俺の先輩、俺と後輩
後輩と先輩の話し
「先輩好きだ」
真山。
俺はソイツを真山と呼んでいる。下の名前は平仮名で『まどか』と言って、ソイツはその名前を嫌っている。別に決して悪い名前では無いと思うけれど、ソイツは何故か、自分の名前を否定的に見ていた。
「まどか」
「殺すぞ先輩」
たまにわざと下の名前で真山を呼ぶと、普通一般では発達していない筈の耳の筋肉がぴくりと動きを見せる。俺はその意味が無いにしては凄すぎる動きが神秘的に思えて、その『たまの意地悪』が好きだった。
*
真山とは高校時代からの付き合いで、俺は今年高校を卒業し、今は志望通りの大学に通っている。真山は今高校2年生で、俺の2,3個年下。メルアドと携帯番号を俺の卒業式の日に交換して、それからは頻繁に電話がかかってきた。それは『勉強を教えてくれ』と言う命令メールだったり、『何処かに行かないか』と言うお誘いメールだったり色々。
今日のメールは、『メシ作って』というおねだりメール。年下の癖して大学生にメシを作れとメールで余裕に言ってのける真山が腹立たしくて、俺は件名に『俺の家こい』と、それだけ打って真山に送信した。
そのメールから約1時間後に真山が俺の家に到着した。
真山が俺の家を見るのは初めてではないが、家の中に入るのは、今日この日が初めてだった。
「へぇ……さすが一人暮らし」
何か関心したようにモノを物色する真山。
「ボロアパートだからギーギーうるさいけど、我慢しなよ」
呆れてそれだけ言った。
大学進学と同時に実家を離れてアパートに一人暮らし。俺の家から親の家まで3駅分しか変わらない場所。もともと都会暮らしで田舎暮らしではないので、上京なんて言えない。
「何食べたいの?」
「先輩」
「カレー? ん、分かった。そっち座って少し漫画でも見てな。すぐ持ってくるから」
「先輩話し聞いてた?」
「聞いてた聞いてた」
いつものお世辞にも笑えない真山のギャグを軽くスルーして、俺は真山にメールを返信した直後に作り出したカレーが入ってる鍋に火をかけた。
完成状態。
「先輩、俺のカツカレーにして。ロースで」
「分かった、普通のカレーな」
「話しきけって」
「無茶言うな。そんな肉買う金あるなら苦労はしてない。それに俺、ヒレ派だし」
コイツは貧乏大学生一人暮らしのお財布事情を舐めてる。親の資金援助は何だか自分が惨めに思えてやめてもらって、それからはバイトと大学を往復する毎日。
今日だって夜からコンビニの深夜バイトがある。
ボコボコと空気が抜けて表面に穴の開いたカレーを混ぜて、火を止めてからご飯を盛った皿に豪快にカレーのルーを注ぎ込む。さっきから漂ってきたスパイスの匂いが、より濃い匂いとなって鼻へと流れていく。さすが俺の得意料理。
めちゃくちゃ良い匂い。カレーなんてほとんど同じ匂いか?
