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君の為に宇宙は回る  作者: みゅうじん。
過去人間×女体化男
10/20

丘の上で待ってる 3

 寛永11年3月30日。快晴。

 今日も私は、屋敷を飛び出しました。兄様や姉様は何故皆あんなつまらない学問を習っていられるのか、よく分かりません。先生はこれも大事なもののひとつだと言いましたが、今の世の中、そんなに頭を使うような事もありません。遊んで、飯を頂いて、そうして寝床につく。それくらいです。何もかもがつまらないです。こんな人生をあと何十年も生きなければならない。そりゃあ楽しい事もあるかとは思いますが、これをずっと続けて、そうしていつか浄土へと旅立っても、生きていた心地はしないでしょう。私は悲しいです。

 寛永11年4月2日。晴れ。

 今日も私は屋敷を飛び出しました。やっぱり先生の言う事はあまりよく理解できません。我慢して聞いて居ろと兄様に叱られましたが、私には無理です。机の前の紙と筆を目の前に座っているだけでも身震いを起こしてしまいそうです。失神してしまいそうなのです。飛び出して、私は婆やのところに顔を出しました。今日も婆やのくれたみたらし団子は美味しいです。そういえば婆やのところに来ていた百姓から聞きましたが、最近、同じ村のキヨと言う女の子が居なくなられたそうです。村の者は皆神隠しだと血相掻いていられたそうですが、私はそうは思いません。ここらの神は村が貧しいと言うのに手助けもしない。そればかりか村の娘に手を出すとは、何と卑劣な疫病神なのでしょうか。そんな神は村にはいません。きっとキヨ自信が厳しい生活に逃げ出してしまったのです。そうに違いありません。私は何も同情できません。

 寛永11年4月8日。晴れ。

 今日も私は屋敷を飛び出しました。幼い頃から仲の良い助政(すけまさ)市兵衛(いちべえ)の農作の手伝いをしていました。私の家系は代々裕福です。だからこんな農作もせずに机に向かって学問を習っていられます。あんな家系に生まれたくはなかった。あんなつまらない事を幾度も、幾重もやってならねばいけないとは、なんと地獄なのでしょうか。私は百姓の娘に生まれたかった。こうやって土や泥まみれになっていたほうが心地が良い。自然を身に纏って居れれば良かったのです。それが楽しいのです。

 寛永11年4月11日。曇り。

 今日は変な夢を見ました。洋物のような、へんてこりんな着物を身に纏った変な男の夢です。その男の顔は妙に見覚えがあります。場所も、どこにも見覚えはないのですが、その男にだけはありました。彼はいつでも元気で、笑顔で、とても活発で威勢の良い子です。私自信が言うのもどうかと思いますが、いつでもと言う言葉に少々引っかかりました。私は彼に、いつ会ったと言うのでしょうか。どこで見覚えたのでしょうか。不思議で不思議でたまりません。兄様も姉様も知らないと言いました。それどころか寝ぼけているのかと冗談交じりにお笑いになられました。失礼です。だから私は今日も屋敷を飛び出しました。

 寛永11年4月18日。曇り。

 今日も私は屋敷を飛び出そうとしましたが、母様に捕まってしまいました。今日は学問は無いからと言われ、何故だか正装され、客間にに案内されました。障子を開くと、そこには2人の男と4.5人の付き人がいらっしゃいました。母様がおっしゃいました。私の許婚(いいなずけ)、だそうです。私は屋敷を飛び出しました。

 寛永11年4月19日。曇り。

 今日はずっと屋敷の部屋に閉じこもっていました。昨日の許婚と言われた男は、私が屋敷に戻ってきた時には既におりませんでした。部屋に戻ると、机の上に1通の文が置いてありました。男からです。私は真剣に考えていると、そういう内容でありました。気持ちの悪い。私は自分のいままで会った事もなかった、そればかりか名さえも呼んだ事のない、喋りを交わした事もない男と結ばれる気はないのに。母様はこの村の貧しさと私を天秤にかけております。仕様がありません。私は代々そういう家系に生まれ育ち、そういう宿命に立たされる運命だったのです。その為の学問です。その為の礼儀作法です。それ以外にはありません。曇りの空に渡ってきたツバメが飛んでおりました。あのツバメのようにどこか遠くへ飛び立てたら、私はどれだけ幸せになれるのでしょうか。ここはきっと蟻よりも小さく感じるのでしょう。ここは私を閉じ込める檻でしかないのです。飛び立ちたいです。

