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元勇者候補君の世直し漫遊記  作者: 77493
第一章 窮国のきみに花束を
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おーまいでぃあー、大丈夫だから少し落ち着いてよ!

「なあ。ふと思ったんだけど、この観光巡りってアイツを案内役にすれば良いんじゃないか」

「今は抑えてるみたいですけど、近くに居たらいつ襲ってくるかわかりませんよ?」

「これだけ張り付かれたら同じじゃないか?

 正直こんなにちょろちょろされるよりは目の前に居た方がマシなんだよな。

 気が散って仕方ない」

「それは……わからなくもないですけど」


 場所は山頂付近。岩を穿ち薬湯を導いたという鬼矢を見に行く道すがらである。

 道中、今日から始まったストーキングについて俺とミグは話し合っていた。

 ストーキング加害者は当代弦慈公(げんじこう)にして鬼の王。

 ぶっちゃけ、俺達じゃフルパーティでも傷一つ付けられそうにない御仁だ。


 現在では人の前から姿を消した鬼、しかもその王との邂逅。

 奇縁と言えば聞こえは良いのかもしれない。

 これが英雄譚なら剣や杯を交わし、認め合うようなエピソードの一つとして語られたのかもしれない。

 だがこれは現実。現実はそんなに綺麗なものじゃない。

 平たく言えば観光で立ち寄った場所で見得張ってかなり厳つい弓を引いたら因縁付けられた形だ。

 太刀打ちできないことを肌で感じる相手から戦えと強要されるおまけつきで。


「丁度弦慈公が射たって矢を見に行くんだろ?

 もしかしたら、その頃の話が聞けるかもしれないぞ」


 本来なら全力で遠慮したい類の縁ではあるが、もう手遅れなら気にしても仕方ない。

 いつ放たれるとも知らない弓を遠めに見て気にするよりも、気勢を削げる位置に置いた方が得策だとも思う。

 なによりあれだけの美貌なら、どうせなら目の保養に……ミグはやはり俺の考えていることが透けて見えるんじゃないだろうか?

 もう顔に出るどうこうのレベルじゃない気がする。


「もしかしたら、あの矢を射た本人かもしれない」


 ミラがそんなことを呟いた。

 その目はなんというか、憧れていた有名人の姿を思い浮かべる夢見る子供のそれに似ている。

 似ているというより、そのものずばりなんだろうけど。


「はい。あの湯を掘り当てたのは私ですよ」


 突如何の前触れもなく現れる弦慈公。

 なんだこいつ、とっておきの宝物を自慢する子供みたいな顔してるぞ。


 ミグが身構えるのを手で制す。

 こいつ相手じゃ、身構えても無駄だ。

 というか、下手に戦意を見せるとマズい気がする。

 ようやく落ち着けたというのに、また余計なものを焚きつけかねない。


「ほー。あんた、人助けなんて興味ないように見えるけどなんでまたそんなことを?」

「失礼ですね。未来ある幼子が病如きで死んでは悔やんでも悔やみきれないではないですか」


 未来ある幼子が、戦えるようになるかもしれない子、にしか聞こえないというのは飲み込んでおく。

 その『褒めても良いのですよ?』とでも言いたげな顔はなんなんだよ。

 ……もしかして、この手は使えるのか?


「へぇ、優しいところもあるんだな」


 うわー、分かり易く頬が緩むの取り繕おうとしてるよ。

 皮肉やら建前やら打算やらはどうやら嗅ぎ分けられないらしい。

 言葉をそのままに受け取るのは、ある意味純粋で助かるとも言えるのか?


「ふふっ、当然です。

 こう見えて、先々代の王から『弓』を下賜されたリュフェを守る『五条武王家』の長なのですから」


 弓と、五という数字。

 確か人間の少女に恋をしたという鬼の青年は、弓、杖、刀、斧、扇の五つを武器として使っていたんだったか?

 ということは、だ。


「先々代、っていうのは?」

「知りませんか? 人と初めて出会った鬼の物語が残っていると聞いたのですが」

「あの弓、伝説の武器だったって訳か……」

「ええ。鬼の中でも最も誉れ高い武具の一つですね。

 持つ者を選ぶ気位の高い武器です。

 あの弓を引けて初めて、弦慈公の名を賭けて当主と戦うことができるのですよ。

 そういう意味では、人間の身でそれを成し遂げた貴方に興味が尽きません」


 『じっ』と上目遣いに俺の顔を覗き込んでくるアゲハ。

 可愛らしい仕草の中に、というか主に瞳に爛々と闘志が燃えている。

 『ぎゅっ』と手加減無しに俺の腕をつねるミグ。

 いじらしい所作の中に、というか主にいつミグが爆発すかと俺の心が凍えている。

 なんなんだこの構図は。

 とにかく話題を逸らさなければ俺の命が危ない気すらしてくる。


「え、えっと。その先々代に武器を送られてから弦慈公を名乗ってるんだよな?

