咲いているはずです。

 恐らくその香りが瘴気感染者の足を遠ざけているのでしょう。

 ですが、これ程の範囲をその花が覆っているとは思えません。

 何か裏がありそうですね」


 アゲハに視線をやると、言うまでもなく白状する。

 やはり便利なヤツだ。

 長い付き合いという訳ではないが互いに呼吸を合わせつつある。

 いや、これはアゲハが合わせてくれている、のか?

 まあ、どうでも良いか。


「ふーん。その花の栽培って難しいのか?」

「難しいなんてものではありませんよ」

「っていうと?」

「この花、イルミアという名の花なのですが、これは精霊の加護がなければ育ちません」

「……ん?」


 何か、二つほど聞き逃せない言葉があったような?


「イルミア?」

「そう、イルミアです。彼女の名はここから取ったのではないですか?」


 それは知らん。

 名前の由来も、とりあえず今は別にどうでも良い。


「名前のことは帰ってから聞けば良いだろ。

 それより、育つのに精霊の加護が要るってどういうことだ?」

「言葉通りですよ。イルミアの花は地上に咲く花ではないのです」

「いや、現にその辺りに咲いてるんだろ?」

「元は精霊郷と呼ばれる精霊王の結界の中で生まれた花ですよ。

 精霊の霊気に守られていなければ、地上で咲くことはありません」


 また新しい言葉が出てきた。

 面倒だが聞かないと話しにならなそうだな。


「霊気、ってのは?」

「悪魔が発するのが瘴気なら、精霊が発するのが霊気なのです」

「……また精神汚染どうこうって話じゃねえよな?」

「違いますよ。そもそも悪魔と精霊ではその繁殖方法すら違うのです」


 繁殖方法、ねえ。

 ……あれ、精神汚染ってもしかして自分の分身を増やすような感じの繁殖方法だったりする訳か?


「精神汚染って、悪魔の繁殖方法なのか……?」

「繁殖方法の一つ、ですね。

 ですが、それで生まれるのは汚染源の悪魔より低位のもののみ。

 一言で言えば、手駒を増やすときに使う方法なのですよ」


 ふーむ。

 精神汚染で無限繁殖、なんてことは流石にないわけだ。


「で、精霊の繁殖方法ってのは?」

「悪魔が精神を乗っ取って増えるとすれば、精霊は精神を他者と交わらせて新しい生命を作ります。

 そのためには相手との信頼関係が不可欠なのですよ。

 霊気が起こすのは敵対心や警戒心の緩和と、軽度の魅惑だと思えば良いでしょう」

「精神汚染ほど危険性はない、と思って良いのか?」

「どちらも似たようなものですよ。

 精神が未熟な者がどちらかに遭えば、操られるか妄信するかの違いしかありません。

 一見、自分の意思でそうしているように見える精霊の方が厄介な場合もあります」


 ……おーけー、悪魔にしても精霊にしてもとりあえずお近づきに、ってのは避けることにしよう。

 どちらにしてもろくでもないことになりそうだ。


「それだと精霊も悪魔と似たように警戒しておいた方が良いな」

「……癪ですが、多分精霊と会うと毒気を抜かれますよ。

 私ですら警戒が疎かになることがありますから」


 いよいよ以って危ない相手だなそれも。


「……アゲハでも、そんな感じなのか?」

「悪魔と違って害意は一切ありませんからね。

 特に戦場に身を置く私やシュリトのような輩には精霊の方が厄介かもしれません」


 害意がないから警戒の合間を縫って近寄ってくる訳か?

 確かに、敵意や殺気を元に危険度を計ることもある俺達からすれば厄介なのかもしれない。

 とは言っても……。


「害意がないならそれほど危険はないんじゃないのか?」

「危険がないから厄介なのですよ。

 時折度が過ぎた悪戯をしてくることもありますが、それは彼らの好意の表現の一つですから。

 故に、回避が難しい……」


 アゲハは難しい顔をしながら目を瞑る。

 あー、もしかして過去に受けた悪戯のことでも思い出してるのか?


「……霊気のことはわかった。

 で、そのイルミアの花が悪魔を遠ざけてる訳だな?」

「そうですね。瘴気を払う香もその花を使います。

 それより気になるのは、やはり花が咲いている範囲、ですね」


 アゲハは目を開き、詳細に書き込まれたミラシアの地図に目を落とす。


「一人の精霊が咲かせられるイルミアの花は、精精家一つ分の程度の広さが限界です。

 これ程広範囲となれば、精霊の王家がそのままこの付近に移住しているとでも考えなければ説明が付きませんよ」


 精霊の王家って……。

 あれ、それって確か。


「アゲハ、お前その精霊の王ってヤツは結界に閉じこもってるとか言ってなかったか?」

「はい。精霊郷に張られた強力な結界です。

 害意を持っていては私ですら近付くことができませんよ」

「……いやそれ害意がなければ普通に入れるって意味じゃねえのか?」

「……入れますね。歩いて」


 このバトルジャンキーが!

 お前のその性質のせいでもう精霊ってのがなんなのかよくわかんねぇよ!!


「考えたら負け、ってやつか?」

「どういう意味ですか? ああ、喧嘩を売っているのですね。喜んで買いますよ?」


 ちょっと待ってよアゲハさん!

