丘の上で待ってる 6
自らを汐と名乗る女の子は、鎖国の時代に生まれた子らしい。所謂良い所のお嬢さん、という立場だった。そういう立場だからこそ、むやみに外に出て遊べなかったらしいが、汐は外に出るのが大好きだった。外で遊ぶのが大好きだった。怒られては屋敷を抜け、怒られては屋敷を抜け、抜け、挙句の果て、母親に屋敷に監禁されても、どうしたって外へ出たくて出たくて堪らなかった。気を伺って屋敷を抜け出せば、近頃その町の近くにある海を迂回していた売春船に拉致されるという、なんとも可哀そうな、酷く言えば浅はかで馬鹿でどうしようもない女の子だった。
貴一と汐が出逢ったのは、汐がその売春船に攫われて情事に及ばれ、鞭で叩かれ殴られ、いよいよ息絶えようとしている時だった。
貴一はその時トラックに轢かれ、病院の一室で幽体離脱なる奇妙な体験をしている最中。だんだんと眠くなってきて、まぁその後は天のお告げに任せようと寝息を立てたところだった。気が付けば俺は白い空間の中にいた。空間と言うよりは、もっと単純に、部屋の1室と言えばいいだろうか。そこにはテーブルがあり、それを囲むように4脚の椅子があり、キッチンがあり、食器棚の中には食器がところ狭しと置いてあり、炊飯器や冷蔵庫、色々な物が置いてある。ただそこには、窓がなく、テレビがなく、新聞もなく、雑誌もなく。外の情報が仕入れられる物が何一つない。扉には鍵が3つあり、その全部に鍵がかかってあり。周りにはぐるぐると鎖が巻かれ、5個程の南京錠で固められていた。
密室、だろうか。
まぁ、よく見れば、そこは元々貴一が住んでいた自分の家の居間で。どうしてこんなところに居るんだろうと思っていた時には、既に目の前にその子が、汐が不思議な顔をしてそこに居た。
目を点々とさせ、船であんなことやこんなことをされた体の筈なのに傷一つない体を見た。色々と不思議で仕方がない。そんな感じだろう。
だから貴一は安心させるために、初対面らしく声をかけてみた。
「初めまして」
汐は貴一に、一つ頭を下げた。
*
そこに広がるのは、前に見たことのある、2度目の白い空間。密室。
その中に、見慣れた人物が一人いたので、2回目の対面らしく、声をかけてみた。
「久しぶりだね」
一礼して挨拶。それを見たその彼女も同じくお久しぶりと一礼し、貴一の座っている椅子の真向かいの椅子に腰を掛けた。
テーブルの上には気をきかしているのか、ティーポットが1つと、ティーカップが2つ置いてある。貴一は一旦間を置いてから2つのカップに紅茶を注いだ。
「砂糖は何杯がいい?」
「さぁ……何杯が適当なのかしら?」
「どうだろうね、…甘いのは好き?」
「えぇ、割と」
「じゃあ、俺と同じでいいかな」
貴一はスプーン2杯分の砂糖をいれ、よくかき混ぜてから彼女の前に紅茶を差し出した。
「いただきます」
彼女は礼儀正しくそう言って、ソーサーと熱いティーカップのとってに指を絡め、息で冷ましながら少しばかり紅茶を口に含んだ。
「美味しい」
「西洋のお茶だよ。紅茶って言うんだ」
「苦味がなくて、……違う上品さですね」
「俺も好きなんだ、紅茶」
一息ついてから貴一もカップに口をつけ紅茶を口に含む。余りの美味しさに一息が零れた。充分に香りを楽しんで、さてさてと、貴一は紅茶をソーサーに置いて彼女を見つめた。
それに気付いたのか、彼女もカップをテーブル置いて、両手を膝に合わせた。
「喋るのは、……いつぐらいぶりかな?」
「どれくらいでしょう、……船から脱出した時以来ですから。本当にお久しぶりですね」
彼女はその時を思い出すように、苦く笑みを作った。汐は少し笑ってから、恥ずかしそうに下を向いた。
