油絵
三題噺もどき―きゅうひゃくさんじゅうさん。
教室の中を、風が通り抜けていく。
外は暑くて仕方ないが、ここは影である上に風がよく通る。
所々で会話が聞こえるだけで、基本的には静かな空気が漂っている。
「……」
机に向かってそれぞれが、それぞれに手を動かしている。
あっちではキャンバスを立てて筆を走らせている人も居る。
反対側ではえんぴつで描いては消してを繰り返している人も居る。
「……」
私は、窓際の少し離れた席にいる。
机の上に油絵具を広げて、今はひたすらに赤を塗って盛っている。
こういうと怒られそうだが、油絵具はどうにかこうにか色塗りの下手さを誤魔化せそうだからこれで塗っている。
「……」
難点と言えば、私はこの油の臭いが大嫌いだと言うところだ。
どうにも鼻にくるようなこの匂いだけは、全く慣れることはなかった。
何かを揚げた後の油みたいな、何とも言えない匂いがして、初めの頃は眩暈と頭痛を抱えながら授業を受けていた記憶がある。
今はそうでもないから、あの頃に比べれば慣れたのかもしれないが、臭いことには変わりない。換気してるけど。
「……」
今日の美術の授業。
今学期に入ってから、特に教科書を進めるわけでもなく。
それぞれが好きなものを、好きな画材で描いて好きな色に塗りましょうと言う……これだけ聞くと小学生の授業みたいだな。
「……」
まぁ、それで。
水彩を使っていたり、アクリル絵の具を使っていたり、クレヨンやクーピー、色鉛筆もいる。
あっちはコピックで塗っているらしい。元から絵を描いているイメージがある人だから、納得というか……家から持ってきたらしい。あんなにたくさん。
「……」
私もまぁ、絵を描くことは好きではあるが。
あそこまでというか、本格的にはあまり手が出せない。せいぜい軽い落書きをしているくらいが丁度いい。あと私はほんとに、色を塗るのが苦手なのであんなにきれいに塗れるのが心底羨ましい。
「……」
ちなみに、あの子も絵は上手い。コピックを持っているかどうかは知らないが、なぜ美術部に入らないのかと思うくらいには絵が上手い。
中学の頃から部活には入っていなかったから何でと聞くと、単に面倒だからということらしい。……そういうところがある。
「……、」
目の前のキャンバスには、椿の花が咲いている。
まだそんなに咲いている感はないけれど、咲かせている途中、である。
何を描こうか迷った結果、ここに落ち着いた。
「……」
百合や向日葵という手もあったのだけど……百合は白いからあんまりと言われて、向日葵は私が描くと少々幼稚な絵になりそうで……。
それに、椿は盛りやすい気がしたので、椿にした。赤もよく映えるし……背景を暗くするなら百合でもよかった気がするが。もう遅いことだ。
「……」
ひたすらに赤を塗り重ねていく。
緑もあるけれど、そこはあまり盛らないので……まぁ気が向いた時にでも塗る。
今日の目標はとりあえずこの椿を完成させることなので。
授業のコマ数があまりないと今日の授業の始まりで言われたから少々焦っている。
私より進んでいない人も居るが、あの人は休んでいたから仕方ない。
「……」
絵の具が足りなくなり、赤色を足していく。
色を混ぜることもあまり好きではないので、今はそのまま赤を塗っている。
混ぜろと言われれば混ぜるが、せいぜい黒くらい。
ちょっと暗い赤ならこれには合うかもしれない。
「……、」
と、ぼうっとしつつ、手を動かしつつ。
色をどうしたものかと悩みつつ、いや赤しかないみたいな意味のないことを脳内で繰り広げていると。視界の端で何かが立ち止まり、じっと視線を感じた。
――隣に、というか背後に教師が立っていた。
「……」
無言で何を見ているのか知らないが、私が振り返らない限り目は合わないのでこちらからは声を掛けない。別に今のところ何も悩んでいないもの。
この人はこの人で変な人というか……美術の先生ってちょっとおかしな人が多いよな。
「……」
気にしてませんよ風を装いつつ、手を動かしていると。
満足したのか、その気配はなくなり、横切って別の生徒の元へと向かっていった。
何かが気に障ったのか?そういう教師ではないから、そんなことはないと思うが。
「……」
まぁ、なんにせよ。
今日の目標を達成するためにもう少し早めに筆を動かさなければ。
終わるといいが……まぁ、中途半端なのはそれはそれで私らしいからいいかもしれない。
お題:眩暈・椿・色鉛筆