「ホラ、食べろ」
「どーも」
漫画も読まずテーブルの上に手をつき、手の平にアゴを乗っけて俺をただジーッとがん見していた真山の目の前にカレーライスの入った皿とスプーンと麦茶を出した。
今時珍しく目の前で手を合わせ律儀にも『いただきます』と挨拶した真山に、俺の口からは笑みが漏れた。
男らしく豪快にガツンとカレーに食いつく。
「うまい」
「そりゃどーも」
軽く、どうでもいいような挨拶をして、それでも手料理を美味いと言って食べてもらえるのは嬉しいので、俺はそのまま真山を見ながら少し笑っていた。
食べ終わると、真山はまた手を合わせ『ご馳走様でした』と挨拶をする。米3杯も食いやがって、本当にご馳走された。
「少しは遠慮しろよ……俺一人暮らしなんだぞ。米一粒でも大事なんだ」
「あー、すんません」
謝る気ないだろ。
謝罪の気持ちのカケラもない謝罪に、カラになった皿を台所に下げに行きながら、ついため息を吐いてしまった。
カレールーのついた皿とスプーンを洗い、水を拭いてから食器棚に戻し、俺はもう一度真山のいる居間に戻ってきた。
向かいに座り込み、テーブルに手をつきながら真山に話しかける。
「ていうかさー、真山はいい加減恋人の一人でも作りな。俺の作った飯美味そうに食って貰うのはそりゃ嬉しいけどさ、いつまでもこんな状態じゃ駄目だろ?」
「こんな状態って?」
「お前が男の俺を好きって状態だよ」
俺の真山の関係は微妙だ。
つい2ヶ月ほど前までは普通だったけれど、コイツがいきなり俺に告白してきた時に、コレほどまでに微妙な関係になってしまった。
「俺は男の趣味は無いから無理……ってコレ何回も言ってるよな?」
「だから、趣味を俺にすればいいだけでしょ。男なんて範囲広すぎ。他に興味持たれたら俺嫉妬しちゃうし、俺だけ見てればいいって」
「アホ、どんな趣味だ……」
「良い趣味じゃん」
「悪趣味だ」
真山の告白はちゃんと断った筈なんだ。『俺は男に興味は無い』と、そしたらアイツは俺に次々無理難題を押し付けてきて、諦める傾向がまったく見つからない。
俺も俺だ。突き放せば良いものの、コイツといると楽しいからって、避ける事をまったくしていないし、こうやって普通に家に入れてる。
「俺、お前とチューしてるとこなんて想像出来ねぇわ……」
「想像? もうキスはしたよ、先輩寝てる時」
「寝込み襲うなよ、卑怯な奴だなホント」
済んだチューは流すとして。それより上級者向けのDチューとか、セックスとか……男のセックスってどうやんだ? ……まぁ、そういうマジで恋人がやるようなことは、想像が出来ない。
「『ホモまどか』」
意地悪ったらしく下唇を突き出し、下の名前でそう言った。神秘的に耳がピクリと動く。本当、どうなってんだろうな、耳ん中。
「ホモってのは別にいいけど、殺すぞ先輩」
「お前それ自分がホモって認めてんのか」
「先輩が好きなんだ。別にホモでいい」
「ふーん……」
俺ってどんだけコイツに愛されてんだ。そしてコイツはどんだけ俺が好きなんだよ。
「ねー、お試し期間も駄目? 3年」
通販も規格外の期間だった。
「それもうお試ししてないだろ」
「んじゃ2年でもいいや」
とりあえず、コイツの出す提案は全部が全部規格外すぎる。
「単位を改めろ。改めても俺はその提案には乗んないけどな」
「一人勝手すぎる」
「そりゃお前もだろ」
可哀想な顔をしながら俺からその顔を逸らしてそう言われて、さすがの俺でも少しイラ付いてしまった。アゴを乗せてる手に自然と力が入る。
「ていうか先輩のその告白の断り方、……アレ全然納得出来ないんだよね」
急に冷静で大人びた顔をして俺を見た真山に、少し驚いてしまった。
「?」
「男だから駄目だとか、趣味じゃないから駄目だとかさ」
「……そうか?」
「うん。だから俺、先輩が俺の納得出来る理由で無理って言うまで、先輩のこと好きでいる」
納得できる理由? 充分納得できるじゃん。
俺は男で、お前も男。お前は俺が好きだけど、俺は男は好きじゃない。ただそれだけのこと。
「納得できないかなー?」
「出来なさすぎ。もし他の人が納得したとしても、俺は納得しません出来ません。」
「それ単に諦め悪いだけじゃないの?」
「そーかも知れないけど、無理」
「……なんだかなー」
確かに俺は真山が好きだ。けどそれは恋愛を意としての好きじゃなく、一後輩として、一友達として好きだってことで。多分それ以上の好きにはならないだろうと思う。
ていうかまず、男を好きになるってのが無理だ。俺はホモでもなくただのノーマル。
別にそういう同性が好きな奴を否定はしないし、腐男子ってわけでもないけど……。まぁそこら辺はいろいろと複雑だ。
そんなノーマルな俺が男を好きになるか?
