サンタの日
仲直りしてお友達になる話し
腐要素少なめ、なんか全体的に暗いです
起きろって言われた気もしたけれど、それはアクマで気がしただけだから、無視した。
それでも俺はアレ? おかしいなー。なんて思いながら、俺のさっきまでの行動を回想してみる。
「あー、もういいかなー」
いきなりやる気が無くなるって事は、誰しも必ず持ち合わせている病気みたいなものだと思う。よし今日は勉強しよう、って言って、参考書開いていよいよペンを持った時にいきなりやる気が失せたり。腹減ったけど作るの面倒くさいから食べなくていいやとか。
さっきの俺も多分そんな感じ。
なんであんな事しようとしたの? って聞かれたら。
「あー、もういいかなー。いい加減」
とか、なんかそんな返答をするだろう。だって本当にそんな理由だったから、そう返す以外何も無いわけだし。真面目に答えろって言われても、これが最大の真面目な答え――。
「起きろ」
「あでっ……!」
目をつぶって、アレ? おかしいなー。なんて思っていたら、額に痛みが走った。別にそんな痛い痛い言う程の痛みなんかじゃなかったけど、反射的に、痛いと口にした。
目を開くと、まぁここは絶対天国じゃないな、とは思った。見た事は一度も無い家。綺麗に片付いてはいるけれど、お世辞にも天国なんて呼べる場所じゃない。暗く濁った色をしている壁。風で部屋全体がギシギシと音を立てている。それに何かヤニ臭い。
「なー、……ここどこ?」
さっきとは打って変わって、温かい空気が体を包みこむ。少し残念だと思いながら、俺は軽い口調で質問した。
「俺の家」
「ちげーって、ここの住所だよ住所」
「下河」
「どこだよ」
「お前ん家の3つ先の駅近く」
「あぁー、あそこか…。……ってなんで俺の家知ってんだよ」
気持ちわりぃと悪態をつくと、そいつはバツが悪そうに黙り込んでしまった。
そんな光景に溜め息をして、それから着ていたであろうコートを探そうと立ち上がる。半ば放り投げた感じで放置されているコートを見つけ、それを着ていると、いきなり呼び止められた。
「へ? どこ行くって、帰るんだけど」
こんなところ、いつまでも居られない。それに携帯も持ってきていないみたいだし。
「てめぇどうやって帰んだよ?」
どうやって帰るんだ? と聞かれて、こいつホントに頭悪いんじゃないかと言う疑惑が確信に変わりそうになった。
「どうやってって、電車乗ってに決まってんじゃねぇか。定期は辛うじてもってきてるし普通に……」
ふいに見た、壁にかかっている時計と、その奥のカーテンの閉まっていない窓を見て、一瞬だけフリーズした。
それからもう一度確認して、疑惑が確信に変わった。
「電車もう無ぇじゃん……っ!」
時刻は3時。窓の先の向こう外は真っ黒。
馬鹿は俺だった。
「どうしようかなー」
まぁそう思ったのはほんの少しで、無駄に前向きにこれからどうしようと、途中まで着ていたコートをもっかい着始める。
「あぁ? てめぇマジで帰んのかよ」
すこしビックリしたようにそいつが聞いてきた。
「あったりめぇじゃん。なんでテメェのいるとこにいつまでも居なきゃいけねぇの。てか何で俺、今ここにいんの?」
さっきまでの行動を回想していても、俺がいつここに来たか全然分からない。その大事な部分だけスパッと記憶に無い。それはつまり、俺が本当に忘れているか、誰かが意図的にここに連れて来たしかないと解釈した。
「俺が連れてきたからに決まってんだろ」
答えを待っていてると、そうきっぱり言ってきて、ですよねー。と思った。
なんであんなひと気の無いところにコイツが現れたのかは分からないが、なるほど。たった一部だけど、謎が解けた。
