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君の為に宇宙は回る  作者: みゅうじん。
アホ×バカ
7/20

限りなくアホ

アホとバカの話し。


久しぶりに作者視点で書いてみました。

一気に二人分の気持ち描写が書けて楽ですね

 昔から頭が良い。

 切ったばかりで違和感だらけの髪の毛を指で梳き上げながら、男は毎度の事自分をそう思った。小学1年の初めのテストから始まって11年。テストの点数の最低点は77点で最高点は105点。

 親も爺さんも婆さんも先生も周囲も皆、男を誇りに思っている。誰かが昔、男の事を神童だとか、アインシュタインだとかとも言った。

 でも男には相対性理論なんか名前くらいしか知らない。

「あれだろ、……あのー、宇宙に行くと時間が遅くなるとかなんとか」

 学校では教えられてないし、教科書にだって乗っていない。やっぱり学校の勉強と言うのは教育プログラムと教科書を中心に動いていて、男は教えられないものや載っていないものは頭に入れようとも思わなかった。

――知らなくたってテストにゃ出ない。

 無駄を覚えない男は、人を好きになった事もない。小さい頃のお母さん大好きっ! とかのそういう好きとかではなく。男はなんで自分が他人をそんな感じに好きになれないかをちゃんと考えて、そして知っていた。

「他が俺よりバカだから」

 男は何とも人に嫌われやすい事ばかりを考えていた。確かにいままでに告白された事は何回か数えられる程度あった。バカで、勉強よりも恋愛。恋がしたい! 勉強なんてそんなつまらない事してらんない! 日々自分を磨いて、爪を伸ばして色を付けて色々装飾して、髪を長く伸ばして、やっぱり色を付けて、巻いたり盛ったり色々装飾。毎度毎度その調子で、無駄な事に金を費やす。

「くっだらねー」

 と口から洩らせば、何故か頬を思い切りブッ叩かれてそれで終了。これだから恋愛ってのは中々のめり込めも出来ない。

 男は別にそれでも良かった。気にもしなかった。恋愛は別に心理学上無駄な事とは言えないが、必要な物とも思わない。したい奴だけそれをする。そんな感じで良いと思った。

 ある日の事だった。

 こないだやったテストの返却日。点数はやっぱりと言うかそうかと言うか、98点。1問だけミスってしまった事を悔やみはしたが、それは終わりを告げるチャイムの時には知っていた事。やってしまった事はしょうがない、終わった事は仕方ない。

 それに、俺は頭が良い。先生だってそれは分かりきっている。いつもテストで90点題を叩き出す人間を、世の中は『馬鹿』とは呼ばないだろうと、男はきっぱりと諦めた。返却されたそのテストを綺麗に折りたたみ、教科書の隙間に挟めた。

 授業が終わり、SHRが終わる。男はやっぱり無駄な事が大嫌いなので、誘われた遊びを断り、ただ家に帰る為に校舎を出た。校舎を出てひたすら帰路を歩いていると、制服のポケットに入っていた携帯が震えた。画面を開くと、それは母さんからのメールだった。

「母さん今忙しいから帰りにスーパー寄って買い物してきてくれないかな?」

 男は何の迷いもなく了解と返信した。

 家に帰る為に歩いていた道を逸らして、スーパーへと向かっていると、少しばかりして母親からまたメールが届いた。買い物の一覧。少し行を置いて、よろしく。と、それだけ置かれていた。

「いらっしゃいませー」

 自動ドアを一歩くぐれば、食品の鮮度を比較的保つ為の冷風が一気に体を襲ってきた。外の暑さに掻いた汗が寒い。カゴを持ち、さてさてとさっき送られてきたメールを一目通す。色々な物がびっしりと書き込まれていて少しだけ嫌気が指した。

 嫌気が指したので。

「店員さん。これ、全部買いたいんだけど」

 何やらせかせかと品出しをしている近くの店員に、ずいっと携帯の画面を突きつけた。

「はいっ……?」

 笑顔で横を振り向くと、すぐ顔面目の前に携帯の画面。店員は驚いた。

「え、っあぁ……はい、少々お待ち下さい」

 携帯を丁寧にも両手で受け取り、書かれた品物を持って来ようと歩き出す。

「ついてくよ」

 待っているのもアレなので、男は店員に付いて行く事にした。それから男は何の迷いもなく携帯画面に書かれた品物をカゴに入れていく店員の横顔をまじまじと見つめた。

 店員の顔はどう見ても成人でも、中年ぽい顔でもない。自分と同い年か、はたまたそれより1つ2つ下くらいの顔をしている。ただ童顔ってだけで、ちゃんと20を超えていたりするのだろうか。

