おーまいえんぷれす、そういうのは勘弁してよ!
「へぇ、珍しい教会だな」
馬の貸しに馬を四頭預けた後、鬼が使ったという弓がある場所へ向かった。
弓が保存されているのは、信仰対象こそ違うが教会のようなものらしい。
リュフェの入り口、つまりミラの家の周りは割りと人間の領地ではオーソドックスな形式の服、建築物、食生活に文化が広がっているようだが、少しリュフェの中心部へと向かえばその様相はがらりと変わる。
上下に分かれず、腰帯で留める着物という装束。見たこともない、木材をベースに使った建築様式。匂ったことのない料理の匂い。
まるで異世界、確かに一度も来たことのない相手に説明するにはそう言わざるを得ない程度に、どう例えれば良いのか分からない物が多い。
「シュリト様、教会ではなく『神社』というらしいですよ」
「じんじゃ? どう違うんだ?」
「神社は、神の屋代、つまり神が寝泊りする場所という意味があるそうです。
教会のような教えを広めるための場所ではない、ということなのでしょう」
神が寝泊りする場所、ねぇ。
その神ってのは鬼のことなんだろ?
鬼と神は違うものだろう。
「リュフェは信仰の対象と実際に共存していた地、ですから。
皮肉で言う場合もありますが、実際に『神に一番近い場所』なんですよ。
偉業を成して神格化された英雄は何人も居ますからね。
リュフェの人々にとって、鬼とはそれだけ頼りになる相手だったんでしょう」
「要は、昔鬼が住んでた家って意味か」
「そう。ここは、四千年前に建てられたらしい」
四千年前……想像すらできないな。
確かパノルゴスが当時の魔王毒殺に成功した頃、だったか。
歴史上唯一の魔王毒殺だったはずだ。
凱旋後、人間的に難が強かったパノルゴスは各国の反感を買って、自身も毒殺されたらしいが。
呪悪女カタラ、封師リゴロゴと並んで武力以外の方法で魔王を打倒した三人の内の一人だ。
それはまあ、良いか。
「へー、その頃だとまだファルマはなかったはずだよな」
「強いて言えば、アヴラに隣接する未開地、だったはずですね。
開拓が始まるのが二千五百年前、そこが独立国になったのが千八百年前、ファルマ建国が千二百年前です」
「そんな時代にこれだけ立派な家を建てた訳だ」
「リュフェの家は強いから、古い家は多い」
ミグとミラと話をしながら進んでいく。
イルミアとリシアも物珍しそうにあちこちを観察していた。
「あの、階段のところにあった門は何だったのでしょうか?
壁もありませんでしたし、朱で塗っていることに意味のあるモニュメントか何かですか?」
「あれは鳥居。潜らなければ神社まで辿り着けないよう結界が張ってある」
「下手な城壁より強力な守りですね。その結界は今も機能しているんですか?」
「してる。魔物も通れない。でも、新しく作るのは、無理」
「そうですか」
「木の板が大量に括り付けられているあれは何だ?」
「絵馬ですね。祈願するときや成就したときの謝礼を結ぶようですよ」
イルミアとリシアも耐えかねたのか、こちらに混ざってきた。
ミグは初めて見るはずなのだが、すらすらと説明している。
そんなのをいつ頭に入れてたんだろうな。
少なくとも俺には無理だ。時間があっても他の事してる。
いや、案外ミグは旅行とかに憧れていたのかもしれない。
足を運ぶかもしれない場所の情報を探っておいた、のかな?
「ん、あの子の服は上と下で別れてるのか」
「あれは巫女装束、あの子はここの神主の娘」
「カンヌシ?」
「どっちもこの神社で働いてる」
「祭を取り仕切ったり、神社の切り盛りをするそうです。
鬼が居た時代から側仕えをしていた一族、みたいですよ」
自国のことなんだが、知らないことが多いな。
リュフェが自治区だからか?
シェル姉は手に入れるつもりもなかったということだろうか?