タイムスリップとか、タイムリープ、タイムトラベルとか、時空と言うのにはまだまだ科学では実証されていないものが沢山ある。それだから信用していない人も沢山いるだろうが。アインシュタインが天才的に解説した相対性理論。とりあえず、宇宙を高速に近いスピードで移動すれば、過去にも未来にも行ける。とかなんとか、そんな事らしい。
「その、アインシュタインさん? そんな事を考えられるなんて、本当に素晴らしいのね」
「そっか……。汐はまだアインシュタインのいない時代に住んでいるんだったっけ」
不思議だなぁと、貴一は感嘆した。
自分が知っているアインシュタインを汐は知らない。生まれた年から数えた年齢から言えば、汐が一番年上で、次にアインシュタインで、最後に貴一。アインシュタインが生まれるまだまだ前に生まれた汐と、死んだずっとずっと後に生まれた自分が、中間の時代に生まれた偉人の話しをしているもんだから。
変な体験だなぁと、貴一は溜息を零した。
「その話からすれば、ここは……どこなんでしょうか」
汐は部屋を一面見渡した。
白い空間。綺麗に並んだ名前の知らない家具や、紅茶。自分には見覚えのない物ばかり。
「多分ここは、……俺の意識の中じゃないかな。時空とは関係の無い、ね。俺の住んでいる家の居間に近いんだ、家具の置いてある所も、どこもかしこも。ドアはあんなに頑丈じゃないけどね。」
汐がクスクスと笑って紅茶を口に含む。
「だからだと思うけど、ちゃんと自分自身だなって感覚があるんだ。いつもは汐の体を使っていたから、君の元からの思考が入ってきたりするんだけど……やっぱり自分の体が一番だね」
「そうね、」
「汐の体も、随分良くなったよ。もう大丈夫。どこも痛くない。……あ、でも…女の子の体に、…傷が残っちゃってる。……ごめんね」
「そんな。貴一が謝る事じゃないわ。…ありがとう。私の為にここまでしてくれて」
「いいんだよ、俺も随分楽しめた。嬉しかった」
「でも、痛かったでしょう?」
苦い顔を作って、汐は眉を顰めた。
「うん、すっごい」
「ごめんなさい。やっぱり。……貴一に任せるなんてそんなわがまま。…しない方が良かったのかしら」
「汐、そんな事言うなよ」
1度目の出会いを思い出し、急に涙目になった汐に、貴一はあたふたした。
そりゃ少しの無茶もあったわけだけれど、汐の体を使う事を最初に提案したのは自分だったし、だから汐が悪く思い事なんか何もない。そう思った。
「それに……あんな痛い傷を付けた体で、汐を放っておけるわけないだろ。汐はもう良くがんばっていただろ。あんな痛み。よく我慢できたよ。汐は偉いよ」
貴一がそう褒めると、汐は小さく頬を赤く染めた。
可愛いなぁと、ただただ思うばかり。
「貴一、……記憶飛んでたでしょ?」
「あ、わかってた?」
そうとぼけたように言ったので、お互い笑い合った。
多分、痛みのせいと、他の人の体に乗り移った反動だろうか。おそらく、船から脱出するところまでは覚えていたんだと思う。ただあの弱った痛々しい体で少しばかりの無茶をして、一気にすっとんでしまった。
「でも、楽しかったよ。」
汐の体を少しずつ治しながら、少しずつ汐の事を思い出していく。そうしてロビンと馬鹿な言い合いをして、そうして。
「楽しかったんだ。」
目を瞑り、多かれ少ない思い出を思い出す。そんな貴一を見ながら、汐は少しばかり行き所に苦しむ笑みを浮かべた。
「でも、ここに来て、全部思い出したよ」
目を開き、今確かにそこにいる、汐へ。
「汐の家の事や、村の事や、……汐が何を思っているか、」
それと、あと一つ。
「俺と汐がした、約束も」
はっ、としたよう顔で、汐は貴一を見つめた。構わず貴一は話し続ける。