「ねぇ、あんた何歳?」

 男はちょうど干ししいたけに手を伸ばした店員にそう聞いた。

「え、おれ……僕ですか?」

「そう、あんた」

「16です。今高校2年生で、それが何か?」

「高2…」

 思った通りの同い年。それでもどうしてだろうか。俺と同じ年の奴がこんな下校時間にスーパーで働いているなんて。高校生と例えるくらいだから、ちゃんと学生なのだろうが。

「定時制の高校に行ってるんです。あ、この干ししいたけ2種類あるんですけど、どちらに致しますか?」

「定時制か。……あぁ、安い方で。同じならどっちでもいいよ。」

 謎は簡単に解けた。

「俺の学校も定時制あるよ。早い奴はもう5時前くらいから玄関でたむろってるか……」

 男が玄関を出るときにも、定時制の学生がギャーギャーと何が面白いのか爆笑していた。

「今日はその前のバイトが長引いちゃって、バイトの時間引き延ばしてもらったんです。まぁ、学校には遅刻確定ですけどね、はは……」

 苦笑いしたその店員が、安い方の干ししいたけと春雨をカゴに入れた。

「バイトは何個掛け持ちしてんだ?」

 人の事など興味もなかった男は、何故かさらに話を続けた。心の中でなんでだろうと呟く。

「3つですよ」

 店員の笑ったその顔に何か違和感を感じたので、男はそれからそれについて聞き話す事をやめた。

 店員の対応は相変わらず速やかで、且つ丁寧だった。5分もすれば携帯に書かれた商品でカゴの中が埋め尽くされる。もう1度だけ携帯とカゴの中の商品を一致させ、「よし」と一言だけ呟いた。

「ご要望の商品はこれで全てになります。遅くなって大変申し訳ありませんでした」

 店員がペコっと頭を下げる。

「あぁ、こっちも。仕事途中に悪かった」

「いえ、……では。ありがとうございました」

 もう一度だけ男にペコっと頭を下げ、店員は品出し途中の売り場へと戻って行ってしまった。

「……」

 それから男はと言うと、その店員がカゴの中に入れてくれた売り物をレジで買い上げ、そのまま重たい荷物を持ちながら家に帰った。

 今日は塾が無いので、家で少しばかりの勉強をして、飯を食ってそれからPSPの電源を付けた。

「……」

 勉強をすることはもうあまり苦ではない。最初はそれこそ嫌々勉強をしていた記憶がある。それでも、テストをすると必ずそれは結果として出てきた。それなら頑張ろう。親は勉強しろと言った。でも嫌だから嫌々勉強した。そしたら良い点数が取れた。じゃあもっと頑張ろう。もっと頑張ったら、どれだけ結果として出てくれるだろうか。

 それは多分、ワクワク感にも似ていた。最近男は、それを親の策略に堕ちたんだとも考えた。

「……」

 勉強すれば親が喜ぶ。男はそれまで、まだそれでいいと思っていた。それまでと言うのは、あの店員に会うまで。

 店員は、自分は高校2年生だと言った。男だって17歳の立派な高校2年生だった。この違いは一体何なんだろうか。店員は、今バイトを3つしていると言った。俺はゼロ。この差はなんだ?

 男は考えて、考えた挙句、親に聞いた。

「なー、俺ってさー。…バイトとかしなくていいの?」

「バイト? いいのよ、まだそんな事しなくて。勉強がんばって、大学から少しずつ働いていきましょ?」

 親の脳には、男はもう大学に行く事が決定しているらしい。男は少しだけドン引きした。

 そう言えばと思い出す。男は中学の頃、高校についても疎かった。いろんな高校についていろいろ調査や知る事は無駄な事ではない。高校生活や、その後の事だって左右するものだから。でも男はしなかった。いや、出来なかった。