そんで思う。だから口にしてみた。
「いらん世話焼くな」
「……」
おまけに怨むように睨みまで加えてやれば、俺のイメージが一変して最悪なものになるだろう。あんな事をしていて、そんでこの台詞にこの態度。
「じゃ、俺行くから」
この時間じゃもうまったく役にも立たない電車の定期券を、失くさないようにコートのポケットに突っ込んだ。
それからお礼も言わずに出て行こうとドアへと直行。
「どうやって帰んだよ?」
「タクシーとか」
こんな時間で電車もバスも無い。ていうか、タクシーに乗って帰ろうとも思ったけれど、よく考えてみれば、少し街道に出ないと、こんな住宅街にはタクシーなんて無いだろう。
しかも、今日は一段と外が吹雪いている。冬将軍が必殺仕事人中だ。
「金は?」
「ねぇよ。家ついたら払うつもりだけど……それが?」
「てめぇほんとに家に帰んのか?」
「何に疑ってっか分かんねぇっつの。そんなに言うならタクシー会社に電話してタクシー呼べって」
「電話番号しらねぇ」
使えねぇ奴……。
まぁ、じゃあ最後に選ばれる選択肢は街道まで歩いてタクシー見つけて家に直行。ってのだけ。俺はもっかいだけじゃあな、と口にし、靴を履こうと玄関へと向かった。
「てめぇ、今日はここいろ」
「はぁ? 嫌に決まってんだろ。てかこっち来んな」
立ち上がりこちらに向かってくるそいつに、そう言った。いつまでもいつまでもお礼も謝意のカケラもない態度に、そろそろ殴られるかな、とか思ってたら、家と外とを繋ぐドアノブを開けないように掴んで。
「俺のせいか」
なんて、そんな事を聞いてきた。
「は?」
「だから、テメェがあんな事してたの、……俺のせいか」
アレが、お前のせい? なーんて、どんな脳みそしてんだ。
「俺がテメェでどーにかなるわけねだろ」
「じゃあ何であんな事してた?」
逆にそいつに睨まれて、俺はイラっと来る。
俺が何をしてようがコイツには関係ない。だって他人だし、俺は友達なんて思った事も無いわけだし。ていうかもう慣れて、俺の中のお前の存在なんてアリくらいだって。
「俺のせいじゃないなら、元から自殺志願者か」
「……」
「テメェ、さっき、なんで死のうとしてた?」
「別に、死のうとしてたワケじゃねぇよ」
「じゃあ何なんだ」
*
「明日取りに行く予定だったんだけど、明日吹雪くらしいから今日注文しといたの。取りに行ってきてくれない?」
母親がケーキ屋に頼んだクリスマスケーキを取りに行く、そんなおつかいみたいな事を頼まれた。ケーキ屋と言っても、それは母親の知り合いパティシエが経営しているお店で、俺等はいつもコネで無料だ。無料と書いてタダ。
無料の店でも、俺は金よりも何よりも、一番取られたくないモノをそのパティシエに取られた。
半年も前の俺の誕生日。帰宅した時に、聞こえた母親のあの甘い声。二階の寝室から聞こえてきて、まぁ人間なら仕方ないか、と普通に部屋を素通りして自分の部屋に戻ろうとした時に見えた。
自分で見に行ったんじゃない。見えたんだ。そのパティシエと俺の母親がセックスしてるのが。
親父が昔から不倫しているのは知っていた。だから母さんの事を可哀想に、なんて思って、2人で喧嘩を始めた時には、母さんの肩を持つようになっていた。
『ハッピーバースデー』
その日の誕生日ケーキは、苦かった。
――まさか母さんもか。
一番取られたくないモノを取られた時の感想。
随分あっさりとした感想なんだな、って、自分でも思った。でもこれがその感想だったんだから、しょうがない。
だからって俺がどうこうできるような立場じゃないから。バラして家庭崩壊させたいとは思わないし、むしろいままでこの状態で上手くやって来たんならコレでいいのかもしれない。
