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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第一章:出会い

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第20話:最強のボディーガード






 リリスは完全に凍りついてしまった。


 突発的な事態。


 空き地の空気までもがピンと張り詰める。




「ディアナ、よせ」




 その緊張感を破るように、イヴァヌエルの穏やかな声が響いた。


「その娘から離れるんだ。感電するぞ」




 見ると、イヴァヌエルはいつの間にか元の姿に戻っていた。


 真っ黒に染まっていた髪や瞳は普通の色を取り戻し、異常に膨れ上がっていた体躯も普段の大きさに戻っている。




 だが……。




「イヴァヌエル団長……ッ」


 リリスの背後にいるディアナが、ひどく慌てた様子で声を荒らげた。


「ど、どうして上着を脱いでいるんですか!」




 そうだった。


 体が元の大きさに戻っても、破け散った服が元通りになるわけではない。


 今のイヴァヌエルの上半身は、完全にむき出しになっていた。




 そこには、思わず見とれてしまうほど美しく、均整の取れた筋肉が露わになっている。


 彼の肉体美に、リリスは自分の首に短剣が突きつけられているという事実すら、一瞬忘れてしまう。




 後ろにいるディアナという女騎士もひどく動揺していた。


 リリスの首に回された腕の力と、押し当てられていた刃の感覚が、ふっと緩むのが分かる。




 それでも、リリスは身動き一つできなかった。


 下手に動けば危ないという直感もある。


 たが何よりも、ただ怖かった。




 一方、アダムとイヴァヌエルの戦いも止まっていた。




 アダムはイヴァヌエルからあっさりと手を離している。


 もう彼などどうでもいいと言わんばかりに、リリスの方へと向き直っていた。


 イヴァヌエルもアダムを攻撃することなく、リリスたちの方を見つめている。




「リリス様!」


 アダムが大声で叫ぶ。


「放電してください!」




「……え?」


「電気を出すのです。リリス様を拘束しているその人を感電させて、そのまま逃げてください」


「え? で、でも……」




 リリスがただ戸惑っていると、アダムは声量を落とすことなく言葉を続けた。


「大丈夫です。後ろにいるその人は短剣で威嚇しているだけで、リリス様を殺めることはできないはずです。『魔法使いは必ず火刑に処す』という決まりですよね?」




「………」


 ディアナもイヴァヌエルも沈黙を貫いた。




 アダムの声にさらに力がこもる。


「ですから、恐れずに放電して、拘束から抜け出してください。そして、この場から逃げるのです」




「ぬかしやがって……!」


 ディアナが、空き地の周囲へ向かって声を張り上げた。


「皆、出ろ! 周りを包囲しろ!」




 すると、木々の陰に身を潜めていた兵士たちが、ぞろぞろと姿を現した。


 その数は、ざっと見ても数十人はいる。


 一瞬にして、空き地の周囲に隙のない包囲網が敷かれた。




 だが、彼らは遠巻きに囲むだけで、それ以上近づこうとはしなかった。


 動かない兵士たちに、ディアナが苛立たしげに命令を下す。


「何をぼうっと突っ立っている! 団長のそばにいる男を捕らえろ!」




 だが、やはり誰一人として進み出ようとしなかった。


 その面々には、はっきりと恐怖が浮かんでいる。




 怖くないはずがない。




 そこにいる皆が身を隠したまま、アダムの圧倒的な力の一部始終を見ていたのだ。


 あれを見せられて、すぐに立ち向かっていける勇気など出せるはずがない。


 それに、彼らが恐れているのはアダムだけではない。




 電気を放つ魔女、リリスもいる。




 実際、今リリスを拘束しているディアナでさえ例外ではなかった。


 リリスの首に巻きつけられた彼女の腕が、ブルブルと小刻みに震えていたからだ。




「何人いても構いません」


 すべて見通しだと言わんばかりに、アダムの淡々とした声が空き地に響き渡った。


「電気というのは、一人ひとりに順番に伝わるものではありません。水面の波紋が一気に広がるように、その場にいる全員へ同時に襲いかかるのです。電気の力の前では、人数の多さなど無意味です。何人いようと一瞬で気絶するでしょう。いや、最悪の場合、命を落とすことになります」