 高校受験に向けて、勉強しかしなかった。

 勉強して勉強して、進路の授業で先生の言っている事もまともに聞かずに英語の単語を暗記していた。そうして迎えた3者懇談の日。

 母親と男が隣に座って、目の前に担任が居た。

真水(シミズ)君は大変成績も良く、結構レベルの高い高校を狙えると思います」

 結構レベルの高い高校にいったら、これよりももっと勉強をしなくてはならない。いっぱい勉強して、いい成績と順位をとって、親の喜ぶ顔を見なくてはいけない。

 ハードルが上がる。それならば、『結構レベルの高い高校』じゃなくて『少しレベルが高い高校』に行きたいなー。なんて、男はその時初めて高校について思った。

 それでももう遅い。そう思っても、男は高校について全く何もしらなかったから。近くの高校は名前くらいしか知らない。偏差値だって、名前以外は全くもってしらなかった。

「この子には、北星高校を受験させようと思うんです」

――なんだどこだその高校。

 隣にいる母親がどこかの高校の名前を口にして、男は固まった。

「北星高校ですか? あそこには確か特進クラスもありましたね」

――特進クラスだと? 俺みたいに頭の良い奴がうじゃうじゃいるそんな中に入ったら、俺はもっと勉強せないけねぇんじゃないか。もしその北星高校てのが『結構レベルの高い高校』で、その中での特進クラスだったら、俺は……いや死ぬぞ。

 男の脳内はグルグルしていた。それを全部吐き出そうとしても、男が勉強をして大変喜ぶ母親が隣にいて、男の頭が良くてしきりに男を褒めまくっちゃってる担任が目の前にいて、男は口を半開きにする事くらいしか出来なかった。

「先生、どうでしょうか? 北星高校。……真水は、そこでいいわよね?」

 そこでいいわよね、なんて笑いながら言われて、男は更に固まった。きっと今心ん中は岩みたいに固い。そこでいいわよね、なんて笑いながら言われたら、男にはうんとか、あぁとか、はいとか、そんな肯定しかできない。それでも安易にそんな事して、本当に今以上に勉強漬けになったらどうしようか。

「あ、……そこ。…北星高校って、普通科と特進科以外に何かありました?」

 まだ肯定はしたくなくて、ていうか絶対にしてやるもんかと、男は容量の良い脳みそをフル回転して話しを引き延ばそうとした。

「他……? 他。あそこは……確か定時制があったりしたかな。他にも色々あった筈なんだが…ど忘れしちゃった」

「確か情報科と外国語科がありましたね」

「あぁ、そうですね。」

 情報に外国語、それに定時も請けおっている。

「ワタクシリツ?」

「イチリツだよ」

 聞いてそんな事で悩んだりもしなかったが、ただ特進コースなんてのは一番嫌だった。外国語はあまり得意ではない。どちらかと言えば男は国語とか数学とか、そういう小学の昔から馴染みのあるものが得意だった。

「俺、特進じゃなくて情報がいいんだけど…」

 家にパソコンくらいはある。そこらへんの浅い知識しか持って無いけれど、それは高校で習えばいいんじゃないんだろうか。その為の高校1年生だろう。男はそんな事を考えながら言った。

「確かに特進じゃないと深くまでは教えてくれないだろうけど、そんなものはネットで検索したりしたって、参考書の中にだって書いてあるだろ? だったら俺は、情報とか外国科とかに進んで独学じゃ学びずらい事をやった方がいいと思うんだ」

「じゃあ外国科っ……」

「英語が出来ればいいだろ? 情報科に進んだって英語の勉強はするだろうし」

 厳しい展開から少しずつ少しずつ話しの起点を逸らし逸らし、男はどうにか北星高校の情報科に進む、なんて進学を手にいれた。

 そんな大きな山を越えて、また一つ。

「真水はどんな大学がいいかしらね?」

――どんな大学がいいとか、まずそんな話しよりも。俺は大学に行きたいか?