いつも通り。
ただ少し俺が我慢すればいいだけの事だ。何を我慢するの? と聞かれれば、返答に困ってしまう。だから敢て考えないようにした。
それからだ、俺の何かがおかしい。母さんと父さんと、……それに何か、人を見る目もおかしい。鏡を通して自分を映して見れば、俺すらもおかしい。
母さんと父さんは妖怪みたいな化け物で、それに群がる不倫相手やそのパティシエは、発情期の猿に見えた。人間元から猿なんだから当たり前だ。なんて思っていたら、案の定、全員同じような猿顔に見えてきた。
気持ち悪いから少しの間引きこもろうと思ったら、エプロンつけた化け物が、俺の部屋をドンドン叩いて引きずり殺そうとしてくるし、学校に行けばゴリラみたいな奴に虐められるし。辺り見回せばそこら中でキーキー奇声を上げて、パンパンパンパン頭の上で手を叩いて爆笑している。それに陰口を言い合いメガネ猿とか。もう本当に、猿の惑星。
だからってそいつらを避けるわけにはいかない。だって、鏡を見れば俺もそいつらと何等かわらないモノだったから。
本当、俺の目も脳も思考もどうしちまったんだ。……とか思いながら、今日この日まで来た。
「よう、待ったか? ケーキ出来てるぞぉ」
店内に入って店員さんに注文したケーキの事を伝えて客用の椅子に座っていると、厨房奥から母親の不倫相手が出てきた。
「ほんとに母さんに似てきたなぁっ!」
鼻の下の伸びた顔に、ついつい顔が歪む。
「オジサン。ケーキは?」
「お、おう。コレだっ。どうだ? 母さん元気か?」
息子の俺に聞くくらいなら母さんに電話すればいいと思った。俺に優しく接したって、多分母さんは離婚する気なんか無いと思うし。するだけ無駄。そう教えたいけど、何言われるか分からない。告げ口されて母さんとの関係もややこしくなりたくもない。
「元気だよ。今買い物行ってる。クリスマス用の。……じゃ、俺行くから。ケーキありがとう」
きっと今回も苦いであろうケーキが入った箱を、大事に大事に抱えて、俺は店を出た。辺りはスッカリ暗くなっていて、それでも時間はまだまだ夕方。
電車の揺れも気にしつつ、歩くときも慎重に持ちながら、自分の家の玄関を通り抜けた。母さんも父さんもまだ帰ってきてなくて、微かに二人の匂いがする。
二人と言うのは、勿論母さんと父さんの事だけど、実質、その二人の匂いは互いの不倫相手の匂いだから、本当の匂いじゃ無いだろうが。
「……」
雪みたいな白い箱から、ケーキを取り出してみた。
『ハッピーメリークリスマス』
幸せに、キリストを祝ってやがる。
最後はお経読まれて十字架じゃなく墓石の下に埋まるヤツ等が何故にキリストを祝わにゃいかんとか、そう思ったが、それ以上に。
父さんがコレを笑いながら食べるのかと思うと、すこしだけ吐き気がした。
きっと父さんはこう言うだろう。
「甘くて美味しいね」
苦くて不味いものを甘くて美味いと言う。誕生日の日のケーキは、俺にはお世辞にも美味いとは言えない味だった。
「つらいな」
いろんな事がつらくて、俺はふいに家を出てみた。そんな飛び出した、なんて言葉は使えないくらい、ゆっくり、いつも通り。行く宛ても目標先もないのに、フラーっとそこら辺を歩き回った。
なんでつらいの? って聞かれたら。
「だって、居場所がない」
って返す。
なんで居場所がないの? って聞かれたら。
「両親には別々に想う人が居て、学校ではサンドバック並の扱いだから」
って説明する。
だから? って聞かれたら。
「明日に行くのが怖い」
って、馬鹿な弱さを晒すだろう。
