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君の為に宇宙は回る  作者: みゅうじん。
過去人間×女体化男
11/20

丘の上で待ってる 4

遅くなってすみませんでした。

「キイチ、少し出かけようか」

 ロビンがいきなりそんな事を言う。良く晴れた日の事だった。

「もう普通に歩けるだろう。ここらの景色が見える良い場所があるんだ」

「ほんと? 行きたいっ!」

 怪我の跡も薄まり、痛みも治まり、俺はもうほぼ普通に立って歩いたりしていた。彼女の体には、残念ながら傷跡が完全には消えない部分があった。酷く鞭で打たれた、そんなミミズのような細い跡。俺には見覚えのない物だった。

――やっぱりこの体は彼女の……。

 あれから。

 あの夢日記を見た日から、同じような夢は見なくなった。忘れているだけかもしれないし、本当には見ていないからかもしれないし。どっちにしろ覚えていなけりゃ意味など無いわけで。

「良い天気だな」

「そうだな、気分転換にもなるだろう」

 つい昨日、ジルがここに検診へやってきた。体調は良好。もう外へ出ても大丈夫だと行っていた。居座っておいて何だけど、やっと退屈から抜け出せる気がした。ずっとベッドの上にいなきゃいけなくて、家の窓から外の景色を眺めるだけ。窮屈で退屈で仕方がない。

 うずうずして堪らないこの気持ち悪さは多分きっと、俺も彼女だって感じる筈だ。

「ロビン! 早くいこうぜー」

「待て待て、これかぶってけ」

 ロビンに少しツバの長い麦わら帽子を被せられた。完全に女の子物だ。

「人から見られるお前は女なんだから、あまりおかしくないだろ。あまり太陽にあたるのも良く無いし、我慢しとけ」

 だそうだ。

 彼女の体の事も考慮して考えてみればそれは最もな意見だったので、俺はそのままその麦わら帽子を被っておく事にした。

「おし、じゃ行くか」 

 家のドアが開かれる。眩しい日差しが彼女の体全身を照らす。眩暈がした。久しぶりに浴びるその日差しは、やっぱり少し辛い。まぁ、すぐに慣れるだろうけれど。

 照りつける日差しに晒されながら、太陽から反射される光に目を霞めながらロビンの後ろ姿をついていった。暑くて、それでいて気持ちが良かった。解放感が堪らない。心の中はもうドキドキのワクワクで仕方がないほど。

 数10分程歩いて、途中から緩い坂を上がった。見下ろす向こうの町々のさらに奥に、海が見えた。日本には無いような景色に胸を打つ。

「綺麗だなー……」

「キイチ、も少し先だ。ほら、見えるだろ」

 ロビンの指さした方を見てみる。坂のてっぺんだろうか。綺麗な緑色の芝生が広がっている。多々ある花は色も形もどれも綺麗すぎる。

「すげー」

 こんな景色を、俺の住んでいた現代で見たことはあまりない。昔からの自然と言うか。そうものも結構あるのは知ってはいるが、こんなに自分の目で見るのは初めてだった。

 空の水色と、海の青緑。

「きれい」

 ただ、見とれていた。

「キイチ、立ってたらつらいだろ。座ろう」

 ロビンが芝生に腰を下ろすので、俺もロビンの隣に座ることにした。

「フランスってほんとに綺麗だなー」

「そうか? 日本はこんな感じじゃないのか?」

「いや。そりゃ、すっっごい綺麗だけど。フランスとは違う綺麗だよ」

「よく分からんな」

「んー……なんて説明すればいいか分からないけどさ。きれいだよ」

 フランスの景色を眺めながら、日本を思った。

 少なからず寂しくなったのは、俺とあの子。どちらの心だったのだろう。

「……なんか、あったかくて眠くなってきた」

「お前は良く寝るなぁ」

「うるさいなぁ、もう」

「いいぞ、寝ても。日向ぼっこでもしよう」

「ロビンは?」

「俺も寝るさ」

 ロビンも寝ると言うのなら、俺も別に寝ても構わないだろう。芝生の上に大の字になり、温かい日差しと心地良い風の中で、俺は静かに目を閉じた。

 こんな事、やっぱり現代じゃぁ、あまり出来ない事かもしれない。住宅街ばっかだし。自然と触れ合うのも、良い事か。

 なーんて思って、夢に落ちてく。

 寛永11年4月20日。晴れ後曇り。

 私は今日も屋敷を飛び出そうとしましたが、使用人に止められてしまいました。何でも私を屋敷から出すなと、母様の言いつけらしいのです。私は少なからずも自分に自由で居たいのに、それすらも許されないのでしょうか。朝起きて、飯を頂き、学問、学問、飯を頂き、作法、学問、学問。私は目尻に涙を溜めながら学問を習っていました。悲しいのです。苦しいのです。辛いのです。この気持ちはどこにも逃げようもないのでしょうか。私はこのままここで暮らし、あの男の家に嫁ぎ、そうして一生を終えるのでしょうか。

 寛永11年4月21日。曇り。

 今日はいつまでも空に黒雲が溜まっておりました。太陽は隠れていつまでたっても私に姿を現してはくれません。空が灰だと、私の心も心なしか何故だか暗くなってしまうのです。また、あの夢を見ました。へんてこりんな着物を着た、あの男の夢です。彼はやっぱり笑顔で、太陽みたいに眩しかったです。少しは本物の太陽の変わりになったかもしれません。ですが、彼は最後に私に言いました。「ごめんね」と、謝ってきたのです。目尻に涙を溜め、涙を堪えながら私にそう言ったのです。何故だかはわかりません。私は彼と会った事もなかったので、謝罪をされる意味なども分かりません。どうか泣かないで。謝らないで。私は彼を思い出して、少しだけ涙を堪えました。