「汐には、俺とロビンの光景が、見えてた?」
「えぇ、全部」
楽しかったわ、と、汐が言う。
実は、貴一が汐の体を使っていた時。汐はどこに行くこともなく、どこに行けることもなく、その体の中に存在していた。確かにそこにいた。確かにそこにいて、貴一が眺める景色を全部全部見ていた。貴一が寝ている時も、貴一が起きている時も、貴一がロビンと話している時も、確かにそこにいて、全部見て、考えて、思って、知っていた。
でもやっぱりその体を仕切っているのは貴一の魂の方だったので、汐が喋れる幕はどこにもない。何かを思っても、自分は伝えられない。口にも出せない。心の空しさだけが汐の魂に響いた。
自分の体が、自分の物じゃない。
そう思う事は、貴一にとっては失礼な事だとも分かっていた。貴一は自分を心配してくれて、自分に考える猶予をくれて、傷を治してくれて、自分の全てを引き受けてくれた。
――母様、私はなんて酷い人間なんでしょうか。
そう思うと、貴一との会話が魂を駆け巡る。少しばかり以上の勇気を貰っている気がした。
そうして、貴一ではない、もう一人。
「ロビンの事、好きなんでしょ?」
「……っ」
何度も言うが、汐はどこに行けることもなくずっとその場で貴一のやりとりを見ていたので、ちゃんとロビンの事を知っていた。
ロビンの憎たらしさや、優しさや、逞しさや、意地悪さや、全て全てを見ていた。簡単に言う、恋愛感情。
汐はロビンに抱いていた。
「ロビンが俺達にキスしたときの、あのドキンってのも、汐だよね?」
「……おそらく」
「ロビンは汐の、……生きる勇気になれるかな?」
「……」
「汐?」
好きだからなれると、汐はそう言うと思った。
「いいえ、あの方は無理だわ」
空虚が駆け抜ける。
「……え?」
真面目な話とはいえ中身は恋話。目の前の青春多き女の子の頬の紅潮はどこへやら。がっかりしたような、怒りのようなそんな顔。
「あの方は、貴一が好きなのよ。あの方はきちんと言うた筈だわ、貴方に。……言ったじゃない。」
汐の心臓が、悲しそうに疼いた理由。
好きな人が自分の目の前で、自分の体にいる、他人の俺に告白をした。
「貴方は魅力的な人だわ。優しくて、元気で、心強い。ロビンが好きになる理由もよく分かるわ」
「そんなの、汐だって……」
「ロビンは、私の事を知らないもの」
その一言で、泣きそうになった。
泣きそうになって、それが貴一の初めての後悔だった。自分達は何故あんな事を約束してしまったのだろうかと、なぜ魂と体を2人で共有してしまったのかと。全ての魂胆は自分、なのだろう。
「ねぇ、貴一。……実はね、私。ここへ来て貴方を呼んだのは、貴方との約束を果たしに来たわけじゃないの」
「……?」
「私と貴方の心と体。完全に入れ替えるって言うのは、どうかしら?」
提案。
「…なんっ……何言ってんの」
汐が急にそんな事を言うものだから、貴一は自分の目の前に置いてある紅茶をガチャンと少しだけテーブルに零してしまった。
でも体が動かない。
零れた紅茶をどうする事も出来ないまま、ただ汐を見た。
「貴方は男の子だけれど、今は私の体の中に居るわけだから、ちゃんと女の子なの。ロビンがその貴方を好きと言うのなら、私は全然構わないわ」
「何が……」
「貴一は、このまま元に戻っちゃっても構わないの? 貴方はもう死んでいるかもしれない。いくら私との約束だから元に戻ると言っても、……貴方はそれで良いの?」
「汐……おまえ、何言って……」
「あのね。貴方が私の気持ちに感じて気付いていたなら、それは私も同じなのよ。貴方は気付いていないかもしれないけれど、私は気付いているわ。貴方の気持ちに」
――俺の気持ち?