どんだけ歩いたか分からなかったけど、天気がどんどん悪くなってきたなってのだけは、肌で感じていた。
寒すぎて、時間さえも気にならなくなった。足と皮膚が痛いってのだけ分かる。とうとう物の感覚さえなくなって、その場に転んだ。
最初は起き上がろうとしたけれど、それもすぐに止めた。
「何で死のうとしてた?」
別に、死のうとしてたんじゃないよ。
「じゃあ何なんだ」
「あー、もういいかなー。いい加減、……なーんて。」
そんな風に思ったから、と、俺は目の前のソイツに返答してみた。片方の眉がピクリと動いて、ふざけてんのか? みたいな顔をする。
ふざけてんじゃねぇんだよ、本当に。だからいらねぇ世話焼くなって言っただろ。
「ていうか、お前。いつも俺に言ってんじゃん。死ね死ねって、気持ち悪いくらいに」
言葉の重みさえも知らずに。
「何かに取り憑かれたみてぇにさ。……でもだからってお前のせいじゃない。さっきも言ったしょ」
何気のフォロー。
「自分が死ねって言ってる相手が死にそうになってるのを助けちゃあさ、それは、矛盾すぎるだろ」
「俺の死ねってのは……その、挨拶みてぇな…」
「へぇ、……それって言い訳?」
面白くてついそうやってきつく言ってみると、そいつが黙るのが分かった。……本当に面白いなコイツ。面白いので、もっと意地悪してやろうと思った。
「じゃ、俺これからもっかい死にに行くか。じゃあな」
笑いながら手を上げて、じゃあな。と口にする。目を見開いた、離していたドアノブをまたきつく握りしめた。
何なんだ。
「人が死ぬのが嫌なら、死ねなんて口にすんな」
説教したら、シュンと縮まった。本当に、俺をパンチ練習台にしていたのが嘘のような格好だ。場の逆転って言うか。なんか気持ち悪い。
「……っどうでもいいから、今日はここ泊まってけ」
「や、それは本当に嫌なんだって。俺お前の事嫌いだから」
「うっせぇな、俺もだよ」
あーそうですか。
「じゃあいいじゃねーか。どけよそこ」
中々どかないので、頭とかチョップしたり思い切り殴ったり蹴ったりしていると、器用にドアノブにチェーンをつけて、俺の腕をぐいっと引っ張った。
「……離せっつのっ!」
「黙れっ!」
それから、さっきまで俺が寝ていた布団に投げられた。
「ココ居ろ」
「はぁ……なんなんだテメェ」
とりあえず、布団に投げられた俺の頭上からふりかかってくる殺気がうざい。俺が幾ら何度ドアに向かったって、こいつは何故か阻止しまくるだろうと思って、一先ずは諦める。
「ったく、…学校じゃウホウホ言いながら俺の事散々殴ってるクセによぉ」
下僕みたいな小猿に、顔は止めろっつって体ばっか狙わせやがったり。足蹴られた時は痛すぎて引きずりながら帰ったりしたっての。
「中途半端にやられんのが一番嫌なんだよ。嫌がらせかっ!」
「いじめ何だから嫌がらせだろうが。アホか」
「……」
正論言われて黙っちまう俺のアホっ。
「つうかテメェ、何であそこに居た?」
あそことは、一体どこのことだろうか。凝視して首を傾けていると、何故かイライラしながらソイツが言った。
「テメェが倒れてたとこだよ」
俺が倒れてたところ。……て、言われても、場所はドコだから分からない。なんせ本当にフラーっと歩いていただけだから。あそこの曲がり角曲がろうとか、ここ真っ直ぐ行こうとか。とりあえず本当に適当に歩いていた。
最終的には迷子状態で意識手放したり。だから、自分が一体どこに居たのかは、さっぱり分からない。
「俺ドコにいた?」
「は? マジで言ってんのかそれ」
「ただ歩いてただけなんだって。何時間も歩いた気したけど、数十分な気もするし。どこをどう歩いてどこで倒れたかなんて分かるわけねぇじゃん」