「おい、キイチ。大丈夫か? キイチ」

「ん……ん? …あ、……ロビンか、うん。」

 ユサユサと肩を揺さぶられて目を覚ました。灯りが灯っていないと言う事は、今はきっと真夜中だろう。真っ暗な部屋の中で少しずつ見えてくる視界、ロビンの顔。そして何より気持ち悪い脂汗。

 あの日から早1週間ばかりがたった。体も少しずつ回復し、痛みはもう余りない。ロビンの手を借りなくても、もうちょくちょく立って歩いたりもしているし、このままあともう1週間でも立てばほぼ完治しているだろう。

「大丈夫。なんか、変な夢、……見た」

「夢?」

「うん、……日記みたいな…」

 気持ち悪すぎて中々記憶が鮮明にならない。ウナされてでもいたんだろうか。気持ち悪いながらも、ロビンに起こされた脳はまだ睡眠を欲していた。

「そうか、……まだ眠いだろう。寝れるか?」

「うん、でも、……体べたべたで気持ち悪ぃ…」

「寝てていーよ。体、拭いといてやるから」

「へっ。スケベ」

「うっさいぞ」

 ロビンが何やら女の体の俺に対して変態チックな発言をしていたのは何となく覚えていたが、それよりも眠気がやばすぎて、俺はまた布団に身を委ねた。2度目の睡眠に、もうあの変な夢を見る事はなかった。ロビンが本当に体を拭いておいてくれたのか、心地よく、快適に眠れた。

 そんな日の次の朝。

「ん……」

 やっぱり、窓から差し込む日差しが俺の目を直射して、眩しさで目が覚めた。心地の良い眠りから目が覚め、頭は少しずつ確実に覚醒していく。近くには洗面器みたいな木桶が置いてあり、仲に水と布切れが入っている。体を拭いてくれたのだろう。その木桶の横で俺の寝るベッドに顔を腕に伏せながら寝ているロビンを見た。

「ここで寝るなよな」

 まさか俺が心配でずっと看病してたわけではあるまいし。

「なんだかなー」

 頭を抱えた。ため息を吐き、一旦顔を上げ、何をするわけでもなく周りを見渡してみた。その先の一点を覗いて、俺は思い出す。鏡に女が移る。俺だ。いや、俺じゃない。この女の子は誰かとずっと考えていた。俺は本当に性転換というものをして男から女の姿に変わってしまったのだろうか。それならそれですごい神秘だと思うけれど。でも無いとも言い切れない話しだった。現にタイムスリップがこうして起こってしまっているわけだし。オカルトだ。だから無意識に疑問を隠していた。

 それでもあの夢で思う。

 鏡に映るこの子を見て思う。

「夢の……」

 もしかして、この子は昨日みた日記の女の子なんじゃないんだろうか。いや、そうだ。きっとそうだ。あの日記の子は、この子だ。

「ロ、ビン。ロビン。起きろ、ねぇ」

 昨夜のようにロビンの肩を揺さぶった。

「ん、朝か。……どうした? 具合でも悪いか?」

「違うよ、それは大丈夫。……ロビン、俺、分かったかもしんない」

「なにが?」

 目を擦りながら俺に問いてくる。

「夢見たんだ、昨日。誰かの日記みたいな夢」

「あぁ、そういや昨日そんな事を言ってたかもな」

「この子。この女の子の夢だと思うんだ」

「……は?」

 ロビンは意味が分からないと目を見開いたので、俺は推測でしかない説明を出来る限り寝起きの脳みそでもわかりやすいように説明してやった。

 俺は事故にあった。それも重症。気が付いたら精神状態というか、魂みたいなものだけ体から出ていた。ようは幽体離脱だ。その俺の意識の全てが詰まった魂が何故かタイムスリップしてしまって、この時代をうろちょろしてた。なにかの反動だかは知らないけれど、何故かこの子の体に魂が入り込んでしまった。