リュフェのことは教えられた記憶もない。
ミラが詳しいのは……まあ、地元だからだろう。
「ここには弓道場があるから」
「……そうか」
弓で有名な鬼の家で弓を教える訳か。
確かに、この辺り一帯じゃ有名だろうし人も集まるだろうな。
と、そうこうしているうちに掃除をしていた巫女の子がこちらに気付いたようだ。
珍しい黒一色の髪、それを一つに纏めて背に流している。
齢十二といったところだろうか。
顔立ちは幼く、服がよく似合っている。
……ミグの方から冷たい空気が流れてきた、これくらいにしておこう。
「ミラさん! お久しぶりです、そちらの方々は?」
「久しぶり。パーティメンバーと、お客さん?」
「パーティリーダーのシュリトだ。よろしく」
「パーティメンバーのミグです」
「お三方にお世話になっています、イルミアと申します」
「……イルミア様の護衛をしていたリシアだ」
皆が俺の後に続き自己紹介する。
リシア、していた、じゃなくてしている、で良いだろ。
「この神社で巫女をしている弓守亜弓です。
よろしくお願いしますね。
あ、亜弓の方が名前です!」
「アユミ、『弦慈公』を見せても良い?」
「ええ、大丈夫ですよ。着いて来てください」
そういうとアユミは一番大きい建物を逸れて奥へと進んでいく。
「家名を先に名乗る、というのは、鬼の慣わしだそうですよ」
「ほー、こっちの方だとアユミ・ユミモリって名前になる訳だよな。
どっちにしても珍しい名前だな」
「漢字という、鬼が使った文字で名付けたんじゃないですか?
詳しくは知りませんが、音を表す文字ではなく、意味を表す文字だそうですよ」
「ってーと、ユミモリというのと、アユミというのと、両方に何か意味があるってことか」
「かもしれません」
「ユミモリ、というのは、この神社に住んでいた鬼に仕えているという意味。
アユミの方には、多分それほど意味はない」
「家名にだけ意味がある?」
「鬼から与えられたのかもしれませんよ」
「いえ、この家名は役職から取ったものですよ」
後ろでこそこそ話していると、アユミが入ってきた。
「名前も、弓か矢を意味する文字を入れて名付けられることが多いんです。
大抵、長男と長女が弓、その後は矢という感じですね。
ここです。あ、土足厳禁なので、靴は脱いでくださいね」
「ここ、か」
「……凄い、魔力ですね」
確かに強い魔力が漂っているのが分かる。
かと言って、それが拡散するような様子もない。
風に煽られるわけでもなく、この場に繋ぎとめられているような魔力の帯。
アユミが先導して靴を脱ぎ、建物に上がる。
その後自分の靴を端に並べた。
靴、といってもサンダルのような履物だが。
木でできた靴底に赤い紐をかけているものだ。
「ここに座ってから脱いでも構いませんよ」
ほう、このステップは靴の着脱をやりやすくするための工夫だったのか。
アユミに倣ってぞろぞろと靴を脱いで上がりこむ。
「こちらです」
俺やミグが敵意を乗せずに魔力を大量放出にした時のような、微かな圧迫感がある。
ミグは少し緊張しているようだ。
ミラは何度か来たことがあるのだろう、特に緊張した様子もない。
イルミアとリシアは、若干雰囲気に飲まれている感じか?
木でできた廊下をアユミに従って歩いていく。
歩く度、魔力が強まっているのが分かる。
魔力の匂いも濃くなっていく……というか、どう嗅いでも女の魔力の匂いにしか感じないんだが。
「ここです。直接手に取っても構いませんよ。
多分、持ち上げられませんけど」
着いたのは、屋根のある屋外舞台のような場所だった。
一方だけが開いていて、その先には山の頂上を背景に的の並ぶ壁が設えられている。
舞台から的までは芝生が覆っている。
なるほど、その場全体から魔力が漂っていた。
そして一方、より強い魔力を発する弓が自己主張している。
「ここが弓道場、それが『弦慈公』。
鬼が、この場で、その弓で、山頂近くの岩を射た」
「遥か昔、神木の枝から切り出し、龍の髭から削り取った弦を張ったものだと言われています。
代々この神社の主たる鬼が名と共に受け継いでいた弓です」
よく見る弓の形とは合致しないその姿。
両の端が外側に反り、全体は歪で滑らかな曲線。
大きさは人一人の身長などを優に超える。
もはや距離として測るべきだろうか、四歩に届こうかというその大弓は黒く光を放っていた。
