おーまいごっです、もうちょっと詳しく教えてよ!
「――決して砕けない」
白亜の宮殿。
見覚えのある光景が目に入ると同時に魔術を展開する。
心の触れ幅を制限する魔術。
動揺せず、恐怖せず、そして、諦めない鋼の心、不屈の魔術を省略詠唱で己の耳まで届ける。
以前と同じ、四方、八方、その全てから感じられる希薄な気配。
この気配の匂いは知っている。
女神だ。
女神の宮殿へと、今再び足を踏み入れたのだ。
今回は無様を晒さない。
今度は飲まれない。
太古の誓いの言葉を口にして、心静かに彼女の『祭壇』へと目を向ける。
「居るんだろ? もう二度目だ。驚きゃしないよ」
「私とお前は初対面だったはずなのだがな?」
背面、低く、しかしよく通る男の声が聞こえる。
気配はその声を否定し、首筋には冷ややかな汗が滲み出る。
「……そうだな、あんたは誰だ?」
ゆっくりと振り返る。
そこに居たのは俺より一回り背の高い偉丈夫だった。
眼光は鋭く、俺の呼吸一つ見落とすことはないだろう。
その顔は精悍で、勇者や英雄を思わせる威風を漂わせる。
腰には一振りの剣。
柄を一目見ただけでも鳥肌が止まらないほどの名剣だと見て取れる。
並の者が腰に佩けばその剣に食われてしまいかねない強烈な威儀すら放つその剣は、しかしその男を飾る一つの装飾だとでも思わせるほどにその男の一部だった。
「タスク・キャヴァリエ・ウォードフォルト、と言えば分かるか?」
「……救世の英雄」
「私が救ったのは世界ではない、ただ一つの帰るべき場所だけだ」
私には過ぎた名だと言い放つその男は、なるほど千年前の英雄と言われて疑いなど抱けようはずもないほどに英雄然としている。
今ようやく感じ取ることのできた男の気配、彼は間違いなく俺より数段先に居る者だと理解できた。
千年前の英雄を名乗る男は俺への興味を失ったらしい。
まるで俺が視界に入っていないかのように祭壇を射抜き、声を上げた。
「女神。私とて暇ではない、アルドとの約束もある。
用事があるなら手短に済ませよ」
神へ投げかけられた言葉。
その言葉が不遜だなどと、この男を前にして感じることができただろうか?
「英雄殿、待たせてすまぬな。
悪くない趣向だと思ったのだが、気に召さなかったか?」
不意に背後で大きくなる気配。
そこに女神が立っていると知れる。
だが、目の前の男、タスク・キャヴァリエ・ウォードフォルトを名乗る男から目を離すことができない。
俺の全ての本能は不屈の魔術の下からその危機を発し続けているのだ。
「いいや、確かに今代のファルマの勇者は面白い者のようだな」
「英雄殿もそう思うか」
「時代が違えば、立場が逆になっていてもおかしくはない」
遥か遠くを眺めるように目を細める英雄を名乗る男。
女神の様子に偽りの気配はない。
ならば、この男こそ英雄タスク・キャヴァリエ・ウォードフォルトに他ならないのかもしれない。
「『今代のファルマの勇者』とはどういう意味だ?」
「知りたくばクルクスまで……足を運んでみることだな」
僅かに言い澱む英雄タスク。
クルクスとタスク、やはり何かがあるのか?
今クルクスに居るだろう勇者タスクとも何か繋がりがあるのだろうか?
「女神。運びは悪くないぞ、そろそろ私に掛けた呪いを解いてはどうだ?」
英雄タスクは女神に呪いを掛けられている?
どういうことだ……なぜ女神が英雄に呪いなんて掛ける必要がある?
「呪いとは随分だな。それを解けば、あの者はどうなる?」
女神の言葉に、押し黙り感情を殺すように目を閉じる英雄。
この男は誰かを助けるために何かを犠牲にしている?
字面だけを見れば、救世の英雄に相応しい行いだと言える。
女神とこの英雄タスクの間には、一体何がある?
「……次の段階に入る。支障ないな?」
「支障などない。期待しておくぞ」
女神の激励に鼻を鳴らし、英雄は踵を返した。
その姿は踏み出す一歩と共に立ち消え、あの男がここにいた痕跡一つ残らない。
英雄タスクは残り香すら残さずこの場を後にしたのだ。
その姿を見送り、女神に振り返る。
女神と英雄タスクは共謀している?
だとしても、一体何を?
要素だけ抜き出せば、何かを盾に取られた英雄タスクが女神の言いなりになっているようにすら見える。
俺の知らない部分で、一体何が動いている?
俺の脳裏に魔王討伐の文字が浮き沈みする。
和平が結ばれた魔族の王を討つ?
そんなことをすればまた戦争になるだけだ。
英雄にしても、女神にしても、流石にそんなことは望まないだろう。
俺の纏まらない思考を他所に女神が口を開いた。
「勇者よ。ファルマを発ったようだな」
「ああ」
見ていたかのような女神のに頷きを返す。
ウィクトスを使ってなお心が揺さぶられるのを感じる。
「英雄タスク・キャヴァリエ・ウォードフォルトと引き合わせたのは他でもない。
クルクスに着いた後への備え。裏などない故、安心せよ」
「では、クルクスに居るという勇者タスクは」
「あのような男ではない」
ばっさりと切り捨てられる。
ではイルマ女史と婚約したというのは別の『タスク』なのか?
それよりも聞くべきことがある。
不意に流れそうになる視線を彼女の目に向けて言葉を紡ぐ。
「あんたは、俺に何をさせたいんだ?」
「まずは、世界を知れ」
「その後は?」
「時が満ちれば自ずと答えが出よう」
答える気は、ないか。
足が駆け出そうとするのを、顔を伏せてぐっと堪える。
「わかった、クルクスまでの道すがら、そしてクルクスについてからも見聞を広めてみよう」
顔を上げて声を上げる。
そこではたと気付く。
どうしても伸ばしたくなる手でマインゴーシュの柄を撫でた。
「まさか、あんたが俺に知らせたいことってのは魔族側の地にあるのか?」
「かもしれぬな」
飽くまではぐらかす女神。
不思議と不快の類はなかった。
本能は口を動かす理性へと語りかける。
理性もその言葉を認め、できるだけ冷静に吐き出すことにした。
「……わかった。あんたが俺にさせたいことを成し遂げたら」
言葉を一つ区切る。
女神は変わらず、神秘的なまでに表情を削いだ美貌で俺を見つめている。
女神と出会った時のように喉が干上がるのを感じる。
「俺が、あんたに認められるような男になったなら――」
急速に薄れ行く手足の感覚。
これは、生き返る時の感覚だ。
ならばそれより早く言葉に。
ただただその思いを込めて目を閉じる。
次の瞬間には瞳を見開き――、
「俺がお前に認められるような男になれたら、俺の物になってくれないか?」
馬車の中、寝具に寝かせられながらそんな言葉を吐き出した。
「シュリト様……はい」
「……シュリトが望むなら」
「だ、誰に言っているんだ?」
「シュリト様。また寝ぼけているんですか?」
イルミア、ミラ、リシア、そしてミグのそんな言葉を間違いなく聞き取った。
僅かに熱の篭った顔の三人を他所に、ミグの瞳はどこまでも冷たい。
背に冷ややかで小さな興奮が差すのを感じながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは蘇った。