なんて俺が悠長に言ったもんだから、ソイツは溜め息を吐いて呆れたように頭を抱えた。
「家の前」
「は?」
「家のまん前にいたんだよ」
「どこの」
「ここに決まってんだろ馬鹿か」
うわー、めっちゃくちゃミラクル。
いや、……てか。
「気持ち悪ぃ」
なんだそれ、もしかしてコイツ運命感じちゃってる? ……もうちょっと可愛げのあるヤツにしてくれっての。てか女子だせ女子。
運命感じちゃうなら女のがいい。
「あ? てめぇ助けてやってその態度かよ」
「だーから、誰も助けてなんて言ってねぇっつの」
「はぁ?! マジでふざけてんじゃねぇぞテメェっ!」
大声を出していきなり俺の胸倉を掴んで顔近くに引き寄せてきたから、俺はつい驚いて、目を見開きながら、短く声を発してしまった。
マジでキレてる感じで睨んで来るこいつは、今まで以上に意味がわかんなかった。コレだけ意味不明だと、逆にキレる気力も薄れる。
「テメェが俺に助けてっつったんだろが! 忘れたってんじゃねぇだろうなぁっ!?」
……。
え、…俺、そんな事言ったっけ? ケーキ貰って戻ってきて、家出て、歩いて、倒れて……コイツに世話焼かれて……。
いや、ていうか拾われる時にもそんな会話する意識はあったとか、そんな事すら記憶に無い。
「ごめん、分っかんねぇ」
とりあえず、忘れた事には早々と謝っておこう。まぁ殴られるかもしれないけど、それはいつもの事だからしょうがないとして……。
「お前、俺が助けてって言ったから助けたのか?」
「……」
眉間のシワが尋常じゃないですよゴリラさん。
「あー…いや、忘れちまったのはごめん。っいやでも、俺、お前にそんな事言った事ねぇだろ? お互い嫌いなのは今までので充分分かってるし、助けても俺がお前に感謝の一つもしない事くらい分かるじゃねぇか」
まさか助けられたくらいでお前に従順になるわけでもないし。
「お前、良くわかんねぇぞ」
「そりゃこっちの台詞だ」
おかしいと言ったら、俺もおかしいと帰された。
「つうか、お前の嫌いと俺の嫌いを一緒にすんな」
「……?」
「嫌いは嫌いでも、意味合いが違ぇ」
そんな事を急に言われたもんだから、ますますおかしい。それでいて意味わからねぇ。
「まーいーや。」
でも実際、んなことどうでもいい。
「てかお前、親どこだよ? こんな深夜に一人か」
「てめぇに関係ねーだろ」
「……帰る」
無表情でそう言うと、頭を掻きながらそいつが舌打ちした。……黙って追い出しとけばいいのに。なんて思ったのは言わないで置く。
「お袋がこないだ離婚して家でて、今父子家庭。親父は今女んとこ。多分2日3日帰ってこねぇ」
「……」
こんな季節だしな、と嘆息して、俺を見る。そういえば俺も、母親にその愛人の作ったクリスマスケーキを取りに行かされた。
「なんか……」
コイツ、俺より酷ぇ。家庭状況は、俺より悪化していた。
「なんか、…なんだよ?」
「あ、いや。なんでも無い……」
似ていると言うよりは、規模が違う。俺はまだ離婚てところまで行ってないんだから。
「なぁ、おい。なんで離婚した?」
普通の人相手には絶対に聞けないような質問をした。不謹慎だとか、失礼だとか、……でも俺はコイツが嫌いだから。
それに何か、理由は今の俺の家庭状況と一緒な気がした。
「浮気。2人とも愛人作って終わり」
両手を広げて、あっけ無ぇと訴えるように、そう言った。別に気を悪くした様子も無く、コイツは俺とは違う感性を持っていると、そう思った。
自分の親が互いに違う好きな人を作っている。それでも家ではまるでお前しか居ない、見たいな感じに笑い合ってる。俺が居るときは尚更だ。そんな、互いに気持ちを偽造をしているのを知っているからこそ、俺はいつも気持ち悪いってのに。