「これは、凄いな」
その一言しか出なかった。
弓が纏う魔力、それに圧倒される。
この場に初めて訪れた誰もが、同じように目を見張り黙り込む。
意を決してその弓に触れてみる。
何の変哲もない木のそれ、のはずなのだが、妙に手に残る手触り。
武器を振るう時にするように、少し魔力を流し込む。
……全く底が見えない。
「なんだよ、これ」
朝の訓練で魔力を完全放出してからまだ半分程度までしか回復していないが、仮に全快だったとしても全く満ち足りる気がしない。
まるで空の海を満たそうとでもしているかのように、どこまでも魔力を受け入れ続ける弓。
「それが、鬼弓『弦慈公』です」
アユミの言葉が脳髄に滑り込む。
何故だろうか、一度この弓を引いてみたい、と思ってしまった。
「持ち上げても大丈夫なんだよな」
「はい。大丈夫ですよ」
ぐっと力を入れて弓を持ち上げる。
「……っ」
「シュリトでも、ダメそう?」
全力の半ばの力を入れる。
「っは、なんだこれ」
少し笑ってしまった。
ミグとイルミアが顔を伺い見るのを視界の端で捕らえる。
だが、全く気にする余裕がない。
「ッ!!」
身体強化を伴い、全力で持ち上げる。
弓が僅かに持ち上がった。
魔力を込めろと感覚が語りかけてくる。
「まさか!」
アユミの驚く声が聞こえる。
それも意に介さず、感覚に従い魔力を込める。
手加減なしで、ほとんど全てを注ぎ込む。
ふと手の中で弓が軽くなった。
「なるほど」
身体の緊張を解き、弓を構える。
「引けるの?」
ミラの声、言葉を返す余裕はない。
代わりに、弓を引く姿で返した。
魔力を使い、弓に意を通す。
なるほど、これは並みの手合いでは扱えない。
持ち上げた瞬間に感じる魔力を求める弓の感覚、ここに到達しなければまず気付くまい。
そして注ぐ魔力の量。
儀式級の魔術を行使できる量を込めても、弓にはまだ余裕がある。
この状態で引けるのはこの一度だけだろう。
右手の力を抜く。
弦が空を切る。
それ程大きい音ではない。
だが、世界の全てに響き渡るような妙な確信を持てる音が鳴った。
構えを解き、弓を元の場所に戻す。
同時に、手に弓の重量が戻った。
「っはー、なんだこれ。重いなんてもんじゃねぇぞ」
「持ち上げる時も引いてる時も片手だった」
「あー、そりゃ、なぁ」
両手で持ったら引けないだろ。
ただ、魔力を込めて云々はなぜか言う気になれない。
「こいつは、気難しすぎて俺には扱えねー」
本心だが、適当な事を言ってみた。
ふと気配の変化を感じる。
「……そろそろ出るか」
ゆらゆらと揺蕩っていただけの魔力が僅かにざわめいている。
ミグとミラは気付いているのだろう、そっと周囲に気付かれないよう警戒態勢を取っている。
一言で言おう、悪い予感しかしない。
「そうですね、山頂までどれくらいかかるかも分かりません」
「あの、一度その弓に触ってみたいのですが……」
「山頂から、戻ってから」
リシアは魔力ではなく、俺達三人の変化に気付いた様子だ。
「イルミア様、幸いここはミラの家のすぐ近くです。
何度でも訪れる機会はありますよ」
「じゃ、行こうぜ」
勢いで撤収方向に持っていこう、としたんだがな。
「待ちなさい」
振り向かなくても分かる。
例の英雄と戦えるのではないかという化け物が芝生の上に立っている。
俺以外の全ての人間が固まっている。
まあ、そうなるよな。
「あー、あんたは?」
無視して因縁を付けられてはまずい、できるだけ穏便に行こう。
ゆっくりと振り向く。
そこに立っていたのは、艶やかな黒い髪を髪留めで纏め、透き通るような白い肌、赤の着物を身に纏う、額に二本の角を生やした美しい女性だった。
身長は女神より僅かに高いかという程度、着物は締め付けるような構造になっているのか、その身体の如何は見て取れない。
が、そこは俺の目と鼻、見立てではかなり……おっと、ミグが復活してきた。
「私は、貴方が引いた弓の持ち主です」
そんなことだろうとは思ったよ。
「『弦慈公』様、お帰りをお待ちしておりました」
すと頭を下げるアユミ。
いいぞ、そのまま宴会か何かまでそいつを引っ張って行ってくれ。
「後になさい」
アユミの言葉を一言で切って捨てた。
諦めんなよアユミ!
……これは、観念するしかないか?
