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元勇者候補君の世直し漫遊記  作者: 77493
第一章 窮国のきみに花束を
13/37

おーまいぱーてぃ、そろそろ観光に行こうよ!

「死角は耳と魔力感知で潰せ! 考えると同時に身体を動かせるようにしろ!

 キツいか? キツくても剣を鈍らせるな! 肩で息をするな!」

「また隙ができていますよ、身体強化で力任せに短剣を振るってはいけません。

 折角魔術も感知能力もあるんですから、適した魔術の選択を反射的にできるようにしてください。

 その振り、力みすぎです。ああ、次は魔術に意識を向けすぎです。

 近距離で両方を使うなら、両方を呼吸をするように扱えなくてはいけません」


 早朝、俺はリシアに、ミグはミラにそれぞれ稽古を付けていた。

 ミラはやはり近距離での戦闘能力を欲していたようで、昨日山に篭っていたのは身体強化と短剣での戦い方を身体に馴染ませるためだったようだ。

 道理で少し汗の匂いが混じってる訳だ。

 だが嫌な匂いではなかった、もっと嗅いでいたいような……。


 ……いや、これは雑念だな。

 集中集中。

 鼻をくすぐる二人の汗の匂いを頭から追い出せ。

 早くしないと俺の回避訓練が始まるぞ。


「また隙ができてるぞ! 疲れを忘れるくらいに集中しろ!」


 二人の訓練メニューは、俺やミグからすれば圧倒的に不足している体力作りがメインだ。

 まずは柔軟、その後全力疾走での走り込み、そして少し息を整えさせてから実戦形式での手合わせ。

 戦場では、常に万全の状態で戦闘できるはずもない。

 パーティにしても軍隊にしても行軍の後で戦うのが常だし、その疲れが戦いに出るようでは話にならない。

 故に、多少のことでは揺るがない体力は、どんな役割だろうと必須なのだ。

 体力が尽きようと最良の結果を残すのは生き残るために当然と言えるが、余計な不安を抱えるような要素は極力潰すに越したことはない。


 手合わせは、俺とミグが直接攻撃しながら魔術での撹乱、互いの訓練相手に対する遠距離攻撃などを織り交ぜ、乱戦で生き延びつつ敵を撃破するシチュエーションを想定したものにしている。

 実際の戦闘では一対一で戦う場面なんてのは稀だ。

 あったとしても、乱戦の後、気力も体力も存分に削られた後でどうにか漕ぎ着ける場合がほとんどだろう。

 そこで体力不足でまともに戦えませんでした、とあっては笑い話にもならない。


「もう終わりか?」

「今日の組手はこれくらいにしておきましょう」


 お優しいことだ。

 体力の限界をとうに超え、魔力も気力も搾り切ったようにリシアとミラは膝を着いた。

 それを見てミグは今日の訓練終了を宣言した。

 二人はぜえぜえと喉を引き裂くように息をする。

 俺とミグは汗一つ流していない。


 ここからが本番なんだがなぁ、というのは、確かに訓練初日の相手にはいささか厳しすぎるか。

 少しプランを修正しよう。

 二人とも、想像以上に食らい付いて来たというのは確かだ。

 これなら近いうち、むしろ向こうから続行を要求してくるかもしれない。


 汗で濡れた二人をじっと見てそんなことを考える。

 ……ふくよかな訳ではないが、これはこれで良い、ッ!?

