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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第二章:浄水

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第35話:原因判明






「で、」


 村長がいぶかしげに尋ねる。


「どうやって調査するつもりだ? まさか、あの井戸の中に潜り込みでもする気か?」




「ええ、それが一番確実な方法でしょうね」




 アダムがいつものように即答すると、村長は思わず息を呑んだ。


 それはリリスも、周囲で聞いていた村人たちも同様だった。


 あの致死的なまでの悪臭が立ち込める閉鎖空間に身を投じるなど、普通の人間であれば文字通り自殺行為に等しい。




(でも……)


 と、リリスは内心で思う。


(人間ではないアダムになら、できるはず)




 驚愕して固まる一同をよそに、アダムは具体的な説明を続けた。


「水を汲み上げて外で調べることもできますが、それだと臭気が広がり、皆さんが辛いでしょう。ですから、私一人が井戸の中へ入り、調査をしている間は蓋を閉めておいて構いません」




「蓋を……閉めるだと?」


 筋骨隆々の中年男、ブラッドが、信じられないものを見るような顔で言った。




 先ほどの村人たちのやり取りから、リリスは彼がブラッドという名であることを自然と把握していた。


 とにかく、そのブラッドはひどく深刻な表情を浮かべ、アダムに強い警告を放つ。


「いくら忍耐力が並外れているからといって、人間には限界というもんがある。蓋を閉めるのだけはやめておけ。本当に死ぬぞ」




「ご心配ありがとうございます」


 アダムは微笑みを絶やさずに言った。


「ですが、本当に大丈夫です。私の忍耐力は、**本当に並外れています**から」




「………」


 広場が一瞬静まり返った。




 アダムの表情はあくまで自然で、声にも微かな気負いすらなかった。


 常軌を逸した行いをさも当然のことのように語るその日常的な態度が、かえってリリスと村人の背筋に、薄ら寒いものを走らせる。




 この男は、本気だ。




 本当に耐えきれるかどうかはともかくとして、彼は本気で井戸の底へ潜り、自ら蓋を閉ざすつもりなのだと、誰もが悟ったのだろう。


 村人たちにとってそれは、客観的に見ればこの上なくありがたい申し出に違いない。


 しかしリリスは、彼のその日常的な態度に、一種の狂気じみたものを感じずにはいられなかった。




「梯子はありますか?」


 アダムが、ぐるりと周囲を見渡して言った。


「井戸の底まで届くような、長いものがあったらいいのですが」




 その声にハッと我に返ったように、ブラッドが応じた。


「梯子ならある。前に井戸を調べた時に使ったやつだ。俺が持ってくる」




 ブラッドがその場を離れようとすると、「重いから俺も手伝うよ」とアレックスが後に続いた。


 男二人は足早に村の奥へと姿を消し、ほどなくして一本の長い梯子を担いで戻ってきた。




 それは太い丸太で作られた、長さ10メートルほどの木製の梯子だった。


 古びてところどころ黒ずんでいるが、無骨ながら十分頑丈そうに見えた。




「ありがとうございます」


 アダムが礼を言い、梯子を見下ろして尋ねる。


「これを井戸の底まで下ろした場合、上端は井戸の外にはみ出しますか?」




「いや、ギリギリはみ出さない」


 梯子を地面に下ろしながら、ブラッドが答えた。


「前に調べた時もそうだったが、井戸の深さにすっぽり収まる長さになってる」




「では、問題ありませんね」


 そう言うなり、アダムは地面に下ろされた梯子へと近づいた。


 そして、その太い枠木に手をかけ、持ち上げた。




「………」




 またしても呆然とした静寂が落ちる。




 おい、一人で持ち上げるには重すぎるぞ――


 と、誰かがそう声をかける隙すらなかった。


 アダムは、大の大人が二人がかりじゃないと到底無理な長く重い梯子を、まるで枯れ枝でも拾い上げるかのようにあっけなく、しかも**片手**で、軽々と持ち上げてたのだった。




 驚いて目を見開く村人たちをよそに、アダムの息切れひとつしない声が響く。


「では、これより作業を始めます。今から蓋を開けますので、皆さんはしばらく井戸から遠く離れていてください」




 リリスは、ため息とともに思った。


(……一体この人は、自分が人間じゃないってことを隠したいの? それともバレたいの?)