 王が二代、代替わりする間に弦慈公は随分代を重ねてるが」

「先々代の王が死去した後、『斧』の覇王尊(はおうそん)家が他の四家から武器の略奪を始めたのですよ」


 ここれまでのアゲハに初めて見る、憂い、そして悲しむような表情。

 その立ち姿は弱弱しく儚げで、一つ、息を呑む。

 あのアゲハにこんな顔をさせるような出来事が起こった、ということなんだろう。

 その声には、どこか引き裂くような痛みを感じさせる音色が混じっている。


「そうか。そこで何があったか知らないが、ま、今話しても仕方ないだろ。

 お前が射たっていう矢を見に行こうぜ」


 話を逸らして不必要な藪を突いてしまった。

 いくら迷惑や命の危険を被っているといっても、俺はアゲハが憎いという訳でもないのだ。

 後で、詫びくらいはしておこうか。


 美しいと思ってしまったとしても、美人にあんな顔させるのは俺の望む所ではない。




「効能、神経痛、筋肉痛、関節痛、打ち身、消化不良、痔疾、冷え性、疲労回復、切り傷、火傷、排泄不良、皮膚病、婦人病、通風、胆石、骨格異常、遺伝病、呪詛、精神疾患、魔力循環不全、魔力回復、憑き物、体力回復、不運、解毒、麻痺、石化、霊化、凍傷、虚脱、混乱、魔物化、アンデッド化、小人化、拘束魔術、若返り……なんだこれ」


 まだまだずらりと並ぶ効能の数々。

 正直、思いつくものをとりあえず全部書いていったような、悪ふざけが過ぎる効能だと言わざるを得ない。


「源泉から汲み取った水にも効果があります、だそうですよ」

「なんだそりゃ、ここから流れてるの全部がエリクシルだとでも言うつもりかよ」


 ふんすと『やってやったぜ』みたいな顔をしているアゲハにイラっとする。


「エリクシルのように即効性はありませんよ。

 流石に死ぬしかないような状態から持ち直す、ということはありません。

 ですが、しばらく生きていられる程度の状態からならどれだけ重篤だったとしても持ち直すでしょうね」


 武神にして薬神として祭られる弦慈公(げんじこう)の面目躍如といったところだろうか。


「にしてもよくもまあ何の恥ずかしげもなく若返りなんて書けるな。

 そんな秘薬があってたまるか」

「ここの番頭さん、今年で百三十歳」

「はぁっ!? え、あのお姉さんが!?」


 あの人どう見ても二十代とかそこらにしか見えないぞ!

 見た目詐欺とかそういうレベルじゃなくてもう種族偽ってるとしか思えねぇよ!!


「毎日、温泉に浸かってる」

「そ、そうか……」


 百三十歳って、人間だと物語に出てくる魔女とか以外で初めて聞いたぞ……。

 なんかもう、考えたら負けのような気がしてきた。


「見えてきましたね。あれが私の射た矢ですよ」


 言われてアゲハが指差す方を見る。


「なんだよ、あの矢……」

「あれが鬼矢」


 初めてその威容を目にする面々が息を呑むのがわかる。

 矢羽を僅かに上げ、鏃を深々と岩に突き刺すその姿。

 明らかに、大きさがおかしかった。


 太さは人の腕程度、矢羽からの目測だと長さは人の身長と同じ程度だろうか。

 一言で言うと、あれは矢じゃなくて杭だろ!


「アレは(つが)えるのに苦労しましたよ」


 それはそれで驚くよ、アゲハでもアレは苦労したのか。

 いや、苦労してくれて良かったと思うべきところなんだろうか。


 驚くのに疲れて、若干諦めを感じながら改めて矢を見る。


 矢から感じる魔力は、『弦慈公』やそれが安置されている弓道場の魔力と同じく漂いながらも薄れようとしない帯のような魔力だった。

 確かに、匂いも同じだな。

 その魔力の帯は流れ出る温泉を撫で、その流れに遊ばれている。

 どう見ても、その魔力に触れる場所から水の色が変わっている……。


「気付いたようですね。矢の魔力で効能を変質、追加させています。

 番えている時に細工をしましたからね。

 『弦慈公』を引き続けるのはなかなかに大変でした」


 ああ、苦労ってそういう……。

 つか、あの矢が纏ってる魔力は並みの儀式級とか奇跡級では説明できない次元なんだがその辺りはどうなんだよ。

 というのは、少しどころでなく怖すぎるので聞かないことにしよう。


 ああいうのが『神業』というのか、と納得しておく。

 なるほど腐っても神として祭られるはずだ。


「だろうよ、むしろそれでも射てるお前にびっくりだわ」


 アゲハが合流してからこっち、非難めいた視線を向けてくるミグの頭を撫でた。

 アゲハばかりに気を向けているようにでも感じているのかもしれな。

 だが、俺も腐ってもパーティのリーダー。

 乱戦になってもメンバーの様子を把握できるくらいの目端は効くつもりだ。

 時折、高所から飛び降りるような面持ちで会話に混ざろうとするミラと、要点を補足してくるミグ以外は、あまりにも格上過ぎる相手に緊張しているのか、言葉一つ上げることすらできていない。