「用件は?」
聞かなくても分かる、目は口ほどに物を言うとはこのことだろう。
「私と戦いなさい」
「なんで?」
「私の弓を引いたからです」
「あんたのったって、もう何年も前から放っておいたんだろ?」
「私以外に引ける者はいませんでしたから」
「ああ、そう」
これは、多分言葉が通じない感じの人だろう。
ぎらぎらと獲物を狙う種類の瞳、一言で言えばバトルジャンキー系の危険人物の匂いしかしない。
はっきりと言えば、彼女と本気で戦ったなら戦いにすらならず殺されるだろう。
それは相手も感じ取っているはずなんだが……。
「……あんたと、というか、女相手に本気で戦うなんてのはしたくないんだが」
「戦わないのなら、貴方の首を持って帰って配下の前に転がしましょう。
貴方方より優秀な臆病者の末路だと」
なんだ、そりゃ。
死にたくなくて必死に逃げ道探してる訳なんだが。
「そもそもなんであんたは俺と戦いたいんだ?」
「わかりませんか? 私の弓を引けたから、ですよ」
「わからんでもないが、わかりたくはないな」
あの弓、強者の試金石だったという訳か?
というか、何故観光してるだけで命の危険に晒されにゃならんのだ。
「そろそろ良いですか?」
「おい、ここでか?」
「後ろの眼鏡の娘はやる気のようですが」
「っ!」
「とりあえずミグ、やめとけ」
そりゃ気付くよね。
俺でも気付くんだから。
無詠唱だろうと、魔力の流れは隠せないからな。
この感じだと拘束系か、かかる前に砕かれそうだ。
「やるなら穏便にいきたいんだけどな。ここで戦ったらここいら一帯が滅ぶぞ」
「……それもそうですね。次なる強者が生まれる可能性を摘むのは私も望むところではありません」
よしきた、理由はアレだが最低限理性的な部分はあるんだな。
ついでにできるだけ期限を先延ばししよう。
「ならしばらく戦うのは無理だな。
俺達はこれから、クルクスまで旅を続ける。
馬車で移動してるから、街道から外れるような進路は取れない。
街道沿いなら、人が居ないような場所は通れない」
「クルクスに到着するまで待て、という意味ですか?」
威圧が増す。
いや、今始めて威圧を始めたのか。
実力自体の開きを威圧として受け取っていた訳だ。
と、いうか、だ。
「それもやめとけ、後ろの三人、息ができなくなってるぞ」
「……」
その言葉を聞いて威圧が解かれた。
可能性はどれ程小さい物でも逃したくはない、か?
どれだけ戦うことに飢えてるんだこいつ。
「それだけ戦いたくて、なんで魔王やクルクスの勇者のところに行かないんだ?
自虐って訳じゃないが、俺よりそっちの方が強いと思うんだけど」
「あの二人は……私が近付くと逃げるのです。龍族も空に逃げます。
精霊王も結界に閉じこもって出てきません。悪魔王は次元の奥に引きこもります。
不死王は殺しても生き返るだけで歯応えがないのです」
……あっそ。
ってか魔王やらそれと対等らしい勇者すら逃げるってどういうことだよ。
どう考えても同格以上か、少なくとも相手にするのが面倒ってことか?
精霊王と悪魔王っての、初耳なんですけど。そんなの居たのか?
聞くだに不死の王が哀れ過ぎるんだが。
「あんた、何者だよ」
「八代目『弦慈公』、鬼の王、玉王尊揚羽です」
「鬼の、王って」
「鬼の中で最も強い、ということですよ」
「もしかしなくても、戦う相手欲しさに喧嘩売りまくってたらいつの間にか、みたいな感じか?」
「よくわかりましたね」
わからいでか!
ってか、何だ。もしかして鬼の中ででもどうしようもなくなって玉座に押し込んだとかそういう話か。
王は喧嘩は買わないとだめだが売れない、とかそういうアレなのか?
一応聞いておこう。
「まさか、鬼の王って相手に戦いを強要するのは禁じられてたり……?」
「します。そのせいでここの所戦えなくてストレスが溜まっているのです」
おい、お前らの王だろ! なんとかしろよ!
ってか王ならこんなところまで出張ってくんなよ!
「王なら国で座ってろよ……。
ってか、それなら今まさに俺喧嘩吹っかけられてるんだけど、この状況はどうなのよ」
「鬼以外なら問題ありません」
勘弁してください。本当に切実に。
どうにか逃げる手はないか。
「私は名乗りましたよ、次は貴方の番です。
早く名乗ってください。戦いを始めましょう」
そういう意味で聞いたんじゃねぇよ!!
仕方ない、この手は使いたくなかったが背に腹は変えられないか。
「何個か言いたいことあるんだけど、良いか?」
「聞きましょう、ただし聞き終えたら戦ってもらいますよ」
「それは約束できない。ってか、今戦えない理由がいくつかあるんだよ」
「……」
それはどっちの沈黙だよ。
まあ良い、もう煙に巻くか時間を稼ぐかの二つしかないんだ。
「まず一つ目、あんたは強者と戦いたいんだろ?