 っと、隣にミグが居るんだったな。

 切り替えなければ危ない。


「そうするか。

 じゃ、ミグ、二人にクールダウンのやり方を教えてやってくれ。

 俺はこのまま俺の方の訓練をしてくるよ」

「わかりました。朝食は一刻後頃で良いですね?」

「ああ、それで良い。多分二人とも、多少身体を落ち着けないと食っても戻すだろうし」


 それだけ言うと、魔力を全身に行き渡らせる。

 僅かな全能感は、昨日見た英雄の姿を思い出して萎縮する。


 もしアレとやりあうなら、俺ももっと本気で訓練を積まないと気付く前に消し炭か(なます)だな。


 より力強く魔力を練り上げる。

 自壊するかしないかギリギリの、実戦でもここぞという時以外に使うことはないほどの身体強化。

 それだけの強化ですら、やはり記憶にある英雄に一太刀すら入れる自分が想像できない。


「一刻で戻る」


 それだけ言うと、俺は地面を蹴る。

 縮地より早く、そして強化された身体で縮地を織り交ぜながら駆ける。


「……シュリト様は、魔王とでも戦うおつもりなんでしょうか」

「やっぱり、シュリトは規格外すぎる」

「き、消えた」


 五千歩と五万三千歩程度の距離を一瞬で交互に踏み分けながら、俺は音を置き去りにした。

 縮地の一歩で村と村の間を跨ぎきる。

 キャリー・ロイスは身体強化など使わずにこの距離以上を一歩で歩く。

 見上げる上はまだまだ遠い。


「あれなら一刻で二人よりも消耗しきって帰ってきますね。

 どうします? 続き、します?」

「冗談、もう一歩も動きたくない」

「正直、声を出すのも億劫だ」

「まだ訓練を始めて半刻も経ってないじゃないですか」

「ミグはなんでそんなに体力が?」

「確かに、後衛でそれ程に体力がある理由は気になるな」

「幼い頃から……鍛えていましたから」

「なんのため?」

「言わないとわかりませんか?」

「……続けよう」

「地獄のようだな……わかった」

「私としては天国だったんですけどね」


 そんな会話が交わされているとは露とも知らず、俺は体中が悲鳴を上げ始めるまで走り続けた。




「……なんか、二人とも顔が凄い疲れてないか」


 走り込みと型稽古、オウロを想定敵にしたシャドートレーニングを済ませて再度隣の街まで往復ののちクールダウン、体中に纏わり付く汗を井戸水で流した俺が目にしたのは、今にも死んでしまうと言いたげなほどに消耗したリシアとミラの姿だった。

 場所はミラの家。

 エクレレ貝のシーズンだからと手軽な宿はどこも一杯だったのだ。

 山頂付近なんかになれば、流石に空き部屋もあるようだが。


「……し、死んでしまう」

「もう……無理…………」


 もしかして、あの後追加で何かやったんだろうか?


「型の修正とランニング、あとはクールダウンを済ませて湯浴みで私がマッサージしましたよ。

 これくらいなら、明日になって筋肉痛、なんてこともないでしょう」


 あ、あれでランニングとか……とミラの声が聞こえる。

 二人にはキツい速さで走ったんだろう。

 だがミラよ。訓練は遊びではないんだ、キツいくらいにやらないと意味がないんだぞ。

 急造でやるなら、だがな。


「そうか。とりあえずリシア、死ぬ気になりゃ案外死なないもんだよ」


 死ぬ気で生き延び、死ぬ気が更更ない場面で何度か死んでいる気がする俺が言うのだ。間違いない。


「シュリト様、今日はどこまで行ってきたんですか?」


 ミグの質問が飛んでくる。

 んー、別に良いんだが、走る距離で大体どの程度本気で訓練したのか感づくんだよな、ミグは。


「ポルトスまで、だな。道を見るついでに」


 二人の動きが固まる。

 身体強化と縮地を合わせれば別におかしいことはない。

 二人は縮地を使えないから想像ができないんだろう。


「そうですか」


 ミグだけは平常運転だな。

 そういえば顔を見ないがイルミアはまだ寝ているのか?


「シュリト様。朝のお勤め、ご苦労様でした」


 朝食の皿を持ったイルミアが調理場から現れる。

 街娘のような格好でエプロンをした彼女は、それでも十二分に魅力的でどこか気品を漂わせている。


「イルミアが作ったのか?」


 気になるのはそこだ、仮にも一国のお姫様であるイルミアが料理など嗜むだろうか?

 こう言っては悪いが、好き好んであまり美味くない物を食いたいとは思えない。


「いえ、ミグ様にお料理を教えて頂いていたのです」

「そか」


 なら基本はミグが作って、ちょっとした野菜の下拵えなんかをイルミアに手伝わせたのかな?