 とにかくリリスを含め、周囲にいた者たちは皆、そろそろと井戸から離れ始めた。


 いや、アダムから離れたと言っても差し支えないだろう。




 距離を取りながら、村娘のラフィネが耳打ちするようにリリスへ尋ねてきた。


「あの人……いったい何者なの?」


 その問いに、近くにいた他の村人たちも聞き耳を立てる。




「……」


 リリスはただただ狼狽した。


 どう答えるべきか全く分からない。




 だが、ここで沈黙し続けるのもまずい。


 とりあえず絞り出すように答えた。


「アダム、です……」




「いや、名前じゃなくてさ」


 今度は村の青年、アレックスが口を挟んできた。


「あいつ、本当に人間なのか? もしかして、あんたが召喚した悪魔だったりしてな」




 冗談めかした口調だったが、それを聞いた村人たちの反応は厳しいものだった。




「物騒な口を叩くのはやめろ」


 ブラッドが鋭い声で咎める。


 すると、神父も厳粛な顔つきで諭すように続けた。


「ブラッドの言う通りです、アレックス。今はそのような軽率な発言は慎みなさい」




「すみませんでした……」


 すっかり萎縮してしまった様子で、アレックスが首をうなだれる。


 その隣で、ラフィネが「ばか」とでも言いたげな呆れ顔をして彼を見やる。




 アダムの正体を巡る話題はひとまずそこで打ち切られ――


 リリスと村人たちが井戸から十分に距離を取ったところで、遠くからアダムの声が響いた。


「そちらは、もうよろしいですか?」




 いまだに面白くなさそうにしている村長に代わり、神父が声を張って応じる。


「ええ、もう大丈夫です。構わず作業を始めてください」




 井戸の傍らに一人ぽつんと残ったアダムは、木の蓋をずらして開けた。


 そして、用意された長大な梯子を持ち上げると、手際よく、かつ丁寧な手つきで井戸の暗がりへとそれを下ろしていく。


 梯子がすっぽりと井戸の中に収まると、アダムは村人たちの方を振り返ることもなく、一切の躊躇を感じさせない滑らかな動作で梯子に足をかけた。




 そのまま井戸の奥底へと下りていく。


 そして、内側からゆっくりと蓋が閉められた。






 それからどれほどの時間が経っただろうか。




 ふいに、リリスの胸に不安が込み上げてきた。


 理由は自分にもわからない。


 ただ、どうしようもないほどの焦燥感が募る。




 今すぐ井戸へ駆け寄って彼を止めるべきではないのか――


 という強い衝動に駆られる。




 その時、神父が井戸へ向かって声を張り上げた。


「アダムさん! 大丈夫ですか?!」




 井戸の底深く潜り、その上蓋まで閉ざされている。


 果たして外の呼び声など届くのだろうか。


 そんな周囲の懸念をあっさりと払拭するように、すぐに返事が返ってきた。




「はい! 調査は順調です!」




 くぐもってはいるものの、はっきりと聞き取れる声。


 それは、いつもと何一つ変わらない、平然としたアダムの音色だった。




 それを耳にした瞬間、不安が嘘のように凪いでいくのをリリスは感じた。


(本当に……アダムは人間じゃないんだ……)


 何度も抱いては打ち消されてきたその疑念を、リリスはまたしても改めて実感させられる。




「あいつ、本当にすげえな……」


 ブラッドが、信じられないものを見るような目で感嘆の声を漏らす。




「ええ」


 と、神父も相槌を打つ。


「まさに、超人的なお方ですね……」




 それ以降は、皆一様に口を閉ざし、ただ静かに井戸の方を見つめるだけの時間が流れた。




 リリスはそっと周囲を見回した。


 広場に集まっている村人たちは、まだ自力で動けるだけの気力こそ残しているものの、誰もが極度の渇きに苦しんでいる。


 言葉を発して僅かな水分すら失うことを恐れるように、重苦しい沈黙が場を支配しているようにリリスには見えた。




 これ以上話しかけられないことに安堵すると同時に、リリスはふと自身の喉もひどく焼け付いていることを自覚させられた。


 このままでは本当に危ないのではないか。


 そんな生理現象による根源的な恐怖に心を蝕まれそうになった、その時だった。




 重い音が響き、ようやく、井戸の蓋が内側から持ち上げられた。


 暗がりの中から、アダムが這い上がってくる。


 彼は長い梯子を登り切り、縁を越えて外へと降り立つと、すぐさま蓋を引き寄せ、ぴたりと元通りに閉ざした。




 そのてきぱきとした一連の動作を終えると、アダムは遠く離れたリリスたちの方へ身を翻した。


 その体は、当然と言えば当然だろうか――


 酷く汚れていた。




 黄ばんではいたものの、まだ本来の白い色彩を保っていたはずのシャツは、もはや元の色が想像もつかない。


 べっとりとした深緑色の何かに、すっかり染め上げられていた。


 厚手で丈夫そうな青い布地のズボンもまた、深緑の汚れに深く侵食されている。




 頭から足先まで、全体的にぬちゃぬちゃとした粘着質の汚れに覆われているように、リリスには見えた。


 まるで泥水に濡れた重い外套を纏っているかのようでもある。




「ひどい有様だ……」


 アレックスが、全員が抱いている感想を呆然と呟く。




「あれは、何だ?」


 ブラッドが怪訝そうに目を細めて言った。




 その声にリリスもハッとして目を凝らす。


 見ると、アダムの片手に、奇妙なものがぶら下がっていた。




 それは、ぶよぶよとした不定形の塊だった。




 半透明の濁った深緑色をしており、表面はぬらぬらと不気味な光沢を放っている。


 アダムの手からどろりとすり抜けそうになりながらも、なんとか落ちずにぶら下がっている。




 そして、微かに脈打つように蠢いていた。




 粘り気のある深緑の体液をポタポタと地面へ滴り落とすその様は、まるで猛毒を孕んだ得体の知れない何かのようだった。


 少なくともリリスには、それが何なのか全く見当もつかない。


 生まれて初めて目にする何かである。




「あれは……」


 すると、傍らにいた神父が険しく眉を寄せ、その正体を口にした。




「スライムだ……!」







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