なら、俺はそれには当てはまらない。
どう考えても勝負にすらならずに俺が殺される」
「……」
なんか、殺気が強くなってるんですけど?
話聞いてる? いや、聞いてるから強くなってるんだろうな。
「次に、俺はまだ十五歳だ。
人間って種族のことを考えれば、まだ最盛期じゃないぞ。
十年も待てば、もしかしたらあんたが満足できるようなヤツになるかもしれないと思わないか?」
「……」
今眉が反応したな。
これは、効果アリか……?
「あとは、今朝訓練で体力も魔力も使い切ってる。
ようやく回復してきた分も、ついさっき『弦慈公』に全部注ぎ込んだしな。
ただでさえ俺の方が弱いんだ、こんな状態の俺と戦っても仕方ないだろ?」
「……」
あ、なんか拗ねたような顔になってる。
美人の拗ね顔とか良い物……ミグの視線が痛い。
「という訳で、とりあえず勘弁してくれ。
クルクスに行ったら一度勇者に会う予定だからさ、お前が戦いたがっていたことは伝える」
間違いなく、もう知っているだろうけどな。
「……わかりました。十分育つまで待っています」
「ああ、それで頼む」
「死に逃げは許しませんよ。輪廻の輪を止めてでも見つけ出して戦ってもらいますから」
「……死ぬ気はない」
死なないためにこんな適当な事言ってんだから。
さて、十年以内にこいつから逃げる手段を考えないといけないな。
こいつの話なら、龍か精霊王ってのか、悪魔王ってのとコネ作って匿ってもらうのが良さそうだ。
「逃げても無駄ですよ、貴方の魔力は既に覚えていますから。
そこまで直接転移します」
……がっでむ。
なら周りを巻き込んでその間に逃げるのが得策だな。
それしかない。
相手の魔力を追跡する魔術とか、見に覚えがありすぎる。
「はあ、精精殺されないように鍛えておくか」
「私に勝てるよう鍛えなさい」
「それ、人間やめろって言ってるようなもんだと思うが」
「その程度で勝てるなら、すぐにやめれば良いじゃないですか」
まあ、それくらいじゃ足りそうにないよな。
「私に勝てれば、私を好きにして良いですよ。
鬼とは強き者に従うもの。
私は鬼の王。その私に勝てたなら、私の全てを捧げましょう」
……こりゃ、死ぬ気で鍛えなおすしかないな。
これだけの美人を……ミグの殺気がヤバい。
もちろん、鍛えるのは生き残るためだ。
生き残るためだよ? ミグ、そろそろ殺気抑えてくれよ。
こいつが今したのは、ここまで無敗だったという宣言。
こいつの種族は鬼で、これまで俺程度の相手なら五万といただろう。
そして、こいつを狙った奴らだって何人も居たはずで、中には結託してこいつを倒そうとした奴だっているかもしれない。
その全てに打ち勝ってきたと言っているんだ。
その相手と戦って生き延びる、ってのは、生半可なことじゃない。
もういっそ馬鹿なこと言って今後近寄りたいと思わなくするってのが良策な気もしてきた。
どうする? ちょっと普通のジャブだけ行ってみようか。
「もういっそあんたが俺を育てれば良いんじゃねえの。
あんたを倒せるようにさ」
ちょっと、やめてくれない?
その『その手があったか』みたいな顔やめてくれない?
ミグの目がそろそろ本気でヤバい。
今すぐ逃げたい、本気で。
「いや、冗談だぞ?」
「いえ、鍛えましょう。今すぐ鍛えましょう」
「だから俺はまだ旅があるんだって!」
「旅が終わったら鍛えますか? 四六時中付きっ切りで指導しますよ」
「そういうの良いから! ってか、あんたが側にいたら対策とか立て辛いだろ!!」
「私に策は通用しませんよ。諦めて私に鍛えられなさい」
「あー! もう!! だから――」
その後、鬼の王、アゲハを辛くも言いくるめた俺達は予定通り山頂付近の温泉地を目指した。
道中立ち寄る史跡でイルミアがミグに薀蓄を聞いたり、常に出ているという出店で俺とミラが大量に買い食いしたりとそれなりに賑やかに観光できたと思う。
ただ、少しばかり気になることがある。
視線だ。
常に感じる三つ、伺見の視線。
それは別に良い、もう慣れているからな。
問題は、それに混じるもう一つ。
というか、何でお前伺見と意気投合してるのかと小一時間問い詰めたいよほんとに。
時折冷たく突き刺さるミグの視線にどことなく興奮を覚えながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは危険人物に目を付けられた。