 男は口をぽかんと開けたまま母親の前から去った。

 こんな事なら興味の無い情報に進まず、特進にも外国語科にも進まず、定時に行った方がよかったんじゃないだろうか。昼は何もないから仕事をして、夜は学校だから勉強して、暇だから検定試験に身を入れてみたり。

 男は項垂れた。多分定時に行くったら、母親は男を監禁してまでも反対するだろう。反抗期! 反抗期よ! みたいな感じに焦って、興奮して、そんな親だ。

 しょうがない。

 じゃあしょうがないなら、黙って母親の言う通りの大学に進んだ方がいいんだろうか? きっと高いレベルではなく、高い高いレベルの大学を指定してくるだろう。それなら死ぬほど勉強すればいい。でもきっととてもつまらない。

 大学に進んで、ちょくちょくバイトもし出して、卒業して多分大企業か中企業に就職して。そして多分職場のOLなり同僚なりと付きあって結婚して、そんで子供でも作ったりするのだろうか。

 全くつまらない。今の自分が未来の自分をリアルに想像出来るなんて、そんなつまらない事は無い。

「学生やめたくねー」

 ずっとこのままだったらどれほど楽なんだろうか。男は考えて考えて、苛ついたのでベッドにダイブした。

――あの店員はいいな、……楽してて。

 それだけ思って、寝た。

 次の日は放課後の特別授業があったので、男は迷わずその授業を受けた。7時30を回る少し前にチャイムが鳴り、定時制の生徒も授業を受ける時間なので速やかに帰るように。なんて先生に言われ、男は教科書を鞄に詰め込み教室を出た。

 それと同時に、横から何かが通った。突然の事で避けられず、男の肩とその何かがぶつかった。

「あ、すいませ……」

「……」

 その何かが男に謝ろうと頭を下げた。顔を上げた何かは男を見るなり少しだけ片眉を引き上げた。

「「あ……」」

 同時に呟いて、男もその何かも何かに気付いた。

 店員と客だ。

「定時店員」

「携帯男」

 携帯男なんて言われて、男は少しだけカチンときた。ただ携帯を見せただけでそんな呼ばれ方された事はいままでにない。けれど、定時店員と言われた店員も同じ事を思っているようだった。

「この学校だったんですか」

「そりゃこっちの台詞でもあるけど――」

 ここは店員の職場では無い。普通にここは学校で、同じ学校を共有している全日生と定時生のそれだけだった。それなのに店員は、スーパーの時みたく男に敬語で話す。

「放課後授業ですか?」

「うん、まぁ。今終わったとこ」

「大変ですね。でもすごいですね、勉強出来て」

「はぁ?」

 その言葉は妙に嬉しかったものの、男はポカーンと口を開けて眉を引き上げた。勉強出来るのは普通の事だし、勉強するのが学生の仕事だろうと常日ごろ思っている。店員だって今立派に学生だった。

「勉強は必須だろ? 頭良くて損はしねぇ」

「そうでもないかもですよ。就職試験の筆記テストで1位の人は落とされるって言うじゃないですか」

 初耳だった。

「出来過ぎは周囲から浮くから、一人が断トツで出来たら周りがやる気失くすって。」

 初耳だった。じゃあ勉強しなきゃいいんじゃ……それじゃあ筆記試験のクソもない。

「……てか、なんでそんな事知ってんの?」

 もしかして店員はめちゃくちゃ頭が良かったりするのだろうか。

――俺よりも? ありえねぇ。こいつぁ定時生だぞ。

「え、……なんでだろ?」

 店員はエヘヘと笑って頬を掻いた。

 少しだけイラッとした。

「あ、ていうか。俺コレから体育なんで行きますね」

「ん……あぁ、頑張って」

「はい! ……そだ。またいらしてくださいね。スーパー!」

 話しを済ませ、男に背を向け歩いていく店員を少しばかり見ていた。

「アキホー。お前ジャージどうした?」

 トコトコと、ポロシャツを着て紐のついた笛を首からぶら下げた先生らしき人が店員に近寄った。

「忘れましたー。今日見学で」

「お前あと4回休んだら留年確定だぞ」

「え、マジ?! じゃジャージ貸して! 落し物とか学校に元からあるのとかあるっしょ」

 男の時とは違い、ため口。少しイラっとした。それに言い方はアレだが何気に馴れ馴れしい。フレンドリーとでも言うんだろうか。男はやっぱり学校の先生と仲良くするのは無駄な事ではないと思った。それでも、あそこまで行きたいとは思わない。

――色々面倒臭いだろう。

 進路の事とか、日ごろの事だって。

 中学時代の良い経験のおかげだった。男は中学の頃の先生と『無駄』になる一歩手前のところまでスキンシップをしていた。先生は男にいつも話しかけてきた。だんだんウザくなってきたりもした。だから高校に入ったら浅いところで先生とスキンシップをとろうと考えていた。