 それなら大きく味が落ちるなんてこともなさそうだ、一安心である。


「イルミア様、覚えが早くて驚きましたよ。

 何回かお教えしたら一品、二品は任せられるかもしれませんよ」

「ミグ様、本当ですか? 嬉しいです、頑張ります」


 ミグの言葉を聞いて咲くような笑顔を浮かべるイルミア。

 なんか、背景に花畑が広がっているように見えるのは錯覚だろうか?

 何かの魔術じゃないのか?

 と、それは良い。


「それじゃ、飯にしようか」


 皆の席に料理が出揃い、全員が席に着いたのを見届けてから声を上げる。

 ミグとイルミアがこちらに視線を注いでいる……少し食い難い。

 と言っても、久しぶりに全力で身体を動かしてきて腹が減っているのも確かだ。

 気にせずいつも通りスープから口をつけるとしよう。


「うん、美味いよ」


 ミグの表情が安堵に緩まり、イルミアは笑顔を深めた。


「今日は多めに用意していますから、好きなだけ食べてくださいね」


 流石ミグ、こちらの腹の事情はお見通しだ。

 ならありがたく頂くとしよう。


「ああ、二人ともありがとうな」


 生まれたての小鹿か年齢すら分からないほどの老人のようにぷるぷる震えながら食事を口に運ぶリシアとミラを尻目に、俺は少し食いすぎるくらいに朝食を取った。




「さて。それじゃ、今日から本格的に観光を始めよう!」


 食後の茶を楽しみながら口を開く。

 未だぐったりとする二名は放置して、リュフェの観光予定を確認することにしよう。


「昨日ミラと話し合ったのですが、今日は史跡や神祠を巡るのはどうでしょう」

「こ、このあと山道を歩き回るのか……?」


 ミグの提案にリシアが難色を示す。

 回復が遅いな、体力作りをしっかりしていなかった証拠だ。

 やはり明日からはよりしっかりした訓練メニューに切り替えるべきだろうか。


「シュリト様。何か不穏なことを考えてるみたいですが、リシアさんの体力は騎士のなかでは高い方ですよ」


 なんとも……。

 騎士はもやししか居ないのか。


「重ねて言っておきますが、騎士は並みの体力仕事より体力を使いますからね?

 シュリト様はご自分や周りを基準に考えないようにしてください」


 遠回しに異常者扱いされている気がするんだが。

 どうしよう、いつも通りなんだけどミグが厳しい。


「あの、神祠、というのは?」


 恐る恐るイルミアが発言する。


「精霊や鬼、神獣を(まつ)(ほこら)です。

 リュフェは昔、鬼や神獣が住み着いていて、人々は彼らに許しを貰い暮らしていたとされていますから。

 今でも、精霊は時折人前に現れることがあるそうですよ」


 他の地とは違った信仰が根付く場所としても有名なのです、とミグ。

 彼らの怒りを買った時の災害や、彼らに供物を捧げて救われたという伝承は確かに俺も読んだことがあった。

 だが、彼らはいつしか姿を現すことがなくなっていった、とも。


「鬼、ね。ほんとにリュフェに住んでたのかねえ?」


 疑問が口から零れた。


「いた、と思う」


 その言葉で皆の視線はミラに向けられた。


「この山の頂上近くに、矢に穿たれた岩がある。

 鬼矢って呼ばれていて、そこの岩の割れ目から温泉が流れてる。

 その湯を囲った温泉で流行病を治したって。

 今リュフェにある温泉も、それがそのまま残ってるだけ」


 何かスイッチを押してしまったようだ、途端にミラが饒舌になる。

 そういう口伝の類が残っているのだろうか?


「矢くらいなら人間でも射れるだろ」


 首を横に振ってミラが続ける。


「あの矢、まだ残ってるから触ってみると良い。

 何千年も前に射られた矢なのに、まだ強い魔力が残ってる。

 触れば、わかると思う」

「それだけでその矢を射たのが鬼だってわかるものなのか?」

「わかる。あれは人間にできることじゃない。

 この近くにその時矢を射た場所がある。

 そこに残ってる魔力と、そこにある弓に残っている魔力、全部同じ魔力だから。

 それとあの弓、多分シュリトでも引けない」


 ……俺にすら引けない弓、ねぇ。

 それならあの英雄、タスククラスじゃないとその弓は引けないんだろう。

 少し興味が湧く。


「なら、まずその弓を見て矢のある場所まで登ろう。

 今日はその近くで宿を取って温泉、ってのも良いな」

「登りながら間にある史跡を観光、ですね?」

「そうなるな」

「まあ」

「……」


 リシアの顔が曇る。

 訓練の後に山登りはキツいか。

 だがリシア、それくらいは序の口だぞ?