脳内はもうクエスチョンマークで沢山だった。自分の気持ちとは何なのだろうか。汐の言う事が良く分からない。
「貴方はロビンの事が、好きだわ」
耳を疑う。
今汐は何と言っただろうか。自分がロビンの事を好きだと? 何を根拠にそんな事を言ったのだろうか。よくは分からないが、……もし、もしそれを結論として完全に心と体を入れ替わろうとしているのならば、それはちょっと、いや、まったく違うんじゃないんだろうか。
自分はロビンが好き、ロビンは俺が好き。今の自分は女で、元に戻ったら体は男で、そして死んでいるかもしれない。それならばここに汐の体として存在した方がいいんじゃないだろうかと、そういう事だろうか。
「お前はそれでいいのか」
泣きそうだった。
「私はいいのです」
汐の為にしていた事なのに、自分が汐を傷付けている。良かれとしてやった事なのに、汐を傷つける。悪い事をしていたのだろうか。……いや。そんなはずはない。そんなことはない。俺達は、間違ってなんか無い。自分が悪い事をしていると思えば、全てが駄目な事に思えてくる。
貴一は悪いと言う思いを押しのけて、汐の手を握った。
「思い出せ」
「貴一?」
「約束、思い出せよ。俺と、汐の、二人の約束」
*
「初めまして」
1度目の出会いは、最初もその後にも、二人の間にぎこちなさなんてものは存在しなかった。自分は何者なのか、相手はどういう人間なのか。生まれや生き様や現状。二人分で何人分もの不幸の塊の話しをしていた。悲しいが、楽しかった。
「そっか……それはつらかったね」
彼女の生まれと、彼女の生き様と、彼女の現状。全て全てを聞いて、貴一は項垂れた。可哀そうにと、彼女を愛でた。そして彼女も。
「そう、…事故に……。それで貴一は、死んだの?」
貴一の現状。
はっきりと聞かれたものだから、貴一はもっと言葉に詰まった。汐はやっぱりと言うか、生まれとか性格とか合わせても、人に少し遠慮のない、そんな子だった。
その性格が面白かったから、好きだった。
「そうだわ、思い出した。よく夢にでていた……。あれは確か貴一みたいな顔をしていたけれど、やっぱり貴方だったのかしら」
汐は貴一の顔を見て、それからもう一度あの夢の事を思い出してみた。同じようなへんてこな服を身に纏って、やっぱり時々見せる笑顔は、その夢と大差ない。
夢に出ていた彼の笑顔を直に見る事が出来て、汐は嬉しかった。
「もう、会えないのかしら」
ひと時なのだろうこの楽しい時間を、また楽しみたい。だってこれが終わったら、また地獄。また犯されて、殴られて、叩かれて。優しい貴一も居なくなる。
一言で、悲しかった。
「私は、貴方になりたいわ」
「……俺に?」
「今の貴方になれれば、今の私は幸せだわ」
「どうして? 俺今、死んでるかもしれないのに」
「その死を、変わってあげたいわ」
私は今、生き地獄な気分と、汐は小さくつぶやいた。
「母様が屋敷へ監禁していたのは私の為で、私を嫁がせようとしたのは村人の為で、……その私は母様の行為を無駄にして屋敷を抜け、そうしてこの有様です。それは村人への裏切りであり、母様への侮辱であり、私への屈辱であり……恥です」
そんな村の恥の自分が、村に帰るなんて事はもっての外で、帰りたいなんて思う事すらおこがましい。あのままあの船で罪を償い、あの船で息絶える。
それが自分への罰なのだと、汐はそう言った。
「貴方の死を変わってあげられたら、……貴方は。貴一は生きるべきよ」
「……」
汐は完全に、生きる気力さえなくしていた。
怒りが込みあげる。
「生きる是非は君が決める事じゃない」
「……」
「俺は汐に生きていて欲しい。汐は?」
「私も、……よ。貴一に生きていて欲しいわ」
「ほら、一緒だ。一緒に生きよう」
自分は自分の時代を、汐は汐の時代を。
「でも私は、……今」
「俺がなんとかしてあげるよ」
「貴一が?」