 今まで見たことないくらい満面の笑みで何怖いこと言ってんのさ!!


「十年後にしてくれ。ってか、伺見がついて来れてないぞ。話を戻そう」


 無理矢理に軌道修正する。

 若干しょんぼりした顔のアゲハは渋々席に座り直した。

 うん、椅子が固くて不満なのはわかるが、だからって俺も死にたくはないんだ。


「え、えーっと? その、イルミアの花が悪魔を遠ざけてる、ってことですね?」

「そうです。この花なのですが、この辺りでどの程度見たか覚えていますか?」


 そういってアゲハはイルミアの花らしき花を袖から取り出した。

 何か入ってるようには見えないんだが、もしかしてその着物は魔道具なのか?

 旅人風はすぐにピンと来たようだ。

 少し表情を和らげながら口を開く。


「ああ、この花ならどの家の花壇にも咲いてましたよ!

 大体、小振りの花束くらいなら簡単に作れるくらい咲いてました!」

「どの、家にも? いえそれはいくらなんでもおかしいでしょう」


 旅人風の言葉を聞いてアゲハは(いぶか)しむように眉を(ひそ)める。


「額面通りだと、どんだけ精霊がわんさか居るんだ、って話だな」

「はい。それに少なくとも、花壇などで簡単に栽培できる花でもないのですよ」


 どういうことだ?

 二人の証言からすると、なんともいえない齟齬が生まれている。


「えっとですね、丁度、アゲハさん、ですか?

 お姉さんが着ていたような服装の小さな子が花の世話をしていました」

「それこそ妙な話ですよ。

 着物の帯結びは少し練習した程度で覚えられるものではありません。

 何か、幻獣にでも化かされたのではないですか?」


 幻獣に化かされるってことの方が俺からすれば現実感がないんだが……。

 そもそも小さな子に化けて花を育てて何になるってんだ?


「そういえば……誰もその子達に話しかけようとはしていませんでしたね。

 それで、私が見ているのに気付いたら家に入って行ってしまうんです。

 うーん、少しくらいお話を聞いていれば良かったですかね?」


 見られていることに気付いたら逃げ隠れる、ってことか?

 よくわからんな。


「街の人らにその話は聞いたか?」

「はい。でも、誰も知らないって。……あ!」

「どうした?」

「何で忘れてたんだろ……。

 あのですね、ちょうど似たような子が居たんでその子を指差して聞いてみたんですよ。

 そしたら、誰に聞いてもその子が見えていないような、そんな感じではぐらかされました」

「……アゲハ」

「何かしら、精神に干渉を受けているのでしょうね」

「その時って、何か嫌な感じとかしたか?」

「いえ。『疲れてんだよ、若いのに無理すんな! あの宿に泊まっていくといい』

 って、とても安くて感じの良い宿を紹介してくれました!」


 頭の中が花畑になってるんじゃないかとでも勘繰ってしまうような間抜けた笑顔で旅人風が答えた。

 こいつも、あんまり深く考えると頭が痛くなるタイプの人間な気がする。


「……まあ、良いや。

 その、花を育ててる子って何軒かの家の花を育ててたって感じしたか?」

「えっと、隣の家の子、なんでしょうか。

 互いに育てた花を見せ合ったりしているところは見ましたけど、何軒も受け持ってるみたいな子は見てませんね」


 一家に一精霊?

 いやいや、どんだけ精霊の大安売りだよそれ。


「ないな。ない」

「でも見たんですよ!」

「……大量発生や突然変異、にしても、リュフェでそんな話を聞いたことはありませんね」

「ああ、そういえばリュフェには精霊を(まつ)ってる神社もあるんだったか?」

「はい。数は少ないですが、精霊を祀る神社もありますよ。

 鬼の庇護を受けながら人と交わるために留学という形でリュフェを訪れた者たちです」


 留学、ねえ。

 一体何を学んでいるのやら。


「どちらにしても一度その辺りに行ってみる方が早いのではないですか?」

「ま、それしかなさそうだな。伝聞じゃ要領を得ない」

「若様、酷いです!」

「そう言うなら一人くらいその着物の子供を捕まえて来いよ。

 そうすりゃわざわざ俺が行く必要もなかったんだ」


 適当に言い放って席を立つ。

 あ、そうそう。


「お前が頭領だっけ? とりあえず、どの程度裏が取れた?」

「その辺りは抜かりなく、全てですな。

 若の報せ全てが事実でありました。

 胸を悪くするような話もありますが、宰相の話を報告しますかな?」

「いや、それはどうでも良いよ。制裁は決まった。

 兵士の方は、まあ適当に良いようにやっておいてくれ」

「そうですか、わかりました。では、お気をつけて」

「いってらっしゃい!」


 そういって影に溶け込む頭領らしき伺見。

 暢気に手を振ってくる旅人風。

 ほんと、頭痛くなってきたよ。


「お前も来るんだよ!!」

「えっ? そんなー! せっかく休めると思ったのにー!」


 旅人風を小脇に抱えて部屋を出る。


「お前が来ないと場所もその着物の子供もわかんねーだろ!」

「ああ、私の休暇がぁ……」


 俺の旅行と鍛錬の時間も削られてんだよ!!



 なんとも現実感の乏しい頭痛の種を小脇に抱えながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは洞窟を駆け抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