 男は店員を、まるで昔の自分を見るように見ていた。

 店員の笑顔は、何故か瞬間接着剤でガチガチに固めたように頭から離れない。少しイラッとした。

「先生、定時の2年生の……アキホって奴知ってますか?」

 翌日、授業は情報と世界史と書道の3時間だけだった。午後からなんかの説明会があり、生徒は全員帰らされるらしい。男はちょうど良いと、書道の先生に近寄った。全日と定時の授業を同時に受け持ってるという書道の先生。その先生に、店員の事を尋ねてみた。別に理由はない。無駄な事をしてしまったと思った。

「アキホォ? 多積(たづみ)秋穂(あきほ)の事か?」

 苗字は聞いてないから分からない。

「そうです、知ってんですね」

「あいつは結構さぼり魔だからなぁ。それに字が下手だ」

「……こないだスーパーに行ったらそいつに会って、昨日廊下でも会ったんです」

「へぇ、そりゃ偶然だ。あいつは働くの大好きだからな。授業終わりにたまった半紙捨てに行かせたりよくしてるよ」

 用はコキ使われるような、そんな人間なんだって事なんだろうか。

 馬鹿な人間。そうなのか。

「アイツはバカだが、アホじゃない」

「……?」

 男は頭の上にクエスチョンマークを立てた。意味が分からない。

――バカだけど、アホじゃない…?

 バカもアホも一緒だろう。

「分かんないって顔だな。頭良いけど分かんない事はそりゃあるよな」

 小馬鹿にしたような顔でそう言れたので、男はカチーン! とした。男は確かに頭が良い。自分で思うだけじゃなく、他の奴らだって男を頭が良いと、神童だとか、アインシュタインだとか言う。

「ちなみに言うが、お前はバカじゃないが、アホだ」

 これはさっきのよりカチーンときた。尋常じゃなく腹が立つ。

――店員はバカだけどアホじゃない。俺はアホだけどバカじゃない? なんなんだ。どういう意味だ。わけがわかんねぇ。

 無駄な事をしてしまったと思った。さっき思ったところで止めておけばよかった。もう足を突っ込むのも止めようかと思ったけれど、バカだけどアホじゃない、アホだけどバカじゃない。そんな意味不明な言葉を投げかけられ、止めようにも止められない。

――頭の良いこの俺が分からないなんて。

 バカだのアホだの、そんな遠くも身近にあるような一般単語の違いさえも分からないなんて、そんなわけがない。無駄な事っていう以前の、ありえない。

「さ、早く帰れ帰れ」

 話しを(ほの)めかすかのように、教師は男を書道室から追い出した。男はなんなんだと頭を一掻きして教室へと戻った。SHRは4,5分ですぐに終わり、号令をかけて今日の授業は終わった。

「……」

 男は全く、1%も教師の言った事を理解出来なかった。理解しようが無い。ロッカーの中に入っている辞書を開いても、そんなに違うような意味も無い。

「意味わからん」

 意味が分からなかったので、男は店員のいるスーパーへもう1度立ち寄った。もしかして今日休みだったり? なんて事も考えたけれど、スーパーへ向かった。

「あれ、……」

 それでもやっぱりいなかった。今日は休みだったり、もしかして中に入って何かの作業してるとか? 店の中に居ない理由なんて考えれば結構ある。男は意味の分からん言葉を胸にモヤモヤさせながら店を出た。

「……」

「「あ」」

 自動ドアをすり抜けて監視カメラも無視してスーパーを抜けた時に、ふいにすれ違い、その間に目があった。

 店員だ。

「買い物、ですか?」

「あ、……いや」

 バカだけどアホじゃない。男にはその意味が全くもって理解出来なかった。辞書を開いたって、どこを見たってその違いが分からない。

「アンタを見に来た」

――そんじゃコイツを見て見解するのが早ぇんじゃねのか。

「……は?」

「ちょっと、バカとアホの違いをな……」

「……はぁ?」

 男は、自分の言っている言葉を聞いた店員が少しだけ引いている事に全く気が付かなかった。男が同じ男に「アンタを見に来た」なんて言われりゃ、そりゃ引かれる。当然だ。

「あんた、名前はタヅミアキホでいいんだよな?」

「え、ん……そ、だけど」

「そうか」

 一方店員は、男にそんな事を聞かれて、心の中をドキー! っとさせた。もしかしてコイツホモっ気ある? とか、もしかして俺今から掘られんの? とか、いや、ちょっと待て俺これからバイトだから金稼がせろとか、そんな事を思う前にドキー! っとさせた。別に掘られるだとか、金稼ぎだとか、そんな意味でドキーっとさせたわけじゃない。