自分でも、なんて事を言ったんだと思った。汐と時代を共有するなんて、そんな事出来るものかと。それでも、この状況なら出来ると思った。この白い空間で、現代の時代を生きている自分と鎖国の時代を生きている汐がこうして会話をしている。今なら何だって出来ると思った。
「俺の体も今、絶賛休息中だし」
故障していて、まだ動かない。魂だけ。
「俺が汐に代わって、あの船から脱出してあげるよ」
「でも、そんな事……」
「出来るさ、俺と汐なら」
保障なんて無かったけれど。なんとかして、彼女を助けたかった。
貴一はそれだけを考えて、彼女の前だけを見据えた。
「だから、生きる希望を持って。俺が何とかする。君は休んでいればいい」
「そんな事……」
「生きたいって、そんな勇気とか、希望とか……よく分かんないけど。…何ていうか、生きていたいって汐が思ったなら、その時にまた会おう。……その時までは、君の体を俺に貸してくれ」
もう死んでいるかもしれない俺に、生きている事を楽しませてくれ。
「……分かった。」
それから笑い合って、二人で指切りをした。
「約束」
「うん、約束」
*
「汐、お前の優しさは良く分かるよ。だが、今のお前の優しさは、俺は嬉しくないよ」
全くと言っていいほど、だ。
「なんで……」
「一緒に生きようって、言ったじゃないか」
そう、約束したんだ。
俺は覚えている。忘れない。
「確かに、生きていれば辛い事が沢山あるだろう。俺も汐も、それは良く分かっている。でもそんな辛い事が起きて、こうして俺達は出会えている。ロビンとも出会えた。俺はそれだけで、汐と会えただけで幸せだ」
大きな不幸や辛さの後に訪れる小さな幸せが、その時だけは世界一大きな幸せなのだ。
「もしロビンが汐の生きる希望にならないのなら、……俺じゃダメかな?」
「え……?」
「俺は、汐の生きる希望にならないかな?」
「貴一が?」
「そう。……最初に言っただろう? 俺は汐に生きていて欲しいんだ。だから……余計な話かもしれないけれど。俺の為に生きてくれないかな?」
汐はその俺の一言に、偉く驚いたような顔をした。それからの沈黙。やっぱりそんな事は無理だろうか。仲良くなったとはいえ、元は時代も違うし何もかもが違う人間同士。他人なのだ。そんな他人の俺の為に生きるなんて、汐は――。
そう思って恥ずかしいな、なんて思っていた時に、ふと汐が口を開いた。
「――」
小さな声で、何かを呟く。
「……え?」
あまりに小さな声だったので、俺はもう一度問いた。
「貴一は? 貴一は誰の為に生きるの?」
「俺?」
……。
そうだ。一緒に生きようなんて考えて置いて、俺はもう自分が死んでいるって事しか考えていなかった。汐に生きていて欲しいなんて言っておいて、自分は死ぬ気満々だったのだ。
なんて酷い奴。
「俺……は。…そうだな」
そうだ。他の人に生きろと言うのなら、まず自分だって生きるべきなのだ。生きろと言っておいて自分が死ぬのなんか、ただの押し付け。
汐に押し付けなどは出来ない。
「貴一。……私と、もう一つ約束をしない?」
「……なに?」
「簡単よ。貴方は私に、俺の為に生きろと言ったわね」
「いや、それは……」
「じゃあ貴方は、私の為に生きてくださいな」
「――」
綺麗な笑顔が、そこにはあった。その笑顔についている口が、私の為に生きろと言った。
俺の生きる希望。
そうか、それじゃあ、そうだね。
「約束しよう」
「……」
「俺は汐の為に絶対に生きて、死ぬまで生きる。……だから汐も、俺の為に生きてくれ」
「うん、」
扉の周りに鎖がぐるぐると巻かれている。その鎖に5個程ついた南京錠が、カチカチと音を立てて外れ、落ちていく。ゆるくなった鎖は誰が弄ったわけでもなくグルグルと解かれて、最後に扉の鍵が開く。
「「約束」」
2度目の約束。指きり。
また、扉が開かれる。
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