 いや、ミグとミラにしても平素より口数は極端に少ない、やはり緊張しているんだろう。


 少しでもその強張った心持を解せるようにと、努めて優しくミグの頭を撫でる。


「な、なんですか?」


 恥ずかしげに、僅かに朱を浮かべたミグが上目遣いで尋ねてくる。

 鼓動が一つ大きく胸を打つ。


「そろそろ陽が沈むし、エクレレ貝の方には行かなくて良いのか?」


 動揺もそれまでの緊張もはぐらかすように日没を告げた。


「そうでした、早く行きましょう」 


 ミグは俺の手を取って有無を言わさず歩き出した。

 今思い出したと言わんばかりに俺を引きずって歩いていく。

 特に抗うつもりもない、ミグがするのに任せて引き摺られて行った。


「光泉に行くのですか?」

「光泉ってのは?」

「エクレレ貝が繁殖してる泉」

「ああ、それならその光泉に行くってことになるのかな」


 アゲハの問いに曖昧な返答を返す。


「ですが、もうそろそろ人が集まりだす時間です。

 今から向かってちゃんと見える場所が空いてるかわかりません」


 ミグの足が止まった。

 俺の手を握る力が弱まる。


「人が集まる、ですか? 確かに製薬に使いやすい素材は多いですが、それほど貴重なものでもありませんよ?」

「えっと、アゲハ様の時代に観光とかはなかったんですか?」

「観光?」

「珍しい風景とか歴史のある建物や場所を見物することだよ」

「妙なことをするのですね。それで今日明日の糧が得られる訳でもないというのに」

「今日明日の生活に困らない人が気晴らしに旅をしたりするんですよ」

「なるほど、外の装いをした者が多かったのはそれが理由でしたか。

 確かに、私がリュフェに居た頃にも、たまに目的も持たず旅を続ける好事家が来ました」


 一頻り納得しながらアゲハが続ける。


「食うに困らない時代になったのですね。喜ばしいことです」


 昔は飢餓にどれほど歯噛みしたことかとアゲハ。

 間違いなく、彼女の言う『未来ある幼子』に餓死者が出ることへの悔しさからだろう。


「光泉は確かに夜立ち寄れば、その、観光とやらに(あつら)え向きかもしれませんね。

 でしたら、玉王尊家が管理している光泉に招待しましょう」

「まだ残ってるのか?」


 数千年前の泉だろ? とっくに観光地になってると思うんだが。


「昔から与太者はいるものですよ。

 特にエクレレ貝、私達は薬貝と呼んでいますが、あの貝殻の用途は広いのです。

 磨き、色を付け、宝石と偽って売りさばく愚か者もいました。

 ならず者は後先を考えませんからね。

 乱獲を阻止するためにいくつかの光泉には玉王尊の許しなく立ち入れないよう結界を張っているのですよ」


 なるほど、その結界がまだ生きている訳だ。


「見てみれば、いくつかの薬は失伝している様子。

 製法を叩き込み直さなくてはなりません。

 丁度、光泉の水と薬貝を使うものが多いですから」

「水と貝を採るついでに俺達を連れて行ってくれると」

「そういうことです」

「なら、案内を頼むよ。皆もそれで良いよな?」


 それぞれに頷きを返す面々、この面子に好き好んで人込みに突撃かける物好きは居ないようだ。

 アゲハに視線を戻すと、彼女も一つ頷き歩き出す。


「それほど遠くはありませんよ。丁度、鬼矢の裏手です」


 その言葉を聞きながら、俺達も後を追う。


「「っ」」


 解けた手を追ったミグの手が俺の腕を捕まえた。

 思わず動きを止める。

 立ち止まった俺とミグを避けて三人は進む。

 丁度最後尾、いくらか逡巡したミグの手は、恐る恐ると俺の腕に回された。

 振り返るイルミアの瞳はどこか恨みがましい。

 組まれた腕を見やる。

 ミグが不安げな上目遣いを向けていた。

 鼓動が一つ。

 誤魔化すようにミグの髪を撫でる。


「行こう」

「うん」


 腕を組んだまま、その温かさと柔らかさにどぎまぎしながら最後尾を歩く。

 不意に風が届けるミグの匂いに鼓動を弄ばれながら、歩いた。



 初日から休まる暇がないなと僅かに飽きれながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスはどういう意味か自分でも分からない溜め息を吐いた。

眠気と戦いながら書いたのを読み返してあまりにもズタボロだったので修正、追加しました。

修正前から次回を読んでも問題ないように書くつもりなのでごあんしんください。

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