 実は店員は、ずっと前から男の事を知っていた。ずっと昔って言っても、男と店員が高校1年の時の、もうすぐ1年生が終わるって時の少し前くらい。

「すげーコイツ、ずっと1位じゃん」

 見知った友達もいない癖に、驚きでつい口から言葉が零れた。そん時の店員の目に映ったのは、期末テストの結果が貼り出された紙だった。廊下の掲示板に貼ってある、学年別の結果。1から10位までが大きく書きだされている。2から10位まではあまり目には入らなかった。店員は男の名前だけを見ていた。

 高校に入ってから、意味も無しに期末や中間の順位貼り出しをずっとみていた。疑問に思い始めたのは貼り出されて3回目くらいだ。

 見覚えのある名前。だけど知らない。

「アマミヤ……」

 店員はバカなので。

「アマミヤマミズ…」

 真面目に真剣に、何の疑いも無しにそう呟いた。雨宮マミズと名前が分かれば、何故か好奇心が湧いて顔も見たくなった。情報科1年のA組ってのは分かった。だけどただそれだけ。全日と定時じゃ時間帯もクソも無いので、中学時代からの付き合いで、この学校の全日に居てそこそこ頭も良いお友達に男の写メを隠し撮りしてもらった。

――へぇ……、こんな顔…。

 もっとがり勉で気持ち悪い顔だと思っていた店員は目を真ん丸くして釘づけになるように写真を見つめた。男は……何というか、それなりに普通一般の顔をしていた。

 中間テストの結果を見るたびにその顔が思い浮かぶ。だからスーパーで男に声をかけられた時ビックリした。そして少しガッカリした。

「ねぇ、あんた何歳?」

 自分は男を知っていても、男は自分の事を知らない。

 当たり前だった。分かっている。

「16です。今高校2年生で、それが何か? ……あぁ、定時生の高校に行ってるんです」

「定時制か。俺の学校も定時制あるよ」

 少しだけ空しかったけど、でも話せて嬉しかった。

――俺、マミズと友達になりてぇなー。

 そしたら勉強だって教えてくれそうだし、色々と勉強の手助けしてくれそうだし。

 店員は心の底からバカだったので、頭の良い奴に憧れた。だから次の日に学校で男と会えたのだって心の底から嬉しかったし、喋るとやっぱり楽しかった。

「あんた、名前はタヅミアキホでいいんだよな?」

 自分の名前を分かってもらえて、心の底から、ドキー! っとする程嬉しかった。「見に来た」とか、そういう言葉には少しだけ引いたけれど。

――でも楽しいなぁ。このまま携帯番号交換したり、遊んだり……あ、今からバイトだから出なきゃだし、てか学校あるし…休みてぇ。

 ドキー! っとした後に、心がウキウキした。

――そういやぁ髪の毛も切ってんだなー、なんか新鮮だなー。

 店員は男を友達に盗撮してもらった写真でしか見たことが無かったので、1年時の髪の毛が耳全体を隠すくらいフサフサとしていた頃しか知らない。男は店員の中ではもう芸能人みたいな扱いだった。

「俺も、……俺もアンタの事、知ってますよ」

「へー、そうなのか……」

――友達、友達。

「アマミヤマミズですよね。変わった名前してますね」

 まさかマミズって名前が間違っているともしらずに、店員は『シミズ』の目の前で当たり前の如くそう言った。男はまさかそう来るとは思っていなかったので、反射的に突っ込んでしまった。

「淡水!」

 我ながら分かりずらい事を言ってしまったと反省は少しだけした。そして、そう言えばと思い出す。

――コイツはそうだ。バカだけどアホじゃないんだ。…だからバカだった。

 要はバカだった。そんな塩分の足らない名前を誰が付けるのか。

「俺はマミズじゃなくてシミズってんだ」

「シミ……え?」

 店員はまさかずっとマミズと呼んでいた男がシミズと言う名前だったと言う事実を聞かされ、硬直した。いやでも1文字違い。そう思った店員だったけれど、男にしてみれば『それでも』1文字だった。