別にそこまで恋に飢えてるわけじゃない。女とも人並みに経験はあるし、付き合ったりもしたことあるし、欲求不満でもない。
ていうか、今のいままで真山に好きって言われるまで、男とどうのこうのなるって事を考えてなかったから、今相当焦ってる。
……どうしたらいいものか。
「真山は、俺とどうなりたいの?」
「付き合いたい」
「デートは?」
「したいなぁ」
「最終的段階は?」
「同意の上での甘々セックスかなぁ」
最終的には俺とセックスがしたいのか……この物好き。真山とチューするところ想像できないって言ったけど、セックスの方が想像できない…。
まぁ想像できなくてもやったらイヤでもどういうものか味わえるしな。
「付き合うのは無理だけど、セックスならいいぞ」
男同士のセックスと言う興味本位と、諦めてもらえると言う気持ち。俺は軽々しく真山にそう言っていた。
「……ん?」
「最後にしたいことってのはそれは俺と一番やりたいって事なんだろ? だから、それをやればもう俺の事は諦めて忘れられるだろうし。……だって最終目標達成するからさ。ホラ、俺がいいってんだから『同意セックス』」
「……甘々は?」
「こんなもんだろ男同士なら」
男同士だから下手なムード作らなくてもいいし。男同士で甘い囁き? 好きとか、大好きとか、愛してるとか? なんか嫌だし。
……想像したら気持ち悪いな。ていうか俺真山のこと好きじゃないからコレは無いか。
「どうする? それで満足出来るなら体、1回くらいなら貸せるけど」
「先輩俺のことバカにしてる?」
してねぇよ。
「俺は至って真面目だぞ」
「それ以上言ったら、俺、ガチで先輩の事殺すよ」
「……は?」
マジな顔で睨まれたのが良く分かった。それでも、コイツの顔はいつもガン付いている顔だから、それほど怖くは思えない。
「俺はマジで先輩が好きなの。好きな奴からそんな軽い事言われて、ムカつかないわけないじゃん」
確かに、コレを好きな女の子から言われたらショックはでかい。自分なんてどうも思われていないって実感して、内心悲しくなるな。
「ごめん」
ここは素直に謝っておいた。
「今日はもう帰る」
「そうか」
「先輩はもっと俺を警戒した方がいいですよ」
立ち上がりながら、そう言う真山。意味が良く分からなかった。きょとんとした顔をしていると、ふいにクスッと笑われた。
「意味、分かりません?」
「あぁ、…うん」
「俺は先輩と同じ同性だけど、先輩を男の目で見てる。先輩は俺にとって恋愛対象だ。……女と違って少しは耐久性もある。……あんまり『1回だけならいいぞ』とか言っているなら。監禁しますよ」
「か……監禁だぁ?」
犯罪だぞ。
「ヤりまくって先輩の事壊すかも」
「……っこわ」
「俺はいつも先輩をそんな目で見ているんですよ」
笑いながら、平然とそんな事を言う。……あまりにも説得力がなさすぎて焦ってしまった。…けれどアイツは俺に嘘はあんまり吐かない。
「カレーごちそう様。じゃね、先輩」
「ん? うん」
玄関でスニーカーを履く真山。俺に見向きもせず、開閉の時にいつもギギィと音を鳴らすドアを開き、出て行った。
真山の消えたそのドアは、またギギィっと音を立ててガチャリと部屋を閉じる。
「……」
コレは少し、真剣に考えた方がいいのかもしれないと、今日初めて実感した俺だった。
仲佐の時もそーだったけど、
年下の性格ってやっぱりちょっと天然だったり、変な感じに想像してしまう・・
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