 と言っても、流石に放って先に行くなんて事はしない。


「リシア、最悪俺かミグが運ぶから我慢しろ。

 それとも、お前の姫様に我慢させるか?」


 史跡巡りと聞いてワクワクでテカテカでキラキラなイルミアを目で示す。


「……わかった」


 イルミアの様子を見たリシアが折れた。

 そりゃそうだよな、あれは勝てない。

 力どうこうではなく、勝てないと悟らせるだけのものがある。


「それはそうと、鬼って言えば魔物の王だろ?

 よくそんなのと共存しようと思ったよな」


 鬼が出てくる物語を読む度に感じる矛盾だ。

 魔物は人を殺す。

 文献によれば、魔族ですら魔物には手を焼いているという話すらあるほどだ。

 その王が居る山で、なぜ暮らそうなどと思ったのか。


「魔物の王というのは、シュリトが思っているのと意味が違う」

「そうなのか?」

「鬼は魔物を飼ったらしい。そうして従えていたから、魔物の王。

 鬼は、魔物じゃない」

「そうか」


 魔物を飼う。

 その発想がまず人間には湧かないだろう。

 確かに人間も家畜は持っている。一部の貴族には犬や猫をペットにする物好きも居る。

 だが、魔物を飼っている人間なんてのは一度も聞いた事がない。

 人間にとって魔物は、狩るものであって飼うものではないのだ。

 狩らなければ、気付けばその爪や牙が自分の喉許を食い破っているんだから。


 鬼は何を思って魔物なんてのを飼おうと思ったんだ?

 少しずつ、興味が強くなっていくのを感じる。


「鬼と人間の出会いは、死にかけた鬼の青年を人間の少女が助けたのが初めらしいですよ」


 その話なら読んだことがあるな。

 眉唾だったが。


「助けられた鬼の青年が人間の少女に恋をして、守り続けると約束した、だったか」

「はい。鬼は力強く、滅多に怒らず、その少女の村を守ったといいます」

「酒を好み、約束を違えず、人と同じ色を好む。だが、魔物を従えた。

 その魔物に恐れを抱いた国が鬼を討とうとして鬼の怒りを買い返り討ち、滅亡したんだろ?」

「その跡地が、リュフェ。

 豊かな場所だったから、そこに鬼とその少女の村を作ったらしい」


 なんとも、信じがたい話だ。

 英雄譚のような、成り上がりのような。

 それでいて作り話のように『持っていきたい落ち』というのが見当たらない。

 『こうして、鬼と少女は末永く幸せに暮らしたとさ』で結ばれる、童話のような物語だったのだ。


「それじゃ、鬼が使ったらしい弓から見に行こうか」


 少し強引に話を切り、馬車を置いて家を出る。

 ミラはそれなりに有名なはずだ。

 追跡されれば逃げることは叶わない、とまで言われているらしいし、わざわざ好き好んで盗みに入る馬鹿もいないだろう。


 念のため貴重品だけは身に付けて、俺達は観光を始めた。


 もし鬼と出会うことがあれば一度杯を交わしながら語らうというのも面白いかもしれないな。

 物語の真実を聞くために。

 真実なら酒を持っていけば話くらいはしてくれそうだし、聞きたいといえばその頃を知っている鬼も生き残っているかもしれない。



 なんとなくそんな落ち着かない想像を抱きながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスとその一行はリュフェ観光一日目を開始した。

後を考えなければ数刻で大陸大回りルートを単独走破するしゅーくんでした。

※半刻程で折り返し地点の先にある国まで行って戻っているというのに、本人はその事実に気付いていません。

既にオウロを回収する気になっているので、気付いたところで実行しないのですが。


ミラの体力不足は以前から気になっていたものの、問題が出る程の強行軍は回避していたので結局言い出せずといった設定です。


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