 彼の冷静な説明が続くにつれ、空き地を包む恐怖の空気が次第に濃くなっていく。




 息が詰まるような短い沈黙が流れた後――




「みんな」


 アダムよりもさらに淡々とした声が響いた。


「武器を収めるんだ」




 イヴァヌエルだった。


 しかし彼が指示を出しても、兵士たちは戸惑いを見せていた。


 近づこうとはしないが、構えを緩めようともしない。




 それを見たイヴァヌエルは、叱る代わりに、穏やかな笑みを浮かべた。


 まるで「大丈夫だ」と語りかけるように、周囲の兵士たちをもう一度、ゆっくりと見回す。


 すると、ピンと張り詰めていた空気が、ふっと解れていった。




 兵士たちは一人、また一人と剣を鞘に収め始めた。


 槍や弓を構えていた者たちも、ゆっくりと武器を下ろしていく。




「ディアナも」


 イヴァヌエルが、自身の副官にも声をかける。


「その娘を放してあげなさい」


「で、ですが、団長……」


「いいから、指示に従いなさい」


「……」




 それでもディアナは納得しきれない様子だった。


 するとイヴァヌエルは周囲にいる全員へ向けて、諭すように口を開いた。




「私たちの負けだよ」




 騎士団長のその一言で、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。




 ディアナの腕から震えが消え、ゆっくりと拘束が解かれる。


 リリスは恐る恐る、ディアナのそばから離れた。




 いざ解放されると、リリスはなんだか余計に落ち着かなくなった。


 実は罠で、いきなり背後から刺されるのではないかと怯える。


 だがいくら身構えても、何も起こらなかった。




 そこから数歩しか進めず、リリスがただおずおずと立ち尽くしていると、アダムがすぐそばまでやってきてくれた。




「リリス様」


 アダムの優しい声が耳に届く。


「お体は大丈夫ですか?」




 リリスの首筋には、まだ刃物を当てられていた冷たい感触が残っていた。


 緊張で声が出せず、ただこくりと頷いて返事の代わりにした。




 すると、アダムがそっとリリスの手を握ってくれた。


 牢獄の中でもずっと握っていてくれた、優しい体温を感じる手だった。




「では、行きましょうか」


「うん」


 そうして二人は駆け出し、森の空き地を後にした。




 リリスはふと後ろを振り返った。


 いきなり背後から矢でも飛んでくるのではないかと、不安になったのだ。


 だが、矢が飛んでくることも、追手が来ることもなかった。




 イヴァヌエルをはじめとする騎士たちは、ただその場に立ち尽くし、遠ざかっていく二人を遠くから見つめているだけだった。






***

 二人が空き地から完全に姿を消した後。




「ご無事ですか、団長」


 ディアナが早足でイヴァヌエルに歩み寄り、声をかけた。


「やはり、今からでも追手を出した方が……」




「いや」


 イヴァヌエルは即座に言葉を遮り、彼女を制止した。


「それができるなら、最初から逃がしたりはしないよ」




「……はい」


 結局、ディアナは完全に諦めたように息を吐き、周囲の兵士たちに手を挙げてその場に待機するよう命じた。


 そして、自身のマントを脱ぐと、上半身がむき出しになっている上官の肩にそっとかける。




 イヴァヌエルは「ありがとう」と礼を言ってから、先ほどの彼女の問いに答える。


「私は大丈夫だよ」




「そうには見えません。一体なぜ、服が……その、ちぎれてしまったのですか?」


 目のやり場に困ったようにディアナが尋ねると、イヴァヌエルは平然と答えた。




「戦いをすれば、服がちぎれたりもするものだよ」




 ディアナは少し頬を赤らめながら、イヴァヌエルのあらわになった上半身をチラチラと盗み見た。


「お怪我がなさそうで、何よりですが……」


 そう言いながら、彼女はリリスたちが去っていった方へ再び視線を向ける。




「一体、何者だったのでしょう。あの男は」




「さあね」


 イヴァヌエルは軽く肩をすくめた。


「あの娘のことを、主と呼んでいたな」




「主、ですか?」


 ディアナが怪訝そうに首をかしげた。


「じゃあ、あの男はあの娘の従者ってことですか? でもあの娘は、貴族とかではなくただの孤児だったはずですが……」




「ああ。どうやら二人はただの主と従者といった、単純な関係でもなさそうだったよ」


「じゃあ、どんな関係なんですか?」


「私にもさっぱりわからないね。ただ、彼は自分のことを別世界から来た機械だと言っていた。確か『ロボット』だと説明していたよ」




「ロボッ、ト……?」


 ディアナが眉間にしわを寄せる。


「何ですか、それ」




「わからない」




 どうしようもない沈黙が流れた後、ディアナは再び口を開いた。


「とにかく、人間ではないということですよね?」


「本人はそう言っていたよ。あれは事実だろう。私の知る限り、人の姿をしてあれほどの力を出せる種族は存在しない」




「……」


(じゃあ、団長は一体何の種族なんですか?)