映る景色が変わってしまう程に。
でも、コイツは俺の行く末の先に居るのに、こんな淡々としているのは何でなんだろうか。親がどうなろうが別に興味が無いって事は無いだろう。一応自分の産みの親なんだから。じゃあなんだ。慣れ? ……慣れるものなんだろうか。
「お前なんでそんなあっさりしてんの」
出来る事なら、俺もそうなりたい。早くこの景色からも、この気持ちからもおさらばしたい。
「なんでって、そりゃぁ――」
「とっくに諦めてるからだろ」
「それに、俺の場合」
「もう終わってる」
「済んだ事は、それはそれだろ?」
そうあっけなく答えた。
俺も充分諦めたつもりだったんだけれど、そう淡々と出来る理由が諦める事であるならば、俺はまだ、どこかで希望でも抱いているんだろうか。
小さくそう願っているんだろうか。
「どうしたら諦めきれる?」
「は?」
「きっぱり諦めるには、どうしたらいい?」
俺の諦めが不充分だとしたら、教えてくれるのは、今目の前にいるこいつしかいなかった。
「お前はどうやって諦めた?」
そう、目の前にいるゴリラに問いた。
ゴリラはいきなりの質問攻めに少しだけ目を見開き、それから言ってもいいのか、と言う風に俺を見て目を細めた。
「お前」
呟いた言葉は、意味が全く分からなかった。
「お前だ」
「俺?」
「あぁ、……サンドバック」
「……あ」
つまり、結論から言うと。
俺を殴って蹴って、それを見ながらやりながらストレス発散していたという事か。……俺はお前の身代わりかよ。
「まさかと思うけど、」
何かに気付いたように、俺を凝視した。
「いや、…てめぇもか」
「お前が俺で諦められたんなら、次は俺がお前で諦める番だよな」
明確な答えは言わなかった。その代わりに笑みを浮かべてみる。
苛付きか、腹いせか、復讐か。多分今はそんな子供みたいな理由。そんな理由で、俺はそいつの胸倉を掴み、右手をグーにした。
力を込め、振り下ろす。無意識に目を閉じたそいつの頬と俺の拳がぶつかった時に、バキっとそれに似つかわしいような音を立てて、重い感覚がした。簡単に殴られてくれたそいつは、俺とは違って余裕そうな顔を浮かべていた。
「一応聞くけど、親が化け物みたいに見えたり、自分と他人が猿とかそんな風な……人間以外に見えたり感じたりしたことは?」
「あ? ねぇよ」
もう1発殴った。
「俺だけかよ、ふざけんな」
「おい、殴っていいぞ」
胸倉を離そうとしたときに、そいつがそんなMな事を言った。別にそんな意味は無いんだろうけど。
「俺が死なない程度に、気ぃ済むまで殴れ。ま、それじゃ死ねねぇだろうけどな」
許しと挑発。そいつがそう言うので、俺はそれから数十分の間にそいつを殴りまくった。息も切れて、手も痺れている。鼻血を寮鼻から出して布団に体を投げているそいつが、一瞬だけ人間に見えて、びっくりした。
サンドバック効果ってのは結構凄いらしい。
「終わり。気、済んだ」
「……そうか」
相手がコイツだと言う事は気に入らないけれど、久しぶりに人の顔が見れて、それでも、見れた事が何より嬉しかった。
「てめぇ、ダチ居るっけか」
ふいにそいつが、面倒臭そうに鼻血を放ったらかしにしながら、俺に聞いてくる。
「いねぇよ、……お前のせいだろが」
鼻血が皮膚を伝って、布団に染みた。
「あぁ、そうか。…じゃ、俺この関係やめるわ」
「はぁ? どの関係だ」
「いじめどーのこ-のの関係だアホ。」
いじめどーのこーのって事は、俺とコイツの対峙関係の事なんだろうか。アイツがいじめっ子で、……俺がいじめられっ子?