 寛永11年4月23日。曇り後雨。

 朝起きると雨は降っておりませんでしたが、少しばかり雨臭い気がしました。案の定、夕刻にはポツリと雨が空から落とされてきました。辺りは一面びしょ濡れです。久しく雨に打たれたいと思いましたが、やはり使用人が許しもせず。私は今日も学問です。

 寛永11年4月24日。雨。

 今日は母様が隣町へ向かわれると言う事で、使用人がおりませんでした。それを知ったのか、私の部屋の庭の隅から、助政と市兵衛が現れました。気分転換に海へ行こうと言う事でした。使用人もいない。母様もいない。私は間もなく屋敷を飛び出しました。傘もなく、雨に打たれながら。ただ海までひた走りました。見えた景色は綺麗とは呼べませんでしたが、私にはそれだけで十分でした。助政と市兵衛が二人で遊んでいるのを雨に打たれながら見ていました。近くの森の葉が、一部分揺れたような気がしました。狐か、熊か、狸か。どちらにせよ、私はその森へと向かいました。入れば何の気配もありません。更にもう少しだけ足を進めていると、今度は後ろの方から大きく葉音がしました。何かと後ろを振り返ると、何もいません。不思議に思っていると、何やら頭に鈍痛が響きました。何なのでしょうか。体に力が入らないので、私はただ倒れ込むしかありませんでした。

 寛永11年4月○日。

 頭が痛いです。目を覚ますと、そこはどこだかわかりませんでした。牢のようなところです。頭が痛いのでまだ何も考えられないので、私はまた目を閉じました。

 寛永11年4月×日。

 寝ていたところを、強制的に目を覚まさせられました。目の前には毛色の明るい、目の色も違う、異国の男が数人おりました。服を剥がされ、情事に及ぶ。怖いです。痛くて痛くて、痛くて。ただ痛いです。

 寛永11年

 助けて。

 目を閉じたまま、夢から覚める。またあの子の夢を見た。日記と一緒に、その情景が脳内を巡る。悲しい悲しい出来事だった。多分この子の体中にある鞭の後は、あの時あの男たちから叩かれた鞭の痕なのだろう。嫌がるこの子の体に鞭を打ち、痛みに麻痺している彼女を無理やり犯す。

「……」

 頬が濡れた気がした。

――泣いてんのか。

 この悲しい感情は、あの出来事を思い出した彼女の涙なのか、それとも彼女に同情する俺の涙なのか。分からないけれど、胸が締め付けられる程悲しい。苦しい。

「キイチ」

 ロビンの声がした。俺と彼女の前にやっと現れた救世主みたいな人だった。縋り付きたい。助けを求めたい。

「……ロビン…」

 ロビンの声のする方へ。勝手に体が動いた。

「どうした? 怖い夢でも見たか」

 優しいロビンの声色に、心が安堵した。

「彼女の夢をみたんだ」

「彼女? 体の女の子か?」

「うん。……ロビンの言った通りね、この子。日本から売春船に拉致された子だったんだ。鞭で打たれながら殴られながら、好きでもないヤツに犯されまくってた……」

「そうか……つらかったな。」

「うん。……ロビン。――痛かったよ」

 まるであたかも自分の事のように呟く。何か別に意図があって言ったわけじゃなかった。脳が勝手に、口が勝手に。それを恐怖するように。

「大丈夫だ、俺がいるだろ」

 そうして、ロビンが俺にキスをした。

 彼女の心臓が、跳ねる。

「最近ね、貴一の体がピクピク動いている気がするの」

 妹が病室で寝ている貴一を見つめながらそう俺に呟いた。妹と貴一は1個しか年が離れていないので、いつも貴一を貴一と呼んでいた。

「ほんとうか?」

 貴一の意識が戻らなくなって、2週間は過ぎただろうか。相変わらず俺には貴一が起きそう変化は見つけられないけれど、いつもいつまでも貴一の傍についている妹には、少なからずその変化に気付いていたそうだ。指がピクピクと動く。たまに体がびくっと動く。

「ほら。今、眉顰めた」

「そうか?」

 俺には何も分からない。

「たまに貴一ーって呼びかけたら答えてくれてるような気がするの」

 この変化はあれか、貴一が意識を取り戻すって前兆なのだろうか。そうなのだろうか。

「鎮静剤を仕様しているので、作用でそのような動きがあるかと思いますが、呼びかけに答えるなどはまず無いと思いますし、何も聞こえていないと思われます」

 やっぱり医者は冷静沈着にそう言うので、殺意を覚えた。

 今の貴一。ようは植物状態だ。人間が、植物扱いされる。お前はただ寝ているだけなのにな。もしかして意識があるのに何も動かせないってだけなのだろうか。意識はいつも通りしっかりしていて、でも体中が機能しない。目も指も開かない、手も足も動かせない。言葉もしゃべれない。ただ鎮静剤でたまに体をピクピクさせるだけ。

 それだったら、どんな苦痛なのだろうか。

 俺はやっぱり、心臓の動きを一本の線で一定値のリズムで刻む機械に疑問を覚えた。これは貴一のモノなのか。違うんじゃないのか?

 本当に貴一のだとして、これじゃあ貴一が可哀そうじゃないだろうか。毎日毎日24時間注射の針を刺され。毎日毎日栄養剤を打たれる。そうしないと今、こいつは生きて生けられない。

 そんな状態が嬉しいか。楽しいか。幸せか。

 じゃあ、もう。いっその事。

「……」

 今、何が貴一の幸せで、貴一が何を望んでいるのか。

 ただの俺にはやっぱり、分からない。

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