「それで今の、体は女、心は男のお前がいると?」

 俺はゆっくりと彼女の体で頷いた。

 なんでそんな名探偵みたいな言い方をするんだろう。

「じゃあ、その今のキイチの体の彼女の魂はどこにある?」

「それは……」

 推測はそこまでしか出来ないので、彼女の魂がどこにあるかは定かじゃない。

「まぁ、…一つの仮説としてとっておくのはいいんじゃないか?」

「うん。もしそうだとしたらさ、俺、このままじゃダメなんだよね」

「このまま?」

「そう、この体は彼女のモノだから、返さなきゃいけないだろ? 彼女の体に俺の魂が入ってるんだから、きっと体の中に魂二個一じゃだめなんだよ」

「……」

「だからさ、まずは体治して、何でこうなったか考えなきゃだよね。こうなったんだから、きっと元に戻る方法だってあるだろ?」

 彼女の体は彼女の物。自分の物はやっぱり自分で使うのが一番心地良いに決まっている。

「お前は、……お前の体重の何倍もある重さの車にぶつかったんだよな?」

「うん? ……うん、そうだけど」

「そしたらお前……」

 何故か少し血相掻いたように、ロビンが俺の手を握ってきた。目を見開いて、何か変な事を言っただろうか、俺は。

「いや、……なんでもない。…お腹空いただろ。パンとスープ用意するから、少し待ってろ」

 急に何か冷めたようにロビンがキッチン奥へと行ってしまった。やっぱりアイツの考えている事はよく分からない。まぁ人それぞれか。

 奥へと行ってしまったロビンの事は置いておいて、俺はもう一度夢の事を思い出してみた。ちゃんと記憶にスッキリ収まっているってところがありがたい。

 寛永ってのは、今でいう年号の事なんだろうか。きっと今の時代くらい? 日記では家を飛び出してばっかりだったので、少しだけ笑えた。彼女は裕福な家に生まれて勉強ばかりさせられていて、鬱々しくなっていた。最終的には、婚約者だか、許婚だかが現れていた。今まで会った事も、喋った事も無い、そんな人。

 昔の人ってのは、本当にこういう事をしていたんだ。政略結婚。まぁ、それが村やその人々にとってすごく重要だったって事は分からなくもないんだけど。

「寂しいなぁ……」

 なんか、胸の奥がスッキリとしない物だ。

 彼女はああいう性格だから、嫌だったんだろう。我慢さえ出来ないだろう。俺も嫌だ。そんなヤツと結婚するなんて。

 もしこの体が本当に彼女の物だとして、俺の魂が入り込まなかったら、彼女は今頃好きでもない相手と結婚していたのだろうか。彼女に取ったら、今の状況の方がありがたかったのか、結婚していた方が良かったのか。俺には分からない。

 多分、どっちも最悪だ。

「……あれ?」

 彼女の夢日記や彼女の事を思って、思い出す。俺は何か忘れている事が無いだろうか。

「……?」

 寛永11年4月11日。

「あ、」

 曇り。

「そうだ。」

 変な夢の話し。

 へんてこりんな洋物のような物をきた男。どんな服だ。きっと今の日本人が考えるならば着物では無いんだろう。今の洋物? ……ロビンが来ているような、Yシャツや、……そんな感じ?

 その男は一体何者なんだろうか。外人か、日本人か。

 まぁそんな事は気にしないにしても、彼女がそういう夢を見る事に、俺は疑問を覚えた。彼女の不思議も一緒に。

『彼はいつでも元気で、笑顔で、とても活発で威勢の良い子です。』

 いつでも。彼女はいつその男を見たのか。夢で何度も? 洋服を着た男を? 場所も、どこにも覚えはないのに? 男にだけは覚えがある?

 元気で、笑顔で、活発で、威勢の良い。

 それは彼女の方だろう。

 俺の知っているあの子は、いつでも元気で、いつでも笑顔で、いつでも活発で、威勢の良い子だ。勉強が嫌いで、じっとしている事が苦手だ。

 彼女はいつでもそういう子だった。

「……」

――?

「あれ?」

 俺は何で、彼女の事をこんなに知った風な口調で話せるのだろうか。彼女の事をちゃんと見たことは無いのに、喋った事も無いのに。まるであたかも彼女の近くに居るような……。

『洋物のような、へんてこりんな着物を身に纏った変な男の夢です。』『彼はいつでも元気で、笑顔で、とても活発で威勢の良い子です。』

 なんだそれ。

 俺?

 


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