「なぁ、…俺もっとお前の事怖がった方がいいわけ?」
「……確かにてめぇはいじめられっ子にしちゃぁキャラが変だ」
「や、てめぇに言われる筋合いは無ぇ。でもやっぱおかしいよなー……」
第一、ゴリラを怖がれって方がおかしいんだけど、それは俺の見える世界がそうなのであって、こいつ等の世界は普通だから、結果的に俺がおかしい。
「いや、まて。そう言う事じゃねぇよ」
「は? じゃ、どいう事だよ」
ていうか何の話ししてたっけ。あぁ、そうそう対峙関係があれこれと……。
「あー、つまり。……てめぇのダチになってやる」
「断る」
とりあえず、反射的に断っておいた。
「おま……っお…いコラ、良い度胸してんじゃねぇーか……あぁ?」
俺の拒否に逆ギレ。
もしかして今の話しに拒否権は無いんだとしたら、それは対峙関係をやめるって事のつながりにはならない。だって、友達関係に拒否権の無い強制とか無ぇもん。多分。
「俺、お前嫌いだから無理」
「だからそりゃ俺もだって……」
「んじゃ今の関係を反対にしよう。今日から俺がいじめっ子で、お前がいじめられっ子。どう?」
胸倉を捕まれていたので、俺は自分の手をグーにして軽くそいつの頬にくっつけてやった。
「話しを聞けっつの。お前、きっぱり諦めてぇんだろ?」
「うん、だからお前の事殴んの」
効果はさっききちんと見たし、後はコイツを殴りまくれば……。
「殴るより、効果あんだよ」
その一言に、俺の意識は集中した。
「ダチ効果。」
「……」
まず最初に思ったことは、胡散臭い……ってのと、…まぁ良い印象は持てなかった。だけど効果があるか無いかなんて、俺に分かるわけが無くて、有無確認が出来ない。
「そりゃ、マジか? デマか?」
「マジだ。だから俺がてめぇのダチになってやる」
胸倉捕まれてそんな事言われたって困るだけだ。ていうか、……友達になるにも、もっと他の人が良い…いや、でもこの際そんなワガママいってらんねぇか?
こいつのせいで、俺は多分、友達なんて作れるなんて環境は当分巡ってこないだろう。つるんだら俺も虐められる……みたいな、そんな感じで。
「……」
じゃあ、コイツしかいないじゃん。
「でもよ……嫌いなのに友達ってのもおかしくね?」
「流行りだ」
そんな流行りねぇよ。……いや多分。中学までは普通に友達だっていたし、でも嫌いな奴とはつるんでなかったから、この状況は良く分からない。
もし今コイツの言っている事が本当ならば、俺は嫌いなコイツと友達になりたい。
「友達なったとして……何すんの」
「とりあえず、……明日…っつーか今日は一緒に行動だな」
「はぁ? なんっでだよ?! 彼カノかっ!」
一緒に行動て……友達とそこまでした事なんてねぇよ。お祝い事なんて面倒臭くて何か用事見つけて断ってたし。
「家で、親と一緒に居るよかいいだろが」
……正論でしたっ。
「んん……分かったよ」
「ダチ、なんのか」
「友達だろ? 友達な。友達だ」
渋々と承諾。適当で意味の分からないヤリトリだとは思ったが、要は友達になったわけだ。……ていうか、友達の癖に、俺は重要な事が分からなかった。
「なー……お前、名前なんてぇの?」
「……」
「名無しさんですか。あーそー」
「ひでおだ。英雄て書いて英雄」
なんていうか、普通の名前だった。ていうかエイユウさんが何ヒト虐めてんだよ……。
「ひでお、な。……てか、そっちは俺の名前知ってんの?」
「知ってるっつの、お前の嫌いと俺の嫌いを一緒にすんなっつっただろ」
言ってる意味は分からなかった。
「ハル」
「……当たり」
サンタの日。朝一で家に帰り、連絡も寄こさず朝帰りしたという事を怒られた。謝りながらも、ほんのちょっとだけ化け物っぽい姿から離れたと言う事に少しだけ感動を覚えた。
その年のサンタの日は、偽の愛を振り撒く二人から離れ、ヒデオの家で過ごした。クリスマスって事を祝うと言うよりは、俺等のこれからの不安定な関係を心配したり。
コンビニで買ったやっすいケーキは、ほんの少しだけ、甘かった。
いじめっ子×いじめられっ子書こうとしたら、いじめられっ子が全然いじめられっ子じゃない・・・
まぁこんなのも有りかな、て思いました。
続く・・かも?
NEXT →悪い奴