 ディアナは一瞬だけそんな疑問を顔に浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。


 なぜなら彼女にとってイヴァヌエルは、神が人間界に遣わした天使であり、神話の英雄――


 そういった高貴な存在に等しい、特別で神聖な対象なのだから。




 その代わり、彼女はぽつりとつぶやく。


「団長が負けるなんて……団長の華々しい経歴に傷が……」


 言ってしまってから失言だと気づき、ディアナは慌ててイヴァヌエルの顔色をうかがう。




 しかし、イヴァヌエルは全く気にも留めていない様子で、むしろ清々しい顔をしていた。


「負けるときもあるさ」




「申し訳ありません。私たちがふがいないせいで……」


「いや、君たちは悪くないよ。むしろおかげで私の方が助かった。そのまま続いたら……」




 イヴァヌエルはそこまで言って、ふと口をつぐんだ。


 ディアナはそんな彼の様子を見て首をかしげたが、それ以上深く踏み込もうとはしなかった。




 兵士たちが散らばっていた陣形を整え、森を出るための隊列を組み直していく。


 それぞれが定位置につき、帰還の準備がすっかり整ったころ。


 ディアナが暗く沈んだ声で尋ねた。




「本当に、これでいいのでしょうか」


「何がだい?」


「やはり、あのとき、短剣で娘を仕留めておくべきだったのではないでしょうか。あれほどの力を持っているのですよ。それに、付き添いの男も化け物のような力でしたし。あの二人をこのまま野放しにしておくのは、危険ではないでしょうか」


「それは大丈夫な気がするんだよ」


「どうしてですか?」


「何となくだけれど……」




 イヴァヌエルは、部下が引いてきた馬にまたがりながら答えた。


「あの二人が、人に害をなすようには見えなかったからね」




「だ、団長……!」


 ディアナは慌てて周囲を見回し、再びイヴァヌエルへと視線を戻した。


「みんなが聞いています。魔女に好意的な発言はお控えください」




「別に肩を持つつもりはないよ」


 イヴァヌエルは言った。


「正直な感想を言ったまでだ。次に会ったら、必ず捕らえるつもりだよ」




「どうやってですか? 恐れ入りますが、結局のところ団長はあの男に勝てなかったではありませんか」




「次に会ったら勝てるさ。今日は分が悪かった。……周りに見る目が多すぎたからね」


 最後の言葉は、独り言のように小さくつぶやかれた。


 そう言ってからのイヴァヌエルの表情が、わずかに曇る。




 その様子に意味深な響きがあったのだが、ディアナはそこに気づかなかったようだった。


「……やはり、手加減をなさっていたのですね?!」


 ディアナの顔が、ぱっと明るくなる。




「周りの部下たちを巻き込まないように、わざと力を抑えておられたのですね? さすが団長……その深いお気遣いに感服いたします」




 ディアナはそう言いながら、深い敬意のこもった視線をイヴァヌエルに向けた。


 他の者が同じことを言えば、ただの言い訳にしか聞こえないだろう。


 だが、イヴァヌエルの言葉であれば絶対に真実なのだと、彼女は微塵も疑っていなかった。




 イヴァヌエルを見つめるディアナの目からは、いつの間にか副官としての厳しい色がすっかり抜け落ちていた。


 もはや聖騎士団の副団長としてではなく、ただ彼に憧れる一人の乙女のような、うっとりとした表情になっている。




(……そもそも、ただイヴァヌエル様が好きだから聖騎士団に入っただけだし)


 彼女にとって宗教や神様なんて、実際のところどうでもいい。


 イヴァヌエルこそが彼女の宗教であり、神様なのだから。




 ただ「イヴァヌエル様を近くで見たい」という一心だけで、過酷な訓練に耐えて聖騎士団に入隊し、副団長の座まで上り詰めた。


 そして、この聖騎士団には他の騎士団と比べて女性騎士が格段に多い。


 その理由はもちろん、ディアナとまったく同じであった。




「さて」


 隊列の先頭に立ったイヴァヌエルが手綱を軽く揺らし、ゆっくりと馬を歩かせ始めた。


 そして、前を向いたまま穏やかに告げる。




「戻ろう」




「はい! イヴァヌエル様……じゃなくて、イヴァヌエル団長!」







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