「苗字みたいな名前……」

 店員の言葉。確かに男だって度々思う事もある。怒りは湧かなかった。

「でも良い名前だね」

「……?」

「真水って書いてシミズでしょ、多分タンスイもそうだし、きっとサンズイ付く清水とも掛けてあんだね」

「それのどこが良いんだよ?」

「え、だって。……淡水って地球上にしか無いし、それに結構重要ってか、主要じゃんか。あ、あと、サンズイの清水はショウズとも読むでしょ」

 知らない。

「ショウズは聖水とか浄水とか、そんな感じのモンだったじゃん、意味? っつうのかな?」

 知らない。

「だから、真水って、色々な中での特に大切なモノと言うか、それに聖水とか浄水とかが加わったら、なんか綺麗な感じがする」

 男はそんな事、聞いた事も考えた事も無かった。確かに何度も変な名前だと思った事がある。店員がマミズと間違えるのは分かる気はする。

 それでも、そこまで深く自分の名前を考えた事は無かった。無駄だと思う前に、そんな事、思い付きもしない。……なのに店員は、自分のちゃんとした名前を知ってすぐ、そんな事を言った。男はビックリした。

――こいつは、バカなんじゃ。

「だから、良い名前」

『アイツはバカだが、アホじゃない』

――そういう事か?

『お前はバカじゃないが、アホだ』

――なんかわかった気がする。

 ちゃんとした説明は上手く出来ない。でもその上手く説明できない何かが、自分の心の中にストンと上手くはまった。正解だろうか。

「物知りなんだな」

「ん? あぁ、いや。こんな生活してると、結構ウンチクとか聞いたりすんですよ」

――こんな生活? 定時制に言ってるって事か?

 男はなんだか、店員が羨ましくなってきた。自分には考えられない、頭に思い付きもしなかったことが、口から出てくる店員に。「俺もこうなりてぇかも」なんて思う。

「いいなぁ、お前」

「は? なんで……?」

「定時制行ってて、羨ましいよ」

「……へ…」

 男は、店員がアホじゃないのを定時制に行っているからだと完全に誤解していた。

「俺も定時制いきてぇな」

 今更もう行けやしないのだけれど。

「俺は親に推されてこの学校入った。多分大学だって親に進められる。そんで卒業したら会社に就職するんだ。もう未来が見えてる。つまんないだろ。……だから定時制行ってるお前はいいな。」

「……」

 その言葉に、店員の顔がみるみる(しか)められていくのを、男は見ようとすら思わなかった。ただ真剣に真面目に純粋に、店員はいいな、なんて思っていて、その理由をそのまま口にしただけ。

 男はアホなので。

「――楽してて」

 思った事をそのまま口にしまくった。それが相手を傷つけているなんて事は知らない。思ったって、無駄だろうか。

「ふざけんなー!!」

 少し間を置いて聞こえた大きな声で、男は耳をキーンとさせた。

――なんだっ……なんだっっ?!

 茫然とした。

「友達になりたいとか思った俺がバカだった!」

――ともだっ……え?!

「アンタがそんなKYな奴なんて知らなかった!」

 勿論男はKYなんてそんな略語は知らない。男には知ってても無駄だった。

「未来が分かるならいいじゃねぇか! つまんなくなんか無い、おかんとおとんに謝れ! 高校も大学も進めてもらって、そんなんはおかしい!」

――そんなんってどんなんだっ。

「そのくせ定時制が良かったとか、バカにすんのもいい加減にしろやぁっ! そんな風に思ってんなら是非俺と変われってんだ!」

――バカにするって……お前バカ…ってか、いや…えぇっ?

 男は店員が何で怒ってるかなんか到底理解できる筈も無かった。アホだから。

「もう話しかけんな! スーパーも来んな! 顔も見せんな!」

 そして店員は怒りながら裏口からスーパーの中へと入って行った。

「……」

 そう思っていたら、またこちらに戻ってきて。

「アホォーーー!!」

 と、さっきよりも大きな声で男にそう言って今度こそ裏口に消えて行った。

「…あ、アホ?」

『お前はバカじゃないが、アホだ』

 無駄な事は覚えないとは、それはつまり時に人を傷つけたり、それははたまたKYの元凶だったり。無駄な事は覚えない、それが一番無駄な事なんだという事を、男は考えようともしない。

 男にとっては、それは無駄な事なので――。


NEXT →丘の上で待ってる

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